2008年7月25日 (金)

ちくわの包装

Top_blueまた暑い夏がやってきた。毎年のことながら、お盆はお寺にとって大変に忙しい季節である。というわけで夏のあいだ、このブログもしばらく夏休みにします。次回の投稿は今の気持ち的には九月五日と思っています。実際にどうなるかはその時になるまでわからへんけど。

さて、今季最後の記事はちくわの話を。

石油の高騰をうけた物価高で練り物も値上がりするとかかんとか、ちくわもその影響をまぬがれ得ないそうだけど、そんな小難しい話を書こうというわけではない。今回はちくわの包装のしかたの話である。

ちくわはスーパーで正方形の袋に五本入りで売られている物が多い。高級品だと太いのが二本入りというのもあるけど、普段使いのだと、まあ五本入りが標準だろう。親子四人暮らしとかになればいっぺんに全部使うだろうけど、ウチのような二人暮しだとおでんでもしない限り、いっぺんに使い切ることはあまりない。

となると、袋を開封してちくわを二、三本取り出してまた冷蔵庫にしまうことになる。その際、開け口がしっかりと閉じられないので、ともすると次に使うときに、開け口のほうのちくわの端っこが乾いてカピカピになってしまうことがある。ちくわの包装のしかたが、袋の開け口に対して縦に五本入れてあるのでそういうことになる。

そこでぼくは思ったわけである。開け口に対して横向きにちくわを包装すればよいのではないかと。そうすれば、使い切らずに残っても、取り出した二、三本分のところをクルクルと巻いて輪ゴムをすることができる。これだと残ったちくわが乾きにくい。ちくわは最初から横向きに包装して売っていただくとよろしいかと思われる。

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ちくわを縦から横にしたところで取り立てて不都合があるとも思えない。もし、ちくわ業者や包装機械製造業者のかたがこの駄文を見かけしましたら、どうかご一考ください。

ぼくがちくわ工場の社長さんなら今日からでも縦から横に包み直したいところであるが、残念ながらぼくはお坊さんである。これから忙しい夏に向かって、モリモリとちくわを食べて鋭気を養うだけである。おいしいね、ちくわ。

 

 

次回の記事掲載は九月五日の予定。

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2008年7月15日 (火)

あなた色

Top_blue以前使っていた携帯は、表側の表示部分が使っていないときに鏡様になっていて、これが案外便利だった。

一年ほど前、ツーカーからauに乗り換えることになった時、電話屋の店員から
「ワンセグなんかはどうですか」
と言われた。
「いやいや、そんなものよりも、表が鏡みたいになっているのはありませんかね? ぼくはテレビなんかよりも、自分の顔を見ていることのほうがきっと長いでしょうからねえ、ほっほっほっ」
と、アイラブミー全開に答えて、機種を探してみたけど、ツーカーにはあったのにauにはそんなのがなかった。で、しかたなしに一番薄いやつにした。

というわけで、今は携帯電話に百円ショップで買ってきたシール式の鏡シートを張っている。本物の鏡ほど鮮明ではないにしても、外でちょっと使う分にはなんの支障もない。百円ショップってすごいね。なんでもあるね。

なんて思っていたんだけど、最近こんなことを思ったわけである。つまり、使ってないときの待ち受け画面が鏡になっていたら、これは便利なんではないか、と。ガラスをマジックミラーにすればできそうだし。もしかしたら、そういうのはすでにあるのかもしれない。

いやいや、マジックミラーを使うまでもなく、一面銀色の壁紙があればもっと手軽でいいんではないか。これをダウンロードすれば、どんな機種でも待ち受け画面が鏡になる。自意識過剰な若者や自分大好き人間に大ウケ間違いなし。

「おお、これは名案!」とひざをたたいて、ふと思う。

「ところで、銀色ってどんな色なの?」

Photo 「一面銀世界の雪景色」なんて言うからといって、銀色は白ではない。色を確かめようと鏡に近づいてじっと見てみても、大好きな自分の顔の肌の色やかわいいお目めの黒目や白目しか見えない。まったくもって銀色というのは、「あなた色に染まります」と白無垢の衣装を着ているハナヨメ以上に「あなた色」に染まってしまう。

銀色には色がない。自分独自の色を持たぬ「あなた色」という色なのである。鏡をスキャナーに置いて色を取り込もうにも、読み取りの機械部分が写るだけである。写真を撮ろうにも、カメラを構えるぼくの姿が収まるだけである。ああ、なんと自分を持たぬ情けないやつなのであろう、銀色というやつは。こんなことでは壁紙を作れぬではないか。

黒はすべての色を吸収し、白はすべての色を反射するから、それぞれがあの黒と白なんだそうである。赤や青や緑も、物体がその色を反射するから赤や青や緑に見えていると。となるとですよ、銀色にはすべてを反射する白とも違う、それ独特の光の反射のしかたがあるんだろうなあ。どんな加減があって銀色はあなた色になるのか、そこのところを色博士もしくは光学先生に教えを乞いたいところである。

そうそう、銀色を絵で描くとするなら灰色っぽい色で表現することが多いと思うけど、よく考えればこれも不思議な話である。われわれはなにゆえ、なに色でもない「あなた色」を銀色と認識し、かつ、それを灰色っぽいあの「銀色」として認識するのであろうか。そこのところを脳博士あるいは認知学先生に教えを乞いたいところである。

などとガタガタ言っとらんと、百円ショップで鏡シールを買ってきてペタッと張れば、携帯鏡はあっという間にできあがり。自意識過剰の自分大好き人間はこれでご満悦である。

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2008年7月 5日 (土)

あの人、アカですから

Top_blue東京都国分寺市の共産党市議がマンションの集合ポストにビラを投函して、住居侵入のカドで書類送検をされた。まただ。

立川の反戦ビラや葛飾区の共産党ビラに引き続き、再三こうしたことがくり返される。

と、この書き出しも、『産経新聞』や『諸君』『正論』に書いてあれば、「アカがまだ何をやっている」という意味になるけど、ぼくの立場は逆です。『赤旗』とか『週刊金曜日』とかに書いてある文脈で怒っていると思ってください。ネットって、サイトを開いてもしばらく読み進まないと、書いている人の立場がわかりにくいもんね。先に書いておきます。

書類送検が報道されたからか、報道の翌日に「被害届け」は取り下げられたが、それにしてもである。

こうなったら、時期をあわせて全国一斉にビラをマンションへ「違法に」投函する運動でも起こしたらどうかと思う。そうなれば警察も、あとはハンコをつくだけの「被害届け」の作成が追いつくまい。住民からもそうは「協力者」が出てくるまい。

全国一斉が無理なら、立川でも葛飾で国分寺でもどこでもいいけど、被害届けを出した「前科」のあるマンションに大挙してビラを投函しに行く、と。

で、もし誰かがまた逮捕でもされたなら、「あっ、ぼくもそれ投函しました」「わたしも投函しました」とみんながみんなで自首しにいこうではないかね。留置所を「政治犯」であふれ返させてやれ。

Photo

こんな「被害」を捏造する警察も警察だが、それを起訴して、有罪判決を出す司法当局もまた、どうしようもなくえげつない。一体全体、この国は民主主義の国なのか。

『蟹工船』をベストセラーにさせている若者たちよ、この権力の横暴をどう思われる。「だってこんな目にあうの共産党だけじゃないの」と鼻白んでいるとするなら、それはどうなんでしょう。

随分と前にも掲載したけども、ドイツの神学者マルティン・ニーメラーの詩を再掲しておく。

ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。
けれども自分は共産主義者ではなかったから、結局なにもしなかった。

それから、ナチは社会主義者を攻撃した。
自分の不安はやや増大した。
けれども自分は社会主義者ではなかったから、やはりなにもしなかった。

それから学校が、新聞が、ユダヤ教徒が、というふうにつぎつぎと攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、それでもなにもしなかった。

それからナチは教会を攻撃した。
私は教会の人間であった。
そこで自分はなにごとかをした。
しかし、そのときにはすでに手遅れであった。

権力と対峙したとき、世間の無関心はなによりも怖い。

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2008年6月25日 (水)

小太りな料理の先生

Top_blueNHKの料理番組を見ていたら、その日の料理の先生はちょっと小太りの先生であった。

アシスタントの紹介によると、食べ盛りの子どもが四人いるという。「うーん、先生、あなたもまだ食べ盛りですか」と画面に思わず突っ込みを入れてしまったけど、ぼくはそんな茶々を入れながら、その先生になんとなく親しみを持ってしまった。

というのも、直前まで、『ためしてガッテン』で焼きそばの焼きかたのどうでもいいコツを延々とやっているのをイライラして見ていたんだけど、今日の料理のメニューは食べ盛りの子どもを持つ親らしい、ドカーンと大盛りなお好み焼きや特大大皿グラタン。それをぽっちゃり姿の先生が作るわけだから、「おいしく作って、モリモリ食べましょう」と言わんばかりなんである。

ぼくはしみじみ思ったのである。料理の先生は体型を気にして食事を制限するようなタイプではなく、いかにもおいしいものをパクパク食べているような人が良いということを。

ふっくらした姿は、食べ盛りの子どもに視線が向いていると感じるからなのか、高級料理よりも日々の食事を大事にしているように感じるのである。実際、番組で先生は『ためしてガッテン』のような細かいことも言わず、ちゃっちゃかと大皿料理を仕上げていって、見ていても安心なのであった。

