2009年7月 5日 (日)

不痒蚊

Top_blue同居人は虫が嫌いである。確かに大量の虫が湧いている姿を見かけると、あんまり気持ちいいもんではないね。

セミもだめで、ぼくがセミのメスを捕まえて、扇風機代わりに静かに涼んでいると半径三メートルより向こうへ離れていく。

そんな同居人もゴキブリを家で見つけると、虫嫌いはどこへやら、スリッパをつかんで、親の仇を見つけたかのような振る舞いをする。頼りになります。

ぼくはその点、虫は普通に好きであり、嫌いである。不快害虫と言われるのは嫌いだし、夏休みの昆虫採集で子どもがとっ捕まえてくるようなのは普通に好きである。不快害虫が嫌いといっても普通に嫌いなだけだけど、そんな中でも、蚊だけはどうにも許せない。

刺されても痒くならなければいいものを、刺された後のかい、かい、かい、かい、かい、かい、かい、かゆーい、があるばっかりに、見つけると徹底的に排除の姿勢で挑んでしまう。刺されても痒くならなければ、血を吸う虫なんて今では都会の日常的な場面であまりないから、かえって血を吸う姿を愛でてやってもいいかもしれないのに。

「プーン」。部屋で見つけたとたん臨戦態勢。部屋には物がいっぱいあるから殺虫剤をまくようなことまではしないけど、相手の血(それはつまり自分の血だったりするんだが)を見るまでは許さない。

寝入りっぱなに耳元で「プ~ン」とやられようものなら、にわかに目が覚め、退治したあともなかなか寝付けず、もうっ! 次の一日が寝不足である。許せん!

実家の寺では木も多いし、さらにお墓に必須アイテムの花立てがある限り、そこでボウフラが湧き、蚊がいなくなることはほぼ絶望的である。玄関の外でお客さんと三分もしゃべっていると、複数箇所刺されるのはごく普通。許せん!

夏に境内の大掃除が終わって、勘定したら二十数か所刺されていたこともある。虫除けスプレーも大量発汗や水撒きの水を浴びて流れてしまって、部分的にしか効かない。かい、かい、かい、かい、かい、かゆーい。許せーん! 体じゅうウナを塗りたくって、布団に入ってもヒヤヒヤーンと寝られたもんじゃなし、かといって、かゆみ止めなしではもっと寝れんし。許せーん! 絶対許せーん!

ぼくはよく夢想するのであるが、ぼくがもし蚊の大統領だったら、我が蚊の国の全国民に「血を吸っても痒くならない手術(不痒手術)」を施すよう、法案提出するであろう。もちろん手術費用は無料である。この法案が蚊の国の議会で可決、成立、施行されれば、蚊取り線香などという毒ガス兵器を開発、使用する人間と険悪な関係に陥ることなく、今よりもずっと平和に暮らすことができるはずである。朕が蚊の国の啓蒙専制君主であったなら話はもっと早いのだが、今後の蚊の国の安定的成長のためにも、ぜひ国民に応援していただきたいところである。

蚊が刺すと痒くなるのは、相手に刺されていることを気づかれないよう麻酔注射をして、その成分が後々に痒くさせるんだそうだけど、あんなちっぽけなもんに刺されても痛くないっちゅうの(多分)。痒くなきゃ殊更に排除されんでもすむっちゅうの。

もちろん刺す相手は人間ばかりでないから、人の少ない農村、山間部や、子どもがヘルメットをかぶって自転車に乗っているような田舎には痒い蚊がいてもよろしい。しかし、政令指定都市など都市部に住む蚊については不痒手術が施されるべきである。

おお、そうだ、今流行りの遺伝子操作で、刺しても痒くならない蚊(不痒蚊)を作って、それをバーッとばらまいたらええんだ。そうだ、それがいい。今、植林業界では花粉症対策で、花粉の出ない杉を植樹し始めていると聞く。国家百年の大計である。ノーマルな遺伝子の痒い蚊は農村、山間部及びヘルメット的田舎で保存されておればよろしい。

蚊への不痒手術、もしくは遺伝子操作による不痒蚊の普及が達成されれば、蚊と人間との間に共存共栄の平和な暮らしが訪れるはずである。いかが蚊。

あー、かい、かい、かい、かい、かい、かい、かい、かい~の。

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2009年6月25日 (木)

おこげ神話

Top_yellowお釜で御飯を炊くと、あの底のほうにできるおこげがおいしいんだよなあ、とは年長者から時々聞く話。あの香ばしさがなんともいえないのだなあ、と懐かしげに言う人は少なくない。

ぼくが子どもの頃には、電気炊飯器はもうすでに普通のものだったから、おこげをあまり食べたことがなかった。焼きおにぎりにすれば周囲は言わばおこげなわけだけど、醤油がまぶしてあれば純粋なおこげとはちょっと違う。

 

ときに。うちでは何年か前から、御飯をお釜で炊いている。

最初、ものは試しと思って、フタ付きの普通のホーローの鍋で炊いてみたら、これが電気炊飯器で炊くより1.3倍増し(ぼく基準)でおいしくなった。おいしい御飯を求めてブランド米なぞにウツツを抜かしているぐらいだったら、鍋で炊く技術を身につけたほうのがよっぽど賢い話なのではないか、ぼくはそう思った。米の良し悪しは炊きたてのときよりも、冷や御飯になってからがぜん違いが出るから、もちろんいい米はいいんだけどね。

鍋で炊くといっても、そう難しいことではない。お米三合に水四合、もしくはお米の1.3倍の割合で水加減する。水の多少は、出来上がりに固めか柔らかめかの違いが出るだけで、大きな間違いというほどのことはないから、そう神経質になることもない。それをフタ付きの鍋に入れ、沸騰するまで中強火ないしは強火にかける。湯がふきこぼれ出したら弱火ないしは中弱火にして、五、六、七、八分ぐらい。フタをちらりとずらして、湯がなくなって御飯の表面が出るほどになっているのを確認したら、火を止めて、あとは「赤子泣いてもフタとるな」、十分ほど蒸らして出来上がり。火にかけているのは十分程度、炊き上がりまで二十分程度で、電気炊飯器より早くできるのもよろしい。

火加減が難しい薪で炊いていた時代でも昔の人はうまく炊いていたんだし、かなり適当なキャンプの飯盒でも炊けるぐらいだから、火加減、水加減にことさら神経質になることはない。今では火加減が自由自在のガスコンロがあるのである。ガス器具という文明の利器をおいしい御飯のためにみすみす使わないのはもったいない。煮物を作れる腕があれば、必ず鍋で御飯は炊ける。

「土鍋で炊く御飯はうまい」と噂で聞くんで、やってみたけど、普通の鍋で炊くのとそう変わりなかった。それで、しばらく普通の鍋で炊いていたんだけど、同居人が「鍋で炊くのが普通のことになってきたし」と、当時勤めていた会社で、商品の試供品として倉庫の片隅に置き忘れられてあった六合炊きのお釜を、こっそり持って帰ってきた。さっそくそれで炊いてみたら、こちらは土鍋と違って、1.4倍増しのうまさ(電気炊飯器比/ぼく基準)であった。でかしたぞ、コソドロ同居人。

それ以来、うちの電気釜は保温用として働くだけで、御飯を炊くことがほとんどなくなった。

お釜で炊いていると言うと、「おっ、なかなかのこだわり派だな」と思われることがあるけど、電気炊飯器と鍋の差のほうが、鍋とお釜の差よりもでかいから、お釜を持っていないみなさんも、今日からすぐに「こだわり派」になれますよ。

 

ちょうどそんなことをし始めた頃、NHKの『プロジェクトX』で見たのが、電気釜の開発秘話だった。そこで印象に残っているのが、普通の白飯はうまく炊けても、炊き込み御飯がなかなかうまくいかないというくだりだった。醤油なんかの調味料が入っているから、ちょっとした加減で底のほうが焦げついてしまうのである。

お釜や鍋で炊くとよくわかるが、普通の火加減で炊き込み御飯を炊くと確実に焦げつく。普通の白飯の場合、火加減が多少ルーズでも失敗ということはないんだけど、炊き込みご飯はそのあたりが結構シビア。電気釜の開発の際にそこをクリアして、商品の売りにしたら、とたんに、炊き込み御飯に苦労していた主婦層から支持を受け始めたんだそうである(と、そんな話だったはず)。

電気釜はスイッチひとつで炊きあがるんで、確かに便利だ。当時の主婦がそっちに流れたのは理由があってのこと。主婦の大変な仕事量から考えれば、多少味が落ちるからといっても、手軽な電気釜の当然の勝利であったろうと思う。今みたいに、ちょっとした味の違いで騒ぐグルメの時代でもなかったわけだし。

 

さて、鍋やお釜で普通の白飯を炊くとき、火を止める最後のほうで、やや長めに炊き続けると、底のほうにあの懐かしのおこげができる。

おこげは確かに香ばしい。

けど、はっきり言って、「なんともいえない香ばしさ」などと懐かしさをもって言うほどのものではないと思うのである、ぼくは。もちろん失敗では全然ないけれど、おこげなしの、全部がきれいな白い御飯のほうが「うまく炊けた」と思う、ぼくは。

お釜で炊くのが日常化している身からすると、おこげを懐かしむのは、まさに、ただ単に昔を懐かしんでいるだけ、のような気がする。特にこういうことを言うのは男のほうが多い、ような気がする。つまりは、人に作ってもらうばかりで、御飯をお釜で炊いたこともなかったような人たち。そんなに懐かしいのなら、とやかく言ってないで、さっさと自分で鍋で炊いておこげ作ればいいのに、と聞くたびに思う。

そして、おこげを食べて、さらに炊きあがった御飯のちょっとした味の違いに大騒ぎして、こうして自慢げにブログに書けばいいのである。

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2009年6月15日 (月)

ハンモックの日

Top_blue_2よく飲みに行くお店のお客さんで、ぼくもよく知っているおじさん三人が日帰りツアーに行ってきたという。これからもいろいろと企画する予定だそうな。そこで、わたくしめもおじさんと言われるに充分の年齢を重ねているので、今後はぜひその会に参加を!と願い出た。すると、今度はなんでも、ハンモックを吊るのにいい場所を見つけたらしく、弁当およびハンモック持参で昼寝をしにいくとのこと。わおー、素敵! 行く行く行く行くーっ!

 

学生の頃の話。ぼくが一回生の時、軽音楽部の先輩K川さんは学祭の実行委員として、クラブから出向していた。学祭といえば、いろんなサークルや仲間が出す出店がつきものだけど、その中に学祭の実行委員が仕切る店もあった。ぼくが祭りの人ごみの中をブラブラしていたら、
「おい、さとみ!」
と声をかけられた。
「はい? あっ、K川さん」
ちょうどその出店でK川さんが店番をしていて、
「なんか買うてけ」
と言う。そこでは近所の作業所で作ったものを売っているそうで、いろいろと商品が並んでいる。
「え、え、え、金ないしなあ」
と、やんわり断りをいれようとしたら、
「なんや? おまえ、飲みしろはあんのに、ここのもんは買われへん言うんか? おっおっおっ?」
「いや、あの、あの・・・、買わないとは言うてません・・・」
「物はいいもんばっかりや。欲しいもんがなんかあるやろう。買うていき!」
先輩風が秒速百メートルでビュービューと吹き荒れる中、
「じゃあ、あの、あの、このハンモック、ください」
ということになったわけである。そんな高いもんじゃなかったはず。千五百円とか二千円とかそんなんじゃなかったかなあ。

実際ハンモックなぞを買っても家で吊るすことはない。まずもって柱がもたない。立派な家だったらいけるかもしれないけど、一般的にいって室内ではやめておくほうが賢明でありましょう。野外で木と木の間に吊るすといっても、そうそう理想的な生えかたをしている都合よさげな木立ちは少ない。ぼくはそもそもインドア派である。そういう所を好きこのんで探してまで吊るそうと思うわけでもない。ムーミン谷のスナフキンを思って、なんとなく買ったまでのことである。

 

それがここにきて、「ハンモック吊りにいい場所を見つけた」と言われれば、おお、これで二十年越しに買い物が生きることになる。行かぬ手はありますまい。

ハンモックの会決行の日、天気は快晴で、まさにハンモック日和。おじさん三人プラスぼく及びわが同居人の、今日の仲間しめて五人が、会の主催者O智さんの案内で公園の森に着くと、なるほどなるほど、五メートルほどの間隔で木々が生えている。

このぐらいの木の間隔がいいんですね。なるほどなるほど。

木がまた、ちょうどいいところで幹が二股に分かれて伸びていて、そこに紐をかければ、高すぎず低すぎず。なるほどなるほど。

着くなり、まずは乾杯。持ってきた弁当をしばらくつまんでから、いざハンモック吊りを開始。O智さんが持って来たハンモックの紐が細くて、試し乗りしたら切れて落ちたりして、わいのわいの、やいのやいの、なんやかやと吊るしていたら、飲み屋の若夫婦も遅れてやってきた。

ハンモックの上で横になると、おー、こりゃあいい。六月の初旬、日差しがきつかったら焼けそうと思っていたけど、木がたくさん生えているんで、木漏れ日がちょうどいい。

風もこれまた、ちょうどよろしい。

酒飲んで昼寝して、ツマミ食べて昼寝して・・・、と、うーん、マジ最高っすよO智さん! ぼくの初めてのハンモック、「ホテルに初めて泊まったら、そこはヒルトンだった」みたいなもんですよ、これは。

この日の風と違って、先輩風が吹きすさぶ中で買ったハンモック。あの時もしハンモックを買ってなかったら、今回のハンモックの話を聞いても乗らなかったかもしれない。そして、今日のこの心地よい風。なんかいろんなことがいっぺんに着地したような、とてもいい日になりました。

ここで一首。

「この風がいいね」と君が言ったから
  六月六日はハンモック記念日。

字余り。失礼しました。

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2009年6月 5日 (金)

マスクの人たち

Top_blueゴールデンウイークの頃から始まった豚インフルエンザ騒ぎは一体なんだったのか。またしても政府が危機をあおりマスコミがそれに乗っかるという、いつもの風景が繰り返された。

様々な行事が中止・延期となり、日本で第一号の感染者が出たとされる神戸では(その人が本当に一人目の感染者か怪しいらしいが)、商店街や地下街の人通りが絶えてしまい、店が自主的に休業してしまうほど。病気の恐ろしさよりもずっと怖いのは、行政やマスコミという権力の強大さであることを実感させられた。

舛添厚労大臣がここぞとばかりに嬉し恥ずかし必死な形相で感染予防を訴えた後に、麻生首相が政府広報で「冷静な対応をお願いします」と、総選挙が近くなければきっとやらなかったであろうコマーシャルをやる。ニュースやワイドショーは二週間も経った頃に「少し過熱報道にすぎたかも」などと殊勝なことを言い始めたが、何をいまさら、見事なまでのマッチポンプである。

彼らのやっていることは「危機管理」などではなく、健康ファシズムを背景にした、子どもじみた「危機管理ごっこ」でしかない。

今回なんとも不気味だったのは、マスク姿が街中にあふれかえったこと。マスクをつければ人相が隠れ、表情がよくわからなくなる。白色ばっかりで全然おしゃれじゃないし。全国的に見ればそれほどでもなかったようだけど、関西では一時当たり前の姿となった。「感染者」が偶然関西に多かったからそうだっただけで、条件さえ合えばどの地方でもマスク姿があふれかえっただろうことは想像に難くない。

豚インフルエンザが騒がれ出してすぐにも、マスクの効果は非常に限定的と言われたにもかかわらず、同時に最新の不織布のマスクはいかに飛沫が飛ばないか、テレビで黒を背景にくしゃみする姿を映し出し、営業効果はばっちり。霊験あらたかな御守りとしてどこも売り切れになり、おかしな宗教の信者よろしくマスク姿がゾロゾロ、ワサワサと湧いて出てきた。

全体主義というのは、「全体」がついてこなければ成立しない。今次、危機管理ごっこに煽られて行事を取り止め、マスクを買い求め、マスクをつけた人たちというのは、その意味で残念ながら権力の思惑通り全体主義に乗っかった人たちである。横並び意識、同調圧力が強い日本では、自身が全体主義に乗っかっている自覚を持ちにくいのは確かだけれども、しかしまた、こうした人たちが今回全体主義を下支えしたのも確かなこと。

同居人もまた、通勤時にマスクをつけるよう職場から言われ、それを実行し、それでぼくから「ふーん、そうか、きみもまた全体主義を支持したのかね。危機管理ごっことつき合えるんだぁ。そうかね、そうかね」と、ねちねち糾弾を受けるハメとなり、ぼくはぼくで気分がドンヨリ滅入ってしまった。

第一号の感染者となった高校生の校長は何をとち狂ったのか、記者会見で涙を目に浮かべていた。会見直前に生徒から涙ながら「ご迷惑おかけしてすみません」と連絡があったからなんだそうだが、校長が一緒になって泣くなんて、おいおいおい。違うんとちゃうか? 「ああいう大人にだけはならないでおこう」と当該高校の生徒たちが学んでくれたら、せめてもの救いなんだけど。

 

こんな国、ほんとにやだと思う。

 

社会保障費が増大する中で、「消費税増税やむなし」の意見が今醸成されようとしている。が、消費税はどうあっても貧乏人のほうが負担が大きい不公平な税制だ。いずれ消費税増税の議論が本格化した時、「マスクの人たち」は消費税の不公平さを忘れて「増税もしかたがない」と言ってしまうんだろう。

四月の北朝鮮の「飛翔体」騒ぎの時、地対空ミサイルが実戦配備され、また今、自衛隊は「盗賊鎮定」のため遠くソマリアに派兵されている。こうした既成事実が積み重なる中、現実に戦争の危機が迫ってきたら、「マスクの人たち」は再び危機管理ごっこに乗せられ、日本に憲法九条があることもすっかり忘れて「武力行使はしかたがない」と言ってしまうんだろう。

全体主義を防ぐにはまず、危機管理ごっこをせせら笑う力を民の側が持つことだ。

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2009年5月25日 (月)

ドーン!バーン!キキキーッ!を120%

Top_blue_2最近はテレビがつまらない。ゴールデンの時間帯はひどいもんである。ニュースも、特に民放ではニュースなんだかワイドショーなんだかわからんし、バラエティやドラマも、いやはや、もうなんだか切ない気分になってくる。そのために、昼や夕方にドラマの再放送を録画しといて、後で見直すような具合である。視聴者としてテレビ局にすっかり年寄り扱いされてしまう年齢になってきたということなんであろう。

年齢と言えば、年のせいなのか人の名前を覚えなくなった。以前からそうだと言えばそうだけども、その程度がずいぶんとひどくなってきた。以前はそれでもなんとか思い出そうとしたし、忘れたら忘れたで悪い気がしたもんだけど、そういうこともだんだんなくなってきた。今では平気の平左である。

以前からそうだと言えば、ぼくは昔からドラマの筋立てがなかなか頭に入らない。話の道筋をたどるのが苦手である。よって映画は、話の筋道無用なB級物が大好きである。ドーン、バーン、キキキイーッ! で、その手のものは海外物のほうがなにかと派手で楽しい。テレビ東京系っていうんですか、独立UHF系っていうんですか、あのチャンネルは、再放送ドラマもB級映画もよく放映してくれて、ぼくには大変都合がよろしい。

以前飲んでいて、B級映画が好きという話になった。そしたら相手がやけにその手の映画に詳しくて、「それはすでにC級なのでは・・・」と話題が拡大。ぼくはついていけず、そこではっきりしたのは、海外物でいうなら吹き替え版がある程度のB級物がぼくは好き、ということであった。

感動物の映画なんて言われても、映画で感動することがないわけじゃないけど、それよりも現実のほうがよっぽど面白いではないか。映画で感動するのも、見る者にそれに見合った人生の裏づけがあればこそ。人は二時間ドラマでさえ、泣くときゃ泣くんである。吉本新喜劇でも目が潤むときは潤むんである。話は所詮作りごと。なんなら小説や舞台という形式でもあり。けど、ドーン、バーン、キキキーッ、これこそは映画独自の表現分野じゃなかろうかと思う今日この頃。

それはさておき、海外物と言えば、テレビの深夜放送では海外(といってもアメリカがほとんどだけど)のドラマや映画をよくやっている。で、B級物ばかりでなく、面白そうなのはビデオに録ったりする。

それを後日見ていると、名前がナントカシャーンやらナンチャラリーンなどと横文字ばかりで、まずそれが頭に入らない。そのうえ、出演者はみな外人顔なんで、よっぽど有名な役者でもない限り見分けがあまりつかない。話が推理物だったりすれば、当然のごとく話についていけなくなる。縫い物とか他ごとをしていればなおさらである。

ドンパチ物も、敵味方の関係にひとひねり入っていると、ぼくの中では唐突かつ無意味な爆発や暴走、闘争のシーンばかりになって、あんまり楽しめない。そういう話が最近増えてきた、というより、さらなる読解力低下でドンパチ物にさえ最近ついていけなくなってきた、という感じ。

以前はそういう風になっても、見ているような見てないような感じで見続けていたけれど、今では話が半ばに進んだあたりで、「もうだめだ・・・」と冒頭に戻す。うちは録画機器がハードディスクレコーダーなので、その辺は一発操作である。ボタンを押してピャッと頭出し。一時間物の三十分目だろうが、二時間物の一時間目だろうが、これ以上出演者が混乱したまま見ていてもつまらないから、いさぎよく頭から見直す。さすれば、さすがのぼくも話についていける。再び話半ばにさしかかったとき、ぼくは安心して推理を深め、ドキドキ感も高まり、ようやく話に入っていくことができるのである。

