2009年12月25日 (金)

年末年賀状

Top_blue最近、帽子を作ったり、服の繕い物をしたり、残りギレで簡易マフラーを作ったりしていたら、すっかりパソコンと縁遠くなってしまっていた。年末最後のブログを書かなくてはと思っていたら、あれれ、すっかり年末が来ていた。

ここでいきなり、最近作った帽子を発表。

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『あしたのジョー』を見ていたら、矢吹丈がかぶっている帽子の色が、押入れのボロキレ箱に入っている(元)Tシャツの色と同じだと気づき、エコっていいことだって言うじゃん、着なくなった服を再生、再利用、作ってみました。上手にできました。

 

書くネタがないというわけではまったくなく、パソコンに向かう気分のバイオリズムが合わないのか、どうもパソコンを開く気がしない。パソコンと近しいケータイでも、音楽を入れていたSDカードがぶっ壊れてしまい、そのことも「なんかIT嫌い!」という気分を盛り上げてくれて、今年最後の記事は降参、手を上げたい次第です。それ以外の調子は普段と変わりないのにね。年が明けてからまじめに書きます。

でもお正月休みは取ります。なので、正月五日はお休み、十五日から再開したいと思います。

 

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三月頃の記事に書いたけど、ぼくは年賀状を書かないので、ついでにここで年始のあいさつをしときます。

誰よりも早く、あけましておめでとうございます。

年末に年賀状を書く欺瞞(と言っちゃダメ!)、もとい、常識を考えれば、年始休みをするブログでは、掟破りの「年末年賀状」もありとしましょう。

みなさま、旧年中はお世話になりました。本年もよろしくお願いします。

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2009年12月15日 (火)

引きこもりマンション

Top_blueざっと三十年ほど前、ぼくがお経を手伝い始めた頃、「今日は留守にしとるけど、鍵はかっとらんで勝手に上がってお経上げてって。お布施も忘れんように持ってってよ」なんていう檀家さんはまだ何軒もあった。時代が進み、そういう家がなくなっていくのと入れ替わるように、ちょうどその軒数分ぐらい、オートロック付きのマンションが増えた。

月参りで行く先がオートロックのマンションというのは、一軒家やオートロックでない集合住宅などと違って、少し気軽さに欠ける。ロビー入り口の前で選別されている気分になって、はっきり言ってあまり気持ちいいものではない。「勝手に上がってって」の気楽さと比べれば、その気分は雲泥の差だ。

マンションは、時として近隣の住民と対立的になることがある。対立的とまで言わなくても、近隣の者同士としてのつながりは持ちにくい。地元町内会にマンション丸ごと参加していなくて、誰が住んでいるのかまるでわからないなんてことも特段珍しいことではない。大地震被災直後、自治会が仕切って食料や水などの緊急援助物資を頼む際、マンション住民の人数がわからず大層不具合があったなんて話はたびたび聞かれる。

マンションはただでさえ巨大で異形な建物で、近隣の住民にとってよそよそしいものになりがちだ。そこへさらに、ロビーに、「関係者以外立ち入り禁止。チラシ、ビラの配布禁止」などと看板があれば、近隣住民がマンションの住民に対して隣近所の感覚を持てというほうが難しい話である。

十一月末、東京都葛飾区で共産党が議会報告のビラをマンション(オートロックなし・管理人常駐せず)に配ったことが、住民の平穏な生活を壊す違法行為(住居侵入罪)だとして、最高裁判所で五万円の罰金刑の有罪判決が確定した。

逮捕された上に(逮捕自体が不当だろうに)、二十日以上も拘禁され続け、起訴までされて、一審無罪、二審逆転有罪、そしてついに最高裁で五万円の罰金刑が確定。いくつも歯止めをかける場面があったのに、ほぼスルーしてしまった。

そんなに悪いことなんでしょうか、マンションのビラ配り。

共産党のアカいビラだったからいけなかったんでしょうか、やっぱり。アカよりも薄い色のピンクチラシのほうがよっぽど平穏な生活を破壊されると思うんだけど(万が一にも誘惑に乗ってしまったらどうするのだっ!)、ここまでえげつない話を聞いたことがない。ピザ屋や宅配のチラシでこんなことってあり得るの?

確かにチラシ、ビラの類が郵便受けからあふれるほどに入れられるのを、困ったものだと思う人はいるだろう。だけどぼくは思うのである。アカだろうがピンクだろうが、チラシやビラが郵便受けに一枚も入らないような、外と断絶された生活空間を保障する社会が、そもそもからしてそんなに住みよい社会なんだろうか、と。そういう世の中って一見平穏なだけで、その実はめちゃめちゃ息苦しいんじゃないの?