うんうん、これならおれも作れそうだぜ。

 

おんなじようなことが医者にも言える。

今の世の中、医者の人となりを判断するのに、タバコを吸うというのはぼくにとってそれだけでもう安心材料である。「この医者は健康のためだけに生きている人ではない」という安心感が持てる。治療のためだからと無茶な食事制限を指導されても、気軽に小言が言えるというもんだ。病院に来るほどに不健康な生きかたをする人の気持ちを少しは理解してくれよう。二人の医者がいるとして、力量が同じならば、タバコを吸う医者のほうをぼくは選ぶ。

愛煙家だった漫画家のはらたいらはガンがわかって死を迎える際に、その病院では病室でタバコが吸えるというんでそこを選んだんだとか。ぼくもできればかくありたい。死に際まで、健康のために禁煙を強要されたくはないもんね。

そんな病院作りをする医者というのが、ほんとの医者なんだと思う。そういう医者が必ずしも喫煙者である必要はもちろんないけど、タバコを一服する姿を見れば、その医師が健康至上主義者、原理主義者でないのは一目瞭然だ。

以前、病院に行ったとき、帰ろうと自転車の鍵をカチャカチャしていたら、さっき診てもらった先生が休憩時間になったのか、正面玄関から出てきてタバコに一服火をつけたかと思うと、通用口のほうへプカプカしながら歩いていった。ぼくはその姿を見ながら、無口な若いその医者に急に親近感を覚えたもんである。

 

折り目正しく、背筋の伸びた健康さや健全さよりも、不健康、不健全にはずっとずっと生活の匂いがする。ぼくにはそちらのほうが気安くてよろしい。

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2008年6月15日 (日)

かぶりもの

Top_blue同居人とは仲がいい。気が合うとでも言いましょうか。なにより、それぞれが勝手に買い物に行くと、買ってくる物がかぶることが多い。

ニンニク5個入りのネットが2つ、あぶらげ大判2枚、ナス3本入り2袋、ピーマン5個入り2袋、魚肉ソーセージ5本入り3袋(ぼくが2袋購入)・・・・・・。これらが突然我が家の台所に揃う。ちっちゃい冷蔵庫と野菜かごは、一気に物であふれかえってしまう。

前回トイレットペーパーを買ったときもそうであった。「なくなってきたなあ、そろそろ買い置きを」と思って買い物に行ったら、その日、同居人もトイレットペーパーを買って、仕事から帰ってきた。ぼくが18ロール、同居人が12ロール、締めて30ロール。貧困系二人暮しの家庭としては過分の買い置きである。

あまりの多さに、ぼくは写真を撮ってしまいました。2枚の写真をつなげてのパノラマ式。

Photo_2

撮った日付は昨年の2007年12月12日。このたび、それがようやくなくなってきた。都合ざっと半年。

となれば、我が家では日々どれだけトイレットペーパーを使っているのか、計算したくなるのが人情というもの。計算してみました。

6ヶ月 : 30個
    ↓
1ヵ月 : 5個
    ↓
30日 : 5個
    ↓
6日  : 1個
    ↓
1個の長さは各種銘柄60~50メートルなので、平均55メートルとして
6日  : 55メートル
    ↓
1日  : 約9.2メートル
    ↓
1人  : 約4.6メートル

というわけで、1日あたり1人4~5メートルという計算結果になりました。案外長いね(ウォシュレットスタイルの場合。男女の使用量の差は除外)。はあ、すっきり。

と、思ったのもつかの間。

な、な、なんと! 今日トイレットペーパーを買いにいったら、同居人もまたトイレットペーパーを買ってきた! 今回は同じ銘柄で12ロール×2つ。半年振りの買い足しなのに、2回連続のトイレットペーパーかぶり買い。気が合うね!

前回の30ロールには6個足りないけど、貧困系二人暮しの家庭には、やはり過分の買い置きである。

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2008年6月 5日 (木)

過ちを改むるに憚ることなかれ

Top_yellow あまたある悪法の中でも、「後期高齢者医療制度」とかいう「姥捨て山医療制度」がいつになく批判を浴びている。国民皆保険は崩れ、外資系保険会社はホクホク顔である。こんな形で「この世は地獄だし、早く極楽に行こう」と思わされるのでは、さすがに浄土宗徒であってもたまったもんではない。

    悪法はもちろんこれだけでない。国鉄以来の国営事業の叩き売り「郵政民営化」で郵便事業は不便になっただけ、民営化以前からの過重労働をさらに現場に強いて自殺者続出である。

    また、派遣労働が原則解禁となって以降、不安定労働の蔓延はとどまることを知らず、企業は「名ばかり管理職」という禁じ手に手を染めて、企業倫理は崩壊。

    「障害者自立支援法」とはいっても自立支援とは名ばかりの「障害者自立阻害法」もある。どうあっても少数派の「障害者」はいつまで「弱者」のままにほっとかれるのか。

    施行は来年だが裁判員制度も混乱は必至だし、2011年のテレビの地上波デジタル化にともなうアナログ放送打ち切りもただではすまないだろう・・・。

    と、この調子で書き連ねていけば、年を越しそうなので、ここでやめておく。

    これらは、いまだに人気があるとかいう小泉純一郎氏が首相をしていた時にできたものが多い。アメリカや大企業の意向に従って動いていただけの彼が精力的にやってきたことに、国民の要求から生まれたものなどひとつもない。にもかかわらず、あの軽佻浮薄な姿勢の何がウケたのか、小泉ポチ首相はついに人気者のままに総理の座を降りた。

    ぞっとする。彼の人気を支えた(ている)人たちがぼくと同じ国民であるかと思うと、ぞっとする。石原東京都痴事、橋下大阪府痴事の人気を見てもしかり。

    ファシズムの腐臭が漂う最近の禁煙化の流れの中で、とうとう神奈川県では松下政経塾出身者の知事によって全面禁煙の条例案提出なんて話が聞こえてきた。ぼくはこの話をニュースで知り、学生時代に資料のつもりで買っておいたヒトラーの『我が闘争』を本棚から引っぱりだしてきて、今読み返している最中だ(なにせ無駄に分厚い)。

    ヒトラーは大のタバコ嫌いでも知られている。彼は、当時最も民主的だったワイマール憲法下で大衆の圧倒的支持を得て「民主的に」選出された。そしてまず、反対の少ない精神病者や同性愛者の強制所収容から手をつけ、ユダヤ殲滅にまで事を進めた。

    民主主義は衆愚政治に落ち込む危険性を常にはらんでいる。たとえば「健康」を印籠にした論理の単純さに比べれば、それに反対する論理は確かに複雑だろう。そういった単純さにしてやられ、結果、自身が被害をこうむる人たちを「衆愚」と言わずして、なんと言えばいいのだろうか。

    いみじくも小泉首相が流行らせたのは、テレビ向けの単純明快な「ワンフレーズポリティックス」、つまり「一言政治」である。とろくさ。

    どうせ同じ単純な言葉にしてやられるぐらいなら、
    「年寄りと子どもぐらいただで病気の世話をしてやれ」
    「教育費をただにしろ」
    「戦争にまきこまれたくなんかないし、米軍なんかとっととこの国から出てってくれ」
    とか、そういう言葉に引っかかっるべきだ。

    「過ちを改むるに憚ることなかれ」。この言葉は悪法にのみならず、ぼくたち有権者の政治選択にも向けられるものだ。

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    2008年5月25日 (日)

    トラ刈りなんですけど

    Top_blue頭を剃るようになってもう何年たつだろうか。すっかり坊主頭の姿になじんでしまった。

    知り合った人と話をしていて、ぼくがお坊さんだということがわかると、「ああ、だから頭を丸めてるんですね」なんていう話になることが多い。会話とはそういう風に進むものだから、それはそれでどうということではないけれども、ぼくが剃髪するようになったのは、なにもぼくがお坊さんだからというわけではない。髪の毛が一部不均衡な生えかたをするようになって、それを人は薄毛とかハゲとか言うが、そういうことをいちいち人に言われるのもめんどくさいし、どうかすれば、毛のことについてなにか触れてはならないような遠慮がちな会話になるので、「いっそのこと剃ってしまおう」と剃り始めたのである。いわゆるひとつのハゲ隠し。「逃げる時には人混みに逃げろ」と同じ理屈である。

    どうでしょう、二週間に一度ぐらいの間隔で剃っているのかなあ。そんな感じなんだけど、腰のない弱々しい猫毛になってきたとはいえ、二週間も伸びるといきなり三枚歯のカミソリでは剃れないので、ひとまずバリカンで一番短く刈り上げる。それから、ソリソリ~、ソリソリ~とやっていくわけである。

    時々「ソリソリ~」を省略して、刈り上げておしまいにすることもある。ただ、バリカンで刈り上げただけだと、相当慎重にやっても、直接見えない頭の後ろなんかは手探りでやるから、風呂上りに頭をふきふきする時に刈り残し部分が見つかることが少なくない。剃るほうのがスベスベとジョリジョリの差がはっきりしている分、むしろ失敗が少ない。だから、いつもはザッと刈って、それからていねいに剃りあげることのほうが多い。