それを別の日に同居人が見るときに、また一緒に見る。そこでぼくはその話を心の底から120%楽しむことができるのである。そうかあ、こういう話だったのかあ。

 

まったくもって今日は年寄りの詮方ない愚痴ではないか。

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2009年5月15日 (金)

高級眼鏡拭き

Top_blue最近の眼鏡拭きはすぐれている。取れにくい皮脂汚れもさっとひと拭きである。布についた汚れも石けんで洗えば落ちるから、何度も使えて大変によろしい。眼鏡を使う人は買った時だけじゃなく、調整の時なんかにもサービスでもらったりして、何枚か持っているんじゃないんかなあ。

眼鏡拭きばかりでなく、楽器拭きもその手の高級なやつが増えてきた。こっちは眼鏡拭きに比べてかなりでかい。新品のうちは、ギターの錆びかけた弦をキュッキュッとやるのはもったいなくて(どうかすると弦で布が擦り切れる)、ギター用普段使い雑巾一歩手前ボロ切れで汚れを取る。貧乏性。

他にも洗車用とか掃除用とか、いろんな分野で高級ふきふきは活躍の場を広げていることだろうから、眼鏡や楽器に縁のない人でもどっかかんかで使っているんじゃないでしょうか。

ぼくは職業柄通夜、葬儀に出席することが多いけれども、そういうとこに行くともらう「粗供養」と称するやつ。弔事の簡易引き出物とでも言いましょうか。もらうほうが粗供養と言うのも失礼ですし、回りくどい言いかたになって恐縮ですが、ああいうのはハンカチやらお茶なんかが多いけれど、最近は眼鏡拭きをもらうことがたまにある。そんなわけでぼくは普段使うのに必要な以上に眼鏡拭きを持っている。

眼鏡には必要じゃないからといって楽器用にまわすと、やっぱりちっちゃくてちょっと使いにくい。ふーむふーむ、どうしたもんかと思案六法。

まだ肌も若かりし二十代の頃、化粧品業界に勤める友だちに顔肌診断をしてもらったことがある。

「残念です、最悪系の乾燥肌の油肌です」

ほうほう。確かに。マクドのナプキンで顔のあぶらとりをすると、一枚丸ごとが油紙になる。浅香あき恵なみの油田状態である。お風呂でも一度洗いではなんかすっきりしないし、風呂上りに古い角質層が白く残る。かといって徹底的に二度洗いすると風呂上りがパッサパサ。女の人ならここでパシャパシャとなんやお化粧品で手入れをするようであるが、日本男児たるものそんなメンドーなことしたくないやい。

そこで、皮脂汚れもさっとひと拭きをキーワードにハタと思いついて、お風呂で洗顔のときに眼鏡拭きを使ってみた。石けんをつけてやさしく顔面を洗ってみると、あらまあいいんじゃありませんの、奥様ぁ。拭き心地にいい具合の粘りがあって、いい感じに角質層も取れて、そのうえ洗い上がりもしっとりよー。それに奥さん、あたくし剃髪→丸坊主→剃髪→丸坊主のくり返しですでしょ? それで頭もついでにゴシゴシやってみましたのよ。そしたらあ、頭皮もばっちりでしたわあ。毛は濃くなりませんけどねえ、おほほほほっ。

とまあ、非常に具合がよろしい。以降、我が家のお風呂にはゴシゴシタオルとともに眼鏡拭きが常備となったわけである。顔面はきつくこするとさすがに後でヒリヒリしてくるから、そっとやらんといけませんが、まあみなさんも余った眼鏡拭きがあったら一度やってみてはいかがでしょうか。

 

って、もしかしたらこういうの洗顔用に売っていたりするんであろうか。まあ、あっても全然おかしくない。鹿革だかセーム革のを深夜のテレビショッピングで見たことあるような気もしてきた。まあ、よいよい。

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2009年5月 5日 (火)

朝の散歩

Top_blue自分が住んでいる家というのは日常の中に埋没してしまって、「風景としての自分の家」という感覚は失われてしまう。

あそこにコンビニがあって、そこに風呂屋があって、ここが誰それさんの家で、ここが隣の家で・・・、と、家のまわりの風景は、ふだんはっきり意識することがなくとも、頭の中になんとなくあるものだ。けど家の前まで来ると、そこからはもう風景ではない。引っ越してきた当初には自分の家にも感じていた「風景としてのこの家、ここにあるこの家」というものがいつの間にかなくなり、そこにあるのは、風景と切り離された自分の家。

ぼくの実家はお寺だから普通の家にくらべて風景として強い印象を残しているはずだ。よその寺を見ればぼく自身がそう見えているんだから、そういうものだと思う。それでも、そこで生まれ育ったぼくにはふだんそうした自覚がまったくない。

最近はあまりしなくなったが、十年くらい前までは、徹夜をした朝方に時々散歩にいった。そういうときはたいがい昼夜逆転中なんで、飲んだあとの朝帰りとは違って目はパッチリである。人も車も少なくて、ふだんと違う気分でのんびりと散歩ができる。

実家にいた頃のある日、そんな散歩に出かけた。近所の川の堤防までぷ~らぷらと歩いていって、朝の風をひとしきり浴びて、それから帰途についた。いつものように神社の前を通り、そこの角を曲がって、寺の前に帰り着いた時、「あらら、なにこれ?」。ぼくは初めて、自分の家が寺だということを「発見」した。「ここにお寺がある。自分が生まれ育ってよく知っていると思っていたこの町内のここには、そうかあ、お寺があったんだあ!」と、まるでよその寺を見るような目で自分の寺を見てしまった。

似たようなことは学生時代にもあった。

大学入学とともに京都でひとり暮らしを始めたとき、あこがれの京都に来たというおのぼりさん気分もあって、「いずれ自転車で嵐山まで渡月橋を見にいってやる!」と考えていた。とある秋の日、夜中の三時だったか四時だったか。まだ暗い中、車の少ない大通りを十二段変速機つきの中古自転車でぶっ飛ばして嵐山にむかった。念願かなって夜明けまえの渡月橋の姿を見ながら、「うんうん、満足満足」とひとしきり京都気分を満喫した。

そして下宿に戻ってきたのが朝の六時ごろ。ガチャガチャと鍵をあけて部屋にはいった瞬間、「あれっ、あれれ? ああ、おれは京都でひとり暮らしをしている! うーん、なんて狭い部屋なんだ・・・」と、狭い六畳ワンルームにひとりで暮らしていることに「初めて気づいた」のである。

そんな経験はこの二回しかないけど、これはきっと、ふだんとは違う朝方の風景のつづきのまま自分の家を見ることで、自分の家への視線に他者の視点が入ってきた、ということなんだろう。その時は、まるで安倍公房かカフカの小説の主人公になったような気がしたものだ。

そういえば、押入れの中から部屋を見るといつもの部屋が他人の部屋のように見えると聞いたことがあるなあ。今度押入れを整理して自分の部屋を覗き見してみようっと。

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2009年4月25日 (土)

つき合って一緒に沈むのはいやだけど

Top_red前記事の小説『嫌ブス権』はどうでしたか? 小説などという不慣れな手法をとったので、まあいろいろと「不適切」な表現で不快な気分を持った方もおられましょう。しかしながら、「不適切」と言うならよっぽど今の世の中のほうが不適切だろうと、ぼくは思います。もし当該小説を読んで不快感を持たれた方がおられましたら、もっと大きな不適切に対して更なる不快感を持ってくださることを期待します。

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かつて成人男子の九十五パーセントが喫煙者だったこともある国で、たばこがここまで世間から嫌われ者になるとは、その頃に生れ落ち、日常的に煙に「被曝」しながらも特段不都合なく育ってきた者としては、ちょっと異様なものを感じる。キセルがトレードマークであった鬼平犯科帳の長谷川平蔵でさえ、時折作られる新作ドラマではキセルのシーンがまったくなくなってしまった。この春から、JR東海の在来線では喫煙所がなくなってしまい、京都でもタクシーがほぼ全面禁煙になった。

うちの近所の大学では構内完全禁煙とノボリが立っている。これからは大学でもたばこを吸うと停学にでもなるのか? まあ、最近は大学生も「学生」と呼ばれず「生徒」と言われるぐらいだから、しゃあなしか。高校生みたいに停学にでもなんでもなっておくれ。それにしても、学生自治とかそんな言葉はすでに死語なんだろうなあ。こうしたことを決めた大学職員も、自身がそんなことを経験していない世代が中心になりつつあるだろうから、「学生自治」の「が」の字も思い浮かばなかったろうことは同世代の者として容易に想像がつく。そしておそらく、こうした決定過程が教育機関としての大学の役割を放棄している姿なのだということを、彼らはわかっていない。

 

ぼくが思うに、たばこがここまで社会的な排除の対象となるのは、いじめの言いがかりとしてよく使われる「くさい」をたばこには堂々と言えること、健康至上主義、健康病という現代先進国のヒマ人のヒステリックな心性、それと、病への認識の仕方、そんなあれこれが絡み合いながら、この問題の下に横たわっているのだと思う。

十九世紀の科学技術の発展は、コレラやペスト等の細菌が原因となる病を次々と克服、制圧した。二十世紀に入ってからも天然痘を完全制圧し、結核を不治の病から治る病にしてしまった。近代医学の発展は、病を呪術の対象から科学の対象へと人々の認識を変えてしまう力を持っていた。まさに科学の勝利であり、人類の進歩である。

こうした病気は、病気に対応する原因が○○菌等と(今でこそ)比較的単純だが、こうした病気が克服されて以降死因として上位になってきた疾患は、その原因が多岐にわたる。がんや内臓疾患の原因は決して単純なものではない。生活習慣病、成人病などといわれるものはおしなべてそうであろう。現代において、死因につながる病気の予防は「○○をすればよい」などといったことですむことはない。

生活習慣病、成人病の多くは、そういった病気になれるほどに長生きできるようになったからではないか、つまり、何らかが原因というよりも、時間とともに進行していく「老化」が病気を発症させていると言ったほうが正確なのではないかと、ぼくは思っているのだが(いろんな病気を引き起こすとされる肥満は、むろん老化ではなく、食の先進国への偏在化による栄養過剰がその原因だろうが)、十九世紀型の病気の認識の仕方に慣れ親しんできた近代人は、これらの病気に対しても単一の原因を「期待」する。そして、その対応策を単純化する。「心臓病予防にはポリフェノールがいい。それを有効に体に取り入れるにはワインがいい。お茶がいい」「がんには○○が効く」「納豆でダイエット」「バナナでダイエット」「メタボのあなたに必要なのは○○!」・・・・。話がウソであろうがマコトであろうが、こうしたブームが繰り返されるのは、現代的にアレンジしなおされた十九世紀型の認識を多くの人がいまだに続けていることの証左だろう。しかしながら健康で長生きするのもしないのも不確定要因が多すぎて、多くの人にとって病気の原因と結果が一対一の対応関係を結ぶことは少ないのである。「科学の力」によって長生きを手に入れた現代先進国の人が雑多な情報にふりまわされている姿は、健康にしか生きがいが見つけられなくなったヒマ人の贅沢にして空疎なヒマつぶしに見えなくもない。

複雑な要因を持っているはずの病気について、病気から原因を見るのではなく、原因から病気を眺めたとき、日常生活に溶け込んだたばこという嗜好品ほど都合がいいものはなかったのだろう、現代的十九世紀型認識によって、様々な病気の原因のジョーカーとしてたばこはお白州に引きずり出された。

「くさい」に過剰に反応するのもまた、現代における病的な状況と言えるだろう。たき火はおろか、マンションの隣室の蚊取り線香のにおいにまで反応する住民。いまやどこにいっても消臭モノは人気商品である。いじめの定番に「おまえ、くさい」があるのは、嗅覚が原初的な感覚だということもあるだろうが、他者との接触回避の心理の表われとしての過剰な「ニオイ忌避」とも無縁ではあるまい。しかして、受動喫煙の害の「科学的根拠」を見てみるに、果たしてこれが科学かと思われるようなあやふやなものばかりだが、こうした中でたばこが槍玉にあげられれば、そこに科学的根拠があろうがなかろうが、そんなことはもうどちらでもよい。なんせ「くさい」という直接的に「私」に訴える不快感があるのだから、たばこ排除は不可避である。それはあたかも、「だってあいつ、くさいし」と、「いじめられるほうも(が)悪い」というイジメの本音を、たばこ排除の場面で代償させているかのごとくだ。

排除の対象が、 たばこと同様に存在自体が人に不快感をもよおす「ブス」や「○○」でないのは、偶然にしか過ぎない。「○○」には、あなたが不快を感じるものを代入せられたし。そこに少しでも嫌われる要素があるならば、酔狂な「科学者」がいずれそれに「科学的根拠」を与えてくれるに違いない。

たばこの害はWHOがどうとか言っているといっても、地球温暖化の議論がWHOにおいて科学的議論というより政治化してしまっているという記事、論評をあちこちで目にするように、たばこも同様、WHOの報告が絶対化されるものでは到底ない。

と、たばこの議論もここまでなら、ひとつの文化論として、ぼくもたばこ好きの側から議論に乗ろう。たばこを好き嫌いのレベルで語ること自体の是非はない。嗜好品対毒ガス・危険物という、絶対にかみ合わない不毛な議論が繰り広げられるのも、議論の整理がついていない以上、致し方ない面もあるとして認めよう。

だが、こと昨今におけるたばこ排除の論理は、似非科学だけではなく法律、条例まで持ち出してきた。たばこへの法による決裁は、私的領域への政治介入以外の何ものでもない。たばこ嫌いの人にとっても、私的領域への政治介入は許されないものだろう。ましてや、法の裏付けとなるべき科学的根拠はあいまいなものである。

嫌煙権は文字通り法的な権利となり、ここにいたれば、たばこの好き嫌い(もしくはたばこの科学的正邪)の議論はすでに質的に変化をしてしまった。それを意識せずして、今たばこの問題を語ることは、あまりにも権力への緊張感がなさすぎの、呆けた議論でしかない。現代政治はそんな素朴な生きかた、ものの見かた、考えかたを見事にすくいあげて、支配の論理へと組み替えていく。「マナーからルールへ」という、一見もっともな標語に潜むあぶなさは、たばこどころではない、権力の危険なにおいがプンプンだ。

路上喫煙禁止区域で、同じたばこを吸わないといっても、確かに今ここで吸うのは迷惑だからとたばこを遠慮するなら自律的人間ともいえようが、ここは禁止されているからとたばこを遠慮するならば、それは権力がまさに欲するところの被統治者の生きかたそのもの、人畜無害の人である。

たばこが好きだろうが嫌いだろうが、ブスが好きだろうが嫌いだろうが、それは恣意的な事柄であって、基本的に私の領域に属する。そこに文化論としての正しい、間違いの議論は成立しえても、法によって正邪を決められることではないし、決めてはならないことだ。近代政治において、私的領域への政治介入をなしくずしにしながら事を進めるのは、思想的に近代以前に戻ることであり、現実社会にファシズムを招来することとなる。

私的領域の政治化はファシズムへの第一歩、もしくはそれそのものであり、そのもっとも先鋭化した姿は戦時に立ち表れる。武器を持った者は、「人を殺したくない」という私的領域の最後の一線までもが権力によって戦争の論理に塗り替えられ、人を殺す。爆弾の下では人に私的領域など存在する余地もなく、政治によって虐殺されるのみだ。

治安維持法が成立する前、「不埒な者」を拘禁するのに猛威をふるっていたのは、浮浪罪という軽犯罪であったということもまた心にとどめておいたほうがいい。

なにもたばこに限った話ではないが、権力との緊張関係があまりにも希薄なこの社会に生きていると、ぼくの耳に聞こえる戦争への足音は空耳ではないのかも、という気がしてならない。

 

 

小説本文よりも長い解題となってしまいました。

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2009年4月15日 (水)

嫌ブス権

Photo俺にはお気に入りのバーがある。酒や食べ物がうまいのはもちろん、店の外観から店内に飾ってある小物まで、マスターの趣味がいいのか、なんとも感じのいい店だ。カウンターでマスターの横に立って働いている子も、これまたマスターの趣味なのか、客の目を引くかわいらしい子だ。

看板娘ともいうべきその子と、俺はようやく少し話をするようになったばかりだった。

なのに、ある日店に行くと、店を辞めてしまったという。残念な気もしたけれど、まあいいや、次に入ってくる子はどんな子なんだろうか、それをひそかな楽しみに店に通い続けた。

ところが、だ。

しばらくして代わりに入ってきた子の、そのなんとも不細工なこと! ありていに言ってしまえば、ブスなんである。

見た目のおしゃれさからか、この店にやってくる女性客もそれなりに美人ぞろいだった。しかし、このブスな娘がカウンターに入ってからというもの、何を安心したのか、この店にまでブスな客が堂々とやってくるようになってしまった。

俺はなんといってもブスが嫌いだ。大嫌いだ。何年か前にようやく「禁煙法」が成立して大嫌いなタバコがこの世からなくなって改めて気づいたんだが、俺が一番嫌いだったのはタバコじゃなくてブスだったのだ。

身勝手だと言われても、嫌いなものは嫌いなんだからしかたがない。はっきりいってブスはもう見たくもない。なにかのはずみでブスと話をしなくてはならなくなった時、俺にとってこれほどつらいことはない。それはタバコの煙のつらさの比じゃない。ストレスがたまって体にもきっと毒だろう。

いつだったか、取り引き先の相手がブスのOLだったことがある。その時には正視するのに耐えられず、異様な緊張感におそわれてしまって、仕事を失敗しかけたことさえある。そういうこともあって俺はさらにブスが大っ嫌いになってしまった。

俺は街のブスを避けるためにも毎晩のようにこの店に来ていたのに、これは一体なんなんだ。俺はマスターのセンスに少し疑問を持つようになった。それでも俺は仕事が終わってからもまっすぐ家には帰らず、俺の知る限りまだまともなこの店にしばらく通い続けた。

そんなある日。俺のとなりで一人黙って飲んでいた男がいた。そいつに、そのもうひとつ向こうの席に座っている女性から声がかかった。
「お一人ですか?」
「んっ?」
その男は女を一瞥すると、苦虫をかみつぶしたような顔で正面に向きなおった。俺はその女をチラリと見てみた。

「ああ、なるほど。これではダメだ」
心の中で俺はそうつぶやいた。

この男、以前からよくこの店で見かけた男だが、こいつもきっと俺のような心もちの男かもしれない。なぜって、この男、その晩に知り合っただろう女としゃべっているのを時々見かけたことがあるんだが、その相手は決まってこの店に見合った美人とばかりだったから。それが今日はとんだ災難らしい。チラリと見ただけでもわかる、どこからどう見てもまぎれもないブスが声をかけてきて、そのとたんに苦虫顔だ。

「一緒にどうですか?」
さらに女は声をかけてきた。さぞ男は迷惑がっているだろう。

「ねえ、一緒に一杯・・・」
と、さらに女が言いかけた途端、男は、
「だまれ」
とつぶやいた。

「えっ?」
「だまれ、ブス」
「あら・・・。いきなりごあいさつだわねえ」

女は少しうろたえながらも、少し離れた後ろの席の女を見やりながら、さらに言葉を続けた。
「でもねあなた、人は見かけによらないわよ。ほら、あそこにいるきれいな人。あんな人なんかよりも私のほうがきっと性格もいいし話も上手だわ」
「だまれ。俺はブスが嫌いなんだ」

やっぱりそうだったか。それにしてもはっきりモノを言う男だなあ、こいつ。

すると、この男はもうだいぶ酔っていたのか、一気にまくし立てはじめた。

「なんでだ? ブス嫌いのこの俺がなんでお前としゃべらなくちゃならないんだ? もういい、こっちを見るな! 俺の視界に入るな! しゃべりかけてくるな。ああ・・・、目に入らない後ろの客の声さえもが『ブス声』に聞こえてきたじゃないか。これじゃあ明日は二日酔いだ。どうしてくれる! とんだ悪酔いする前に、その顔をむこうに向けてくれ! 言いたかないけど、この店では最近カウンターの中にさえ安心して目をやれなくなったというのに。俺の視線はどこにむかえばいいんだ!」

よっぽど腹に据えかねていたのか、よくぞそこまで。

「世間を見渡したってブスがどんな扱いを受けているかは一目瞭然だろう。そのことでどれだけお前の性格がゆがんでしまったか、そのことはお前が一番知っているくせに。あそこの美人よりも性格がいいだって? 何を寝ぼけたことを言っているんだ? ブスは顔だけじゃなくて、言うことまでがそういう風だからさらに手のつけようがないというもんだ。ブスは『ブス専』みたいな一部のマニアにしか興味を持たれない日陰者のくせに、なにをでかい顔してこの店にいるんだ。くそっ!」

店にいた他の客たちは、いつのまにやらこいつの弁舌に聞き入っている。男客たちはみな一様に「そうだ」と言わんばかりの顔をしていた。

「店内のブスどもを表に放り出せなんて店の人間に言ってもラチがあかないんだろうな・・・。うう。おお、そうだ、いっそのこと、こうやって一日の疲れを癒すような店にブスは出入りできないように法律で何とかしてもらえないだろうか。いや、店だけじゃなくて、この際だ、店の外にもウジャウジャいるブスどもを『ブス外出禁止令』で取り締まってもらいたいもんだ。なあみんな、そう思わないか!?」