縁側というのは、家の中と外の縁を結ぶ場所だから「縁側」と呼ぶ。古来日本では、内とも外ともいえないようなつながりの場が家に組み込まれていた。建築物はひとつの思想表現だと言われるが、そんな場は日本人にとって今や、鍵のかかってない留守宅でのお経と同じで、思い出と郷愁の中にだけ存在すればいいんだろう。

ぎりぎり最後の縁側たる郵便受けに、ビラの一枚も許さないマンション。マンションは要はあれだね、マンションの外ではごく普通でしかないこととも無縁に、地域から引きこもっていたいということなんだね。

今回の判決は典型的なアカ差別、表現の自由の侵害の不当判決であると同時に、「近隣住民にとって、マンションは隣近所にあらず」という、決して誉められたものではない感覚を、司法がさらに後押ししたということでもある。

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2009年12月 5日 (土)

禁煙スパイラル

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最高学府周辺の風景。

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ちょうどスクーターが出てくる辺りの壁には、こんな看板が。

 

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往来に向かって。
恥ずかしげもなく・・・。

 

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がんばれ学生。
アホな大人は、君のすぐ目の前にいる。

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2009年11月25日 (水)

音色を聴け

Top_blueちょっと前、お笑いの爆笑問題が偉い先生を訪ねてインタビューをする番組で、坂本龍一の回があった。「今回お訪ねする教授はホンモノの『教授』ですからねえ」。ふむふむ。

話題が、爆笑問題がファンだというサザンオールスターズ、桑田佳祐に及んだ時、坂本龍一が逆に爆笑問題に次のようなことを聞いた。

「ぼくは桑田君と個人的に友だちだし、もちろん楽しい人で好きなんだけど、なんであそこまで売れるのかが正直よくわからない。桑田君の何がそんなにいいんですか?」

別に嫌味で聞いたわけでもない、素直な疑問、質問だった。爆笑問題が答えるのを聞くとはなしに、ぼくもぼくなりの答えを考えていたんで、二人がなんと答えたか忘れてしまった。

ぼくも桑田佳祐はすごいと思っている。日本の音楽状況は、才能と売れていることとは全く別に評価しなくてはならないことが多いけど、桑田佳祐はヒットチャートでトップを張り続けながら、同時にずば抜けた才能を持っているミュージシャンの数少ない例だと思う。

むしろぼくは、坂本龍一がなんでここまで評価が高いのかがわからない。才能があるのはもちろん認めるが、どうせ海外での評価が高いから(どこかオリエンタルなメロディを西洋音楽の作法で奏でる音楽家として)、日本でもいい扱いをされているだけのことだろう。ぼくからすれば、「坂本龍一は矢野顕子の元旦那」というぐらいである。

桑田佳祐や坂本龍一など、好き嫌いは人それぞれだから、それはそれでいいとして、で、ぼくの場合桑田佳祐を聴いて何をいいと思うのか。それはずばり「声」だ。桑田佳祐に限らず、その歌い手をいいと思うのは、まずもって「声」にである。メロディとかリズムとか、色々と音楽の評価対象はあるけれど、ごまかしようもなくその人の色が出る声。声が圧倒的な説得力を持てば、その声が響いた瞬間、場の空気が変わる。

歌ばかりでなく、楽器も結局その好き嫌いはその音色だろう。もちろん、いい声やいい音色にいいメロディが重なるから「これめちゃめちゃ好き!」になるんだけど、極端な言い方をすれば、その声やその音色でやっているなら、メロディやリズムが多少違ってもいい。音色がダメなら、メロディやその他諸々への評価をするにまでたどり着きにくくなる。

楽器の場合、弾き手がそれぞれに出す音色よりも、楽器自体が持つ音色の方が圧倒的だ。そんな中で、その人の音を持つ弾き手というのは、歌い手よりもある意味すごい。楽器弾きで誰が弾いているかわかる音を出す人というのは、とてつもなくすごい人だと思う。

坂本龍一への直接の答えにはなっていないが、この質問で思ったのは、「なんだかんだといっても、音楽は音色だ」ということ。

音楽の何を聴くか。何を聴くにしろ、それはまず音色から始まる。あるミュージシャンに惚れ込んでしまうのも、その人が出す声もしくは楽器の音色にヤられてしまったということだ。こういうのはプロとかアマチュアとか関係ないし、上手い下手もあんまり関係ない。

SP盤などの古い録音を聴いて、みなが一様にその「古さ」を共有できるのも、その「古い音色」を聴き分けていればこそである。

ぼく自身、ギターを弾いたり歌を歌ったりするけど、自分で聴くに、ぼくの声は凡庸でしかないから、どんなにいい曲を歌おうとも人の心は揺さぶらんな、と思っている。ギターの音は多少作りこめても、声ばかりはどうしようもない。曲を作っていて、「ああ、この曲を○○がやったら最高だなあ」などと夢想することシバシバである。