    この前、久しぶりに刈り上げておしまいにしてみた。久しぶりだったから相当気合を入れて、バリカンを縦目、横目、斜め、縦横無尽に走らせてていねいに刈り上げた。

    つもりだったのが、風呂から上がってテレビを見ながら後頭部あたりを手でスリスリしていたら、「んっんっんっ、トラ刈りになっとるなあ。やっぱりバリカンだけでおしまいにするのは難しいなあ」なんて思ったわけである。

    で、同居人に頭頂部の後ろあたりを指差しながら、
    「なあなあ、この辺トラ刈りになっとらへん?」
    と聞いた。すると、同居人は、
    「・・・・・・」
    と、ぼくの頭をスリスリしながら黙っている。

    「どしたん? トラ刈りになっとらへんの?」
    「なっ、なってへんよ。ちゃ、ちゃんと刈れてるで・・・・・・」
    「あれっ、そう? なんかこの辺トラ刈りっぽいんだけど。よく見てみて」
    「ちゃんと、見てるで」
    「なあ、トラ刈りになってるやろ? よく見てみて!」
    「・・・・・・。悲しいお知らせがあります。このあたりは刈りかたが不揃いなんじゃなくて、毛の生えかたそのものが均等じゃないのです。残念です」
    「そんなことないもん、トラ刈りだもん!」
    「!!! なんやったら、合わせ鏡で見てみるか?」
    「い、いや、そ、それは、こわい・・・・・・」

    ふーむ、そうかあ。そうなのかあ。トラ刈りじゃないのかあ。それは残念なことだなあ。

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    2008年5月15日 (木)

    くり返ししゃべります

    Top_yellow 最近、ぼくは酒を飲むととてもおしゃべりになった。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    かてて加えて、人の話を聞かんと自分の話ばかりをするようにもなってきた。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    同じ話を何度もくり返すのも増えてきた感じがするなあ。同じ話題を何度もくり返すだけでなく、
    「つまりさあ、おれはさこうこうこう思うわけなのね。で、つまりはおれはこうこうこう思うわけなのよ。だってさあ、おれはこうこうこう思うわけでさあ」
    などと、ただ単に「おれはこうこうこう思う」と同じことを重ねているだけなんてのもしばしば。

    ちょっと迷惑かも。いや、だいぶ迷惑かも。いや、めちゃ迷惑かも。

    飲んだ翌日に、「うはー、きのうはようしゃべったわあ」と、昨夜のことを思い出そうとしても、半分も思い出せたら御の字。むしろ楽しかったと思う時ほど、思い出せる量は少ないのだから、なにか無駄な気がしないでもない。

    おしゃべりな人というのにもいろいろあると思うけど、ぼくの場合、話題がなくてその場がシーンとしていてもかまわないし、おしゃべりといっても、自分の興味あることしかしゃべらないから、だらだらとどうでもいいことをしゃべり続けるなんてことはできない。その場での話がぼくの興味や知っていることに少しでも引っかかったりするもんだから、「聞け聴けきけーっ!」としゃべり始めて、さらに我田引水、自分の陣地に引きずり込むわけである。もし、その場がぼくの興味ないことで会話が進んでいれば、ぼくはその会話に参加してなくてもいっこうに平気である。ただ、つまらーん、という顔をしてぼうっとしているか、他ごとを考えているだけである。聞き上手というのにぼくはまったく当てはまらない。

    檀家さんのところに月参りでお経に行くと、お経のあとお茶をすすりながら世間話をする。子どもの頃から年寄りに囲まれて育っているので、そういう時の会話は手なれたものである。そういう時はもう少し聞き上手になれるのである。相手のおばあちゃんやおじいちゃんが少しぐらいボケかかってきても、平気の平左で話を聞いていられる。ボケてきたとはいわなくても、年をとってくれば人はみんなくり返し同じ話をするもの。何度でも、はあ、そうですか、と相槌を打つ。

    昔の話を昔の人から生で聞くのはもともと嫌いじゃないし、そういう機会が多いのはもしかしたら坊さんの特権かもしれない、ぐらいのことも時々思う。それに、こっちも若い頃とは違ってだんだん記憶力が弱ってきているから、二度、三度聞いたぐらいでは忘れてしまって、フリをしなくても初めて聞いているようにその話が聞けるようになってきているんで、これは実に都合がいい。

    年寄りが同じことを繰り言のようにしゃべるのは、その話がたとえ人にはたいしたことじゃないことだとしても、きっとそのことはその人にとってとても大事だと思っていることなんだろうと思う。心に深く刻まれたなにか。

    もう死んでしまったけれど、ある檀家のばあさんは、ぼくがお経を読んでいると、音もなく奥から出てきて横に座っていて、
    「わたしはよう、安八郡の○○村大字○○の何番地から嫁に来たんですけど、今はこの家でちょっと厄介になっとりまして」
    と、あいさつをしにきていた。後ろで嫁さんが、
    「ごめんなさいねえ、この家の番地も忘れて言えんのにねえ。昔のことはよく覚えとるんだわねえ」
    と申しわけなさそうにしていたけど、このばあさんにとっては、村を出て嫁に来たことが、まわりが思っているよりもずっとすごい出来事だったんだろう。

     

    ぼくがボケてしまえるほど長生きできたとしたら、どんな話をくり返しくり返しすることになるんだろう。

    「そんなんロックとちゃうわ。ロックっちゅうのはさあ・・・」。そんな話を介護の若い娘さんにくり返すじいさんになれたら、ぼくはうれしい。

    「いかんいかん、そんなんではいつまでたっても人は幸せになれん・・・」。手当たりしだい人をつかまえては説教くさくいつも愚痴るじいさんになれたら、ぼくはうれしい。

    それを少し先取りしている、酔った時のぼく。

    みなさんよろしくね。

    そうそう。ぼくは最近、酒を飲むととてもおしゃべりになってきたのである。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    かてて加えて、人の話を聞かんと自分の話ばかりをするようにもなってきた。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    同じ話を何度もくり返すことも増えてきた感じがするなあ・・・・・・・・。

     

    いかーんっ!

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    2008年5月 5日 (月)

    十八歳成人

    Top_blue成人年齢を十八歳に引き下げるかどうかが議論されている。

    これはそもそも、憲法改定のための国民投票法で、その投票権を十八歳にしたことに始まる(国民投票法自体は「憲法改悪」をねらう動きの中で成立したものだからかなり怪しいものだけども、今回その話は措く)。

    成人年齢が関わる法律は三百以上にも及ぶらしい。多くの国では十八歳からを成人としているそうで、むしろ二十歳のところはごく少数とのこと。日本も江戸時代までは十五、六歳で大人だったのが、明治になって特段の議論もなく二十歳なったという。

    一律に年齢だけで線引きするのはどこか無理があるとしても、法的にいくつから成人かは決めておかなくてはならない。ぼくは十八歳で成人とすることに基本的に賛成だけど、年齢のことだけでなく、こうした議論の中で「大人」とはいったいどういうことかを考えるのもまた、とても大切なことだろうと思う。

    法が想定する成人というのは、その人が責任の主体者として自由意志に基づいて決定権を持っているということだ。たとえば、選挙権というのは、政策(や候補者)についてそれがいいのか悪いのかを決める権利を持っているということ。

    なにがいいかを決めるには、それなりの判断材料と判断する能力を持っていなくてはいけないけれど、大人になるまでにそうした判断能力を磨き上げるため、「子ども」のときにいろいろと教育を受け、学習し身につけていくわけである。

    ところが現実をみてみると、学校教育の中で政治教育はものの見事に排除されている。読書感想文を書くにはそもそも字が読めなくては無理なのと同様に、政治もそれを読み解くことがある程度できなければ、それがいいのか悪いのかを判断することは難しい。

    今の日本では、有権者になるための教育があまりなされないまま、二十歳になっていきなり有権者として判断を要求されることになる。となれば、選挙で誰に投票したらいいのか、「テレビでよく見る」「名前をよく聞く」「誰々に頼まれた」「なんかやってくれそう」程度の判断(?)で決めることになってしまうだろう。

    選挙に行くならまだましなほうかもしれない。今や棄権する人たちが過半数を超える選挙だってそうめずらしくもない。判断する能力も意志もないのに、「決定権」だけ持っていたって宝の持ち腐れである。

    今般の十八歳成人の議論をいい機会にして、今の大人や、大人になるまでの準備期間のありようもかえりみたいものである。様々な権利にともなう責任をろくに育てることもないまま、大人を増やしたってあまり意味はないかもしれない。どころか、むしろ害悪かもしれない。ヒトラー率いるナチス政権は当時最先端のワイマール憲法のもと、民主的手続きによって生まれた。そんなに遠くを見ないでも、この前までの小泉・安倍人気や、石原都知事や橋下大阪府知事なんかのボンクラが余裕で選挙を勝ち抜いてくるのを見ていると、しみじみそう思う。

    事は選挙に限った話ではないにしても、少しでも多くの若者を大人として迎え入れようというなら、彼らを迎え入れる大人の側がどんな「大人の行動」をしているのか、子どもに対して決定権を持つにふさわしい大人になるためにどんな教育をしているのか、そのこともまた問われるべきだろう。

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    2008年4月25日 (金)

    静かな国で違憲判決

    Top_yellowイラクでの自衛隊の活動について、名古屋高裁で違憲判決が出た。似たような裁判が十件ぐらい提訴されているらしいけれど、違憲判決ははじめてだ。原告の賠償請求を認めなかったことで形式的には敗訴だが、内容的に実質完全勝訴。政府は「勝訴」なので上告できない。

