キセルの吸い方
たばこの極端な値上がりを受けて、わかばやエコーなどやや時代遅れの感があったたばこが、コンビニに当たり前に置いてあるようになった。そのうち「わかばマイルド」や「エコーライト」が出てくるかもね。
刻みたばこの値上げ率が低かったからか、キセルを吸う人もちょくちょく見かけるようになった。たばこなんて好きにやればいいんだけど、誰でも簡単に吸える紙巻きたばこと違って、キセルを上手においしく吸うにはちょっとだけコツがいる。うまくキセルを吸えなかったキセル初心者の頃のぼくが、当時キセル飲みの人に聞きたかったことを今回は書いてみよう。
さっそく、まずはキセルの部位の名前から。

葉を詰める先のところを「火皿」といい、そこから「雁首(がんくび)」が延びて、竹につながる。この竹は「羅宇」と書いて「らう」とか「らお」という。そして、くわえる部分が「吸い口」。羅宇以外は、まあなんとなくわかるでしょう。
ではでは、刻みたばこをひとつまみ取りましょう(「小粋」など刻みたばこについてはのちほど)。

それを火皿に詰める。
この時に気をつけるのは、ギュッと詰めるのではなく、軽く詰めること。ギュッと詰めると空気が通りにくくなって、上手に最後まで吸えないし、最後の灰落としもしにくくなる。ほんとはもうひとこえ多く詰めてもいいんだけど、そういう「ちょうどいい加減」は追々覚えていくとして、慣れないうちは、どちらかといえば軽めに詰めるようにする。といい結果が得られる。と思う。のである。ぼくは。
さて、火を着ける。

ほんのちょっと葉をあぶる程度で火は着く。キセルにライターは似合わないという人は、マッチでも炭火でもどうぞ。ちょうどキセルを覚えた頃に火鉢のある生活をしていたぼくは、その後、マッチ、オイルライター、発火石式ガスライター、電子式ガスライターと着火の歴史を後追いし、今ではターボライターとキセルのハイブリッド感覚。
聞いた話で、銀の延べギセルに電熱器で火を着けようとしたところ、ニクロム線に火皿が触れた瞬間猛烈に感電し、衝撃が頭を直撃して失神した人がいたそうな。あんまりの横着は気をつけましょう。
さて、ぷかぷか一服。
うまー。濃厚な味でうまー。小粋うまー。
吸い方のコツは、とにもかくにものんびり吸うこと。せいて吸うと舌を痛める。舌が焼けるというのか、舌先が痛くなって舌が荒れる。慣れないうちはどうしてもそうなりがちだけど、のんびり気分でそーっと吸うこと。パイプでも急いで吸うと舌が荒れる。道具を使うたばこはのんびりと吸うのが共通のコツかも。
吸うばかりでなく、時々ほんの少し吹き戻しをして火を保つようにすると、最後まできれいに吸いやすい。うまー。
葉をきつく詰めていると息が通りにくく、きつく吸うことになって、舌が荒れやすくなる。火も立ち消えしやすいし、灰を捨てる時にも捨てにくいし、と、葉をきつく詰めていいことはなにもない。
三回か四回吸ったらおしまい。最後のひと味が苦くて嫌な人はその手前でおしまい。そのあたりは好みで。
吸い終わったら灰を捨てる。灰を落とす、とも言う。灰を捨てる竹筒は「灰吹き」と言う。実際に灰吹きに灰を吹いたら灰が舞い上がって大変なことになるけど、キセルをくわえてプッと吹いてみると(外でやりましょう)、火皿から灰がヒュッと飛んでいく。なるほど、灰を捨てるのを「灰吹き」というのがよくわかる。
時代劇では、勢いよくキセルを振り降ろし、灰吹きにカーンと当てて灰を落とす。しかし、ここで注意。確かに「勢いよくカーン」はいかにもキセルなイメージだけど、これはぜひとも避けたい。雁首が傷ついてへこんでしまう。やめましょう。ぜひやめましょう。
最後まできれいに吸えていないと、カーンと叩きつけないと灰は落ちない。きれいに吸えていれば、軽くトントンとやるだけで灰は落ちる。かつて炭火ぐらいしかなかった時代なら、立ち消えしたら火の着け直しが面倒で吸い残しのまま灰を捨てる、なんて場面がしばしばあっただろうけど(実際に、雁首のつぶれた使い物にならないキセルを古道具屋でよく見かける)、今やライターの時代、火を着け直して最後まできれいに吸えば灰離れもよく、「トントン」で落ちるはず。最後のひと味を吸わない場合は、吹き戻して燃やしきればいい。
ということはぼくもキセル党になって初めてわかったことだけど、キセルを初めて吸う人にキセルを貸して、最後に「カーン」とやろうとするのを何度止めたことか。何度やられたことか。コラーッ。古道具屋で買ってきて傷をきれいにしてピカピカに磨き上げたキセルにおのれはなんちゅーことを! このド素人がーっ。
と灰吹きでの作法を説明されても、ふつう灰吹きはないでしょう。となれば、灰は灰皿に。相手が灰吹きなら、竹と金属だからトントンとやっても雁首に傷はいかないけど、灰皿の場合多くは金属か陶器でできている。軽くトントンしても、雁首に傷がいくか灰皿が割れそうでこわいんで、手の平かプラスチックのライターなどで雁首を受けて灰を落とすといい。どうしても詰まったらマッチ棒かつまようじでかき出すべし。