男はいよいよ熱気を帯びてきて、周りにいた男たちに同意を求めた。すると今まで静かに聞いていた男たちも、
「おお、そうだ、それがいい!」
「家を出るな、お前らは! 自由に外出したければ『ブス外来』にでも行って整形してもらってこい!」
「ブスはハタ迷惑なんだ! この日陰者が! 通りから見える庭にも立つな! ベランダにも出るな! カーテンも閉めずに窓際に立つな! ずっと闇にまぎれてろ!」
「ブスが覆面もかぶらずに外出したら過料で千円とってやれ」
と口々に言い出した。

「き、君、悪いが、き、君はクビだ。あしたから来なくてもいい。いや、もう来ないでくれ!」
「ええっ。そ、そんな、マ、マスター・・・」
カウンターの中でも始まってしまったようだ。

そして俺も加勢してしまった。
「そういえばタバコには禁煙法のあとしばらくの間は闇タバコが存在したもんだが、ブスには闇ブスなんてできっこないな。ふんっ、タバコ以下のブスが。ブスなんてこの世から消えてなくなってしまえばいいんだ!」

 

しかし、そう口走ってしまってから俺はふとわれにかえり、「ブス外出禁止令」でもなんともならないブスがいることを思い出してしまった。

そうなのだ、「ブス外出禁止令」ができれば外に出られなくなるに違いない、一目見れば酔いが醒めてしまう顔をした妻が、家で俺の帰りを待っているのだった。

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2009年4月 5日 (日)

めくらとか気違いとか共産党とか

Top_blue世の中には差別語というのがあって、そういうのは使っちゃいけないんだそうな。言葉によっては確かに不穏当な表現というのもあるけど、言葉そのものを使わないように規制するのは、やっぱりおかしなものだ。

「行方をくらます」、これはOK。「めくらまし」、これもOK。でも「まし」を取ると、それはダメーっ!ってなんだかなあ。

気が違うから気違いなんであって、それの何が差別か。何が不穏当か。クレイジーと言えば何か変わるのかね。英語で言えば上品な気違いになるとでもいうんですか。

たしかに、相手のことを理解できないというだけで、「お前はキチガイか」と罵倒してきた歴史があるだけに、「気違い」を使うことになんらかの気遣いは必要に違いないけれども、漢字変換から「きちがい→気違い」を排除する文化はいかがなものかと思う。ネット掲示板では「基地外」と当て字にして、もっと隠微な雰囲気プンプンである。

集落という意味で「部落」を使おうとする人が、遠慮がちにこの言葉を使うのをぼくは何度も体験しているけれど、これにも差別の歴史が後ろに控えているから、どこか遠慮してしまう気持ちが入り込むのだろう。

「片手落ち」を放送で使うと、これまた事後にお詫びがある。これは「片・手落ち」であって、「片手・落ち」ではない。これがだめなら「手落ち」もだめである。勝手に「片手のない人に不快感を与える」とか言い出して、こういうのをイチャモンとか難癖、言いがかりという。

ぼくは大学でマルクスの勉強をやっていたから「共産党」という言葉に抵抗感はないけど、いまだに世の中の一部では「共産党」という言葉は見事なまで差別的に響く。

何年か前、奈良のどこだかの現役最年少市長の話題をテレビでやっていた。市長の登庁初日、市長室に表敬訪問にやってきたギトギトあぶらオヤジの市議会議長に市長が、
「市民の代表として一生懸命やって行きたいと思います」
とあいさつしたら、ギトギト議長は、
「なんで君みたいな若造にそんなこと言われなあかんねや。ん?ん?ん? ところで君は共産党ちゃうやろなあ。ん?ん?ん? ほうか、ほうか、ちゃうんか。ほな握手や」

「共産党」のところを、「在日」だとか「被差別部落」だとかに置き換えてみれば、こうした発言に存する差別意識がはっきりわかることと思う。彼にとっては「共産党」という言葉は、「アカ」「非国民」に代わって、いまだに堂々と使える差別語の役割を持っているわけである。

こうした「文脈で示す差別」が堂々とテレビで流れてもOKだということが、ぼくからしてみるとなんともすごいことだなあと思う。日本共産党が万が一にも党名変更をした日にゃ、「共産党」という言葉は差別語に数え上げられて気軽にテレビで言えんくなるんかなあ。

この時、市長は共産党と違うからだろうが「違います」と答えていたけど、「共産党です」だったらどうなっていたんだろうかね。この市長がどういう考えかは知らないけども、「共産党であろうがなかろうがどっちでもいいじゃないですか」と答えられない所に差別の根深さを感じる次第である。

言葉というのは文脈の中でこその意味合いというものがある。馬鹿にしたり無能呼ばわりするために使うのは論外としても、「目の見えない人」を「めくら」と言うことに過剰に反応するくらいなら、もっとやることがあるだろうにと思う。

 

そうそう。北朝鮮のロケット発射に、自衛隊の迎撃ミサイル実戦配備。こういうのは、「気違いに刃物」という言葉がぴったり当てはまります。ただし、北朝鮮にだけ言って日本に言わないのは、それこそ片手落ちです。

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2009年3月25日 (水)

餅屋はどこに

Top_yellow白雪姫や浦島太郎なんかの童話の絵本が入った、くるくる回る棚が本屋のレジ脇によくありますね。そういう棚には、まだまだちっちゃい子どもが親に読んでもらうような本がたくさん入っている。「初めて出会う本」とでも言うんですか、そういうのは。

ぼくの初めて出会った絵本は、確か、松谷みよ子の『いないないばあ』と『あなたはだあれ』だったと思う。おかあちゃん!

この前、本屋でそんな棚を何の気なしに見ていたら、 『コンビニエンスストアでおかいもの』(ポプラ社)という本を見つけた。Photoこれは、絵の代わりに写真を使った本。セブンイレブンが全面協力らしく、とあるセブンイレブンが舞台。「おしごとえほん」シリーズということで、「おみせにおにぎりがならぶまで」と最後にチョー簡単に解説をしてはいるけど、要は、漫画で書かれた小学生ぐらいの女の子と幼稚園ぐらいの男の子が、「いろんなものがいっぱいあるねえ」とびっくりしながらお買い物をするという話である。

「そうかあ、おれは駄菓子屋だったけど、今は買い物を覚えるのはコンビニでかあ。そうかそうか、そりゃそうだわなあ。にしても、なんか寂しい話だなあ」、そんなことを考えながら、コンビニで店員が子どもに向かって、「いらっしゃいませ。ありがとうございました」と声をかける、あの異様な風景を思い出していた。うむうむ、これは時代の証言として購入しておこう。三百五十円になります。千円からでよろしいでしょうか。

それにしても、この本を親はどういう気持ちで子どもに読み聞かせるのだろう。良質な絵本で定評のあるポプラ社も、思い切った賭けに出たものである。「初めてのお使い系ほのぼの」を主眼としてないと言えなくもないけど、これ、かなりきてます。もしなにか他意があるなら、相当したたかな戦略である。

思い返せば、ぼくが子どもの頃は、ちっちゃい個人商店が近所でも健在であった。自分で買うような物でも、鉛筆は文房具屋、アイスクリームはお菓子屋、電池は電気屋、学校指定の体操服は洋品屋、砥石は金物屋、花火はおもちゃ屋とそれぞれに店があった。けど今ではそういう店はことごとく閉じてしまい、コンビニとショッピングセンター、ホームセンター、百円ショップでほとんどまかなえてしまう。というか、そこでなくてはまかなえない。

子どもの時にはお店屋さんごっこをしたもんだが、花屋だとか、果物屋だとか八百屋、魚屋、本屋、ケーキ屋・・・、それぞれが好き勝手に店を開き、葉っぱやら石ころをお金にして、どの店も商売繁盛だったものである。

そんなことを思い出して、ふと思う。今の子がお店屋さんごっこをするとなると、どうなるの? 

「リアルお店屋さんごっこ」なら、肉が好きな子どもはスーパーの精肉コーナーの担当を希望するのであろうか。大工道具に興味を持つ子どもはホームセンターの大工道具コーナー担当になるのであろうか。いやいや、お店屋さんごっこという以上、レジこそが売り買いの現場なのだから、レジ係が人気なのかもしれぬ。

ハンバーガーが好きな子どもは、
「わたしマクドナルド」
「じゃあ、ぼくロッテリア」
「ああ、取られたあ。じゃあドムドムでいいわ」
などと、店の種類別ではなく、会社別で選ぶのであろうか。

じゃあ、おれはねえ、吉野家やる。誰か、なか卯やって。

今は個人商店をやろうと思っても、なかなかやれそうにもない。花が好きだから花屋さんをやろうかと思ったら、どっか大きな園芸店に就職するのがまっとうな道であって、いきなり花屋を開くなんて相当酔狂な人であろう。今さら町の電気屋さんを始めたい人なんてほとんどおりますまい。「よっしゃ、わし帽子屋やる。屋号は伽羅!」と言っても、「やめとけ」と身内に止められるのが関の山である。「家具屋でも始めますか」と言って、本気で受け止められることなんて、まずはなかろうもん。果物屋も魚屋も薬屋も楽器屋も眼鏡屋も時計屋も煙草屋も靴屋も鞄屋も本屋も酒屋も饅頭屋も豆腐屋も米屋も瀬戸物屋も、もうなんでもかんで然り。わずかに飲食店がやれるぐらいのものだろう。

ことわざで「餅は餅屋」って言うけど、おーい餅屋はどこなんだ?

先日、ユニクロで有名なファーストリテイリングがナントカと言うブランドで九百九十円のジーパンを売り出す、とニュースになった。ダイエーや他の店もそれに対抗して安い商品を揃えるだとかいう話である。あれだけ大々的にニュースをやってくれれば、どれだけの宣伝効果があったことだろう。今や普段着も多くは資本のある店で買うことになっている。メーカーについては車だとか電気製品など昔から大きいところが中心だったが、今ではまるっきり小売まで大資本中心で動いている。そういえばこの前、ファーストリテイリングのシャッチョウさんは米経済誌フォーブスの長者番付で資産六十億ドル世界第七十六位だと新聞に載っていたなあ。すっごいなあ。

今それなりに商売を始められるのは、それなりの資本を持った者(法人)に限られている模様。夢のない話だよねえ、なんか。生業でなにか商いをしようと考えたら、テナント借りてやるか、企業化まで考えないかんのかね。どうにもシンプルな生き方がしにくくてかなわん。

自営業と言えばかたい響きだけども、そういう店が家の近所にちょこちょこっとあって、町は人間味を持つ。であればこそ、子どもも安心してお店屋さんごっこができるというもんだ。

そりゃあぼくだって頭の先から足の先までユニクロで揃えられる。百円ショップもしばしば利用する。「こんなことボヤくならそんな店で買わなきゃいい」と、不買運動みたいな潔癖なことは言わない。実際に品揃えがいいし。

決してぼくの身はきれいではない。今の便利な世の中にどっぷりと肩まで浸かった身だ。それでもぼくは、こういう社会の仕組みって、とても変だと思う。個人で店がやれないなんて、こんな世の中狂ってます。

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2009年3月15日 (日)

年賀状

Top_yellow時季がずいぶんとはずれているけれど、今日は年賀状のことを書く。

ぼくは年賀状というものを小学校の時に書いて以来、ずっと書いてなかったんだけど、十年ほど前に同居人と暮らすようになって、毎年、年末になると同居人がせかせか書いているのを見ていたら、「おれもいっちょうやってみるかあ」なんて気分になって、何年間か続けたんだけど、結局めんどくさくなって二、三年前にまたやめてしまった。

小学校一年生の時、冬休み開けの始業式の日、担任の先生が自分に送ってきたクラスの子の年賀状を、教室の後ろに張り出した。送らなかった子もいたろうに、あれはどういうつもりだったんだろうかと、大人になって考えてみるによくわからないんだけど、もしかしたら、何十枚も返事を書くのが面倒なもんだから、そうやって張り出すことで、「みんなありがとうね」ということだったのかもしれない。もしかしたら年末の最後の授業で、「年賀状を書こう」なんていうのがあったのかもしれない。

そのへんの経緯は今さらもういいとして、ぼくは自分の年賀状が、他の友だちの「あけましておめでとうございます ことしもよろしくおねがいします」的な定型シンプル文面と違って、普通の手紙のような文面になっていて、なんか少し恥ずかしかったことを覚えている。その時は、常識的な年賀状の型なんてまだ知らなかったし、親も教えてくれなかったもんだから、「あけましておめでとうございます」の後には普通に先生へ手紙を書いたわけである。多く書くぶん字は小さくなって、他と並べて見ると、良く言えば子どもらしくない大人びた感じ、悪く言えば「勢いないね、この子」である。変といえば変。個性的といえばほめ言葉にもなろうか。

その頃からぼくは「常識無用、非常識上等!」の人間だった、というよりは、ただそれを知らなかっただけで、そのことを親も知ってか知らずかほったらかし。それが今のぼくにどう影響しているのかはわからないけれど、「一言多い」というのだけは、その頃から変わりのないところではあろう。

年賀状は虚礼だとかナントカと評判の悪いことを言われたりすることもあるけれど、ぼくはそこまで悪くは思わない。暑中見舞い、寒中見舞いともども、あってもいい季節の習慣だと思う。以前兄に聞いた話で、学生時代とても世話になった恩師の老教授は、
「年賀状が届かなくなったら、俺は死んだと思ってくれ」
とよく言っていたそうで、ああ、年賀状にはそんな使い方もあるのか、と感心したものである。どうせ年賀状を続けるなら、そんな年になるまで書いていたいと思ったものだけど、結局、自分でなくて、父が死んだ年の喪中葉書がめんどくさくなってやめてしまった。

同居人を見ていると、去年も十二月の三十日になって、どの図柄をダウンロードしようかと三時間も四時間もネットを見ているもんだから、
「あのさあ、そうやって探しとる時間に手書きでやっとったら、もう終わっとるんちゃうの?」
ってなもんである。まだおせちも作らんといかんのに、なにをアホほど時間をかけとるんだろうか、とろにゃーか、と思ってしまうわけである。印刷モノの年賀状なんて、もらっても、十秒見るかどうかのもんなのに、
「なあなあ、どっちの絵柄がいい?」
とか聞かれてもなあ。そんなんどっちゃでもいいわ。もらったほうも、お前の選んだ絵柄なんて、次の人の年賀状見とるときには、すっかり忘れとるわ。

同居人のそういう姿を見ていると、確かに、文面使いまわし系印刷モノ年賀状は、作成の努力及び経費と送付効果とをあわせ考えるに、虚礼と言ってもあながち間違いではないなあ、と思ってしまうのである。ご苦労なことです。

ぼくが何年か前まで書いていた年賀状は、十何通ぐらいだから印刷する手間のほうが面倒だし、そもそも、もらっても味気ないと思っている印刷モノにする気もなし、古式ゆかしく筆で「あけましておめでとうございます」と大書きして、ほんでもって近況報告を書いて、ちゃっちゃっちゃーのちゃーでおしまいであった。気が向けば自分の似顔絵のひとつでも書いたか知らんが、そんなことはもう忘れた。いずれにせよ、小学校一年生の時のように文章をしたためるならいざ知らず、読まれても十五秒もかからないようなものに、そんなに手間ひまをかける気にならない。

そうそう。写真つきの年賀状、あれはいらんなあ。特に子どもつき家族写真。その中でも特に子どもだけの写真のやつ。この記事を読む人の中にそういうのを送っている人がいるかもしれないけど、気を悪くされたなら、まあこの際です、一度気を悪くしていただきたい。

家族ぐるみのつき合いがあるなら、それはそれでいいんだけど、そうでもないのに、家族全員連名の家族写真つき年賀状をもらっても、「ふむふむ」というだけで、だからなんなんだ、という話である。子どもだけの写真のにいたっては「???」である。親バカというよりはバカ…、いかんいかん。

考えるに、その人にとって家族のことこそは人に伝えたいとても大切なことであって、その安寧な姿こそ一番伝えたい近況報告なんであろう、と。個人と個人のやりとりであるはずの年賀状にさえ家族を登場させるのは、その人の精神的、人格的安定は家族の安定による、ということを示しているのであって、すなわち家族写真つき年賀状は差出人何某氏のマイホーム主義の見事な表現である、と、まあ概略このようなことを思うわけである。

マイホーム主義のなにがいかんのだ、と言われれば、「家制度の現代的変容じゃないのかね」と言うだけ言って、あとは触らぬ神にたたりなし、これ以上の議論を差し控えたいと思うのであるが、でも実際のところ、何年かに一度の年賀状の整理の時、写真つき年賀状というのは、とても処分しにくいわけである(ずっと取っておく人もいるだろうけど)。マイホーム主義な心理を概略考えさせられた上に、処分しにくいとなれば、これはちょっと、気軽な年始のめでたいやり取りを越えている気がするわけである。写真つきのヤツめ、年賀状の分際で、どこまでおれに心理的圧迫をかけるか。

どうせなら、核家族などというチンケな集まりでなく、親きょうだいに爺さん婆さん、いとこにはとこ、一族郎党すべてを収めた写真を全員連名で送ったらどうであろうか。相当に強烈な印象を相手に与えるはずである。毎年楽しみになるはずである、「あの人が今年はおらんなあ、逝ったか」とかね。

とはいいつつ、ぼくが年賀状を送るのをやめてから、ぼくに送られてくるのもぐっと減ったのだから、まあそんなにぐちゃぐちゃと粘着質になることもないのである。大体からして、今日の家族写真つき年賀状の話って、一般論でもあるけれど、ぼくに送られてきたものも当然に含むわけだから、それはすなわち、該当年賀状をぼくに送っていただいた友人にケンカを売ったも同然の所業である。とても失礼な話である。うーむ、これは虚礼以下のことをしてしまった。

Photo_2 友よ、ぼくの一言多いことを・・・・・・、

 

 

 

本当にすまないと思う。

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2009年3月 5日 (木)

かぶりものといえば伽羅

Top_redふと気づけば、帽子作りがマイブームである。去年の暮れぐらいからいくつか作った。

なにか新しいオリジナルなのを作り出して、とかそんなんではなく、型紙付きの本を買ってきて、それをもとによいしょよいしょと作っている。布切れも、穴が開いたり小さくなったりして着なくなった服をつぶしたり、これまでのお細工物の残り切れを使っている。あまり金をかけない、これが信条である、いつものごとく。

Photo まあ、これまでもなんかあれば縫い物はしているし、今回も帽子ばかりでなく、勢いに乗じて手提げかばんや小物入れも作っているけど、帽子はこれまで挑戦したことがなくて、で、やってみたら案外ちょろいもんだとわかって、言葉を覚えた子どもがしゃべりまくりだすように、必要以上に帽子をいくつも作っているわけである。

そういえば、帽子を作ろうと思い立った頃、百均の店に行ったらズラッと帽子が並んでいて、それを見たときはかなり萎えたけど、あれはなに? 帽子の材料を手芸屋で揃えれば百円は越えようものを、労働賃金とか輸送費とかもあるのに、まったくどうなっているのかね。

Photo_3さて、帽子を作ると聞けば、なんかとても特別な技術がいると思うだろうけど、いざ作ってみると、型紙さえあれば、縫いの作業自体に特段難しいことはない。簡単なかばんや袋物なら型紙もいらないけれど、さすがに帽子では型紙がないと相当にややこしいはず。最初は型紙通り作って、それからオリジナルなものを作ってみたければ作ればよろしい。そのへんは楽器の習得と同じである。まずはコピー。

Photo_4使う布切れは、帽子一つ分で長袖のシャツの両袖分ぐらい。同じだけの裏地分の布切れもいるけど、まあいずれにせよ大した量ではない。なんとなれば裏地を表地と同じ布にしてしまえば、長袖のシャツ一枚分弱で、ほほほいのほいである。裏地にも気を使って作ればリバーシブル仕様にもなる。小学校の体育の赤白帽みたいなもんである。 

同居人がつかみ取りで買ってきた着物を布地として供出してくれた。紫地の縦縞模様でとてもいい。性が抜けているんで、着物としては用をなさないけど、芯地を張れば帽子には十分な強度と判断。これで、同居人用に深めの帽子と、ぼくの鳥打帽を作った。

柄が柄なだけに、できあがってみると十分に強烈な一品。であるがゆえに、二人が揃ってこの帽子をかぶると、最近見かけんくなったペアルックのアホアホカップルよりも、もっと強烈に怪しいアベックに見えてしまうであろう。

Photo_5

帽子をかぶって二人並んで鏡を見ながら、
「これはきついなあ。ええか、おれがこれをかぶる時は、おまえはそれをかぶったらいかん!」
「わたしもこんなん嫌じゃい!」
てな具合である。

待ち合わせをした時に、なんかの拍子でお互い知らずにこれをかぶってきたとしたら、ハタから見れば、仲のいいアホカップルがなにか言い合いをしていると見られよう。
「な、な、なんと! それかぶってきたんかいな」
伽羅「な、な、なんじゃ! やいの、やいの!」
「やいの、やいの!」
「やいの、やいの! なんでもええで、はよ脱げ。キャラかぶって見られるわ」

キャラかぶる?

ということで、わたくし、これから自作帽子のブランドを「伽羅」とすることにしました。タグもいずれ作りましょう。かぶりものといえば、伽羅。よろしく!