    現在進行形の自衛隊の活動について、「後方支援」だの「空輸活動」だの「自衛隊のいるところが非戦闘地域」だのと詭弁を弄しても、軍事的常識としてそんなことは通用しない、はっきりとそれは「戦闘行為である」と、違憲判決が確定した。

    これまで、自衛隊や安保など憲法九条にかかわる裁判では、多くが却下されるなどして敗訴が続いているわけだが、これらの裁判では、裁判所はそれが違憲かどうかの判断をしていない。「統治行為論」といって、「高度な政治判断」を含む事柄については裁判所が判断することではない、政治(国会)が判断することだと、司法は判断を避けている。「統治行為論」といえば、なんかいかめしい理屈に思ってしまうけれども、早い話が、裁判所が責任逃れをしたいがための、逃げ口上の屁理屈である。

    そんな中でも、憲法九条に絡む案件について裁判所が憲法判断した1973年の「長沼ナイキ訴訟」、1959年の「砂川裁判」の判決をみてみると、それらはいずれも違憲判決である。憲法判断したがらない裁判所といっても、判断をするとなると必ず憲法違反である。逆に、自衛隊に一度も合憲の判決を裁判所が出したことはない。だから、今回の違憲判決はそういった意味でも歴史的、画期的な判決だ。

      

    憲法九条に限らず、こうした画期的な判決を下す裁判官というのは、概して退官直前の裁判官である。お上に楯突くようなことは、裁判官といえども左遷にビビッてできないでいる。そして、今回の違憲判決を出した裁判官もまた退官直前であった。

    多くの報道機関は一貫して「イラクへの自衛隊の派遣」という表現をしている。しかしこれはまぎれもなく「イラクへの派兵、出兵」だ。イラク戦争はイラクへの「侵略」なのに、「進攻」だとかと言い換えて平気である。歴史の書き換え、言い換えは、なにも大本営発表や、文科省の指導下のもとにある教科書だけで起きているわけでなく、自由な言論機関である報道でも「自主的に」なされている。「統治行為論」で放り出された事柄についてさえなお、「不偏不党」と、権力に色目を使っての逃げ口上。この裁判で彼らもまた裁かれたのだという自覚を、おそらく彼らは持たない。新聞紙面は字が大きくなるだけで、今後も中身は薄味のままだろう。

     

    実家の寺から空を見上げれば、水色に塗られたC130空輸機が訓練飛行をしているのが見える。あの飛行機が!あの飛行機が!アメリカの兵隊や武器を載せてイラクの空を飛んでいる飛行機なのだ。現地の空でイラク兵に照準を合わせられている飛行機なのだ。檀家のところへお経に向かえば、イラクに出兵した軍人が所属する師団の横を通る。いわば、ここは今回の違憲判決の地元中の地元である。

    なのに、まあ静かな町ですこと。

    違憲判決が出ても、政府、与党の面々は、まさに蛙のツラにションベン。今までどおり自衛隊の活動(=戦闘行為)は継続するんだと。官邸では「あの裁判官、空気読めてねー」とか言っているんだろう。

    行政は司法を無視してもいいとの態度。三権分立って一体なんなんだろう。暴力装置を発動しない限り司法は無意味、そう政府の面々は言っている(そういえば、裁判所の命令を無視してまで日教組の大会に会場を貸さなかったホテルの例もあった)。彼らは、血を流して勝ち取ってきた民主主義の智恵をいとも簡単に踏みにじる言葉を吐くその口で、人に愛国心だ、道徳だとのたまう。「まだまだ無責任だから十八歳を成人とは認めたくない」とその口が言う。

    なのに、まあ静かな国ですこと。

     

    いずれ彼らはその口で、こう言う。「日の丸のために戦え」と。それはもう、スポーツの世界では始まっていることだけれど。

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    2008年4月15日 (火)

    ご飯漬け

    Top_yellowご飯漬けというのをやっている。漬け床にぬかなんかを使うんではなくて、ご飯を使って作る漬け物。去年の十二月頃だったかにNHKの料理番組でやっていたんで、さっそく真似てやってみた。

    やり方はとても簡単。残りご飯でもなんでもいいけど、まずご飯を用意します。それに重さ10対1の量の塩をまぜまぜします。100gのご飯なら10gの塩。水で手を濡らしてまぜまぜこねこね。塩がまんべんなくまざったらこれをタッパーなどの容器に入れ、捨て漬け用に野菜の皮や端切れを漬け、二、三日してそれを取り出します。捨て漬けといってもちゃんと食べられます。それから本漬け用にお好みの野菜を漬けます。漬け上がりは物によるけど、半日から二、三日、またはそれ以上になります。

    基本的にこれだけです。

    漬け床のご飯は見た目だけでいうと、最初のうちは普通の白ご飯と変わらない。塩をまぜまぜしているときなんかに食いしんぼのカツオが見かけたら一口くちに入れたくなるはず。ただし、10対1の塩の量というのは尋常じゃないしょっぱさなんで、とても食えたもんじゃないけど。

    ご飯が、ぬちゃ~と野菜にへばりついて取りにくいけど、ボウルに張った水でちゃんと洗い流して、おいしくいただきましょう。漬けた野菜の味も、単に塩もみしたのとあまり変わりない。

    「なんじゃ、こんなもんかい」と、ここで失望してはならぬ。

    二、三週間もいろいろと漬けていると、野菜の水分が出て、漬け床がとろ~んとなってくる。ぱっと見白粥のような感じ。漬け物にへばりつく漬け床のご飯も取りやすくなって、水でちゃっちゃっとやるだけですむ。このころになると、漬け物独特の発酵したにおいがふわ~んと広がるようになる。ここで「しまった、腐らした!」と思ってはいけない。これはまぎれもないあの漬け物独特のにおい。こうなると俄然漬け物を漬けている感が深まってくる。タッパーのふたを開けるたびに、台所で一人盛り上がってしまう。

    と、ここまでがほんとうの最初の仕込み段階ぐらいだと思えばよろしい。「漬け物はゆっくり作る料理」と思えば、半日コトコト煮込んだスープなんてあくびをしている間にできあがる手みじか料理だ。

    気を遣うところがあるとすれば、暖かいところにおいておくと発酵が進みすぎるんで、冷蔵庫に入れておくとゆっくりした発酵で初心者にはよろしいんじゃないでしょうか、と料理番組のおばあちゃん先生は言っていました。ぼくは冬に始めたんで、台所が寒くて冷蔵庫に入れる必要もなかったけど、そろそろ入れないといけないかも。

    あと、漬け床が減ってきたら、10対1の塩ご飯を足していく、と。このあたりで、もっとしょっぱいのが好きな人は塩を多めにするなど、自分好みの塩加減をしてみてください。

    漬け床がちゃんと発酵してきた以降の味はまさに漬け物。新鮮な野菜よりしなびた野菜のほうが漬け物としてはうまい。特に大根。何日か洗濯竿に干しておいてから漬けると、ポリッポリッ、うおーっ、めっちゃ漬け物。漬け物としてありがちな野菜をいろいろと漬けてみましょう。ぼくは大根以外に、にんじん、きゅうりあたりをやっているけど、そのほかの野菜もこれから漬けていこうかと思っております。

    テレビでは、漬けるのは半日ぐらいで充分と言っていた気がするけど、ぼくは二、三日漬けといたほうが好き。

    味に深みを出そうと柿の皮やダシをとった昆布を入れたりしてみたけど、それがどう味に影響したかよくわからず。

    なんせこういうものは「適当」が身上でありましょう。今や、漬け物タッパーを置いとくのに最適な「冷暗所」も、冷蔵庫という強力な助っ人がいるのである。よく聞く「ぬか漬けはぬか床を毎日まぜる」なんていうようなこともあまり気にすることはない。一週間ばかりほっといても、漬け上がった野菜が取り出したハナから古漬け化しているぐらいで、失敗というほどのこともない。

    そうそう、ねぎ好きのぼくは、「ねぎの漬け物なぞ見たことない。漬ける!」と意気込んで漬けてみたけど、どえらいことになりました。がらぐでぐえん。

    ご飯漬けをやってみて思ったのは、昔ながらの食べ物を作るのは思ったほどに大変なことでないということ。口伝えで伝わってきたようなことに、こと細かな今風のマニュアルは似合わない。たとえばご飯と塩をまぜるとき、炊き立てのご飯を用意したとして、「ひゃあ、これじゃ熱くてまぜれん」と思ったら、冷ませ、冷ませ。そのぐらいのことは言われんくても頭を使うべし。そういうことの積み重ねが「ウチの味」につながる。

    これまでご飯漬けというものがなかったのは、「せっかく食べられるご飯を漬け床にするなんて! まあ奥さん、もったいない!」ということだったんだろう。けど、ぬかよりもずっと手に入れやすいご飯、しかもタッパーでやれば人数の少ない家族用にもちょうどいい量と、このご飯漬け、とても現代的な漬け物である。ご飯漬けを発明したこのおばあちゃん先生は、伝統を現代につなげる本物の伝統を守る人である。表彰。