具体的な評価自体は人それぞれだし、音色の好みも人それぞれだけども、音楽を評価する上で、音色を聴き分ける耳はとても重要だと思う。

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2009年11月15日 (日)

隠微かつ大っぴらに

Top_blue タバコを一箱六百円だか八百円に増税すると言われている。現在の喫煙率は男性四割、女性一割だそうで、喫煙者は少数派だとはいえ、タバコの増税は今なお大衆増税であることに変わりない。

あるニュースのコーナーで、小学生をインタビュアーにして、街なかの大人たちに「なんでタバコだけ増税なんですか?」と、すっとぼけた質問をさせていた。こういうニュース番組での「街の声」の類は、都合のいい「声」が取れるまで続ける、限りなくヤラセに近いものだから、その時放送された凡庸な回答内容に目くじらを立てはしないけど、正しい大人ならばやはりここは、「あなたたちの学校でもイジメがあるでしょ? あれと同じこと。イジメはいけないと言いながら、大人もやっているんだよ」と、正直に答えてやるべきだろう。

この大増税が実施されたなら、「困った時のタバコ税」もこれで最後になるのかどうか、それは知らぬが、事の本質が「健康」を口実にした隠微かつ大っぴらなイジメであるだけに、そんなイジメの構造に社会がドッパマリにハマッていく姿を、くり返し子どもに見せつけるのはいただけない。

以前に『嫌ブス権』とその解題記事で書いたから詳しく繰り返さないが、現今のタバコの排除のあり様は、現代の病の危険性をよく表わしている。こうしたことがジンワリと、しかし堂々と進行する世の中というのは実に息苦しい。健康のため、とタバコの排除にいそしむ人たちの、そして、それに賛同する人たちの「善意」に満ちた顔は、まさに地獄への水先案内人にふさわしい顔つきをしている。

健康観や、ひいては人生観にまで権力が口出しする。それを多数の人がよしとする。もしくは否と言わない。自己決定に属するそうした判断まで権力に預けてしまうのは、ニーチェの言う「ルサンチマン」そのもの、フロムの言う「自由からの逃走」そのものだろう。自由という視点から見渡せば、現在に見える「近代」はいかにも未完成の時代だと思う。

映画『イージーライダー』でのセリフ。
「アメリカ人は自由についてたくさん語るが、自由な奴を見るのは怖いんだ」
アメリカ人に限らず、枠を与えられることなく自由に生きるということは、さても難しいのかもしれない。

 

ところで、「いくらになったらタバコをやめますか」という質問。きっぱりやめない以上、タバコをやめたとは言わないそうだから、一本でも吸えば喫煙者ということになるんだそうな、禁煙論者に言わせると。えらいデジタルな話。

ということで、アナログなぼくの答えは、高くなればもちろん量は減るにしても、「いくらになってもタバコをやめることはない」ということになる。

タバコの話になるとみなさん忘れがちになるけど、タバコってとってもおいしいんですよ。お酒と同様、その完成された微妙な味わいは、大人にしかわからないのかもしれないけど。おいしいものをやめることなんかない。ましてや、ムリからにやめさせられるもんじゃない。

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2009年11月 5日 (木)

茶を喫する

Top_blue_2 以前見かけたお茶屋さんのシャッターにこんな言葉が書いてあった。

のどが渇いたら水を飲め。
心が渇いたらお茶を飲め。

ぼくはいつも心が渇いているからか、お茶をよく飲む。あらゆる飲み物の中で一番おいしいのは、煎茶ではないかと思っている。世間ではご飯離れと同じように緑茶離れも進んでいるのかもしれないが、みなさん、ちゃんと急須でおいしいお茶を入れて飲んでますか。ペットボトルのお茶や夏場の麦茶なんかは「のどが渇いたら」の範疇だから、心が渇いたらちゃんとしたお茶を飲みたいもんである。

緑茶ばかりでなく、コーヒーや紅茶もよく飲む。紅茶はティーバッグだと手軽だけど、ティーポットで入れるような良質の紅茶葉は、やはりティーバッグ物よりも上等な味わいである。

コーヒーもドリップで入れるととてもおいしい。普段はちゃんと入れているけど、「もうメンドくさくてなにもかもがイヤ」なんて時、インスタントなら、味は劣るけどお湯を注いで「はい出来上がり」で、それはそれでよろしい。

学生時代のとある週末、食う物もタバコも切れた。財布を見たら小銭しかない。近所のスーパーに行って、なけなしの金でコーヒー豆とタバコを買ってきたぼくは、当時とてもニヒルでダンディに生きていたものである。