 

と、そんなこんなはさておき、この期に及んで、いまだにぼくはミシンを買ってない。どんなのを買ったらいいかわからないの。安いのを買えばパワー不足、機能不足に泣き、安物買いのなんとやらを嘆きそうだし、高いのを買えば買ったで、でかいぞ、重いぞ、狭い家には邪魔だぞ、と愚痴を吐きつつ、「熱しやすく冷めやすい症」患者所有の持ち腐れた宝になりそうだし、あーん、どれ買えばいいんだあ、と優柔不断爆発。

というわけで、今もってぼくのお裁縫は手縫いでぬいぬいである。ミシンがないからといって、帽子作りを恐れることなし。キャップ帽のツバ部分を硬い芯ごと縫うのが手縫いでは相当きつかろう、というぐらいのもの。マジ縫えんのかどうかまだやってないからわからないけど、ツバは厚地の芯地にすれば、既製品のようにガッチリとはいかずとも、使用に十分耐えうることを他の帽子で確認済みだから、よしである。硬いツバのキャップだけがキャップじゃないやい。

確かに、ミシンがあれば、「簡単なものなら30分でできる!」という帽子の本のうたい文句もウソじゃなかろう。でもそれって相当手だれのミシン使いだと思う。そこまでミシンに慣れるまでにぼくは帽子作りに飽きている、と断言しましょう。ぼくはこれからものんびり並み縫いでなみなみ行くのだ。

縫い目をなるべく隠すように縫うのが手縫いの基本であるからして、出来上がってしまえばわからないものの、縫い目はまだまだ粗く、ベテランの人に遠く及ばない。ミシンでは縫い目も出し放題だけど、それをうまいこと隠すにはどういう手順で縫っていけばいいか、なんてことを考えながら作っていると、工夫ぶっていて偉そうじゃないか、と軽く悦に入れたりする。

まあ、ものづくりにおいてはなんでも同じだけど、縫い物でも「縫う」というメインの作業以上に気を使うべきは、そこに至るまでのしっかりした型紙作りや、布の切り出し、待ち針や仕付けなどなどの下準備である。

仕付けは待ち針や仕付け糸の代わりに、クリップで仮止めすると便利。文房具箱にあったちびちびクリップを使って、しかるべきところにしかるべくはさんでみたら、待ち針や仕付け糸よりも微調整がしやすくて、とても具合がいい。なんせはさんでいくだけなんで、お裁縫初心者にもおすすめである。それ用のクリップが手芸屋さんに売っているけど、洗濯バサミでもいいし、一度手近な物を使ってやってみてみて。

あと、大事なのは仕上げ。仕上げと言っても、アイロンを使ってシワを取ったり折り目をつけたりするだけなんだけど、ぼくのようなせっかち人間は、最後の玉止めをすると、「やったあー、できたあー」と舞い上がって、「ほれっ、ほれっ、できたっ、できたっ」と同居人に自慢してしまうわけであるが、でも、冷静になってよく見ると、なんか今ひとつしっくり来ないところがあったりするもんである。翌日に改めて見たときなんかに、そういうところがとても気になりだすもんなんである。そこで、アイロンを使ってシワを取り、折り目をちゃんとすると、あれまっ、ぐっとよくなるんですねえ。

簡単なこととはいえ、仕上げをなめてはいかん。「できたあーっ」と思った喜びをお茶でも飲みながら味わったら、早速仕上げにかかるべし。それから人に自慢しても遅くはない。

 

さて、女性客がほとんどの手芸屋さんにヒゲ面の中年が行くというのは、正直言って結構勇気がいる。ぼくのことなんか誰も気にしてなかろうに、自意識過剰、他の客の視線を勝手に自分に突き刺してしまうのである。それに、ロール状になっている1メーターいくらの布を買おうにも、これはこの布をレジに持っていくものなのか、店員に声をかけてしかるべき長さを申告するものなのか、買い方もよくわからんし、なんせ緊張ドキドキである。

この前も、他の客が布を買うところを見ようと、ギロ目で様子をうかがっていたんだけど、結局その日はそういう場面に出会えずじまい。でも、見本のために3センチ程度切ってもらっているお客さんがいた。その店では五種類までだそうだけど、そんなことできるのか。知らんかった。布の買い方も見本のことも、店のどこにも書いてあらへんし、うひゃあ、シロートのぼくなんか、ぼくなんか・・・。

この「店に行って緊張ドキドキ」は、以前、エフェクター作りに凝って電子パーツ屋に行き出した頃以来である。三十を過ぎたワケ知り風なおっさんが、実はよくも知らず、店員に「型番○○のトランジスターありますか」と聞くときのドキドキ感。他の客はみんな電気に通じていそうな中で、なかなかの緊張感である。

電子パーツは型番が数字とアルファベットで分類されていることが多いんだけど、「l」が「いち」なのか「エル」なのかわからないで店員に在庫を確認するのは相当な勇気がいるということ、賢明なる読者のみなさまにはきっとわかっていただけることだろうと思います。「FET」という部品を、あちゃらの業界では「フェット」と呼ぶのか「エフイーティー」と呼ぶのか、はたまたそのどちらでもいいのかもわからない状態で、カウンターの後ろにある部品棚から出してもらって買い求めるのはなかなかの緊張を強いられるものだということ、賢明なる読者のみなさまにはきっとわかっていただけることだろうと思います(今もなんて読むものなのか知らん)。

一度、作りたい機材の材料表に見たことのない部品があった。電子部品屋では総合店以外、ここはトランジスター、ここはコンデンサーと、店舗ごとに扱う部品の種類が違っていたりするんだけど、その部品はこの店にあるだろうと思って、
「これ、どういうものかぼくもよくわからないんですけど、ここに置いてありますか」
と、聞いてみたら、店員からいきなり、
「何アンペアの?」
と聞き返されたもんだから、
(えっ、種類あったの?)
とドギマギしていたら、
「だからあ、何アンペアぐらいの電流が流れるぐらいのところにそれ使うの?」
と言われ、
「???・・・。あの、あの・・・、勉強し直してからまた来ます」
と、屈辱を味わわされた三十六歳の秋。

今回のお裁縫ブームでは、まだそんな逃げ出したくなるようなことはないものの、手芸屋さんをウロウロしていると、やっぱり少しドキドキする。もうこんなことは電子パーツ屋で終わりにしたいと思った三十六歳の秋の誓いはいずこへ。とはいえ、手芸関係は電気関係よりもずっとわかりやすい。なんせやっていることが、うまくできるかどうかはともかく、説明をされればなるほどそういうことかと、目に見えることばかりである。

 

去年の秋ぐらいに書いたパイプの話。すぐ飽きるかと思ったけど、今でも家で吸っている。好みの煙草葉を探すのがちょっとした楽しみになっていたりする。色々とあるダンヒルのは大概おいしい。ちょっと高いけど。50グラム900円~1000円程度の標準価格のものなら、マックバレンのバージニアNo.1、ミクスチャーブレンド、ゴールデンブレンド、ボルクムリーフのジェニュイン、ガレリアのフォックス&ハウンドあたりが素直でおいしいと思います。

で、今夜もパイプを咥えながら、よいしょ、よいしょと、手縫いのぬいぬい作業である。

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2009年2月25日 (水)

かわいい字体でどんと来い

Top_blueここ数ヶ月、「かわいい 字体」の言葉で検索してこのブログに飛び込んでくる人がほぼ毎日いる。「なんでかいな?」と思って、ヤフーで検索をかけると、な、な、なんと! 三十七万件余りのヒット数中三番目! 随分以前に、「このブログはかわいい字体なんで云々」とほんのチラリと書いたことがあるだけなのに、なんじゃこれは。

「思い込みダイエット」でも検索結果の上位にでて、飛び込んでくる人が多くてウンヌンカンヌン、なんて話を以前にも書いたけど、まただ。

どういう機能だとこういうことになるのか知らんが、きっと、検索結果で実際に開かれたページがより上位につけられていくんだろう。となると、そのサイトが役に立とうが立つまいが開かれてしまった以上、検索結果はどんどんと上に上がっていく循環が起こる。開かれてしまう以上、役に立たないからといって下がる方への循環はいつまでたっても始まらず、となると、役に立とうが立つまいが、日々ほぼ無縁の人とつながって、三秒で閉じられる。トホホ。

そんなほぼ無意味なアクセスも、ブログ側ではちゃんとアクセス数として勘定されて、実にアホらしい最先端技術である。「かわいい 字体」でやってくる人、もういらん。検索結果、下げられるものなら下げたい。

辞書を開いた時に周辺の無関係な項目を見るのと同じと言えなくもないけど、で、それが新たな思いつきにつながるなんてことがないわけでもなかったりするけど、検索サイト側ではおそらくそういう非効率はめざしてもいないし、むしろ排除したいであろう。がんばれ、ヤフー。

ぼくはいわゆるポータルサイトって言うの?、ホームページって言うの?、を「検索デスク」というやつにしてある。これ便利。有名なのかもしれないけど、まだパソコンを始めたばっかりの時に、どんな検索サイトがいいのかと「メタ 検索」で検索したら、この便利そうなサイトに出会ったんで、その利用はぼくのパソコン人生とほぼ重なる。で、普通の検索はほとんどグーグルしか使わない。一、二年前からツールバーも仕込んで、おっと、気づくとすっかりグーグラーである。

このブログの「アクセス解析」というのは、検索ワード以外にもいろんなことがわかって、このブログを見にきた人の端末の種類もわかる。それを見ると、ウインドウズビスタっちゅうのが、ドッグイヤー的に言うともう十数年ぐらい前に発売されたにもかかわらず、マックや五十年ぐらい前の型のウインドウズ2000とさして変わらず、一割程度。六割方がいまだに三十年ほど前の型のウインドウズXPである。

最新機種、最新機能といっても、この業界では作り手と使い手、使い手の中でも仕事的に使う人と一般の使い手との温度差が激しすぎで、ぼくにはもうよくわかりましぇん。

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2009年2月15日 (日)

浅間山プチ噴火

Top_blue_2 浅間山がプチ噴火だそうである。

ぼくは時々思うのだけど、この国が生まれ変わるとするなら、もう関東大震災とかで東京が壊滅した時にようやく目が覚めるのかもしれんなあ、と思うのである。「必ず」目覚める、ではないですよ、「かもしれん」ですよ。ぼくたちは、神戸の一つや二つが潰れても何も変わらなかった現実を目にしているのだから、必ず目が覚めるなんて言えませんものね。

東海大地震で、断層が直下にある静岡の浜岡原発が爆発したとすると、急性死が静岡県内で五万人、放射能たっぷりの煙が東京に向かえば、後々のガンも含めて最悪百何十万人の死者だとかという推計がある。風向きが愛知県側だと死者百万人だったかだけど、それではいかん。ちゃんと西風が吹いてもらわねば。まあ、どっち向きの風でも、地震で道が壊れてしまえば数万人の地元民は逃げ出すこともできず、救援隊も放射能防護服もないままでは救済に向かえないので、当然棄民だそうな・・・。

なんてことが万が一にも起こり得るのに、それでも原発って必要なの?

明治以降の「現代」は、めでたくポスト近代が訪れた将来からすれば、「東京時代」といわれるはずである。現在でも「東京中心主義」という言葉でちびちびと東京批判はなされているけれども、東京のあり方そのものが将来的に否定されることは必定である。

東京壊滅の可能性は関東大震災だけでなく、浅間山や富士山の大噴火でバリバリ全開に噴煙が降り注いで首都機能停止、なんてのもあり。そういえば何年か前、「富士山がそう遠くない将来噴火するかも」なんてのを聞いた。その情報はいまだに生きているのか知らんけど、富士山の噴火が生きている間に見られるのかもと思うと、ちょっとワクワクする。フージハ、ニーッポン・イ・チ・ノーヤマー。

大震災も大噴火ももちろん十分にありうる話で、というか、いつ来ても意外ではない。避難所で「チョーいが~い」とか言うなよ。

それよりもなによりも、前回の浅間山大噴火は江戸時代の1783年。それ以降しばらく噴煙による冷害で「天明の大飢饉」が続き、寛政の改革につながる。噴煙は関東や日本だけにとどまらず、世界的にも冷害を引き起こして、フランスでは飢饉によって民衆の不満が高まり、フランス革命が起きている。すごいぜ、世界史を作った浅間山。

と、そんなことをプチ思い出させてくれましたよ、浅間山プチ噴火。 

自然災害という最強の外圧でしか変わらへんのかなあと思うと悲しいけど、でもなんか他に手はあるのでしょうか。誰かぼくに慰めの言葉をかけてください。

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2009年2月 5日 (木)

民間の会社

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前回の更新日は設定のうっかりミスで一度に二本の記事を掲載してしまった。内一本はいわゆる暇ネタで、特段の時事を受けずに書いてあるのをネタ切れの時にエイヤッと出すために用意してあったもの。メンドーなんでそのままにしときますが、最近はなんかブログを書くのもメンドーになってきて、以前なら常に三本ばかり書きためてあったものの、つまりひと月ばかりの余裕があったものの、今は暇ネタ一本を出してしまったばっかりに余裕なしなあんばい。というわけで、今回はピャッと書いてピャッと出す。

 

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ちょっと前までは、口を開けば「規制緩和」「小さな政府」とバカの一つ覚えのように言っている人間を見かけたものだけど、「百年に一度の経済危機」以来ちょっとは憚る気になったのか、この言葉も以前ほど耳にすることはなくなってきた。

それに代わるかのように耳にするようになったのが、「民間の会社だったら云々」という言い回し。

まあ、概してこの手の言葉を得々とした面持ちで吐く人間というのは、どうしたわけか右派系、新自由主義系、国家主義系といった日の丸を振っているのが似合いそうな人たちと相場が決まっているみたい。国家権力まで使ってよっぽど「自由に」商売したいんだろうかねえ。

「税金の無駄遣いをやめろ」などと一見もっともなことを言うのに、その比較対象で持ち出してくるのが「民間の会社だったら」という。赤字でもやってもらわなくては困る病院や交通機関、教育にさえも民間の理屈を持ち込んでどうするんだろう。まったくもって国を滅ぼす気か。

「議会の議員数を削減しろ」「公務員を減らせ」というのもセットになることが多いけど、日本だけ議員数が特段多いというわけでもないし、公務員が全然足りてない分野はいくつもある。民間の会社を持ち出すまでもなく、無駄なものは無駄なわけで、民間の会社を引き合いに出してくる気が知れない。

「民間」で宗教をやっている寺の人間として言わせてもらうなら、民間における寺離れ、宗教離れはひどいもんだ。経営学の人の話では、何十年か後、寺の生き残りは土地を持っているかどうかだけだと言われている。今後も仏教が滅びることはないけれど、この先お寺はどうなるかわからない。かくも民間では宗教に厳しい昨今、「民間、民間」とうるさく言うなら、まずは天皇制を民営化したらよろしい。けど、この本当の税金の無駄使いに、日の丸人たちは一切手をつける気配なし。

それはそれとしても、「バカな有権者の皆さまにわかりやすく民間の会社と比較させていただく」というつもりなんだろうけど、そして実際それをわかりやすいと思う人も少なくないから、こんなアホな言い回しをくり返し耳にするんだろう。三秒考えれば無茶な比較であることがわかるであろう、こんな底の浅い話につき合ってくれる人たちがいてくれて、世の為政者は本当に助かっていることだろうと思いますよ。

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2009年1月25日 (日)

苦からの解放へ

Top_redかつて、普段の暮らしで使われていた井戸やかまどは、時代とともにほぼ過去の遺物となった。それに替わって、水道やガス、電気が普及した。いわゆる「ライフライン」というやつである。

しかし、いったん災害が起きると「ライフライン」は一気に破綻する。災害復旧はけが人の手当てとともに、「ライフライン」の復旧がまず急がれることになる。この「ライフライン」も、普段から井戸や薪、炭を使った生活だったなら、たいしたダメージを受けることも少ない。この点に関しては、今の「ライフライン」は非常にもろいものだ。普段の暮らしなら水道やガスのほうが、井戸やかまどよりも圧倒的に便利だが、いったん急があるとまったく使えないものになる。こうした「ライフライン」のありようは、非日常を忘れた日常のもろさを見事に表現している。

「規制緩和」だとかで、あちこちで大型小売店が作られている。スーパーどころではない、メガ、ギガなストアだらけである。そこには確かになんでも揃っている。しかし、車がなくては、そこになかなかたどり着くことができない。

大型小売店の建設は、爆弾が落とされたかのように地元の商店街や小売店を直撃し、その周囲の生活は一変する。車を使える家庭以外はどこにも買い物へいけなくなる。車を使えない老人家庭は生活が破綻する。たとえたどり着いても店内が広すぎて、年寄りの日々のちょっとした買い物にはまったく不向きだ。大型小売店はまさに、「老い」を忘れ、年寄りを隅に追いやっている現代社会のありようそのものである。

決して豊かとはいえない収入の人たちが買い物を安く上げようと行くのは、地元の商店ではなく、労働賃金の安い周辺国から資本が買い叩いてきた商品を並べている百円ショップである。貧乏人の財布から出ていった金は資本に吸い取られ、地元でなかなか金が回らない。

生には老、病、死が含まれている。仏教では生も含めて、生老病死を「四苦」ととらえるが、今の社会のありようは、生の「つらくない部分だけ」を都合よく取り出して、そこを中心にして成り立っている。老病死を隅に追いやるだけでなく、生のつらい部分さえも都合よく忘れ去って生きようとしている。生活の中から死が遠ざかったと言われるようになって久しいけれども、実際は、死ばかりではなく、老も病も「つらい生」も遠ざけようと躍起だ。

弱者を切り捨ててようやく成り立つ社会が、はたして幸せなのか。無駄を切り捨てて効率的に生きるだけの社会に、幸せは成り立つのか。いつ病むかわからず、いずれ老い、いずれ死ぬ存在だということを忘れた生きかたのその先に、はたして幸せが待っているとでもいうんだろうか。

人は有限な存在だということを忘れて、どうやって無限の生命とつながることができるというんだろうか。死という決定的な非合理を含んだ生を生きる人間にとって、部分的な合理性しか通用しない社会が、ほんとうの意味で合理的な社会といえるだろうか。

目指すべきものは非日常を内に含んだ日常、非合理を内に含んだ合理、有限を内に含んだ無限だろう。「障害」をその人の個性として生きられるような社会だろう。

ところが、現下に広がりつつある社会は、「負けを内に含む勝ち」という上からの恩恵的社会(これが再チャレンジ可能ということだろう)ですらない、素っ裸の競争社会だ。いつになったら、弱者を弱者のままに放置し続ける社会から決別できるのか。

生老病死を疎外したいびつな生。この愚かさを自覚する機会なぞいくらでもある社会なのに、その愚かさを自覚することなく邁進する社会。見事に疎外意識が疎外されっぱなしの社会。

自らの愚かさの自覚をうながし、愚者をそのままの姿で救う浄土教。自分を疎外する社会を自らの手で作り出す社会のありようを解剖し、疎外克服を「その社会の中」から目指すマルクス主義。浄土教徒として言うならば、愚者の自覚の深浅にかかわらず愚者をすくいとる阿弥陀の本願を信じて云々、と言うべきだろう。マルクス主義者として言うならば、階級意識のあるなしにかかわらず疎外された人間をすくいとるような社会変革を目指して云々、と言うべきだろう。

宗教者は、哲学、ましてやマルクス主義なんぞは世界観がなくていただけない、と言う。しかしそんな人は、もう少しマルクス主義を勉強して誤解を解いたほうがいい。マルクス主義は「哲学」といえども、「必然的に実践を要求する哲学」と自己規定していることの意味を考えるべきだ。マルクス主義者から見れば、宗教なんて時代に置いていかれた過去の遺物扱いだろう。しかしそれは、宗教と社会科学との間に、まったく無駄としか言いようのない壁を勝手に作っているだけのことであって、それは知性の退行でしかないと了解すべきだ。人民を指導する役割が前衛党の特権だと考えるのは思い上がりもはなはだしい。

経済とは「経世済民」、すなわち世を経て民を救う。人間疎外を告発した若きマルクスが経済学へと向かったのは、産業社会において必然だった。

宗教と社会科学は苦を解放するための両輪だ。社会科学を無視ないし軽視する宗教に現代的意味はない。

また、科学が「人間の幸福」を目的に持たないなら、人は科学に裏切られ続けるだろう。

 

万民の苦からの解放を求めるぼくにとって、浄土教とマルクス主義と、その両者の間にはほとんど距離がない。

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行間ツメツメ

Top_yellow パソコンでいろんなサイトを見ていて思うのは、その行間の狭さだ。本格的なサイトはいざ知らず、一般的なブログはほとんどそう。本の場合だと行間は一行分ぐらいあるものだけど、パソコンだとぎっしり詰まって次の行へ移る。読みにくい。長い文だとなおさら読みにくい。

パソコンでEメールを始めた時、改行して一文字分落とすそれまでの段落替えと違って、一行空けの段落替えに違和感があった。今ではすっかり慣れたけど、そういう「ルール」もネットでの行間ツメツメの表示が影響している気がする。

一段落に一文、二文程度が続く文章はなにか「重さ」がない。むろん「軽さ」を狙って書かれた文章ならば問題ないんだけど、軽い内容でない文章でも、行間ツメツメの読みにくさを嫌って改行せざるを得ない。行間ツメツメを無視して意味内容にしたがって改行を少なく書けば、どんどんと読みにくくなる。

ぼくは、内容にもよるけど、ほっとくと一段落の中に結構文を詰め込む。ぼくに限らず、ちょっと長めの文章では、ざっと五~十文程度でひとつの段落を構成するものだろう。段落替えというのももちろん意味あってのことで、そこで文章や意味の流れを切るためにやるものなわけだけど、ところが、ブログやメールなんかだと意味の流れというよりは、「見た感じの読みやすさ」優先で、一文か二文、三文書いて段落替えなんてのが普通になってくる。

どころか、「いかにもこれブログです」風情な若人のサイトでは、

こんな感じでぇ

なーんか

一言ごとに

改行~ぉしよおよぉ!!!