    こうして手作りの漬け物を食べていると、その素朴な味に比して、市販の漬け物がいかに調味料を使っているのかとしみじみ実感する。こういう話になると、「やっぱり手作りこそが本物の味で、一番」などと素朴な味わい信仰の告白をうけることになりがちだけど、ぼくの場合、市販品はとてもパンチがあってうまいものなんだなあと、あらためて感心するのである。まさに家庭の味と外食の味との違い。すごいぜ、化学調味料。やるぜ、味の素。

    たしかに、今では素朴な味の漬け物は、なかなか味わうことができないから希少価値は高い。自分で漬けた漬け物もそれはそれでもちろんうまいんだけど、ぼかぁあのまっ黄っきいの沢庵も大好きさ。商品として考えるなら、これはもう間違いなく市販の漬け物のほうが圧勝のパンチ力だ。それでも素朴な味を味わいたければ、「伝統」を守る商品を高い金を出して買うか、自分でお安く作るかである。

    たとえ作ってみて失敗したところで、ご飯約3膳分と野菜がごみになる程度のこと。ガタガタ騒ぐほどのことでもない。

    ところがちゃんと養生していけば、一生物の漬け床である。塩の力、発酵の不思議さに感心、感心。そして、自分の手や台所をただよう雑菌によって、これはもう誰にも真似のできない正真正銘の「ウチの味」になる。これはブログでちょっとだけガタガタ言いたくなるほどのことである。

    みなさんも気がむいたら、一度やってみられるとよろしいのじゃないでしょうか。

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    2008年4月 5日 (土)

    今に始まったことじゃないけど

    Top_blue_2メタボ健診がどうとか、まったくもって余計な世話である。

    医療費削減を口実に後期高齢者がどうとかで、まったくもって政府は早いとこ年寄りに死んでもらいたいんだろう。政府が「少子化」という言葉を使うときというのは、「負担にしかならない年寄りは早く死んでくれ」と言っているのと変わりない文脈でばかりだ。

     

    ぼかあ、もう決めました。

    金輪際、腹回りが85cmを下回らぬように心がける。普段から高めの血圧ももう下げない。高脂血症でもらっている薬も飲み続けて、医療費をジャブジャブ垂れ流しにする。

    たばこも死ぬまで吸い続ける。今後たばこをやめた人間を見たら、「健康管理は自己責任だ」などとぬかす権力の前にみずから屈した者として、心の中でせせら笑おう。こんなにうまいものを時代の流れだとかでやめるのはアホである。権力者の「余計な世話」に乗っかる健康的な愚か者にぼくはなりたくない。人畜無害は、権力がまさに欲するところの被統治者の生きかただろう。

    こうなりゃレジ袋も最後の一枚までもらい続ける。なんだったらゴミ袋にすることもなく、すぐさま捨ててやる。人の分までレジ袋を消費する。マイバッグなぞとこまっしゃくれたものを誰が使うか。マイバッグだとかマイ箸だとか、免罪符はいつの世にも人気商品である。

     

    右翼に文句を言われそうなら、前もって警戒して「危険な」映画の上映を取りやめてしまう映画館っていったいなんなんだ(大阪の第七芸術劇場は予定通り五月に上映するらしいが)。芸術に携わることをやめた映画館なんてつぶれてしまえばいい。そんな映画館は表現の自由を守ることを、たたかう前に放棄した空間である。のんびりとぬるい映画でも流し続けて、斜陽産業らしい最期を迎えればいい。

    君が代・日の丸に反対する教師もロクに守れない組合にさえ、裁判所の命令を無視してまで会場を貸さないホテルもつぶれてしまえばいい。もしかしたらあれか、今後「お詫び」と称して日教組に安く貸すための今は方便なんです、とか、そういう深謀遠慮か? まさかな。

     

    いざことが始まってから、その施策の問題点の報道を始める報道機関。議会で決まる前からその法案の問題点をあぶりだすのが仕事なんじゃないのかね、記者というのは。

    有権者にしても、「困ったもんだ。まったくもって政治家は庶民の生活がわかってない」なんて、何を言っているのか。悪政を天から降ってきた災難とでも勘違いしているのか。誰がその政治家を選び続けているのか。投票所では投票用紙に候補者の名前をメクラ判でついてきているのかね。

      

    くだらん。実にくだらん世の中だ。

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    2008年3月25日 (火)

    水が去って法

    Top_blue山を開いて作られた道の脇というのは斜面になっているけども、そういうところを法面(のりめん)と言う。言葉自体はあまり耳慣れないけど、コンクリートで固められたり竹やぶになっていたりするのをよく見かける。

    さて、この法面、「法」の字が当てられている。なんで斜面に「法」が関係あるの? そのわけは? 

    サンズイに去るで「法」。「水が去る」で「法」、つまり水が上から下に流れるのはものの道理。「ものの道理=法」ということで、ここまでは「法」の字源。ほうほう。

    で、斜面というのは雨が降ればまさに水が上から下に流れる場所。というわけで斜面のことを「法面」という。とは、ぼくの勝手な推測まじりの「法面」の語源。どうでしょう? 

     

    水に限らず、ものが高いところから低いところへ落ち、濃いところから薄いところへ広がるのは、これまたものの道理。

    となれば、富も多いところから少ないところに流れるのがものの道理というものだ。いわゆる「富の再分配」というやつである。これがうまくいかないと、その社会はその度合いにしたがって不安定化するから、富の再分配は社会の安定化にとってカナメになる。

    しかしながら、世の中どうかしたもので、お金は金持ちにより集まり、貧乏人からはどんどん逃げていく。「お金は寂しがり屋さんだから仲間がいるところに集まる」なんてことをいうけど、貧乏人から逃げ出したお金は、どういう道筋をたどってかは知らぬが、金持ちのところに集まる。

    富が偏在すれば、金持ちの家から金銀財宝を奪ってくるなんてことも起こる。そういう意味で言うならば、泥棒は、乱暴なやりかただけども「富の再分配」機能の一つといえる。けど、これはいうまでもなく非合法。義賊ねずみ小僧といえども、捕まれば打ち首、獄門だ。

    現実には富の偏在こそが「合法的」になされている。「金持ち優遇税制」なんてまさにそういうことだし、「先進国」は合法的な商取引をしながら、「発展途上国」を踏み台にして「先進国」として存在している。

    一方、ものの道理したがっているはずの富の再分配は、闘いの中でようやく勝ち取るか、さもなければ「非合法」に富を奪い取ってくるか。環境問題が南北問題抜きにして解決できると思うのは「北」の傲慢である。

     

    ドイツの哲学者ヘーゲルの言葉に、「理性的なものは現実的である。現実的なものは理性的である」というのがある。この言葉は変革のための言葉にもなり、また逆に、現状追認にもなる。「現実に存在するものは理性的なのだから、現実に存在するものはすばらしい」と現実を追認する言い訳にもなりうるし、また、「現実は理性的なものでなければならないのだから、こんな非理性的な世の中は変えなければならない」と変革のための指針にもなりうる。

    支配者の思想はその社会で支配的な思想である。

     

    非合法として非難される悪よりも、合法的になされる悪のほうがタチが悪い。「公認」の核保有国以外に核兵器が流れようとしている今、のんびりしている余裕はあまりない。

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    2008年3月15日 (土)

    石鹸 無洗米 ブルース

    Top_yellow 石鹸はよく考えてみるとすごい。使うときに濡らしてクチュクチュすれば、成分が溶け出して汚れを落とす。使わないときは脇に置いとくだけ。めっちゃシンプル。

    液体やゲル状のはそれなりの容器がいるけど、固形石鹸は風呂屋に行くときに石鹸箱を使うぐらいで、普段はそこを石鹸置き場と決めたらとりたてて特別なものがいるわけでもない。洗面所ならミカンの袋にでも入れて蛇口につるしておけばよろしい。物自体も小さいから、買い置きしといてもそんなにかさばらない。ポンプを押すと泡が出てくるやつとか場面によっては便利なこともあるけど、総合的に見れば石鹸のほうが優れているだろう。

    もし、この石鹸というものが今の時代に発明されていたら、そのあまりのシンプルさにいろいろと「付加価値」をつけられていたんだろうなあと思ってしまうぐらいのシンプルさだ。固形石鹸にどんな付加価値をつければいいのか、今ぼくにはちょっと思い浮かばないけど、なんせ今やなんでもかんでも付加価値の時代だ。商品に付加価値をつけることができなければ今後の日本経済はもうだめなんだそうである。この前もギラついた顔の経済関係のおじさんが『朝ナマ』でそう言っていた。

    愛は地球を救う。付加価値は日本を救う。

    その気になれば誰でも作れそうなものは、それだけではせっかくの発明品もすぐに真似されてしまう。そうなれば商品としてはおいしくない。石鹸も今発明されていたら、なにかもっと付加価値をくっつけるなり特許でかためるなりして、独占的に儲けることが考えられていたことだろう。

     

    話は飛ぶけど、日本の食料自給率は低い。自給率を高めるにもいろんな要素が絡み合っているから、「これをやればすべてがOK」なんて手はないけど、ぼくが思うに、もっと米を食べるようになれば食料自給率を上げるのに相当貢献することになるんじゃなかろうか。

    ぼくは小学校の給食でご飯が出たことがなかった。でも当時はすでに「米余り」なんて言われていた。パン食をやめれば輸入小麦に頼っている分は米にまわるだろうに、なんであんなにパンばかり食わされていたのか。アメリカの小麦市場開拓のため、食文化の破壊なぞノープレブレム、そういってしまえば身もフタもない話だけれど、でもまあおおかたそういうことだ。今でこそご飯給食は当たり前になっているようだけれど、給食以外でももっともっとご飯を食べるようになれば、自給率を下げる方向にしか働かない減反なんて止んでしまうだろう。