アジアのどこぞの国で大地震があって世界各国から支援が集まった時、山奥に入ったとある支援団体が支援物資としてインスタントコーヒーも持って行ったんだそうな。初めてインスタントコーヒーを飲んだ現地の人たちは、最初、「なんだ、この黒くて苦いお湯は」となじめなかったそうだが、ひと月後支援団体が帰る時には、「あの黒いお湯の元をもっと置いていってくれないか」と頼み込んだんだそうな。やばいねえ、カフェイン中毒。

最近しばらく買ってなかったけど、久しぶりに抹茶を買ってきた。以前、叔母の形見で野だてセットをもらった時はまさにマイブームでよく飲んでいたものだったけど、普通の緑茶とは違った濃厚な味わいは癖になる。コーヒーにも負けないインパクトの強さがあってよろしい。濃い目で一服すれば、デミタスコーヒーなぞモノの数ではない。

して、抹茶をたててみるに、家で飲むだけのことだから「結構なお点前で」なぞとシャッチョコバったことは一切不要。茶碗に抹茶とお湯を入れ、茶筅でシャカシャカやるだけのこと。急須で入れる緑茶やドリップで入れるコーヒーに比べても、コツというほどのものもなく、実に簡単なものである。インスタントコーヒーやティーバッグに次ぐ簡単さである。なのに、抹茶の場合、インスタントでもなく手抜きでもない本物の抹茶である。

うむ、抹茶はえらい。

さあさあ、テレビで国会中継を見ていたら心が渇いてきたし、抹茶でもたてますか。

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2009年10月25日 (日)

元ヤンよりも

Top_blue今ではあまりメディアに載らなくなったが、「ヤンキー先生」こと義家弘介という参議院議員がいる。手のつけられなかった少年が更生して教師になったのが世間で評判になっていたかと思うと、安部内閣の時首相に見込まれて教育再生会議の委員となり、ついには自民党の参議院議員にまでなってしまった。よりによって安部晋三に見込まれるとは、いかにも頭が悪そうな人たちの「類は友を呼ぶ」というやつか。こういうのを見ていると、ヤンキーっていうのは一見、自身を疎外する世の中に反抗しているように見えて、その実は自身が体制側(疎外する側)に立てないことへのルサンチマンなんだろうなと思う。エサをぶら下げられればワンッと吠えながら権力の犬に成り下がる。格好だけはヤンキーでなくなったかもしれないが、とてもかっこ悪い生き方。

さて、アメリカのオバマ大統領のノーベル平和賞受賞。この報を聞いて思ったのは、世の中やっぱり、ずっとまじめにやってきた人間よりも無茶苦茶やっていた(いる)人間がちょっとまともなことをしただけの方がずっと評判になるらしいということ。いくらこの春プラハで核廃絶に向けて「歴史的な」演説をしたといえども、最大の核保有国の大統領がノーベル平和賞だなんてブラックジョークに過ぎる。

イラクもアフガンも、もともとは本家ヤンキーのブッシュ前大統領が始めたこととはいえ解決の道筋がつき始めたわけではない。それどころかオバマはさらに軍隊を増派するとか言っているのである。なのに、ねえ。米軍基地問題で揺れる沖縄のことも思えば、ワールドワイドに悪のりした冗談に見えてくる。

なんだったらあれか? 北朝鮮が核開発をガンガンに進めた後に核兵器放棄の宣言だけすれば、金正日もいずれノーベル平和賞を受賞できるのか?

日本の佐藤栄作元首相のノーベル平和賞をノーベル賞の関係者も失敗だったと思っているらしいが、この賞は「思惑」が入り込みすぎて賞としての権威を自ら貶めるようなことをしばしばしているから、今回もそれに近いといえば近い。

広島と長崎がオバマのノーベル賞受賞を受けて、ここぞとばかりにオリンピックの候補地に名乗りを上げたのは、機を見て敏という意味では正解だと思う。キノコ雲の下で起きたことの実態がいまだ日本国外で充分に知られていない現状では、どういうきっかけであれ核廃絶の声に注目を集めさせることは意味のないことではない。

ただしぼくは、そもそもオリンピックは高校野球の甲子園のようにアテネで固定して開催すればいいと思っているから、この話も話半分の賛意である。

ノーべル賞とオリンピックというだけで世間でこれだけニュースになるのはいかにも権威主義の話だけども、なんにせよ、オバマ大統領が日本に来た際に、広島と長崎の原爆資料館を日長ゆっくりと見学して原爆の実態を少しでも知るための後押しの材料のひとつにでもなるなら、多少は意味のあることかもしれない。

黒人の彼を「ヤンキー」だとか言っているとトンチンカンな話になってしまうけれど、いずれにせよ、更生した元ヤンよりも、ずっとまじめにやってきている人の方を讃えるのが筋なんじゃないかと思う。

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2009年10月15日 (木)