 

みたいな

みたいなあ~~~~

 

句読点も

ナシッ!scissors

 

みたいな~~~~~~~~!!!

 

キャ~ッ\( ̄▽ ̄)/ 

なんてえのを見かけるが、ここまでくると意味や流れの区切れというより、完全に見た目優先の段落替え、というより改行である。もちろんこれはこれでネットならではの新しい表現だけど、これとおんなじことを書籍でやられたら、こざっぱりしすぎで、金払って本買って半ば騙されたわ感を味わってしまうことになるだろうと思う。

詩というのは、意味内容だけでなく見た感じも重要だ(ろう)から、詩集はこれまでもこんな感じの改行であった。まあ、ぼくは詩というものにほとんど面白さを感じたことがないからどうでもいい話なんだけど、そういう世界に最新のブログでの表現形態が近いというのも、ぼくとしてはなんか感慨深い。 詩ってはっきり物言わんしなあ。書いている本人はそれが美しいと思っているんだろうけど、そういうのって「言語明瞭意味不明」の世界に通じているような。詩に書かれた「言葉の美しさ」をほとんど共有できないぼくには、「勝手にやっとけば」の世界である。

話がそれた。

記事本文はせっかく見た目読みやすくなっているのに、「コメント」欄が改行なしでぎゅうぎゅう詰めの文章になっているのを見かけると、なんか人の家に土足で上がってきたような違和感があったりして、ふむふむである。そもそもが、ネットの行間の初期設定がもう少し広くなっていればよろしいだけなんだけど。

そういえば、ここ最近本を読んでいてちらほらと見かけるようになったものに、「一文一段落」という、過ぎたるは及ばざるが如し、段落の意味をほぼ無効化した文章がある。

以前そのスタイルで書かれた「文章読本」を見つけた。「この人、段落の意味も知らんと文章読本を書いたのか。編集者も出版社もぬるくなったんだなあ。記念に買っとこ」と、思わず購入してしまった。内容も、文章を書くにあたっての留意すべき事柄がズラーーーッと並べてあって、いい文章を書くには何が大切なのかが実にわかりにくい。「これも大切、あれも大切」と大切だらけで、結局のところ、筆者の思いが読者に届かない悪文のいい例の実に役に立たない代物であった。ある意味稀有な文章読本。

それはさておき、今日の愚痴も、さっき言ったように、ネットの初期設定が一般書籍ぐらいにもう少し行間を広くしてあれば丸く収まることなんだけど、 そういう慣習にIT業界が気を遣うとはとても思えない。行間を「無駄な空白」ぐらいにしか思ってないんだろう。ここ何年かパソコンをいじってきて、そういうことをこの業界に期待するのはあまり意味のないことだとわかってきた。

なんか上手いことをすれば、このブログでも行間をもう少し空けることができるんだろうけど、ぼくにはどこをどうしたらいいのかよくわからん。よくわかる気もしない。そんなことにおつき合いする気はない。ぼくも適当に現状に合わせて、短めの一段落と一行空けの段落替えとを励行するぐらいでよろしいかと思う(励行であって「実行」じゃないの)。

「デジタルデバイド」という言葉を最近はあまり聞かなくなった。書籍では当たり前の「適切な行間」で書かれていればたやすく読める一段落が長い文章でも、ネットになると実に読みにくい。そういった古いタイプの、というより標準の文章が読みにくいというのは、これもある意味「デジタルデバイド」だろうと思う。こういう読みにくさが嫌で、しかも、どこかをどうかして適切な行間にできない人たちは、多分こちらの世界にあまり関与したくないはずだ。段落の長い過去の文章を改めてアップしても、行間ツメツメネットスタイルでは読みにくくてしかたがない。

歴史をないがしろにする新しさは、はかなくてもろい。ネットは新しいがゆえに可能性が広く見えるけど、どうなんでしょう、ネットははかなくてもろいんでしょうか、歴史を大切にしていくんでしょうか。

話がにわかにでかくなっちゃったね。

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2009年1月15日 (木)

働き者の人たち

Top_blueぼくは正月に出歩くことがあんまりないんだけど、今年は三日に名駅に寄った時デパートに行った。そんな時期にデパートへ行ったのは初めてだったんだけど、あまりの人出にびっくりした。そういえば、二日にも風邪で寝込んでいた母の食事を買いにショッピングセンターに行ったんだった。その時も、年末よりむしろ人出が多くてびっくらこいた。

だいぶと前から正月から開いている店が増えたと思っていたけど、こんなに客が来ていたのか。なんか今年は不況のあおりとかで、例年に比べて百貨店は売り上げが一割ぐらい落ち込んだそうだけど、それにしてもたくさんいたなあ。

一昔前までは、正月に開いているのは、正月ならではの縁起物関係の店やスキマ産業的にやっているところぐらいなもので、どこも休みと相場が決まっていた。正月に備えて年末の買い物はいつもより多めに買いこむために、店の「年末セール」も年末セールとしての意味があったんだけど、正月から開いているようになってからの年末セールは「売らんかな」のための売り言葉でしかなくなった。

店で働いている人にも「正月」はあるわけで、それを潰させてまで金儲けをしようというのはいかにも伝統の破壊だろう。そういった店で働く人たちの正月は、朝お雑煮を食べること以外普通の日と変わらない。

大店法の規制がはずれたついでにいろんなタガが緩んで以来そういう時期にも営業しやすくなったのは、資本主義による伝統的生活の破壊行為ということだ、ありていに言ってしまえば。外国ではどういう風なのか知らないけど、日本ではこうした時に「伝統」による抵抗力はほとんど機能しない。左翼民族主義者としてぼくは情けなく思う。

確かにこんな国には日の丸がよく似合う。「愛国心」も強制しなきゃ生まれるわけない。ある意味首尾一貫。

とか言いつつ、いっとき書いていた年賀状をやめてしまったぼくが言うのもナニですかな。ぼく自身の「あるべき年末年始の姿」といっても、実際は十歳ぐらいまでに作り上げられもののような気がする。年末におばあちゃんの家に親戚が集まって餅つきをしたりとかいった「正しい年末」も、中学生の時におばあちゃんが死んだ頃までのことだ。街なかを通っておばあちゃんちに行く時、正月休みのデパートを横目で見ながら、母が「松坂屋は他のデパートより正月休みが長い。それが松坂屋が一番ということの証し」なんて言っていたのもそんな頃のこと。そう考えると、「伝統」の意識形成なんてのは子どもの頃の十年ぐらいで出来上がってしまうということなんだろうかね。

それはそれとして、中小は大きいところに引っぱられざるを得ないわけで、住宅地にあるような店は措くとしても、都心部では小さい店も開いているところがぐっと増えた。一月の売り上げの内、正月休みの時期の売り上げがそんなに言うほどのものでないのだったら、働く人たちからの文句でやめる方向に話も進めやすいだろうけど、あれだけ人出があればそれなりに売り上げがあるだろうから、経営側としてはもうやめるにやめられないだろう。

大手の商い人たちはそうと知ってか知らずか、禁じ手に手を出してしまったんだなと思う。麻薬中毒患者みたいなものだ。

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2008年12月25日 (木)

まだ言うか

Top_blue連日不況のニュースである。寒い空の下へ無職者が放り出されている。なのに、この期に及んで、「自己責任」を言う人がまだいたりして、なんとも、一層暗い気分にさせてくれる。「効率」「能力」とかその手の価値観は、部分的な幸せを生むことはあっても、社会全体の幸せには程遠いということをわからない人が、まだ少なくないと見える。

社会の仕組みというものは、誰かが不幸せにならないようにすることが肝だ。たとえその誰かが「無能」であろうとも、その人を不幸のままに放置してはいけない。人が困った局面に突き当たったら、社会全体で手助けをするのは当然のこと。失業や病気の原因に、たとえその人の「能力の低さ」があるとしてもだ。そういった人も含めての「世の中」だということに目をつぶっていても、しかたがない。ましてや、今の状況の原因の多くは「その人のせい」というよりは、「世の中のせい」が担っている。

たったこれだけのことを言うだけで、「行き過ぎた平等」「そんなの社会主義だ」などと言い出す人がいる。社会主義がなにかもよく知らずそんな言葉を吐く人には、かつての「行き過ぎた平等」の時代のほうが、今よりずっと、日本の経済力が強かったことを思い出すことはできないのだろう。利他の精神がないか、都合のいい記憶力の持ち主か。「疎外意識の疎外」というのは、問題の原因じゃなくて結果なんだなあ、やっぱり。

自己責任という言葉を聞くたびに、人は他人のことをどこまで思いやれるのか、人は利他の精神にどこまで耐えられるのかと思う。他がなければ己が生きていくことなどできない社会的存在の人間が他人を忘れた時、そこに自分を含めた社会全体の不幸が訪れる。「わが身の不幸」を戦争で一気に解決する道を政治が提示したなら、喜んでそこに乗っかる人たちが大勢出てくることも、このまま行けばそう遠い話ではない。

ハケンギリ。これはもうしかたないことでしょう。だって、今まさにこの不況のために、コヨウチョウセイのために、ハケンロウドウをここまで拡大してきたのだから。今切らずしていつ切るか。

こんなことを許す法律を作った議員を選んできたのは、まがうかたない、ぼくたち有権者である。こうなるのは十年も前からわかりきっていたこと。それを放っておいただけのこと。それが今火を噴いているだけのこと。

「新自由主義」などという裸の資本主義は、金のためなら、これこうして寒空の下といえども人を放り出す。わが身の目先の生活のために、人を不幸にし、その人生に「自己責任」という言葉を吐きつける。

仕事も家も失い、「神も仏もあったもんか」とつぶやきながら、年の瀬も正月もなく過ごす人たちは多いことだろう。そんな人たちを生み出しているのは、彼らの「無能」ではない、ぼくたちの無知と無関心だ。こんな国には日の丸が実によく似合う。

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利他の精神とつながる政治をいつまでたっても作り上げられないのはぼくたちであり、それは同時にぼくたち全体の不幸でもある。

さびしい話だ。

 

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次回の記事の予定は1月15日。

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2008年12月15日 (月)

ひとごと

Top_blue「ひとごと」という言葉、文字表記でよく見かけるのは「他人事」。「人」にはそもそも「他人」という意味も含まれているから、あえて「他人」にすることもないけど、素直に書いた「人事」では「じんじ」と同じになる。それを避けるためのまあこれはひとつの工夫ですね。

この表記に引きずられて、最近「たにんごと」と言う人が増えてきた。この「たにんごと」というのはかなりの人が口にするけど、この言葉が辞書に載るようになったのは最近になってのことだと思う。よく知らねえけど。

「他人事」のノリで、「よそ」を「他所」と書くと、麻生総理でなくても読めない人は少なくないと思う。なんせ漢字はハンザツだしね。よく知らねえけど。

「ひとつき」「ふたつき」を書くときにもちょっと悩む。「一月」「二月」では「いちがつ」「にがつ」と同じ。ぼくは「ひと月」「ふた月」と書くようにしている。

この原則でいくと「みつき」は「み月」だけど、「み月」はちょっと変だなあ。「三月」では「さんがつ」だし、「三ヶ月」に書き換えるかあ。けど、じゃあ「十月十日=とつきとおか」はどないする? 「おなかの中に赤ちゃんがいるのは十ヶ月と十日間」とか書くと、味気ないぞ。

「ひとり」「ふたり」を、算用数字を使って「1人」「2人」と書くのを見かけることがあるけど、これは時にとても違和感があることがある。「10人10色」「10年1日」などと書けば、これはもうすでに新たな文学表現である。

ムツカシイなあ。ムヅカシイ、ムズカシイ。特に和語が絡むと、聞く分には全然おかしくないのに、文字表記になるとややこしくなることが少なくない。

ぼくも「たにんごと」という言葉はすっかり聞き慣れてしまったけど、「他人」の意味で使う「ひと」にことごとく「他人」の字を当てるのには、ちょっと抵抗がある。「他人」と書いて「ひと」と読ませるのは、そもそも無理があろう。それよりも「人」には「他人」の意味があることをよく踏まえて、フシュウしていくべきだろうと思う。ちゃうちゃう、トウシュウ、トウシュウ。あれれ、言葉選び合っとる???

ということで、ぼくは「ひとごと」を書くとき、「人ごと」と書くことにしている。ような気がする。「ひと事」では、「ひと=一」と一瞬「一事」と混乱して、読むのがつっかえる。ような気がする。「人ごと」と「他人事」ではえらい遠く離れた表記だけど、同じ言葉なのですね。ムヅカシイ、ムズカシイ。

言葉は生きていますね。よく知らねえけど。

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2008年12月 5日 (金)

パイプをプカプカ

Top_yellow最近またパイプに凝っている。

最初、パイプを始めたのは学生の時。部屋で横になって、くわえたばこでテレビを観ていると、いちいち灰を落とすのがめんどくさい。なんか灰の出ないたばこはないもんやろか。そうそう、パイプは灰を落とす必要ないがね、と気づいたわけである。ぼくが新しいことを始める動機は、いつも大体こんな感じである。

早速コーンパイプを買ってきて吸ってみると、なかなか具合がよろしい。灰を押さえるタンパーは、鉛筆のお尻に画鋲を刺して代用して、うん、いかにもぐうたら貧乏学生っぽくて調和的である。

十年ぐらい前には、キセルにも凝ったりした。その頃は紙巻きたばこをほとんど吸わず、キセルばかりだったんだけど、人前で吸っていると、一服するたびにいちいち「めずらしいですねえ」なんて会話になって、一服して休もうっちゅうのにかえって気疲れするんで、外で吸うのはやめてしまった。

パイプは、ちょっと一服というよりもゆっくり時間をかけて吸うんで、外で吸うことはほとんどない。それに、灰を落とさなくてもいい代わりに、キセルと同様、吸うのにちょっとした手間とコツがいるから、少しめんどくさい。それが道具を使った喫煙の楽しみといえば楽しみなんだけど、普段使いになるほどの「パイプ党」というわけでは全然ない。

普段は紙巻きを吸っているけれども、時々気が向くとパイプを吸っている程度のことで、今回もふと思い出して、キセルやらパイプやらたばこグッズが入っている手作り火鉢の引き出しから引っ張り出してきて、プカプカやっているわけである。最初のコーンパイプはデタラメな扱いですぐにだめになってしまって、今は、兄のヨーロッパ旅行のお土産と、同居人にナントカプレゼントでもらった二つを愛用している。

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パイプは紙巻きよりも香りが豊かで、ちょっと高級品っぽい。葉っぱにお酒やバニラなんかで香りづけをしてあるタイプが多くて、ふわっと甘い匂いが広がる。でもぼくにはちょっと甘さがきつい。なるべくそういうのでないのがいいんだけど、たくさん銘柄があって、店に行っても何がなんやらようわからん。素直に店の人に聞けばいいんだろうけど、次に買いに来たときにアーダコーダと話が弾むのもめんどくさいんで、適当にエイヤッと買うと、まあ大概甘い。

ところがいまやネットの時代。調べてみると、パイプ好きの人たちが好き勝手に品評会をしてくれているし、こだわりのたばこ屋さんも味の簡単な紹介をしてくれている。すると、どうやら甘い香りづけをしてあるのはアメリカタイプだそうで、あまり香りづけをしてないのがイギリスタイプで、その中間がヨーロッパタイプなんだそうな。って、こんなことは前に読んだ本にも書いてあったっけかな。

というわけで、イギリスタイプのを買ってきた。その名もダンヒルのなんとかの945。そちらの世界では定番物らしい。

すぱーっ。ぷかーっ。

ふふーん、あるがね、あるがね、こういう素直なたばこの味。あと、ヨーロッパタイプのマック・バレンのヴァージニアNo1。これはヴァージニア葉のストレートな味わいが売りなんだとか。何がどうだとどうなのかよく知らないけど、これもぼく好みの味わい。いわゆる香りづけのやつならキャプテン・ブラックっちゅうのがよろしい。これはアメリカタイプなんだそうだが、葉っぱのしっとり感がいかにもパイプっぽくてよろしいじゃないですか。

キセルはほんの一服、ニ服という感じで、時間の区切りに実に具合がよろしい。一方、パイプは時間をかけて楽しむ。パイプのボウルがほんのりあったかくなるぐらいで吸っていると、一時間ぐらいは経っている。どっかのサイトにうまいこと書いてあったけど、「火を消してしまわない程度にゆっくりとふかす」のがコツ。すると、たばこ本来の香りが口の中に広がっておいしい。

火が消えないようにせかせか急いで吸うと、煙が辛くなるわ、舌を傷めるわで、これは大変によろしくない。火を消さないように吸うのが結構難しくて、何度も火をつけ直し、つけ直ししながら吸うのが、まあ普通でしょう。いつも一時間かけなければいけないこともないわけで、放っておいて立ち消えたものにまた火をつければいいだけのこと。それで特段味が落ちるわけでない。

ぼくはいまだに上手に吸いこなせていないけれど、こういうのを覚えていく過程全体が、いかにもおっとなーな感じでよろしい。これまたどこかの本に書いてあったけど、「パイプは小さな焚き火」。空気の流れを考えながら火をうまいこと操るのは、確かに焚き火とおんなじ。焚き火が上手な人って、大人だとぼく思います。

そういえば大学の時に哲学講読で、パイプをふかしながらマックス・シェーラーの講義をする先生がおったなあ。思い返せば、当時すでに教室内は「禁煙」だったはずだけど、とやかく言う野暮天はいなかったですなあ。あの先生もいまや大学から放逐されてしまったんだろうかなあ。だとするなら残念だなあ、とっても。

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パイプたばこは高級品というイメージがあるけど、勘定してみるとそんなに高くない。たばこ葉一パック九百円ぐらいが標準的な値段で、ざっと紙巻きの三箱分(ダンヒルのナントカ945はちょっと高くて千三百円)。セブンスター(三百円)を一日二箱ぐらいのぼくが、もしパイプだけを吸うとして、一パックで多分三日ぐらいもつ。実際にはセブンスターを一日に一箱、パイプが一週間で一パックぐらいのペース。イメージと違って、パイプはかなりのお値打ちなのがわかっていただけたでしょうか。

最近はたばこが高くなってきて、ちょっとお小遣いがもったいないかなあ、なんて思うんなら、ちょっとパイプを吸ってみてはいかがでしょう。初期投資も数千円のパイプと数百円のタンパーぐらいのもの。コーンパイプならもっと安い。鉛筆のお尻に画鋲を刺せばさらに安い(が、貧乏くさい)。

パイプたばこには紙巻きよりもいろんな味があって、いつもと違った時間を楽しめる。しかもお値打ち。ほっておく手はない。普段紙巻きはやらなくても、パイプを時々吸うという人もいるみたい。たばこを吸っても怒られない大人にせっかくなったんなら、ちょっと手を伸ばして、パイプをたしなんでみるのもよろしいんじゃないでしょうか。

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2008年11月25日 (火)

主張する腰かばん

Top_yellow_2 ぼくはよく繕い物をする。服や身につけるものが破れてきたり擦り切れてきたりすると、当て布をしては、よいしょよいしょとぬいぬいしている。

繕い物だけじゃなく、丈を詰めたり、小物ぐらいなら作ったりもする。縫い物ばかりじゃなくて、電気工作や木工もしたりする。キーホルダーの金具の数が少ないんで、真鍮棒から削り出して増やしたり。

選んで身につければ、頭の先からつま先まで、ぼくの手が入っていない物がないなんてことも可能。暇と言わば言え。不器用だけど、物を作ることが嫌いじゃないだけである。

ぼくは中学、高校は地元で有名な進学校に行っていて、今だと教育委員会にバレるといけないことなんだろうけど、当時は技術家庭の授業は教科書だけもらって、こっそり他の主要教科に当てられていたりしたんで、家庭科は考えてみれば小学校で学んだだけ。半田ごても公立だと授業でやったりしたそうだけど、ぼくは適当に自分で身につけただけだなあ。砥石の使い方も誰から教わったわけでなく、本やら経験やらなんやらかんやらで身につけたし、ギターも結局独学だしなあ。偉いなあ、おれ。

それはそれとして、その小学校の家庭科の教材で使った裁縫道具の中で、赤い糸がずっとぼくの裁縫箱に残っていたんだけど、先日それをようやく使い切った。三十年越し。

腰かばん──ウエストポーチと人は言う。いにしえには腰巾着──をいつの頃からか愛用するようになって、いくつか使いまわしているんだけど、その内のひとつはジーパン生地のやつ。一応リーバイス製である。アメリカである。ぼくは一時ジーパンはリーバイスしか履かず、ヘインズの白のTシャツを着てボーン・イン・ザ・USAのアメリカ人気取りだったことがある。アメリカに魂を売った少年A。

それはそれとして、その腰かばんはリーバイス製ということで、なんて言うのあれ、ジーパンの腰の後ろにある皮のマーク、それがついている。それがもうどえらい擦り切れてしまって、皮もポロポロになって、ついに取れてしまった。皮マークの下は紺色が濃く残っていて、そのままではかっこ悪い。

ということで、それに代わる物をつけることにした。

最近はシャツでもなんでも、ズボンから出して着る若者が増えた。ああいうのは、ぼくが学生時代はいい加減な人がするカッコウで、早い話がだらしない。で、ぼくはそういう系の人間だったんで、「ほうほう、ようやく時代が俺に追いついてきたか」てなものだけど、ボタンのシャツというのは、ちゃんとズボンにしまって着るように出来ているもんだから、丈の下はちょっと丸くして長めに作ってある。あれをそのまま外に出して着るのは、さすがにだらしない。シャキンと直線になっているやつなら、外に出して着る用ということで、よろしい。だらしないおじさんとて所詮おじさんなので、丸く仕上げてあるのまで、今様の若者のように表に出して着るのには抵抗がある。

ということで、シャツの丈を何枚か直線に詰めた。その切れ端は、ジーパンの穴あき補修の当て布などに使うと非常に具合がいいので、布切れ箱に取ってある。

この前もそんな布切れをペタペタ縫い付けたジーパンを履いて、今時若者洋品店に行ったら、ハタチそこそこの店のニイチャンから、「それはどこで売っていたんですか?」と興味津々に聞かれた。「貧乏だし、破れたところを当て布しとるだけだよ。貧乏だし」。買い物に来ただけなのに、時代がおれを追っかけてきて、まったくウザいぜ。

なかなか今日の主題にたどり着かないけど、もうちょっと我慢しておくれ。

で、そうした中から赤い切れ端と白い布で日の丸を作って、皮マークのところに縫い付けることにした。ああ、ぼくってアメリカに魂を売ったようでいて、やっぱり日本人なんだなあ。

手作りなんで、既製品のようにきれいに直線や円が出せるわけではないけど、そこはそれ、手作りの味わいである。ふた昔ぐらい前までなら、そういうおかあちゃんの手作り物というのは貧乏くさくて子どもが嫌がるものであったけれども、物は言いようである。今でも子どもは嫌かもしれないけど、「手作りの味わい」が受け入れられるようになったのは、なによりかにより、かえって時代が豊かになったればこそだよなあ、と思うよね。

それはそれとして、三十年越しの赤い糸を使い切ることになりながら、一生懸命ぬいぬいして日の丸を作って、腰かばんに縫い付けた。

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♪赤地に白く~。

デザインがちょっと違うかもね。そうですね、今の日本、ひっくり返したいぐらいに腐った国ですもんね。新国旗の提案。

「国旗はやっぱりいるよねえ」という俗情に抗し切れない左翼の人。国民の皆さまにこの旗の下に集まってもらうようにしたらどうでしょう?