灰を捨て、再び葉を詰め・・・、を二・三回繰り返して、一服終了。さあ仕事、仕事。
キセル用の「刻みたばこ」はとても細い。髪の毛よりも細い。

普通の紙巻きたばこをほぐしたもの(右)と比べると、その細さがよくわかる。ここまで葉を細く刻んで吸うのは日本だけだそうで、江戸時代からこんなに細く刻む技術があったというのは、刻み職人の腕もさることながら、刃物がとびぬけてすぐれていたかららしい。
とても細いので、キセルの小さな火皿に詰めても火が立ち消えせず、最後まで吸える。小さな火皿で吸うということは、ヤニの通らない葉を吸うことになる。お茶で言うなら一番茶。キセルはたばこ葉の一番おいしい味わい方だとぼくは思う。
たばこ入れの底の方になると、髪の毛状の葉がだんだん崩れてしまい、細かくなることもしばしば。

でも、変わらずおいしく吸えるので安心を。
「小粋」や「宝船」の袋から直接たばこをつまんで一服するのもいいけど、家ではたばこ盆を用意するとそれっぽい気分になる。

本格的な物を用意しなくても、適当な大きさのお盆にたばこ入れと灰皿(灰吹き)と火とキセルをそろえておけばいい。たばこ入れは漬物やつくだ煮を入れるような器がちょうどいい大きさだけど、フタ付きの物なら何でもいい。
上の写真のように、箱を適当に作ってもよろしいでしょう。ぼくは中学の夏休みの宿題でたばこ盆を作って(キセル用ではなく、普通のたばこと灰皿とライターを置いておくもの)、実家に帰った時は今も枕元に置いて使っている。ちゃんと作ればいつの間にやら一生モノ。
葉をたばこ入れに移して置いておく時、少し水分を与えるようにしておくと葉が崩れにくくなる。柔らかいと、まとめやすくなり火皿にも詰めやすいし、味も少しまろやかになる(気がする)。

直接霧を吹くようなことをせず、たばこ入れのフタにつけた布を湿らせ、フタをして、半日も置いておくと、いい感じに葉が湿る。
乾燥したらダメというわけではもちろんない。そもそも携帯用のたばこ入れでは湿度調整ができないわけだから、細かいことは気にせずとも。

「ながらたばこ」のできる紙巻きと違って、キセルは「ながら」がしにくい。キセルでの一服は仕事の手を休めないといけない。けれども、吸うためのひと手間も込みこみで、キセルは「ちょっと一服」にちょうどいい。キセルでのんびりプカプカやっていると、たばこは大人のたしなみ、大人の楽しみだとあらためて思う。でも子どもはマネしちゃだめよ。
という感じ。楽しく、おいしくやりましょう。
と、ここまで書いたら、なんかキセルの手入れの話もせんといかんような気がしてきた。味噌汁に漬けるとヤニが落ちやすいなんて話。アルコールを使うとヤニが溶けやすくてさらにいいなんて話。それに、布で作るたばこ入れの作り方(大正時代の「おさいくもの新書」という古本を買ってきて覚えた)とか、持っているキセルの自慢とかもしたくなってきた。
じゃあそういう話はまた今度。
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とりあえず、ストローでブーブー笛を作って、それに広告紙で作ったラッパをセロハンテープでくっつけて(おら、ピンポンパン世代!)、お手製ブーブーゼラを作って観戦態勢に入った。ブーブー、ブーブー。
ここで何試合か観ていて感じたのは、実況が(多分)英語なんでよくわからず、それでかえって試合に集中できて、非常に具合がよろしい、ということであった。NHKはまだいいとして、民放の実況はホント、どうにかならんもんかねえ、という思いがより強くなるのであった。解説者のマイナス思考の話を聞くこともなくて大変によろしい。サッカーの解説者って素人のおれでもわかることをだらだらと解説して、いやいや、解説ならまだいい、解説ではなくてマイナス系の感想ばっかりで、どうせ感想しか言わないなら、もっとプラス思考でやってほしいものだと思う。点を決める瞬間でも、ムダな感情移入と感動の大安売りで盛り上がる実況を横目に、点を取る側でなくて点を取られた側に立って、冷静沈着にマイナス思考のことをしゃべり続ける解説者って一体なんなんだ? 少しはホメたれよ。ブーーーー。
それはそれとして、上記のサイトの画像は汚いから、FIFAは静かにしているのかもしれない。そこらの事情をぼくは知らないし、今後いつ切断されるかもわからない。もしかしたらちゃんと「放映権料」を払っているのかもしれない。いずれにせよ、技術というのはより多くの人を幸せにするために使うものであって、一部の人間が儲けるために使うものではない。その原点に立ち戻って、インターネットという新しい技術を使いこなせば、我が国日本においては、スカパーなぞという腐れ衛星放送にサッカーファンは頼らなくてもよくなるのである。通信と放送の融合でも何でもいいから、とにかくワールドカップぐらい全部ただで観せろー。日本が出場しなかったら地上波は決勝トーナメントだけとか、もっと酷いことになるんだろうかねえ。寂しいねえ。やだねえ。ブブブだねえ。





















ロック好きなら「ボブ・ディランしか聴いてない時期」というのをきっと一度は通るものだ。いわゆる「うまい歌」からは遠く離れた歌い方なのに、なんだこの磁力は! 曲自体も、他人がカバーするのを聴くとめちゃめちゃいい曲だということを改めて思い知り、ほとほと感心する。このアルバムだけで三週間は過ごせる。フォークの神様をロックが包摂していく瞬間をこのアルバムで感じとろう。






