民意のようなもの

Top_yellowふと気づけば十月もなかば。「夏の間ブログを休む」とは言っていたものの、これはこれは長い夏休みになってしまいました。九月の終わりごろに予定外の用事が入ったもんだから、そのままボヤッと過ごしにしていたら、あれま、もうすっかり秋ですね。

というわけで、ブログを再開します。

この間いろいろなことがあったけど、まずは肩慣らしに軽い話題から始めようかね。よし、じゃあ、本当なら先月の今頃に書けばばっちりのタイミングだったはずだけど、この前の総選挙のことにしよう。民主党が圧勝して、自民党が下野して、と、いちおう歴史的な選挙となったものの、ぼくには今回の選挙に(も)大いに疑問がある。それはとりもなおさず九十四年に衆議院選挙に導入された小選挙区制の問題のこと。

下記の文章はお寺の新聞に書いた物のほぼ転載だけど、手抜きと言うなかれ。リハビリにはこれぐらいがちょうどよろしいのである。

では、では。

 

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民意のようなもの

今回の選挙結果は、民主党308議席、自民党119議席、公明党21議席、共産党9議席、社民党7議席、みんなの党5議席、国民新党3議席、新党日本1議席、新党大地1議席、諸派・無所属6議席だった。しかし、これは果たして民意と言えるのか。

小選挙区制は比較第一党が議席を不当に獲得することになって、民意を議席数に反映させるための選挙制度として明らかに欠陥品である。小選挙区の議席を見れば、民主党は得票率47%で221議席(議席占有率74%)の一方、自民党は得票率39%で64議席(同21%)、共産党や公明党は数%の得票率があっても0議席だった。また、死票も多く、今回でも小選挙区への投票総数7000万票余りのうち半分近くの3300万票が死票となっている。死票が過半数を超えた選挙区は実に300選挙区中87選挙区にのぼる。

現在、衆議院は小選挙区が300議席、比例区が180議席だが、仮に、比例区の得票数で総定数480議席を配分すると、民主党は得票率42%で204議席(104減)、自民党27%で128議席(9増)、公明党12%で55議席(34増)、共産党7%で34議席(25増)、社民党4%で21議席(14増)、みんなの党4%で21議席(16増)、国民新党2%で8議席(5増)などとなる。今回の記事は数字が多くて申しわけないが、より民意を反映する比例制とこうして並べてみると、小選挙区制がいかに民意を反映させない制度であるかがよくわかる。

これまでの自民党の悪政にぼく自身辟易としていたけれども、有権者の投票行動から見れば自民党のこれだけの惨敗は望まれていないのであり、民主党のこれだけの圧勝は望まれていないのである。そして、現実には少数の議席しか持たない政党に実はもっと期待が持たれているのである。かように有権者の意見は多様なのであり、それを踏みつぶす小選挙区制は、とてもではないが民主的と言いがたい制度なのである。

ところがあろうことか、民主党は180の比例区を80減らすと言っている。彼らもまた「民主」とは名ばかりの政党なのか。うーん、そうか。「私はあなたの意見に反対だが、あなたが意見を表明する権利を私は命をかけて守る」という民主主義についての有名な言葉があるが、民主党はこの言葉の爪の垢(?)でも煎じて飲んでください。

思い返せば、前回の「郵政選挙」でも同様のことが起きていた。郵政民営化を単一の争点にして行なうと当時の小泉首相が宣言した総選挙は、郵政民営化に賛成していない候補者のほうが得票数で上回っていたにもかかわらず、国会では賛成議員が七割以上の議席を占めた。つまり、もしこれが郵政民営化を問う国民投票であったなら民営化は否決されていたのである。その後の無責任政治はここで改めて言うこともない。

民主党が勝ち自民党が負けた理由やその意味は、選挙後いろいろと解説されてきた。それぞれそれなりになるほどと思う。しかしそれよりも何よりも、ここまで圧倒的な勝敗差がついた理由は、小選挙区制というペテンの制度にこそ原因がある。

民意を反映しない議会にどれほどの権威があるのか、ぼくにははなはだ疑問だ。

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選挙結果を受けての解説で、小選挙区制のことを問題にしたものは残念ながらほとんど聞かれなかった。導入当時の選挙制度の審議会の委員に新聞やテレビ各社の社長がずらりと雁首を並べてケツの毛を抜かれていたのだから、それも仕方のない話なのかもしれないが、これまでに何回も選挙を重ねてきて、無責任な政治がまかり通るようになって、その結果これだけおかしな国になってきているんだから、そろそろまじめに批判をしていただいてもよろしい気がする。

記事内の数字は赤旗の記事(九月三日付九月七日付)を利用したわけで、それ以外の一般紙にも数字はあったのかもしれないけれど、よくは知らない。が、少なくとも、普通に暮らしていて、これだけ問題の多い選挙制度を話題にする政治解説をほとんど目にすることがないのは(ぼくがそれ以外に目にしたのは週刊金曜日だけ)、この国のジャーナリズムが相当劣化していることを示している。