右翼の人。標的はぼくの腰の辺りですよ。

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2008年11月15日 (土)

寄らばとか、長い物にはとか

Top_blueアメリカの次期大統領に小浜さんが、ちゃうちゃう、オバマさんが決まった。

これまでの一連の大統領選報道を見ていて、選挙権も持ってないのに、よくもまあこんなにはしゃげるもんだねと思う。日本では特別永住者、いわゆる在日が地方参政権さえ持ってないことを、こういうことと絡めて思い出すことなんて、な~んもないんだろうねえ。

十年ぐらい前だったか、アフリカの国際大会が日本で開かれて、その時ある国の活動家がこんな演説をしていた。

「私たちはアメリカの大統領を決めることができない。しかし、彼らが決めたドルの力によって、私たちの日々の生活は左右される。私たちが決めることのできない大国の為政者によって私たちの生活は決められてしまう。その国で参政権を持つ人たちよ、私たちの暮らしを少しでも思い出して、その選挙権を無駄にすることなく、せめて賢明な選択をしてください」

経済や政治が国境を越え、国籍にも関係なく人々の生活に直結する時代、大国アメリカの指導者が決まることは、確かに国際ニュースに違いない。しかし、以前、大田昌秀前沖縄知事が米軍問題について、日本政府の頭を越えてアメリカ政府に直接文句を言いに行った。そんな現実の中で一連の報道を見ていると、このはしゃぎっぷりは宗主国アメリカへの属国日本の関心なんだろうと思えてくる。

先日、若き自衛隊の精鋭部隊の訓練員たちが山中での過酷な訓練を終えて、駐屯地で先輩たちに迎えられ、涙ながらに、「これからもこの国を守るために、この身を…、ううっ」とやっているのをテレビでやっていた。ある種の「完成品」たる彼らに、今さら、「自衛隊は違憲だろう」なんて野暮なことは言わない。だけど、彼らにぜひとも忘れないでいただきたいことがある。それは、「あなたのホントの司令官は、あなたの上官ではなくて、その上の上官でもなくて、防衛大臣でも首相でもなく、もちろん天皇でもなく、ましてや国民でもない、それはアメリカなんだ」ということ。訓練指導員はこんな大事なことをきっと教えていないはず。死にそうになりながら身につけた彼らの「愛国心」が、こんな属国政治の下でどうしたら真っ当に達成されるのか、はなはだ疑問に思う。

福井県の小浜市。「オバマ大統領を名誉市民に!」とかやって、町おこしかなんか知らんが、ああいうのを見ると、「いなかもん」という言葉がどうしても頭から離れない。「田吾作政治」という言葉も浮かんでくるけど、まあ、その辺りなんでしょうなあ、彼らのノリって。って、こういうこと言うのは、イナカ差別なんですかぁ?

 

一条約に過ぎない日米安保が日本国憲法より上にあるこの国で、こんな風景は不思議でもなんでもないんだろう。だからといって、在日の参政権をほったらかしにしたままの田吾作な風景は、見ていて実に恥ずかしい。

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2008年11月 5日 (水)

強調路線

Top_blue_2文章で、ある語句を強調するときの書き方には色々とある。「かぎ括弧」や“ヒゲ括弧”だったり下線をひいたり太字斜体字にしたり。ぼくの場合は「かぎ括弧」ですることが多いかな。

以前、どこの何のサイトだったかを見ていたら、ちょっとしたキーワードにことごとく「かぎ括弧」をつけている文章を見かけたことがあった。「書き手」がここはぜひ「ポイント」としておさえておいてくださいと思っただろう「部分」に、もうそれは「偏執的」といおうか、もう「あれも」「これも」と「ことごとく」「かぎ括弧」なんである。その「おかげ」で「かぎ括弧」の「強調効果」がまったくの「台無し」。これは新たな「字数稼ぎ」の「技法」かと思ったけど、おそらく「自発的」に書かれた「ネット上の文章」だから、「そう」ではあるまい。「プロの編集者」の「目」を通ってきた「一般的」な「紙の媒体」ではまず見かけることのなかった「シロートまるだし」、「圧倒的なシロート風情」を漂わせる「文章」で、ぼくは、「おお、なんて『ネット』って『自由』なんだ。これはもしかしたら新たな『文体』の『出現か』」と、むしろ「ワクワク気分」になってしまったものである。

そういえば、かつて、長いこと、『日刊ゲンダイ』で、連載していた、官能小説家、宇能鴻一郎。彼は、かぎ括弧じゃなくて、読点を、打ちまくり。あれも、また、読点を、無効にする、そんな、使い方で、読むたびに、ビックリしちゃって、アタシ。

とかかんとか、かく言うぼくも、あまり気合いを入れずに文章を書いていると、結構かぎ括弧がついている。下書きを見直すときのぼくの大事な作業のひとつは無駄なかぎ括弧はずしなんで、あんまり人のことをおちょくっている場合ではない。

文章を書くというのは、読者に「これはぜひにも」と思うことを書くわけである。たとえば随筆なんかで、「散歩をしていたら道端に白い花が咲いていた」と書いたとする。道端には白い花ばかりでなく、タバコの吸殻が落ちていたり、ガムがへばりついていたり、犬のうんこがほったらかしになっていたりする中で、白い花を取り上げて書く。塀の上に捨て置かれたペットボトルや軒先の樋ではなく、道端の白い花について書く。筆に随って徒然なるままによしなしごとを書いてみたところで、百ある事実の中からある事柄を抜き出している。

発話行為自体がひとつの強調である。ところが書き手は話を始めると、その話題を持ってきたことによる強調だけでは物足りず、自分の思っていることの強調をメッタヤタラとしてしまう。

かぎ括弧の類いばかりではなく、話題を示す助詞の「は」を多用するのも同じ心理の結果だ。「この話はここだけはぜひとも注目」ってな感じ。これが連続すると読み手は何に注目すればいいか見失う。「は」の使用は基本的には一文の中ではなるべく一回にするのが文章の書き方としてはよい。「は」が続くと、筆者はどこを強調したいのかが読み手にはわかりにくく、多くの場合には読みにくい文章にはなるのではないかとは思うわ。この助詞「は」の適切な語句への変更も、ぼくの原稿見直しの大事な作業である。

ある事象からある意味を取り出して言語化したものがつまり一つひとつの言葉なのだから、そもそも言葉は意味がインフレ化した状態である。そのうえ、言葉は発せられたと同時に意味の陳腐化が始まる。そこで、さらなる強調がなされ、新たな表現が求められる。言葉はインフレ化する宿命を持っている。上級では飽き足らず、上級は高級となり最高級となって、特上、最特上、超最特上、超々最高級特上・・・と延々繰り返される。

言葉を使って書く以上、文章はもともと意味過剰の世界であり、そこに強調まで加われば意味過剰はさらに倍。その話題に初めて触れる読者は「はあはあ、そうですか」と辟易としてしまう。

自分の文章を読み直していてよく思うのは、ぼくの文章は実にインフレ傾向が強く、まったくもって意味過剰に溺れとるよねえ、くどいよねえ、この人、デノミしなくちゃねえ、と今日のさとちゃんの自己診断の巻でした。おしまい。

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2008年10月25日 (土)

眼精疲労ではありませんでした

Top_blue以前、眼鏡のレンズを入れ替えた際に眼鏡屋から、「眼精疲労かもしれませんが、もしかしたら老眼かもしれませんね」と言われたという記事を書いた。

百円ショップに行ってあらためてサンプルの老眼鏡をかけてみると、あれま、非常に具合がいい。手もとの小さい字がクッキリハッキリよく見える。

おやおや、老眼ですかい。

一番低い度数で十分だけど、ぼくもそろそろそういうお年頃なのね。それからというもの、百円ショップに行って老眼鏡をかけては「フムフム、よく見える」と感心していた。それにしても百円ショップはなんでも売っているね。それも感心、感心。

そんなある日のこと。家で爪を切ろうとしたら、爪が軽くぼやけている。確かにその日は、ちょっとていねいに手入れをしようと、いつもよりも近くに手を持ってきていた。普段通りの距離にしたら特段ぼやけることはない。

ほうほう、これはもう眼精疲労なんかではなく、確実に老眼じゃないですかい。よしよし、わかった。

というわけで、このあいだ百円ショップに行った時に老眼鏡を買ってきましたよ。レンズが縦1センチ横3センチぐらいの、いかにもおじいちゃんみたいなやつ。ケース付きで携帯にもばっちり。どうせ百円なんだし、ちゃうちゃう百五円なんだし銭失いというほどのこともあるまい。

最近はあんまりやってないけど、電気工作で抵抗やコンデンサーなんかの細かい部品を見るときにもきっと役立つであろう。新聞とかの細かい字にはまだいらないけど。

老眼鏡のパッケージの裏には度数の目安表が書いてあって、「41~46歳=1.0度、46~50歳=1.5度・・・」とある。おお、ぴったり。昭和四十二年生まれ、数え年で四十二歳の厄年、シニシニかぶりのぼくは、これで痛風、薄毛、高脂血症に加えて老眼の役四つで見事に満貫、中年ツモである。親じゃないから八千点。ヨンニィの四千、二千でよろしくお願いします。あっ、またヨンニィで「シニシニシニ」と三つかぶりました。

手の節と節を合わせて不幸せ、な~む~。

てなことを書いていたら、今日の分の尿酸値を下げる薬を飲むの忘れとったわ。いかんがや。次の役は物忘れだね。

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2008年10月15日 (水)

「御時世」がやってきた

Top_yellow話は夏前に戻る。

ある日お経にまわっていて、毎月の月参りに行くある檀家さんの家の前を通りかかったら「売り地」と看板が出ていて、家がなくなり更地になっていた。この檀家さんは七十代後半の老夫婦。帰って兄に聞くと、家を売り払って娘さんが住むマンションの隣の棟に引っ越したとのこと。まだ夫婦とも元気そのものだけど、娘さんがそろそろ親の今後が心配になってきた、ということらしい。ちょっと遠方になったんで、月参りはやめることになった。

で、夏。

お盆の棚経にはぼくが行った。引越し先は三棟並ぶ立派なマンションの内のひとつ。オートロックでピンポーン。広いエントランスからエレベーターに乗り、あらためてピンポーン。玄関を上がって仏壇の前に座ると、やにわに旦那さんが、
「おっさま、悪いけどよう、木魚はナシにしてもらえんきゃ?」
と言う。

「近所にうるさい人がおってよう。この前ニイさまに来てもらって仏壇の精入れしたら、そのあとやってきて『木魚がうるさい』言やあすんだわ。だで、これからお経は悪いけど木魚ナシでやってちょうすか」

きた。

今風に書くなら、

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

ですか。今年の流行語大賞は山本高広の「キターーーッ!」だろうけど、お経にもとうとう「御時世」がやってきた。

ずいぶんと前に一度だけ、どこぞの檀家だったかで「おっさま、今日はちょっと仏壇の後ろのふすまのすぐ向こうに病人が寝とるで、今日だけはちょっと木魚を静かに叩いてもらえんか?」と言われたことがあった。その時はもうめちゃめちゃに遠慮がちに木魚を叩いたかナシにしたかは忘れたけど、実際のとこ、中学生でお盆を手伝い始めた頃は木魚を叩かずに読んでいたし、木魚の置いてない檀家のとこ用に持ち歩いている携帯木魚を忘れて仕方なしにナシで読むこともあるんで、木魚がなくちゃいかんなんてことはない。それでお経のありがたみや極楽行きが怪しくなるなんてこともないけど、でもそれはあくまでもイレギュラーの話。

これまで、このマンションよりずっと壁が薄そうな集合住宅の檀家でもこんなことを言われたことはない。けど、ここでぼくがとやかく言うことでもないんで、久しぶりに木魚ナシでお経をあげた。まあ、ちょっとお経の間が悪い。

ちょっと長めの法事ならいざ知らず。早朝や深夜でもない。昼日中の月参りやお盆の十分程度のお経の際の木魚の音さえも「近所迷惑」と思う「モンスター住人」がついに出てきたということだろう。まず間違いなく、文句を言いにきたこの「近所の人」は仏事に出席したことなくオトナになった人であろう。

そうですか、これからはつまり、こういう人たちによって木魚の音はピンクチラシと同じ扱いになっていくというわけですね。世の中、そういう流れのほうに向かっているのですね。ああ、なるほど、そうですか。大切なのは信仰の自由よりも、「木魚の音も許さない静寂な生活環境」なんですね。

最近は病院で死んでも自宅マンションに帰れないことも少なくない。棺おけが入るようにエレベーターを作ってないことがあって、そうしたとこの住人は病院で死ぬと直接斎場に運ばれ、そこで枕経ということになる。気の利いたマンションだと、普段は壁になっている奥の壁を取り外して棺おけが入るようにしてあるとこもある。世間ではどっちのエレベーターが多いのかは知らん。

ここのマンションのエレベーターがどういう作りになっているか知らないけど、この檀家さんがいずれ亡くなってここで枕経をあげることになった際には、さてどうしたものか。木魚を叩くべきか、叩かざるべきか。

大体、この「近所の人」その人が亡くなって自宅に運ばれて枕経をあげることになったらば、その人は顔の上の白い布を取って、お寺さんに「ま、周りに迷惑だで、お、おっさま、木魚はい、いらん・・・、ガクッ」とでもなるんだろうか。そうなりゃこの人、まじで「モンスター住人」ですね。

この人は自宅で死亡なんてことだけはぜひともないように気をつけられたし。本人に葬式をやる気がなくても、遺族がどうするかまでは左右できないし、「自宅での枕経だけは絶対ダメ!」と遺言をせいぜいしっかりしておくことである。さしずめそうやって死を生活から遠ざけておけば、モンスター住人はさぞや快適に暮らせるんでしょうなあ・・・。

木魚をピンクチラシ並みに扱われてぼやくピンク坊主gawk。 

この檀家さん、前の家では玄関に工具箱が置いてあって、日曜大工が好きな人である。それが今では、
「まあよう、ここじゃあ気になって釘一本打てん、ノコギリひとつ引けんでかんわ。鍵はかかっとらんけど監獄みてゃーなもんだわ」
だそうである。そう言って、笑顔で取り繕う。

ぼくは返す言葉がなかった。

娘さんが親を心配して近くに呼び寄せた。老夫婦はマンションの息苦しさを知らないで、家を売り払い引越してきた。するとそこは鍵のない監獄であった。けど、住み慣れた家はもうない・・・。

一人暮らしをする老いた親が心配になって、子どもが「おかあさん(おとうさん)、そろそろわたしたちと一緒に暮らそうよ」と言葉をかける。住み慣れた土地から離れ、気楽な一人暮らし(一人暮らしを続ける老人がそうしている理由の第一は「一人暮らしの気楽さ」だそうである)もそろそろ潮時と思わせてしまうこの「優しい言葉」を女性学の上野千鶴子は「悪魔のささやき」と表現した。慧眼である。

テレビで氏の「悪魔のささやき」の話を見て知っていただけに、この檀家さんの話を聞いて、ぼくの胸の内は余計に重く澱んでしまった。檀家さんから事前にこの引越し話を聞いていたとしてもぼくに何ができたわけでなし、なんともやりきれない気分。

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2008年10月 5日 (日)

おさかな育成記

Top_redさて、今日は「おさかな育成記」の話です。

八月の初頭に突然思い立ち、近所の鴨川で魚を掬ってきた。近所の百円ショップでタモが売っていたのもきっかけのひとつだったけど、学生時代にさかなを川で掬ってきて金魚鉢で育てたことがあって、それをふと思い出して、いざ川へ行かん、と相成ったわけである。

掬いに行ったのは結局一度だけではなかったので釣果、ちゃうちゃう、掬果(なんて読もう?)は何回か合わせてのものになるけど、今いるものをざっと勘定すると次のようになる。

カワムツ=約30、ヨシノボリ=約6、エビ(おそらくミナミヌマエビ)=約10(プラス数十匹)、メダカ=約7、コイ=1、サカマキガイ=3。

これをちっちゃい水槽「わたしの楽園プチ」というのとちび金魚鉢とに分けて飼っている。ちび金魚鉢にはメダカ=2、エビ=5、ヨシノボリ=2を入れて、たまにエサと差し水をする以外ほったらかし。これでどこまで持つかわからないけど、ほぼバランスドアクアリウム状態である。この数字は累々の犠牲の上に得られたものである。合掌。でも、多分まだ多すぎる。事前に合掌。

「わたしの楽園プチ」というのは、酸素ブクブク付きのコンパクトな水槽である。一番最初に魚を掬ってきた時、ちび金魚鉢にどばーっとおさかなたちを入れたら、見事にあれよあれよと逝ってしまい、こりゃいかん、とあらためて買ってきた。さすが酸素ブクブク付き、さかなが酸欠で調子をくずすことはなくなった。

ただし、混泳させるには不具合のある魚種がいることがわかった。それはコイとエビ。

Photo_3エビは水際の草のしげみにタモを突っ込んでガサガサ揺すってやると大量に採れる。それをコイと一緒に入れてわかったのは、コイはどうもエビが大好物である。ぼくもエビちゃんはとてもお気に入りであるけれども、 それにしてもコイのエビちゃん好きは過剰である。隙あらばいつでも襲いかかる。エビちゃんピーンチッ! こんなに堂々とエビちゃんに襲いかかれるなんて、うらやましいよ、コイ。

さっきからコイ、コイと書いているが、このコイは最初5センチにも満たない「フナ」だった。それがエビを食べまくり、ぐんぐん大きくなり、「なんか、おかしい」と思ってよく見ると、口元にヒゲが。コイとフナの幼魚の見分けかたは、ほぼ口元のヒゲだけだそうである。フナなら大きくなっても15センチぐらいだからと安心していたのだけど、コイならあなた、大きくなれば一メートル級である。伊東に行くならハトヤ級である。

もう一度口元をよく見てみる。ああ、やっぱりコイだ。

それからも日々コイは悪食を繰り返し、食べ残したエサもしばらくするときれいに食べ尽くして、調子よく成長している。上記の「エビ=約10(プラス数十匹)」のプラス数十匹も、早い話がバケツで別飼いの生餌である。

話は少しそれるけど、最近、「エサをやる」ことを御丁寧にも「エサをあげる」と言う人が増えてきた。植木や花に水をやるのも「水をあげる」などと言う。そう言う人っていうのは、「エサやり」「水やり」を「エサあげ」「水あげ」なんて言うのかね。「○○してやる」と言うのはそんなに品ない言葉なんかね。

テレビや雑誌なんかで、「睡眠障害の治療には朝起きてあげることが重要」とか、「太い音を出すにはアンプでベースのつまみを大きくしてあげよう」なんてのをやけに見聞きする。「起きてあげることが重要」の方にいたっては、誰のための何の治療か意味も変だし、もうなにがなんだか。