    同居人といっしょに暮らすようになってぼくが驚いたのは、同居人がよくパンを買ってくることだ。食パンはほとんど切らしたことがない。同居人と暮らしておそらく三ヶ月で、それまでの三十数年間ぼくが食パンを買った量を超えた。なんでそんなにパンを食うの? パンておやつに毛の生えたようなもんでしょ? このブログで同居人にちょっと疑問提出である。「米は日本人の主食」というのはイデオロギーだとわかっちゃいるけどさあ、もっと米食おまい。うまいでね。このブログで同居人に生活改善要求である。

    さて、最近、といってもここ十年になるだろうか、研ぐ必要のない「無洗米」が普及してきた。出始めた頃は味が劣るなんて言われていたけど、最近はそうでもない。ぼくが無洗米を初めて見たのは大学で一人暮らしを始めたとき。興味深々、早速買ってきて炊いてみた。確かにちょっと味が劣るような気がしたけど、そんなことよりもなによりも研がなくてすむ簡単さに感動した。量をはかって炊飯器に入れ水を入れてスイッチポン、待つこと二、三十分、あらもう出来上がりの簡単さである。「玄関開けたら二分でご飯」というわけにはいかないけど、「玄関開けたら三十分でご飯」は充分に可能だ。

    というわけでぼくは、無洗米がもっともっと普及したらご飯を炊くことがもっともっと増えるんでないかと思うわけである。

    ところが。無洗米というのはその方法が企業秘密だそうで、どっかとどっかの会社が独占しているそうな。うーむ、そうか、「ぼく認定 米普及の決定打(のひとつ)」は特許で保護されていたか、そうぼくは唸ってしまうのである。

    ただの米ではない、付加価値のある米、無洗米。うーむむむ。

    いやあ、のんびりした時代に作られていたものでよかったよ、石鹸。

     

    付加価値とは一体なんなのか。特許とは、知的財産権とは、チョサッケンとは、一体なんなのだ。

    家でブルースばかり弾いているぼくなんかにしてみれば、もしブルースやロックンロールの十二小節にチョサッケンがかかっているとしたら、ロバート・ジョンソンさんやマディ・ウォーターズさんやB・B・キングさんやチャック・ベリーさんに世間の音楽関係者は一体いくらのチョサッケン料を払わなくてはならぬのであろうか。そうであったら、彼らはアラブの石油王並みの豪邸に住めたはずだろうなあ。ただし、ブルースやロックンロールがここまでありとあらゆるところに入り込んでくることはなかったんだろうけどなあ。そんなことを思ってしまうのである。

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    2008年3月 5日 (水)

    生命線的延命

    Top_yellow ぼくの手の平のしわは片仮名の「テ」にそっくりの形をしている。ゆえに、ぼくは子どもの頃、「テ」の字は手相をかたどったものだと思っていたぐらいだ。

    Photo_5 ぼくの生命線はかつてとても短かった。かつて短かったというからには伸びたということだけど、それはこういうわけである。

    話はさかのぼること六、七年前。左手がしびれるようになってきた。原付や自転車に乗って五分もするとハンドルを持つ手がしびれてくる。右手はなんともないんだけど、左手だけが寒さで感覚がなくなってきたような感じでしびれる。運転に支障をきたすほどではないもののなんとも違和感がある。

    だけならまだいいんだけど、ギターを弾いていてもしびれてくるようになった。これも弾くのに支障をきたすほどではないものの、ギターを弾くのに左手に違和感があるのはギタリストにとって結構致命的だ。気分がのってきて「オラオラオラア」と弾いているのに手のしびれが気になってしまっては、せっかくの「オラオラオラア」の気分が萎えてくるというもの。これはいかん。

    最初はハンドルを握る手がしびれるのとギターを弾く時のしびれとは、それぞれの時にそれぞれ別個で「なんかしびれるなあ」と思っていたんだけど、そうなるようになって二、三年たったある日ある時に「これはもしかして、手がおかしいのか?」とピピンとつながった。

    ということで医者に相談した。精密検査で手への刺激の反射試験をしたりした結果、「手根管ナンタラ」という診断をうけた。手首を通る神経を包む鞘が狭まって神経を圧迫しているのだという。手をよく使う料理人や裁縫を仕事にしている人がなりやすいらしい。ひどくなると、しびれが進んで物が持てなくなったり痛みが出てくるようになるという。そういう意味ではぼくのはまだ軽い症状だ。手に無理をしないようにしていればそれ以上症状は進まないものの、ほっといてもよくなることはないそうだ。

    この先生もギターを弾くというのを知っていたんで、ギターを弾くときに違和感があって困る旨を話したら、「だったら手術しましょうか?」ということになった。神経を包む鞘を切開して圧迫を開放するんだそうな。メスで切開する方法と内視鏡でやる方法とがあって、メスのほうが傷口の回復に時間がかかるもののより確実な方法だという。万が一にも神経に傷をつけられたら泣けるんで、メスでサクサクしてもらうことにした。

    Photo_6 メスを入れるのが手の平の運命線の下あたりから手首部分までで、治療後切開部の周辺にはどうしてもほんの少しむくみが出るという。

    「手相が変わってしまうということですか?」とぼくは聞いた。

    すると先生は、「そうですね、運命線にもメスが入りますし、どんな傷でもそうですが、治癒したあとは周囲が多少はれぼったくなりますから、手相は変わってしまいますね」と答えた。

    「先生、ぼくの生命線はほら、めちゃくちゃ短いでしょう? で、ものの本で見たらこれは二十代半ばくらいの寿命なんですよお。生命線的に言ったらぼくはもうすでに死んでるんですよお。これ、伸びますかねえ」

    「そ、それはどうですかねえ(トホホ・・・)」

    てなわけで、手術をしてもらってひと月かふた月後、傷口もしっかり治った手の平をしげしげと見てみると、わおーっ、伸びた伸びた、生命線が伸びた!

    Photo_7

    というわけで、めでたく手のしびれが治るとともに、ぼくの生命線は伸びたのである。見たところ六十代くらいか。ぼくのように「たばこのなにが悪い」などと言ってはばからない人間が早死にすれば「ほれ見たことか」とせせら笑う人もいるんだろうが、二十代以降生命線的に余生で生きてきた人間が三十いくつにして苦もなく六十代までの寿命を生命線的に手に入れたのである。事前に微笑み返しをしておこう。

    さて、ぼくが「手根管ナントカ」になったのはなんでか先生に聞いてみた。

    「やっぱりギターを弾いているのが原因なんでしょうか?」

    「うーん、そうかもしれませんが、あなたの生活を全部見ているわけじゃないんでねえ」

    この医者はわからないことはわからないとはっきり言う人である。ぼくの軽口もさらりと聞き流す人である。この医者は間違いなく名医である。

    医者にはギターが原因と断定されたわけでないものの、楽に生きているぼくに、手に負担をかけるようなことはギター以外思い当たる節がない。ということで、ぼくの生活を全部見ているぼくの診断によって、ぼくの「手根管ホニャララ」はギターが原因であると断定する。

    以前にも書いたようにぼくの手は小さい。であるがゆえに、ギターを弾くにもおそらく人より無理な手首の曲げ方をしているはずである。もしかしたらロックな気分にまかせてかなり無駄な力を入れているのかもしれない。それが元で左手首の神経を圧迫することになったと思われる。

    というわけで、ぼくにギターの弾き方を習いたい人は「手根管ナントヤラ」になる覚悟を持ってもらいたいと思う次第である。ロック万歳。

    ただし、その治療を適切にほどこせば生命線的寿命は伸びる。万事塞翁が馬。

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    2008年2月25日 (月)

    ごび刊

    Top_blueごとーび更新はしんどい。

    ブログを始めるに際して、更新していく日を決めなくてはぼくのようなぐうたらはすぐやめてしまうだろうなあと思って、こんなゴミみたいなブログには「ゴミの日」刊がぴったりととりあえず決めたんだけど、いかにもゴミの日刊は間隔が短い。そこでごとーび刊にしてみたんだけど、それもだんだんしんどくなってきた。

    じゃあ週刊? いやまだ短いな。じゃあ月刊? そりゃ長すぎか。記事に期待がかかりすぎる。更新の間隔を長くしても、一記事への力の入れ具合を変える気はない。じゃあ、気が向いたら刊? だからそれだったらすぐ終わる、と。「継続は力なり」と言うなり。

    じゃあ十日ごとの更新ならどうか。5と0がつくごとーびでなくて、0のつく日、つまり「とーび刊」。おし、これならいけそうだ。十日ごとでは間延びするかもしれんけど、そう思ったらまた変えればよろしい。

    そういえば、手塚治虫はどこかで「人間の最大の発明は締め切りだ」と言っていた(ような気がする)。氏の場合、あれだけ描きまくりながらそれでもなお話のネタは常に叩き売りするぐらいあると言っていたから、締め切りがなければいつまでたっても話をまとめられなかったんだろうなあ。同じ作品でも発表誌が違うとちょっと話を変えたりしていたらしいし。天才は次元が違う。

    ということで、次回から「とーび刊」で記事の更新をしていきたいと思います。今日は25日なんで、次の更新日は30日。次回から『徒ら草』はとーび刊になります。とーび以外も気が向いたら記事を書きますが。そんな風でよろしくお願いいたします。

     

    あーーー。今月は2月ではないか。なんたること、永遠に30日がやってこない!