「小選挙区制を導入し、今回ようやく二大政党の政権交代を成し遂げたのは、それにすべての力をかけてきた小沢一郎の執念の結果」だとかの下らん解説は、世の奥様やギラついたオッサンや呆けた若者にはぴったりの話かも知れんけど、世間を憂う者にはデキの悪い講談にも聞こえない。

直接制ではなく間接民主制でやっている以上、議会はどうあっても直接の民意ではない。だから、選挙制度はできるだけ民意を反映したものでなくてはならないのは当然のことじゃないかと思う。小選挙区制の利点として挙げられる「民意の集約」について、民意の間接的な表現である議会それ自体がすでに民意が集約された状態なんだから、それをさらに集約してどうするかという話である。「集約」がそんなに大事なら、いっそのこと「議員は二人で充分」とでも言ったらどうだ。お得意の議員削減も同時に達成できるぞ。

選挙後、「自民党の再生」とかと題して新聞や雑誌で記事が書かれていたりするけれど、ぼくは自民党になんか再生してもらいたいと思わない。とっとと解党して、議員、党員たちは地元の町内会の役員でもやっていたらよろしい。森喜朗が町内会長だったら秋のお宮さんの祭りはきっと盛り上がるぞ。二大政党制のためには自民党の再生が不可欠なんだそうだが、二大政党制自体が望ましい状態でもなんでもないし。

・・・・と、これ以上書き出すと話が終わらなくなるので、今日はここまでにしときます。

今回の記事は時期はずれの軽い話題ですみませんでした。今後はタイムリーな記事を心がけるようにします。

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2009年7月25日 (土)

いちおう、歴史的な選挙、のはず

Top_yellow選挙管理内閣としてしか期待されていなかったのに、麻生太郎クン、何をとち狂ったか本格政権を目指してしまって、さあ大変。ドンヅマリのフンヅマリ。結局、氏がやったことでいいことって、漢字本の売り上げを伸ばしたことぐらいじゃないの? 漢字本の営業が総理の仕事とはあんまり思えないけど、まあ多少の経済対策にはなったんじゃないでしょうか。

解散ご苦労さまでした。さようなら麻生さん。

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さてさて。

せめてこれが自民党や民主党などの保守・右派政党と、共産党や社民党などの革新・左派政党との二大政党なら、ぼくもここまで眠たい気分にはならないのかもしれない。ところが現実は自民党と民主党の二大政党。馬鹿げている。

「ここ最近、ほんと日本はおかしくなった」と嘆く声をよく聞くが、ぼくはそう思わない。政治的な物心がついたときから、ぼくは一度たりとも自民党(保守政治)に政治的な正しさを感じたことがない。つまりぼくには「ここ最近」ではなく、生まれてこの方ずっとこの国はおかしくなり続けているのである。

ぐるりと見渡せば「生活の保守」どころか、子供の頃には賑やかだった地元の祭りはさびれ、歩いて行ける店も減り続け、農業も憲法九条も医療も年金も労働環境も教育も崩壊寸前。それもこれも政治的な作為もしくは不作為の蓄積の結果だ。

今般の総選挙で、戦後一貫与党としてこの国の悪しき政治文化を引っぱってきた自民党がようやく敗北しようとしている(ぼくには「勝利」だが)。とっくの昔にこの国の政治から退場しているべき政党の、小選挙区制による延命もとうとう限界が来た。自民党が第一党から(多分)転落するのは、確かに歴史的なことに違いない。

だが、代わって政権を(多分)担う民主党とはどれだけの政党だろうか。「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する。だから政権交代が必要だ」。彼らの中にはバカ正直にも自らが将来必ず腐敗することを宣言している者がいる。政権獲得が手段ではなく目的化した、いかにもおっちょこちょいな「宣言(=マニフェスト)」である。

歩いて行ける店=個人商店や中小の小売店にトドメを刺したのは、大規模小売店舗法(大店法)の撤廃だ。九十年代に入って、アメリカの意向に沿い「規制緩和」を合言葉に徐々に規制を緩め、二〇〇〇年ついに撤廃された。八百屋が巨大店に素手で勝つなぞ無理な相談だ。資本主義経済ではそれも仕方ないと訳知り顔をしてるうちに、町の顔はすっかりノッペラボウになっている。

そうした中でのバカ勝ち組のひとつイオン。そこの御曹司は、鳩山由起夫民主党代表(氏が総理になれば何代続けて世襲総理?)より人気があるという岡田克也氏だ。そんな彼が最有力幹部をしている政党に、庶民の日々の暮らしをギリギリ守ってきた大店法の復活を望むのは、いかにも筋が悪い。