さらに話はそれるが、仕事上で直接の取引や関係があるわけでもない人が、店や会社の名前に「さん」をつけるのも、なんか聞いていて気持ち悪い。報道番組やワイドショーでコメンテーターが「ソニーさんが・・・」とか「ローソンさんが・・・」とか、アホかっちゅうの。

バカ丁寧っちゅうのかなんちゅうのか、こういうのは、「わたしはあなたの敵でないですよ~。人にもペットにもお花にもボリュームつまみにも、みんなみんな上も下もないんですよ~」と、他者との摩擦を極力避けるべく、予防線張りまくりの心理の表われなんだろうけど、実に気づかいあるお上品な人が増えてきました。

さてさて、話を戻す。

エビはもともと半透明に近い白色だけども、恐怖にさらされていると色が茶色くなってくるそうだ。仲間が次々と襲撃されるのを横目で見ながら生き残っているエビたちは、もう黒に近いぐらいの茶色になりながら石の陰に隠れてひっそりとしている。

同居人はある時、あまりのコイの襲撃っぷりを見かねてコイを一匹だけバケツに隔離してしまった。それを見てぼくが「懲罰反対っ!反対っ!」とシュプレヒコールをあげてうるさくしたんで、また「わたしの楽園」に戻ることになった。エビは再び「自然淘汰」にさらされているけど、こうなると、「わたしの楽園プチ」は「鯉の楽園グランデ」である。

今やコイは、横幅が20センチにも満たない「わたしの楽園プチ」の約5分の2ほどにまでなっている。同居人でなくても、これではコイにちょっと手狭な気がする。

うむむ・・・。

再来月あたりから我が家の風呂桶はコイに乗っ取られていることになるであろう。さらにその先には我が家でナベを催したいと算段している。ちょうどその頃には今年漬けた梅酒もいい具合になっていることでしょう。いずれ食物連鎖の頂点にぼくが立つ。

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水草は金魚鉢を買った時についでに買ったものだけだったけど、水草って川に結構生えてるのね。どう見ても外来種なものばっかりだけど、それを引っこ抜いてきて、小石に糸でくくりつけて底砂に植えてカッコウをつけた。

砂も川底からいただいてきて、フルイにかけて大きさを揃えて底に敷いた。よく見るとガラスの破片が結構な量混ざっている。砂を洗う時には軍手をはめてやらないと危ないですね。鴨川は都市河川の中では比較的きれいだと思うけど、自然というにはやっぱり程遠い。

そうそう、何回か掬いに行っていて、ある時ヌートリアを見かけた。街中のほうで見たという話は聞いていたけど、ぼくが見たのはそこから何キロか下流のあたり。こちらの川岸からあちらへ顔を出してヌーと泳いでいった。もしあれがヌートリアでなければカワウソだけど、フツーに考えればやっぱりあれはヌートリアだよね。外来種が増えているといっても、ちょっとびっくりした。今回掬ってきたおさかなたちも元々の天然物はカワムツとエビぐらいのもんだろうから、今さらなにがどうということないかもしれないけど。ヌートリアかあ。

ネット上の本格的な人たちから見たら、ぼくのやっていることはさかなの虐待に近い。「こんなにちっちゃい水槽に何匹飼っとるんだ」っちゅう話である。でもそれはネットで人と比較してみた話。ぼくの気分にしてみれば、夏の少年のさかなとりの気分である。小学生のとき、友だちと近くの田んぼや用水路に行って、勢いにまかせてザリガニを二百匹ぐらい釣ってきて、その後続々と死んでって腐臭に泣いたことがあるけど、そんなことを思い出す。いろんなものにまとめて合掌。

今、「おさかな育成記」は、その大きさと成長の速さが目立つだけにコイ中心だけど、いずれはこのコイもぼくの胃の中へ。で、この水槽のホントの主役は、風情がかわいいかわいいヨシノボリ、我が家での愛称ハゼドンである。普段は石の陰に隠れていることが多いけど、時々外に出てきてはたそがれている。そのたそがれ具合がなんか人間くさくて「さかな離れ」している。ヨシノボリも何匹か死んでしまったけど、悪食のコイがその死体に口をつけようともしない様子からして、どうも肉身もまずそうだし、ぼくも食べることはなかろう。そもそも食べるにはちっちゃいし。

そうそう、数が多くて一匹一匹のキャラ立ちが弱いカワムツたち。これはいい具合に育ったら塩焼きでいただきたいところである。

おさかなちゃんたちがうまいこと成長して、いずれぼくが食物連鎖の頂点に立ち、水槽の中が今よりも寂しくなってきたら、水槽の上段と中段はメダカ担当、水底はハゼドンがなごましてくれることになると思う。その時には、生き残ったエビもエビちゃんみたいに色白に戻って、安心して暮らしてね。

2_2 エビちゃん、かわいいわあheart04

  

  

  

  

てなことを下書きした翌日、水槽を見るとどうもコイはエビのみならず、メダカやちびカワムツまで食っているらしいことが判明。夜の間に数が減っとる!

さとちゃん、大怒り! メダカはまだしも、カワムツまで食うとは! おれのおやつを取るな!

すぐさまコイを「鯉の楽園グランデ」から取り出して、以前冷凍物をもらった時の発泡スチロールの箱に強制隔離したった。そこで水草にからまりながらおとなしく泥水すすっとけっ!

なんか、「おさかな育成期」というよりは「おさかな養殖記」という感じですね。

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2008年9月25日 (木)

量を減らすな

Top_yellowさて、久しぶりにブログの再開である。ほぼふた月ぶり。すっかり真夏も過ぎ去ってずいぶんと過ごしやすくなった。このふた月で過ごしにくくなったのは、総選挙間近といわれる政治家のみなさまかと思います。こんばんわ、桂歌丸です。

ふた月も間があると、普段なら記事にしていたであろう出来事や考えたことはいくつもあった。何を書こうかなあと思い悩んだ挙句、ここはやっぱり、夏休み直前の記事で触れた「ちくわの包装」にすることにした。続報である。地味でも継続的な報道は大事である。

さて、前の前のその記事の内容は、つまりは、「ちくわの包装は縦にちくわを入れるんでなくて、横向きに入れれば、何本か使って残りをしまっておく時に便利なんではないか。ちくわ加工会社の関係者のかたよ、御一考を。おいしいね、ちくわ」というものであった。

当時ちくわは「一パック五本入り」であった。ところが、このふた月の間にちくわは「一パック四本入り」になってしまった。となれば、包装は五本入り仕様から四本入り仕様に当然変わったわけである。となれば、包装機械の設定も変わったわけである。

うーむ、春頃から魚の練り物の値上がりのうわさは聞いていたが、このタイミングでやってきたか。ああ、提案が遅かった。仕様変更がもう少し早くわかっていれば、同時に横向きにしてもらうべく、もっとすばやく記事にしていたものを。ただでさえ値上げで売り上げが落ちているかもしれないのに、その上、たかが客の便利さのためだけに仕様変更なんかしないだろう。下手打った。

それにしてもである。魚の練り物の値上げといえば、もうひとつぼくの大好物の魚肉ソーセージも値上げしたわけだけど、こちらは一本当たりの大きさが小さくなるという形で値上げをした(物がある)。なんかさあ、ちくわにしてもそうだけど、値上げのしかたとしてそういうのってちょっと違うんじゃないかと思う。本数や大きさはそのままにしといて、値段を上げて欲しいものだと思う。そりゃあ、「この棚の商品100円」コーナーや百円ショップとかに置いとくためにはしかたないんかもしれんけど、なんか違うなあ。

関連して思い出したけど、日清の定番商品の「カップヌードル」が、何年か前から、味はそのままで量だけ減らしてパッケージそっくりの「スープヌードル」というのを百円ぐらいで売っている。ぼくはあれを初めて見た時、なんか「バッタもん」という言葉が浮かんできた。あれも百円ショップ用に考えたんだろうけど、なんか日清みたいなトップブランドがやるにはせこい話。同居人が買ってきていたのを「それ」と知らずに食べていて、「なんか少ないなあ」と思ってカップを見てみたら、「それ」であった。味はおんなじだけどバッタもんだ、あんなもん。

魚肉ソーセージにいたっては、あれを一本食パンに挟んでマヨネーズをかけて夜にコソコソとムシャムシャするのを好むぼくからすれば、勝手に小さくされたんでは「おかず」が減るのである。困るのである。気分が少し貧乏になるのである。せっかくこっそりと夜においしく食べているのに、貧乏気分では困るのである。二本挟むほどでもないのでなおさらに困るのである。

値上げをするなら、堂々と値上げをするべきである。量を減らすとかそういう形の値上げは、これまでの食生活に微妙な変化がともなうのでやめていただきたい。

それに、値段で調整せずに「値上げ」をした以上、原材料に多少の値下がりがあっても元の大きさ、本数には戻しにくかろう。そういうしかたでは、値段変動に対して固着的になってしまうのであるよ。特に値下げの方向には動きにくいんではないかと、そんな不安が頭をもたげてくる。

それもこれも元をただせば、原油の値上がりが元凶である。金持ちどもの道楽費のための投機話が元である。魚の練り物も話をそっちにもっていけば、その怒りは大いなる公憤として、実体経済よりも金融資本に乗っ取られ支配されてしまった国際金融資本主義経済の気まぐれによって生活を破壊された庶民の怒りを聞けー!になるんだろうけど、「ちくわの本数を減らすな!」とか、「魚肉ソーセージを小さくするな!」とか、今日はやけにちっちゃい話になってしまいました。

「筆がなまる」とはこういうことである。二ヶ月も間が空くと、文才のない人間は元の木阿弥、書きたいことがだんだん歪んで、駄文以下のダラダラなショーモナイ話になってしまう。次回からはもう少しまともに書いていこうかと思います。

ということで、次回からは再び五のつく日「ごび刊」でよろしく。

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2008年9月 5日 (金)

予定は未定

Top_blueお盆が終わって、めちゃめちゃな暑さも峠は過ぎました。

ほんとうならば当ブログ『ごび刊 徒ら草』は今日で夏休みを終えて、再び「ごび」、つまり五のつく日にアホになって記事を書いていく予定になっていたわけですが、なんや、お盆が終わってもちょっちょこ、ちょっちょこと寺の用事が入るし、先月末の大雨の時もちょうど名古屋におったんだけど、家が窓からの雨漏りで部屋半分が水浸しになって、夜中の十二時過ぎからてんやわんやのおおわらわ。それから二、三日は部屋の片づけやら、なんやらかんやら、あれやこれやで、なんか知らんけど忙しい。

ぼくには珍しくこの先も何かと用事があるんで、ぼくの目論見としては、今月初めにまとめて何本か記事を書いといて、ふた月分ぐらいお茶を濁そうと思っていたんだけど、そうは問屋が卸してくれなかった。

というわけで、もうしばらく夏休みを延長します。

二年前の夏休み明けは、お盆直前に父が死んで秋に葬儀をしたんで、まじブログどころではなかった。今回はそんな深刻な話ではないからまあいいとしても、「予定は未定」、この言葉が身に沁みます。

人の死なんかは「予定は未定」の最たるもののひとつだと思うけど、寺だと人の死は普通の人なんかよりはずっと身近にある。寺の人間にとってドタキャンなんていたって普通のことです。

今の気持ちとしては、月末にブログを再開したいと思っているけど、でもね、予定は未定ですから。おほほ。

 

唐突ですが、お盆前に近くの鴨川で掬ってきたお魚たちのショットをお届けします。

Photo

中身は、鯉、カワムツ、ヨシノボリ、めだか、スジエビ、逆巻貝、総勢数十匹です。多すぎ、ぎゅうぎゅう、超過密。ちび水槽に見合った適正数になるまでただいま調整中(≒淘汰中)。育成日記もいずれブログに書きましょう。

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2008年7月25日 (金)

ちくわの包装

Top_blueまた暑い夏がやってきた。毎年のことながら、お盆はお寺にとって大変に忙しい季節である。というわけで夏のあいだ、このブログもしばらく夏休みにします。次回の投稿は今の気持ち的には九月五日と思っています。実際にどうなるかはその時になるまでわからへんけど。

さて、今季最後の記事はちくわの話を。

石油の高騰をうけた物価高で練り物も値上がりするとかかんとか、ちくわもその影響をまぬがれ得ないそうだけど、そんな小難しい話を書こうというわけではない。今回はちくわの包装のしかたの話である。

ちくわはスーパーで正方形の袋に五本入りで売られている物が多い。高級品だと太いのが二本入りというのもあるけど、普段使いのだと、まあ五本入りが標準だろう。親子四人暮らしとかになればいっぺんに全部使うだろうけど、ウチのような二人暮しだとおでんでもしない限り、いっぺんに使い切ることはあまりない。

となると、袋を開封してちくわを二、三本取り出してまた冷蔵庫にしまうことになる。その際、開け口がしっかりと閉じられないので、ともすると次に使うときに、開け口のほうのちくわの端っこが乾いてカピカピになってしまうことがある。ちくわの包装のしかたが、袋の開け口に対して縦に五本入れてあるのでそういうことになる。

そこでぼくは思ったわけである。開け口に対して横向きにちくわを包装すればよいのではないかと。そうすれば、使い切らずに残っても、取り出した二、三本分のところをクルクルと巻いて輪ゴムをすることができる。これだと残ったちくわが乾きにくい。ちくわは最初から横向きに包装して売っていただくとよろしいかと思われる。

Photo

ちくわを縦から横にしたところで取り立てて不都合があるとも思えない。もし、ちくわ業者や包装機械製造業者のかたがこの駄文を見かけしましたら、どうかご一考ください。

ぼくがちくわ工場の社長さんなら今日からでも縦から横に包み直したいところであるが、残念ながらぼくはお坊さんである。これから忙しい夏に向かって、モリモリとちくわを食べて鋭気を養うだけである。おいしいね、ちくわ。

 

 

次回の記事掲載は九月五日の予定。

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2008年7月15日 (火)

あなた色

Top_blue以前使っていた携帯は、表側の表示部分が使っていないときに鏡様になっていて、これが案外便利だった。

一年ほど前、ツーカーからauに乗り換えることになった時、電話屋の店員から
「ワンセグなんかはどうですか」
と言われた。
「いやいや、そんなものよりも、表が鏡みたいになっているのはありませんかね? ぼくはテレビなんかよりも、自分の顔を見ていることのほうがきっと長いでしょうからねえ、ほっほっほっ」
と、アイラブミー全開に答えて、機種を探してみたけど、ツーカーにはあったのにauにはそんなのがなかった。で、しかたなしに一番薄いやつにした。

というわけで、今は携帯電話に百円ショップで買ってきたシール式の鏡シートを張っている。本物の鏡ほど鮮明ではないにしても、外でちょっと使う分にはなんの支障もない。百円ショップってすごいね。なんでもあるね。

なんて思っていたんだけど、最近こんなことを思ったわけである。つまり、使ってないときの待ち受け画面が鏡になっていたら、これは便利なんではないか、と。ガラスをマジックミラーにすればできそうだし。もしかしたら、そういうのはすでにあるのかもしれない。

いやいや、マジックミラーを使うまでもなく、一面銀色の壁紙があればもっと手軽でいいんではないか。これをダウンロードすれば、どんな機種でも待ち受け画面が鏡になる。自意識過剰な若者や自分大好き人間に大ウケ間違いなし。

「おお、これは名案!」とひざをたたいて、ふと思う。

「ところで、銀色ってどんな色なの?」

Photo 「一面銀世界の雪景色」なんて言うからといって、銀色は白ではない。色を確かめようと鏡に近づいてじっと見てみても、大好きな自分の顔の肌の色やかわいいお目めの黒目や白目しか見えない。まったくもって銀色というのは、「あなた色に染まります」と白無垢の衣装を着ているハナヨメ以上に「あなた色」に染まってしまう。

銀色には色がない。自分独自の色を持たぬ「あなた色」という色なのである。鏡をスキャナーに置いて色を取り込もうにも、読み取りの機械部分が写るだけである。写真を撮ろうにも、カメラを構えるぼくの姿が収まるだけである。ああ、なんと自分を持たぬ情けないやつなのであろう、銀色というやつは。こんなことでは壁紙を作れぬではないか。

黒はすべての色を吸収し、白はすべての色を反射するから、それぞれがあの黒と白なんだそうである。赤や青や緑も、物体がその色を反射するから赤や青や緑に見えていると。となるとですよ、銀色にはすべてを反射する白とも違う、それ独特の光の反射のしかたがあるんだろうなあ。どんな加減があって銀色はあなた色になるのか、そこのところを色博士もしくは光学先生に教えを乞いたいところである。

そうそう、銀色を絵で描くとするなら灰色っぽい色で表現することが多いと思うけど、よく考えればこれも不思議な話である。われわれはなにゆえ、なに色でもない「あなた色」を銀色と認識し、かつ、それを灰色っぽいあの「銀色」として認識するのであろうか。そこのところを脳博士あるいは認知学先生に教えを乞いたいところである。

などとガタガタ言っとらんと、百円ショップで鏡シールを買ってきてペタッと張れば、携帯鏡はあっという間にできあがり。自意識過剰の自分大好き人間はこれでご満悦である。

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2008年7月 5日 (土)

あの人、アカですから

Top_blue東京都国分寺市の共産党市議がマンションの集合ポストにビラを投函して、住居侵入のカドで書類送検をされた。まただ。

立川の反戦ビラや葛飾区の共産党ビラに引き続き、再三こうしたことがくり返される。

と、この書き出しも、『産経新聞』や『諸君』『正論』に書いてあれば、「アカがまだ何をやっている」という意味になるけど、ぼくの立場は逆です。『赤旗』とか『週刊金曜日』とかに書いてある文脈で怒っていると思ってください。ネットって、サイトを開いてもしばらく読み進まないと、書いている人の立場がわかりにくいもんね。先に書いておきます。

書類送検が報道されたからか、報道の翌日に「被害届け」は取り下げられたが、それにしてもである。

こうなったら、時期をあわせて全国一斉にビラをマンションへ「違法に」投函する運動でも起こしたらどうかと思う。そうなれば警察も、あとはハンコをつくだけの「被害届け」の作成が追いつくまい。住民からもそうは「協力者」が出てくるまい。

全国一斉が無理なら、立川でも葛飾で国分寺でもどこでもいいけど、被害届けを出した「前科」のあるマンションに大挙してビラを投函しに行く、と。

で、もし誰かがまた逮捕でもされたなら、「あっ、ぼくもそれ投函しました」「わたしも投函しました」とみんながみんなで自首しにいこうではないかね。留置所を「政治犯」であふれ返させてやれ。

Photo

こんな「被害」を捏造する警察も警察だが、それを起訴して、有罪判決を出す司法当局もまた、どうしようもなくえげつない。一体全体、この国は民主主義の国なのか。

『蟹工船』をベストセラーにさせている若者たちよ、この権力の横暴をどう思われる。「だってこんな目にあうの共産党だけじゃないの」と鼻白んでいるとするなら、それはどうなんでしょう。

随分と前にも掲載したけども、ドイツの神学者マルティン・ニーメラーの詩を再掲しておく。

ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。
けれども自分は共産主義者ではなかったから、結局なにもしなかった。

それから、ナチは社会主義者を攻撃した。
自分の不安はやや増大した。
けれども自分は社会主義者ではなかったから、やはりなにもしなかった。

それから学校が、新聞が、ユダヤ教徒が、というふうにつぎつぎと攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、それでもなにもしなかった。

それからナチは教会を攻撃した。
私は教会の人間であった。
そこで自分はなにごとかをした。
しかし、そのときにはすでに手遅れであった。

権力と対峙したとき、世間の無関心はなによりも怖い。

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2008年6月25日 (水)

小太りな料理の先生

Top_blueNHKの料理番組を見ていたら、その日の料理の先生はちょっと小太りの先生であった。

アシスタントの紹介によると、食べ盛りの子どもが四人いるという。「うーん、先生、あなたもまだ食べ盛りですか」と画面に思わず突っ込みを入れてしまったけど、ぼくはそんな茶々を入れながら、その先生になんとなく親しみを持ってしまった。

というのも、直前まで、『ためしてガッテン』で焼きそばの焼きかたのどうでもいいコツを延々とやっているのをイライラして見ていたんだけど、今日の料理のメニューは食べ盛りの子どもを持つ親らしい、ドカーンと大盛りなお好み焼きや特大大皿グラタン。それをぽっちゃり姿の先生が作るわけだから、「おいしく作って、モリモリ食べましょう」と言わんばかりなんである。

ぼくはしみじみ思ったのである。料理の先生は体型を気にして食事を制限するようなタイプではなく、いかにもおいしいものをパクパク食べているような人が良いということを。

ふっくらした姿は、食べ盛りの子どもに視線が向いていると感じるからなのか、高級料理よりも日々の食事を大事にしているように感じるのである。実際、番組で先生は『ためしてガッテン』のような細かいことも言わず、ちゃっちゃかと大皿料理を仕上げていって、見ていても安心なのであった。

うんうん、これならおれも作れそうだぜ。

 

おんなじようなことが医者にも言える。

今の世の中、医者の人となりを判断するのに、タバコを吸うというのはぼくにとってそれだけでもう安心材料である。「この医者は健康のためだけに生きている人ではない」という安心感が持てる。治療のためだからと無茶な食事制限を指導されても、気軽に小言が言えるというもんだ。病院に来るほどに不健康な生きかたをする人の気持ちを少しは理解してくれよう。二人の医者がいるとして、力量が同じならば、タバコを吸う医者のほうをぼくは選ぶ。

愛煙家だった漫画家のはらたいらはガンがわかって死を迎える際に、その病院では病室でタバコが吸えるというんでそこを選んだんだとか。ぼくもできればかくありたい。死に際まで、健康のために禁煙を強要されたくはないもんね。

そんな病院作りをする医者というのが、ほんとの医者なんだと思う。そういう医者が必ずしも喫煙者である必要はもちろんないけど、タバコを一服する姿を見れば、その医師が健康至上主義者、原理主義者でないのは一目瞭然だ。

以前、病院に行ったとき、帰ろうと自転車の鍵をカチャカチャしていたら、さっき診てもらった先生が休憩時間になったのか、正面玄関から出てきてタバコに一服火をつけたかと思うと、通用口のほうへプカプカしながら歩いていった。ぼくはその姿を見ながら、無口な若いその医者に急に親近感を覚えたもんである。

 

折り目正しく、背筋の伸びた健康さや健全さよりも、不健康、不健全にはずっとずっと生活の匂いがする。ぼくにはそちらのほうが気安くてよろしい。

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2008年6月15日 (日)

かぶりもの

Top_blue同居人とは仲がいい。気が合うとでも言いましょうか。なにより、それぞれが勝手に買い物に行くと、買ってくる物がかぶることが多い。

ニンニク5個入りのネットが2つ、あぶらげ大判2枚、ナス3本入り2袋、ピーマン5個入り2袋、魚肉ソーセージ5本入り3袋(ぼくが2袋購入)・・・・・・。これらが突然我が家の台所に揃う。ちっちゃい冷蔵庫と野菜かごは、一気に物であふれかえってしまう。

前回トイレットペーパーを買ったときもそうであった。「なくなってきたなあ、そろそろ買い置きを」と思って買い物に行ったら、その日、同居人もトイレットペーパーを買って、仕事から帰ってきた。ぼくが18ロール、同居人が12ロール、締めて30ロール。貧困系二人暮しの家庭としては過分の買い置きである。

あまりの多さに、ぼくは写真を撮ってしまいました。2枚の写真をつなげてのパノラマ式。

Photo_2

撮った日付は昨年の2007年12月12日。このたび、それがようやくなくなってきた。都合ざっと半年。

となれば、我が家では日々どれだけトイレットペーパーを使っているのか、計算したくなるのが人情というもの。計算してみました。

6ヶ月 : 30個
    ↓
1ヵ月 : 5個
    ↓
30日 : 5個
    ↓
6日  : 1個
    ↓
1個の長さは各種銘柄60~50メートルなので、平均55メートルとして
6日  : 55メートル
    ↓
1日  : 約9.2メートル
    ↓
1人  : 約4.6メートル

というわけで、1日あたり1人4~5メートルという計算結果になりました。案外長いね(ウォシュレットスタイルの場合。男女の使用量の差は除外)。はあ、すっきり。

と、思ったのもつかの間。

な、な、なんと! 今日トイレットペーパーを買いにいったら、同居人もまたトイレットペーパーを買ってきた! 今回は同じ銘柄で12ロール×2つ。半年振りの買い足しなのに、2回連続のトイレットペーパーかぶり買い。気が合うね!