    ということで、3月5日を次の更新日にしようと思います。以降、5のつく日、すなわち5日、15日、25日に更新していきます。せっかくとーび刊と決めたのにさっそく「ごび刊」に変更です。幸先わるう。幻のとーび刊。

    「ごび刊」ってなんか響きが「ゴミ刊」に似ているなあ。やはりゴミのようなブログであったか、このブログは。

     

    とまあそんなこんなで、今後ともよろしくお願いします。

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    2008年2月20日 (水)

    もしもピアノが弾けたなら

    Top_yellow この前の記事でキーボードを買ったという話をしたけど、そこでも書いたように、ぼくはギターは弾けても鍵盤物は全然弾けない。

    ギターは中学の頃に始めた。当たり前だけど練習をしてもすぐに上手くはならない。で、八つ当たり気味に、ああ、こんなことだったらピアノでも習っておけばよかった、そしたら指ももう少し動くだろうに、と思ったものである。中三のときだったか、友だちが音楽室で当時流行っていたジャーニーの曲をピアノで弾くのを見たときには、「うらやましいなあ」と羨望の眼差しである。男子校だったから女子にキャアキャア言われることはなかったけど、ピアノを囲む友だちから「どえらい上手いがね」なんて言われて、いいなあいいなあ、おれもおれも、と思ったものである。

    そんなある日、「お母ちゃん、なんでおれにピアノを習わせんかったの?」と、半ば恨み節のように母に聞いたことがある。

    すると母に、
    「覚えてないのか、あんたは。小学生のときに『ピアノ習いに行くか?』って聞いたら、『あんな女の弾くものいやだ』って言ったのは誰だったか」
    と言われたのである。

    うおーっ、バカバカバカ、おれのバカッ! タイムマシンがあったらその場に行って張り倒してやりたいおれである。

    今でこそフェミニズムを少しは聞きかじり、閉塞したこの時代を切り開き産業構造を転換し得る力を持つ思想はマルクス主義やエコロジズムに並んでフェミニズムである、と認識するにいたったものの、ああ、ガキの頃のぼくといったら。

    先日、といっても半年以上も前か、BSで『あしたのジョー』を懐かしく見ていたら、力石徹が「白鳥のお嬢さん、これは矢吹と俺との男の話なんだ。女のあなたには黙っていてもらいたい」なんてことを言っていた。うひょ~、今ではありえんセリフ。

    でも、当時はなんの抵抗もなく「力石かっこいいわあ、男だわあ」なんて思ってのめりこんで見ていた小学生なわけだから、ピアノなんてえものはまさに白鳥のお嬢さんが弾くような「あんな女の弾くもの」。そう一蹴してしまう環境は確かに存在していたのである。ぐやじい~。

     

    子どもは親が教えたわけでもないのに二才、三才ぐらいから「男は青、女は赤」と、どこでどう身につけたか覚えてくる。ウチの姪っ子もそうだった。

    「おじちゃん、何色が好き?」
    「うん? おれは赤かな。思想も赤いし」
    「おじちゃん赤なの? ははは、女みたい」
    「赤は女なの?」
    「だってトイレとかそうだもん」
    「ふむふむ」

    そんなこんな会話をしながら、子どもは「男は青、女は赤」と明示的に教えられて覚えるだけじゃなくて、言葉を習得すると同時にその言葉の文化的背景も覚えるんだろうなあ、と思ったものだ。たとえば、ここでも「男は青、女は赤」と書いたが、性別と色の問題を言及する場面だろうと名簿順だろうとなんだろうと多くの場合男を先に出すのが普通であることが、明示的にではないけれども「男が先」ということの教育的効果を持つ、というような。

    ぼくは「さとみ」と女みたいな名前をつけられ、というのも、ウチの兄(「まさみ」といいます)が幼稚園で「女みたいな名前」とからかわれ、弟にはこんな目にあわせたくないと思っていたところに、ぼくが生まれた。で、親から「字は『知見』で『ともみ』か『さとみ』にするんだけど、どっちがいいかお兄ちゃん決めて」と言われ、「そんな女みたいな名前絶対いかーん」と泣いて反対したんだけれども、「いや、もうどっちかにするから」と親の強権発動。幼稚園には「ともみ」という女の子がいたそうで、「さとみ」も女っぽいけど「ともみ」よりはまだいいと兄は苦渋の決断。幼いながらせめてもの兄心のおかげで、より女っぽい「さとみ」になってしまったわけである。

    今でこそ「さとみ」という名前はぼくには男っぽい名前に感じられるようになったけど(うそ)、ぼくも確か子どもの頃は「女みたい」とからかわれた気がする。と、余計に「女なんか」と思ってしまうことになったのかもしれない。

    そのくせ、いわゆる「女権拡張」で闘ってきた母に育てられ、なおかつ左翼的な思想環境で育つうちに働くことの奴隷性が見え透いてくるようになれば、いやがおうにもフェミニズムに近づこうというものである。そうなってからあらためてピアノが弾けないことに思いが至るとき、結構複雑な思いが胸の内をかけめぐることになる。

    団地育ちのウチの同居人はピアノを習わせてもらえなかったんで、彼女もまた弾くことができない。その代わりにお箏を習い始め、今では立派な大師範になってちょこちょこと営業仕事のようなこともしているんだけど、お箏の上手さからいって、もしもピアノを習っていたら相当上手かったろうと思われる。そんな同居人は今でも「ピアノが欲しい」と少女のように思っている。ただ、ウチには電子ピアノも置くような場所がないの。うう。デスクトップのパソコンを置く場所もないのに、弾けもせんピアノなんか置けるかあ。うう。

     

    たかがピアノが弾けぬぐらいでこんなに複雑な思いを持ってしまうなんて。

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    2008年2月15日 (金)

    鍵盤物

    Top_yellowマイクロコルグという小型のキーボードを買った。前々から目をつけていたんだけど、ギターしか弾けないぼくには手に負えそうもないんで、何度か楽器屋でにらめっこをしていただけで買わずにいた。んだけど、今回意を決して買った。

    そもそも、大学の時の先輩がギターを始めるというんで、それにつき合ってどのギターがいいかとか相談にのりながらネットを見たり楽器屋に行っていたんである。そしたらこっちにも購買欲に火がついて、まずはアンデス25Fという、ピアニカ風の鍵盤物なんだけどハーモニカ様のリードではなく笛が仕込まれたおもちゃのような楽器(NHKのピタゴラスイッチの音楽で使われているそうな)と、低音を受け持つベース版ピアニカを、先輩がギターを買うよりも先に買ったしまったのである。

    もともと普通のピアニカは持っていたんだけど、あっそうそう、ピアニカというのはヤマハの商品名で、いわばヘッドフォンステレオをウォークマンと言ったり密封保存容器をタッパーと言ったりするようなもの。鍵盤ハーモニカというのが一般名らしい。で、ぼくがもともと持っていたのと今回買ったのは両方ともスズキ製のもので、商品名はメロディオンという。だからここで「ピアニカ」というのもアレなんで「鍵盤ハーモニカ」、長いんで略して「鍵ハモ」と言いましょう、この場では。

    で、もともと普通の鍵ハモは持っていたんだけど、その鍵ハモと買ってきた笛の鍵ハモ(鍵笛?)とベース鍵ハモを同居人とフカフカしながら家で楽しんでいたんですね。どれも音がかわいくていいですね。楽しいですね。

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    さて、鍵ハモというのは息を吹かねば音が出ない。で、ぼくは中途半端に曲のアレンジができるもんだから、弾きやすいように(おもにCへと)キーを変え和音をつけたりする。となると、単音で弾く以上に息を吹き込まねばならない。そのくせ鍵盤物はほとんど弾けないもんだから、曲を覚えるのにゆーーーーっくりと吹く。失敗もする。というか失敗の中に時々合っている音があるような風であるから、となると、はあはあはあはあ、息が持たーん。はあはあ、息が持たんのですよ、息が。はあはあ。息が持たぬがゆえに練習がはかどらない。いつまでたっても曲が覚わらん。頭は白~くなってくるし、指先もしびれてくる。

    考えようによっては鍵ハモ音楽は薬物いらずのすごいトリップ音楽かもしれない。大麻の吸いすぎより鍵ハモの吹きすぎに要注意。

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    欲しい。こんなトリップ音楽で体を壊す前に、電気で音を持続させるものが欲しい。電気でぼくの健康が保たれるならそれでいい。そう思ったわけですね。思ってしまったわけなんです。

    で、ぼくは手が小さいから1オクターブがようやっと届くほどでかい普通の鍵盤のサイズについて日頃不満を持っておりますし、これまでもギターで手の小ささに泣かされてきているのに(クラ様やジミヘンなんかの写真を見ながらあの巨大な手を欲しいと何度思ったことか)、新しく始める楽器で今さら手の小さいことに苦労をしたくもない。でも小さい鍵盤のものとなると、これがまたおもちゃみたいなのが主流。そんな中にあって、わたくしのような素人とはいえ長きにわたって音楽を愛好する者にも満足な楽器として使えるのはただひとつ、マイクロコルグしかない(らしい)ということがネットを見たり楽器屋さんの話を聞いてわかったんで、もうこれしか選択肢しかないわけで(多分)、値段も四万なんぼ、もう大人なんだからそのぐらいなんとかなるわい! 金で解決じゃあっ! と気合いを入れて買ったというわけなんです。