ドングリと椎の実ほどの差しかない二大政党は、国民にとって自業自得とはいえ不幸である。そんな中、今回の選挙で真に注目すべきは、自民党の「敗北」や単純な民主党政権の誕生などではなく、共産党などの伸長具合であって、そこにこそ日本の将来の鍵がある。

もちろん実際には、民意を議会に反映させるには欠陥商品である小選挙区制の下、少数政党が伸びるのは難しいだろう。どうあれ、しばらく国会ではでっち上げの民意をネタに茶番じみた政権交代劇が演じ続けられる。眠たい話だ。

それでもシラケることなく投票には行こう。なんだかんだといっても投票はぼくたち国民の最大の「武器」なんだから。

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ということで、例年のごとくお盆のため、しばらくのあいだ夏休みをいただきます。ブログは九月の半ば、もしくは下旬に再開したいと思っております。

今年の夏はまた猛暑? また酷暑? ぼくはぜひにも冷夏をお願いしたい。冷害上等、不作上等。期待してます。

それではみなさま、楽しい夏をお過ごしください。

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2009年7月15日 (水)

シートベルトとか、ちゃんとたばこを消す若者とか

Top_blue最近はタクシーに乗ると、機械の声で「シートベルトをお締めください」と言ってくる。ぼくがタクシーに乗るときというのは大概酔っているんで、「ほうかね、ほうかね」てなもんだけど、所によってはタクシーの禁煙も進んでいるし、タクシーに乗るにも、余計なお世話が増えてまいったもんである。

タクシーの運転手さんもバカバカしくてやってられないんだろうなあ。死亡事故を減らすために、後部座席もシートベルトを締めないといけないんだそうだが、締めないからといって運転手さんから文句を言われたためしはないなあ、今のところ。

ひとつ私はおうかがいしたいんだが、市バスとかで立っている乗客っていうのは、あれはどうなるわけであるのか。座っている乗客だって、あなた、道路交通法でシートベルトを義務化した趣旨から言えば、シートベルトはいるでしょうに。バスの運転手さんは絶対の絶対に安全運転だから、絶対の絶対に事故を起こさないとでも言うのかね。

ぜひともバスもシートベルトの着用義務化と、客の立ち乗り禁止と、それから車椅子の乗客も車椅子をボルトかなんかでがっちり固定した上で、体を車椅子にベルトで固定してもらわんといかんっ! ぜひともそうせんといかん、いかん! とでも言うのかね。

まったく、バカにした話である。こんなのはザル法と言うのももったいない、「こどもぎかい」が作った「こどものほうりつ」である。

ぼかあね、外へ出るたびにこういうことをいろいろと考えさせられて、最近家から出るのが非常に嫌になってきているわけですよ。息苦しい。生き苦しい。実に生きづらい世の中になってます。

この前、近所の大学の前を通りかかったら、たばこをくわえた学生が正門を通っていざ学内に入らんとするところであった。この学校はいつの頃からか「敷地内全面禁煙」だそうで、さてこの学生どうするもんかと思って見ていたわけだが、ちょうどその時、校門前の通りを地元の中学生か高校生ぐらいの若い衆が原付を三人乗りして通り過ぎて行った(この辺りはどうも道路交通法特区らしく、こういう風景をよく見かける)。で、たばこをくわえた学生もどちらかというと、「大学生」というよりは三人乗りが似合いそうなヤンキー風情であった。

はてさて、学生はちゃんと校門前でたばこをポイ捨てして正門を通っていたのである。なんだこいつ、見かけによらず、とても律儀なヤツじゃないか。余計な摩擦を避けるスベを、この年にしてすでに身につけているのだなあ。

三人乗りのヤンキーと、たばこをちゃんと消す学生と、そのコントラストがまたぼくの心を揺さぶってくるのであった。

今時の若モンは勢いがないだの、なんだのと好き勝手に大人は言っているけれども、そういう人間を育てているのは一体誰か。喫煙禁止などという高校生ばりの規則を大学生に守らせて、一体なにがしたいのだろうかねえ、世の大人たちは。これで「元気がない」だとか勝手なことをよく言えたもんだ。で、挙句に大学生を「生徒」と呼び、「十八歳で成人は早い」と言う。いろんな場面で彼らから大人になる練習の機会を奪っといて、いつまでもガキ扱いしているのは一体誰なのか。で、この学生に「ポイ捨てはいかん」とか言うんだろ? バカな大人が、また。

実に生きづらい世の中です。

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2009年7月 5日 (日)