前回の30ロールには6個足りないけど、貧困系二人暮しの家庭には、やはり過分の買い置きである。

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2008年6月 5日 (木)

過ちを改むるに憚ることなかれ

Top_yellow あまたある悪法の中でも、「後期高齢者医療制度」とかいう「姥捨て山医療制度」がいつになく批判を浴びている。国民皆保険は崩れ、外資系保険会社はホクホク顔である。こんな形で「この世は地獄だし、早く極楽に行こう」と思わされるのでは、さすがに浄土宗徒であってもたまったもんではない。

    悪法はもちろんこれだけでない。国鉄以来の国営事業の叩き売り「郵政民営化」で郵便事業は不便になっただけ、民営化以前からの過重労働をさらに現場に強いて自殺者続出である。

    また、派遣労働が原則解禁となって以降、不安定労働の蔓延はとどまることを知らず、企業は「名ばかり管理職」という禁じ手に手を染めて、企業倫理は崩壊。

    「障害者自立支援法」とはいっても自立支援とは名ばかりの「障害者自立阻害法」もある。どうあっても少数派の「障害者」はいつまで「弱者」のままにほっとかれるのか。

    施行は来年だが裁判員制度も混乱は必至だし、2011年のテレビの地上波デジタル化にともなうアナログ放送打ち切りもただではすまないだろう・・・。

    と、この調子で書き連ねていけば、年を越しそうなので、ここでやめておく。

    これらは、いまだに人気があるとかいう小泉純一郎氏が首相をしていた時にできたものが多い。アメリカや大企業の意向に従って動いていただけの彼が精力的にやってきたことに、国民の要求から生まれたものなどひとつもない。にもかかわらず、あの軽佻浮薄な姿勢の何がウケたのか、小泉ポチ首相はついに人気者のままに総理の座を降りた。

    ぞっとする。彼の人気を支えた(ている)人たちがぼくと同じ国民であるかと思うと、ぞっとする。石原東京都痴事、橋下大阪府痴事の人気を見てもしかり。

    ファシズムの腐臭が漂う最近の禁煙化の流れの中で、とうとう神奈川県では松下政経塾出身者の知事によって全面禁煙の条例案提出なんて話が聞こえてきた。ぼくはこの話をニュースで知り、学生時代に資料のつもりで買っておいたヒトラーの『我が闘争』を本棚から引っぱりだしてきて、今読み返している最中だ(なにせ無駄に分厚い)。

    ヒトラーは大のタバコ嫌いでも知られている。彼は、当時最も民主的だったワイマール憲法下で大衆の圧倒的支持を得て「民主的に」選出された。そしてまず、反対の少ない精神病者や同性愛者の強制所収容から手をつけ、ユダヤ殲滅にまで事を進めた。

    民主主義は衆愚政治に落ち込む危険性を常にはらんでいる。たとえば「健康」を印籠にした論理の単純さに比べれば、それに反対する論理は確かに複雑だろう。そういった単純さにしてやられ、結果、自身が被害をこうむる人たちを「衆愚」と言わずして、なんと言えばいいのだろうか。

    いみじくも小泉首相が流行らせたのは、テレビ向けの単純明快な「ワンフレーズポリティックス」、つまり「一言政治」である。とろくさ。

    どうせ同じ単純な言葉にしてやられるぐらいなら、
    「年寄りと子どもぐらいただで病気の世話をしてやれ」
    「教育費をただにしろ」
    「戦争にまきこまれたくなんかないし、米軍なんかとっととこの国から出てってくれ」
    とか、そういう言葉に引っかかっるべきだ。

    「過ちを改むるに憚ることなかれ」。この言葉は悪法にのみならず、ぼくたち有権者の政治選択にも向けられるものだ。

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    2008年5月25日 (日)

    トラ刈りなんですけど

    Top_blue頭を剃るようになってもう何年たつだろうか。すっかり坊主頭の姿になじんでしまった。

    知り合った人と話をしていて、ぼくがお坊さんだということがわかると、「ああ、だから頭を丸めてるんですね」なんていう話になることが多い。会話とはそういう風に進むものだから、それはそれでどうということではないけれども、ぼくが剃髪するようになったのは、なにもぼくがお坊さんだからというわけではない。髪の毛が一部不均衡な生えかたをするようになって、それを人は薄毛とかハゲとか言うが、そういうことをいちいち人に言われるのもめんどくさいし、どうかすれば、毛のことについてなにか触れてはならないような遠慮がちな会話になるので、「いっそのこと剃ってしまおう」と剃り始めたのである。いわゆるひとつのハゲ隠し。「逃げる時には人混みに逃げろ」と同じ理屈である。

    どうでしょう、二週間に一度ぐらいの間隔で剃っているのかなあ。そんな感じなんだけど、腰のない弱々しい猫毛になってきたとはいえ、二週間も伸びるといきなり三枚歯のカミソリでは剃れないので、ひとまずバリカンで一番短く刈り上げる。それから、ソリソリ~、ソリソリ~とやっていくわけである。

    時々「ソリソリ~」を省略して、刈り上げておしまいにすることもある。ただ、バリカンで刈り上げただけだと、相当慎重にやっても、直接見えない頭の後ろなんかは手探りでやるから、風呂上りに頭をふきふきする時に刈り残し部分が見つかることが少なくない。剃るほうのがスベスベとジョリジョリの差がはっきりしている分、むしろ失敗が少ない。だから、いつもはザッと刈って、それからていねいに剃りあげることのほうが多い。

    この前、久しぶりに刈り上げておしまいにしてみた。久しぶりだったから相当気合を入れて、バリカンを縦目、横目、斜め、縦横無尽に走らせてていねいに刈り上げた。

    つもりだったのが、風呂から上がってテレビを見ながら後頭部あたりを手でスリスリしていたら、「んっんっんっ、トラ刈りになっとるなあ。やっぱりバリカンだけでおしまいにするのは難しいなあ」なんて思ったわけである。

    で、同居人に頭頂部の後ろあたりを指差しながら、
    「なあなあ、この辺トラ刈りになっとらへん?」
    と聞いた。すると、同居人は、
    「・・・・・・」
    と、ぼくの頭をスリスリしながら黙っている。

    「どしたん? トラ刈りになっとらへんの?」
    「なっ、なってへんよ。ちゃ、ちゃんと刈れてるで・・・・・・」
    「あれっ、そう? なんかこの辺トラ刈りっぽいんだけど。よく見てみて」
    「ちゃんと、見てるで」
    「なあ、トラ刈りになってるやろ? よく見てみて!」
    「・・・・・・。悲しいお知らせがあります。このあたりは刈りかたが不揃いなんじゃなくて、毛の生えかたそのものが均等じゃないのです。残念です」
    「そんなことないもん、トラ刈りだもん!」
    「!!! なんやったら、合わせ鏡で見てみるか?」
    「い、いや、そ、それは、こわい・・・・・・」

    ふーむ、そうかあ。そうなのかあ。トラ刈りじゃないのかあ。それは残念なことだなあ。

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    2008年5月15日 (木)

    くり返ししゃべります

    Top_yellow 最近、ぼくは酒を飲むととてもおしゃべりになった。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    かてて加えて、人の話を聞かんと自分の話ばかりをするようにもなってきた。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    同じ話を何度もくり返すのも増えてきた感じがするなあ。同じ話題を何度もくり返すだけでなく、
    「つまりさあ、おれはさこうこうこう思うわけなのね。で、つまりはおれはこうこうこう思うわけなのよ。だってさあ、おれはこうこうこう思うわけでさあ」
    などと、ただ単に「おれはこうこうこう思う」と同じことを重ねているだけなんてのもしばしば。

    ちょっと迷惑かも。いや、だいぶ迷惑かも。いや、めちゃ迷惑かも。

    飲んだ翌日に、「うはー、きのうはようしゃべったわあ」と、昨夜のことを思い出そうとしても、半分も思い出せたら御の字。むしろ楽しかったと思う時ほど、思い出せる量は少ないのだから、なにか無駄な気がしないでもない。

    おしゃべりな人というのにもいろいろあると思うけど、ぼくの場合、話題がなくてその場がシーンとしていてもかまわないし、おしゃべりといっても、自分の興味あることしかしゃべらないから、だらだらとどうでもいいことをしゃべり続けるなんてことはできない。その場での話がぼくの興味や知っていることに少しでも引っかかったりするもんだから、「聞け聴けきけーっ!」としゃべり始めて、さらに我田引水、自分の陣地に引きずり込むわけである。もし、その場がぼくの興味ないことで会話が進んでいれば、ぼくはその会話に参加してなくてもいっこうに平気である。ただ、つまらーん、という顔をしてぼうっとしているか、他ごとを考えているだけである。聞き上手というのにぼくはまったく当てはまらない。

    檀家さんのところに月参りでお経に行くと、お経のあとお茶をすすりながら世間話をする。子どもの頃から年寄りに囲まれて育っているので、そういう時の会話は手なれたものである。そういう時はもう少し聞き上手になれるのである。相手のおばあちゃんやおじいちゃんが少しぐらいボケかかってきても、平気の平左で話を聞いていられる。ボケてきたとはいわなくても、年をとってくれば人はみんなくり返し同じ話をするもの。何度でも、はあ、そうですか、と相槌を打つ。

    昔の話を昔の人から生で聞くのはもともと嫌いじゃないし、そういう機会が多いのはもしかしたら坊さんの特権かもしれない、ぐらいのことも時々思う。それに、こっちも若い頃とは違ってだんだん記憶力が弱ってきているから、二度、三度聞いたぐらいでは忘れてしまって、フリをしなくても初めて聞いているようにその話が聞けるようになってきているんで、これは実に都合がいい。

    年寄りが同じことを繰り言のようにしゃべるのは、その話がたとえ人にはたいしたことじゃないことだとしても、きっとそのことはその人にとってとても大事だと思っていることなんだろうと思う。心に深く刻まれたなにか。

    もう死んでしまったけれど、ある檀家のばあさんは、ぼくがお経を読んでいると、音もなく奥から出てきて横に座っていて、
    「わたしはよう、安八郡の○○村大字○○の何番地から嫁に来たんですけど、今はこの家でちょっと厄介になっとりまして」
    と、あいさつをしにきていた。後ろで嫁さんが、
    「ごめんなさいねえ、この家の番地も忘れて言えんのにねえ。昔のことはよく覚えとるんだわねえ」
    と申しわけなさそうにしていたけど、このばあさんにとっては、村を出て嫁に来たことが、まわりが思っているよりもずっとすごい出来事だったんだろう。

     

    ぼくがボケてしまえるほど長生きできたとしたら、どんな話をくり返しくり返しすることになるんだろう。

    「そんなんロックとちゃうわ。ロックっちゅうのはさあ・・・」。そんな話を介護の若い娘さんにくり返すじいさんになれたら、ぼくはうれしい。

    「いかんいかん、そんなんではいつまでたっても人は幸せになれん・・・」。手当たりしだい人をつかまえては説教くさくいつも愚痴るじいさんになれたら、ぼくはうれしい。

    それを少し先取りしている、酔った時のぼく。

    みなさんよろしくね。

    そうそう。ぼくは最近、酒を飲むととてもおしゃべりになってきたのである。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    かてて加えて、人の話を聞かんと自分の話ばかりをするようにもなってきた。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    同じ話を何度もくり返すことも増えてきた感じがするなあ・・・・・・・・。

     

    いかーんっ!

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    2008年5月 5日 (月)

    十八歳成人

    Top_blue成人年齢を十八歳に引き下げるかどうかが議論されている。

    これはそもそも、憲法改定のための国民投票法で、その投票権を十八歳にしたことに始まる(国民投票法自体は「憲法改悪」をねらう動きの中で成立したものだからかなり怪しいものだけども、今回その話は措く)。

    成人年齢が関わる法律は三百以上にも及ぶらしい。多くの国では十八歳からを成人としているそうで、むしろ二十歳のところはごく少数とのこと。日本も江戸時代までは十五、六歳で大人だったのが、明治になって特段の議論もなく二十歳なったという。

    一律に年齢だけで線引きするのはどこか無理があるとしても、法的にいくつから成人かは決めておかなくてはならない。ぼくは十八歳で成人とすることに基本的に賛成だけど、年齢のことだけでなく、こうした議論の中で「大人」とはいったいどういうことかを考えるのもまた、とても大切なことだろうと思う。

    法が想定する成人というのは、その人が責任の主体者として自由意志に基づいて決定権を持っているということだ。たとえば、選挙権というのは、政策(や候補者)についてそれがいいのか悪いのかを決める権利を持っているということ。

    なにがいいかを決めるには、それなりの判断材料と判断する能力を持っていなくてはいけないけれど、大人になるまでにそうした判断能力を磨き上げるため、「子ども」のときにいろいろと教育を受け、学習し身につけていくわけである。

    ところが現実をみてみると、学校教育の中で政治教育はものの見事に排除されている。読書感想文を書くにはそもそも字が読めなくては無理なのと同様に、政治もそれを読み解くことがある程度できなければ、それがいいのか悪いのかを判断することは難しい。

    今の日本では、有権者になるための教育があまりなされないまま、二十歳になっていきなり有権者として判断を要求されることになる。となれば、選挙で誰に投票したらいいのか、「テレビでよく見る」「名前をよく聞く」「誰々に頼まれた」「なんかやってくれそう」程度の判断(?)で決めることになってしまうだろう。

    選挙に行くならまだましなほうかもしれない。今や棄権する人たちが過半数を超える選挙だってそうめずらしくもない。判断する能力も意志もないのに、「決定権」だけ持っていたって宝の持ち腐れである。

    今般の十八歳成人の議論をいい機会にして、今の大人や、大人になるまでの準備期間のありようもかえりみたいものである。様々な権利にともなう責任をろくに育てることもないまま、大人を増やしたってあまり意味はないかもしれない。どころか、むしろ害悪かもしれない。ヒトラー率いるナチス政権は当時最先端のワイマール憲法のもと、民主的手続きによって生まれた。そんなに遠くを見ないでも、この前までの小泉・安倍人気や、石原都知事や橋下大阪府知事なんかのボンクラが余裕で選挙を勝ち抜いてくるのを見ていると、しみじみそう思う。

    事は選挙に限った話ではないにしても、少しでも多くの若者を大人として迎え入れようというなら、彼らを迎え入れる大人の側がどんな「大人の行動」をしているのか、子どもに対して決定権を持つにふさわしい大人になるためにどんな教育をしているのか、そのこともまた問われるべきだろう。

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    2008年4月25日 (金)

    静かな国で違憲判決

    Top_yellowイラクでの自衛隊の活動について、名古屋高裁で違憲判決が出た。似たような裁判が十件ぐらい提訴されているらしいけれど、違憲判決ははじめてだ。原告の賠償請求を認めなかったことで形式的には敗訴だが、内容的に実質完全勝訴。政府は「勝訴」なので上告できない。

    現在進行形の自衛隊の活動について、「後方支援」だの「空輸活動」だの「自衛隊のいるところが非戦闘地域」だのと詭弁を弄しても、軍事的常識としてそんなことは通用しない、はっきりとそれは「戦闘行為である」と、違憲判決が確定した。

    これまで、自衛隊や安保など憲法九条にかかわる裁判では、多くが却下されるなどして敗訴が続いているわけだが、これらの裁判では、裁判所はそれが違憲かどうかの判断をしていない。「統治行為論」といって、「高度な政治判断」を含む事柄については裁判所が判断することではない、政治(国会)が判断することだと、司法は判断を避けている。「統治行為論」といえば、なんかいかめしい理屈に思ってしまうけれども、早い話が、裁判所が責任逃れをしたいがための、逃げ口上の屁理屈である。

    そんな中でも、憲法九条に絡む案件について裁判所が憲法判断した1973年の「長沼ナイキ訴訟」、1959年の「砂川裁判」の判決をみてみると、それらはいずれも違憲判決である。憲法判断したがらない裁判所といっても、判断をするとなると必ず憲法違反である。逆に、自衛隊に一度も合憲の判決を裁判所が出したことはない。だから、今回の違憲判決はそういった意味でも歴史的、画期的な判決だ。

      

    憲法九条に限らず、こうした画期的な判決を下す裁判官というのは、概して退官直前の裁判官である。お上に楯突くようなことは、裁判官といえども左遷にビビッてできないでいる。そして、今回の違憲判決を出した裁判官もまた退官直前であった。

    多くの報道機関は一貫して「イラクへの自衛隊の派遣」という表現をしている。しかしこれはまぎれもなく「イラクへの派兵、出兵」だ。イラク戦争はイラクへの「侵略」なのに、「進攻」だとかと言い換えて平気である。歴史の書き換え、言い換えは、なにも大本営発表や、文科省の指導下のもとにある教科書だけで起きているわけでなく、自由な言論機関である報道でも「自主的に」なされている。「統治行為論」で放り出された事柄についてさえなお、「不偏不党」と、権力に色目を使っての逃げ口上。この裁判で彼らもまた裁かれたのだという自覚を、おそらく彼らは持たない。新聞紙面は字が大きくなるだけで、今後も中身は薄味のままだろう。

     

    実家の寺から空を見上げれば、水色に塗られたC130空輸機が訓練飛行をしているのが見える。あの飛行機が!あの飛行機が!アメリカの兵隊や武器を載せてイラクの空を飛んでいる飛行機なのだ。現地の空でイラク兵に照準を合わせられている飛行機なのだ。檀家のところへお経に向かえば、イラクに出兵した軍人が所属する師団の横を通る。いわば、ここは今回の違憲判決の地元中の地元である。

    なのに、まあ静かな町ですこと。

    違憲判決が出ても、政府、与党の面々は、まさに蛙のツラにションベン。今までどおり自衛隊の活動(=戦闘行為)は継続するんだと。官邸では「あの裁判官、空気読めてねー」とか言っているんだろう。

    行政は司法を無視してもいいとの態度。三権分立って一体なんなんだろう。暴力装置を発動しない限り司法は無意味、そう政府の面々は言っている(そういえば、裁判所の命令を無視してまで日教組の大会に会場を貸さなかったホテルの例もあった)。彼らは、血を流して勝ち取ってきた民主主義の智恵をいとも簡単に踏みにじる言葉を吐くその口で、人に愛国心だ、道徳だとのたまう。「まだまだ無責任だから十八歳を成人とは認めたくない」とその口が言う。

    なのに、まあ静かな国ですこと。

     

    いずれ彼らはその口で、こう言う。「日の丸のために戦え」と。それはもう、スポーツの世界では始まっていることだけれど。

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