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    しかし、まあなんですねえ、キーボードというのは機能がめちゃくちゃ多いですね。見るからにいかにも多そうなんだけど、説明書を見ながらあちこちボタンをいじっていると、「携帯電話は機能が多すぎ」とか愚痴っぽく言う人(ぼくもだけど)なんかぶっ飛びの多機能で、むしろ感動ものである。

    音もいろんな音が出せるなんてものじゃなくて、あらためて、電気となじむ楽器は現代において相当可能性があるもんなんだなあと思ったりする。ギターにしても、生ギターよりエレキのほうがどえらい発展しているわけで、まあこういうことは執筆作業が鉛筆からワープロに変わったとか楽器に限らないことだけども、フムフムという感じです。

    といっても、生のほうがつまらんとかそういうのとは全然関係ない話。生楽器は「いかにも弾いています感」があって、これはこれで楽しい。絵でもコンピュータグラフィックは便利だけど手描きのほうが「いかにも描いている感」があって楽しいのと似たようなもの。パソコンでは書道が成立しないのと同じ道理。あれ? たとえ話あっとるか? じゃあ、旅は車よりも電車、電車よりも自転車や徒歩で行くほうが「いかにも旅をしている感」がより高まってよろしいのと同様である。海外旅行も飛行機よりやっぱり船である。小型のボートならなおよろしいわけで、それよりも泳いでいくのが最高なのと似ている。んんん? じゃあもっとわかりやすく、寒いこの季節、湯沸し器を使わんと冷たい水で洗い物をすると指がちぎれそうになってきて「いかにも洗ってます感」が高まり断然気分がいいものである。さあみんなもお水で洗って洗って、ってもういいか。

    小型キーボードはまだ買ったばかりだから全然使いこなせてないけど、とりあえずこれでぼくの積極性窒息状況は避けられそうになったわけで、これはまことにありがたい。金で見事に解決である。しかし、それもこれも小型キーボードを買ったのは鍵ハモを楽しむためである。その初心を忘れることなく、今後とも日々音楽を愛好してまいる所存であります。

    さあ、肝心カナメの肺活量を増やすためにタバコ減らしてジョギング始めるぞー!(うそ)

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    2008年2月10日 (日)

    放射能アレルギー

    Top_yellow二酸化炭素を出さない発電ということで原発が有効だなんて話がある。

    海外でそれがどういうノリで議論されているのかは知らない。が、ここ日本には、最近あまり耳にすることがなくなってきたけれど「放射能アレルギー」という言葉があって、原子力の利用に一種独特の忌避感を持つ人が少なくない。言うまでもなくそれは広島、長崎での被爆体験に由来する感情だ(今風に言うなら「放射能へのトラウマ」とか「PTSD」とか言うんだろうが)。「放射線治療」が普及しだした頃、「放射線」という言葉に異常に警戒する患者がいたなんてこともあったそうで、そんな過剰反応を受けてこの言葉が揶揄的に使われることがないわけではない。けれども、ぼくに言わせれば「放射能アレルギー、上等」である。原爆という最悪の使われ方で原子力に初めて出会った日本人が「放射能」にアレルギー的反応をするのは至極当然のこと。むしろ、そのような反応を示さないほうがおかしいといってもいいぐらいだろう。発電所や最終廃棄物処理場などの原子力関連に必ず反対運動がつきまとうのは、それがたとえ非科学的な態度だったとしても、ぼくはおかしいと思わない。

    ましてや、原子力発電は目先の二酸化炭素では利益があるとしても、事故の可能性や廃棄物の処理まで考えれば危険極まりない存在だ。原発の最終廃棄物の中には放射能の半減期がウン万年だとか途方もない時間がかかる物があるそうだ。ウン万年。なんじゃそれは。そういうものを生み出してまで今の電力を確保することにどれだけの意味があるのか。

     

    話はほんの少しそれるけれども、もし原爆の開発がもう少しはやくなされ、日本だけではなくヒトラー支配下のドイツにも落とされていたとしたら、戦後の反核運動はもっと広がりがあったんだろうなあ、とぼくはよく考える。ただ、現実にはアメリカ白人の手によってイエローモンキーたる日本人の頭の上に落とされただけで(今のところ)、ここにはまちがいなく有色人種への偏見、差別が存在するとぼくは考えている。だからたとえ開発がはやく進んでいたとしてもドイツに原爆は落とさなかっただろうが、もしベルリンかどこかドイツの都市に落とされて、凄まじい地獄絵図に苦しむ白人を目の前で見ていたとしたら、さすがの白人も縮み上がって「放射能アレルギー」になっていたことだろう。

    となれば、たとえばEUへの加入には核兵器の廃棄が義務付けられていたかもしれない。少なくとも、国連の常任理事国がすべて核保有国であるなどということがここまで問題視されていないなんてことはなかっただろうと思う。米軍が劣化ウラン弾を使いまくることが許されるはずもなかったろう。また、原発への態度も当然もっと懐疑的だったことだろう。

    こういうことを考えていると、他者への想像力の欠如はわが国だけの話ではないと思えてくる。

    どこの国の話だったか忘れたけど、廃棄物を地中に埋めた場所に設置する看板に書く「立ち入り禁止」の表記を、「何千年後の人にも理解できるよう、将来の言語の変化をこれまでの言語変化の歴史から予測できないか」と言語学者にたずねたそうである。この原発関係者は律儀者というより、アホである。しかるべき学問を学び、しかるべき教養も身につけたであろうに、真性のアホである。こういう迷路に迷いこむうちに自分のしていることの愚かさにどこかで気づくものだ、フツーは。

     

    話を日本に戻す。ここ最近「放射能アレルギー」という言葉を耳にすることが少なくなってきたのは、放射能への理解が進んできたからだとは到底思えぬ。

    何年か前の雑誌の記事によると、広島県のどこだかの市で、毎年ある平和団体が反核を訴えるカレンダーを各学校に送り続けていたのを、「一方的な反核の主張は偏向教育である」と市の教育委員会がケチをつけて教室の掲示板からはずさせたという。また最近では、広島や長崎でさえ8月6日や8月9日を知らない子どもが増えてきたという話も耳にする。

    足もとからしてこうだ。「核武装もありなんじゃないか」なんて人がついこの前まで首相をしていたり大阪府知事に選ばれたりと、政治の中央に位置していられるような美しい国、日本。想像力の欠如というよりは歴史が欠落しかけているこの国で「放射能アレルギー」という言葉を耳にすることが少なくなってきたのは、被爆経験が風化し放射能への無理解が進んだから、と言ったほうが正解に近いんだろうとぼくには思える。

    そんな中で、「二酸化炭素を減らすには原発が有効」なんて話が進むとなれば、これはとんでもないことになりかねない。環境だ、エコだと軽薄に騒いでいると、こういうトンチンカンな話に引っかかる真性のアホが再生産されるだけである。

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    2008年2月 5日 (火)

    女は女 男は人間

    Top_blue_2終身雇用や年功序列などの日本式雇用スタイルが崩れたなんて話が、バブルが崩壊して以降からか、しばしば聞かれるようになった。ぼくはこの言葉を聞いて、確かにそういう面があることを認めはするものの、ずっと違和感がある。

    なんでか。それは、女性にはもともとそんなことは保障されていなかったからだ。雇用不安は女性にとっては今に始まった話ではなく、ずっとそうだった。年功序列といいながら、女性が三十年働いても、入社して五年の男性社員に給料が追い抜かれるなんていう事例は探す苦労もなく見つかる話だ。こういうのを「女性差別」と呼ぶ。それはいまだにいろんなところで放置されている。

    ここにきて、日本式雇用が壊れて云々などと社会問題のように言われることになったのは、男性にもそのような雇用方式が適用されなくなったからで、女性に対して差別的に処遇していた方法が男性にも及ぶにいたって社会全体の問題になるところに、今現在なおもってこの社会は「男社会」なわけである。つまり、「社会を構成するのは男性である」と。

    女性がまともな仕事に就こうと思えば、「女性」をあきらめるか、一人で三人分生きるつもりでやるか(仕事と家事で人の二倍働けば三倍の疲労があるだろう)、人よりもずば抜けた能力が要求される。これを日本的雇用の壊れた今風に訳しなおすなら、労働者がまともな仕事に就こうと思えば、社会人として生きるのをあきらめるか、一人で三人分働いて過労死を覚悟するか、人よりもずば抜けた能力が要求される、とあいなる。

    おとしめられていた女性の立場を横目で見ていてもなんとも思わなかった男性諸氏は、自分が同じような立場になって初めて、これまで放置していた「女性の問題」を「社会全体の問題」として認識する。そういう認識の仕方をしているということをせめて心の片隅にでも置いて、現下の労働問題、経済問題を考えていきたいものだ。フェミニズムの爪の垢でも煎じて飲んでからじゃないと、もっと弱いところにさらなるしわ寄せが出てくることになるんだろう。

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    2008年1月30日 (水)

    サービス残業と禁煙社会