不痒蚊

Top_blue同居人は虫が嫌いである。確かに大量の虫が湧いている姿を見かけると、あんまり気持ちいいもんではないね。

セミもだめで、ぼくがセミのメスを捕まえて、扇風機代わりに静かに涼んでいると半径三メートルより向こうへ離れていく。

そんな同居人もゴキブリを家で見つけると、虫嫌いはどこへやら、スリッパをつかんで、親の仇を見つけたかのような振る舞いをする。頼りになります。

ぼくはその点、虫は普通に好きであり、嫌いである。不快害虫と言われるのは嫌いだし、夏休みの昆虫採集で子どもがとっ捕まえてくるようなのは普通に好きである。不快害虫が嫌いといっても普通に嫌いなだけだけど、そんな中でも、蚊だけはどうにも許せない。

刺されても痒くならなければいいものを、刺された後のかい、かい、かい、かい、かい、かい、かい、かゆーい、があるばっかりに、見つけると徹底的に排除の姿勢で挑んでしまう。刺されても痒くならなければ、血を吸う虫なんて今では都会の日常的な場面であまりないから、かえって血を吸う姿を愛でてやってもいいかもしれないのに。

「プーン」。部屋で見つけたとたん臨戦態勢。部屋には物がいっぱいあるから殺虫剤をまくようなことまではしないけど、相手の血(それはつまり自分の血だったりするんだが)を見るまでは許さない。

寝入りっぱなに耳元で「プ~ン」とやられようものなら、にわかに目が覚め、退治したあともなかなか寝付けず、もうっ! 次の一日が寝不足である。許せん!

実家の寺では木も多いし、さらにお墓に必須アイテムの花立てがある限り、そこでボウフラが湧き、蚊がいなくなることはほぼ絶望的である。玄関の外でお客さんと三分もしゃべっていると、複数箇所刺されるのはごく普通。許せん!

夏に境内の大掃除が終わって、勘定したら二十数か所刺されていたこともある。虫除けスプレーも大量発汗や水撒きの水を浴びて流れてしまって、部分的にしか効かない。かい、かい、かい、かい、かい、かゆーい。許せーん! 体じゅうウナを塗りたくって、布団に入ってもヒヤヒヤーンと寝られたもんじゃなし、かといって、かゆみ止めなしではもっと寝れんし。許せーん! 絶対許せーん!

ぼくはよく夢想するのであるが、ぼくがもし蚊の大統領だったら、我が蚊の国の全国民に「血を吸っても痒くならない手術(不痒手術)」を施すよう、法案提出するであろう。もちろん手術費用は無料である。この法案が蚊の国の議会で可決、成立、施行されれば、蚊取り線香などという毒ガス兵器を開発、使用する人間と険悪な関係に陥ることなく、今よりもずっと平和に暮らすことができるはずである。朕が蚊の国の啓蒙専制君主であったなら話はもっと早いのだが、今後の蚊の国の安定的成長のためにも、ぜひ国民に応援していただきたいところである。

蚊が刺すと痒くなるのは、相手に刺されていることを気づかれないよう麻酔注射をして、その成分が後々に痒くさせるんだそうだけど、あんなちっぽけなもんに刺されても痛くないっちゅうの(多分)。痒くなきゃ殊更に排除されんでもすむっちゅうの。

もちろん刺す相手は人間ばかりでないから、人の少ない農村、山間部や、子どもがヘルメットをかぶって自転車に乗っているような田舎には痒い蚊がいてもよろしい。しかし、政令指定都市など都市部に住む蚊については不痒手術が施されるべきである。

おお、そうだ、今流行りの遺伝子操作で、刺しても痒くならない蚊(不痒蚊)を作って、それをバーッとばらまいたらええんだ。そうだ、それがいい。今、植林業界では花粉症対策で、花粉の出ない杉を植樹し始めていると聞く。国家百年の大計である。ノーマルな遺伝子の痒い蚊は農村、山間部及びヘルメット的田舎で保存されておればよろしい。

蚊への不痒手術、もしくは遺伝子操作による不痒蚊の普及が達成されれば、蚊と人間との間に共存共栄の平和な暮らしが訪れるはずである。いかが蚊。

あー、かい、かい、かい、かい、かい、かい、かい、かい~の。

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2009年6月25日 (木)

おこげ神話

Top_yellowお釜で御飯を炊くと、あの底のほうにできるおこげがおいしいんだよなあ、とは年長者から時々聞く話。あの香ばしさがなんともいえないのだなあ、と懐かしげに言う人は少なくない。

ぼくが子どもの頃には、電気炊飯器はもうすでに普通のものだったから、おこげをあまり食べたことがなかった。焼きおにぎりにすれば周囲は言わばおこげなわけだけど、醤油がまぶしてあれば純粋なおこげとはちょっと違う。

 

ときに。うちでは何年か前から、御飯をお釜で炊いている。

最初、ものは試しと思って、フタ付きの普通のホーローの鍋で炊いてみたら、これが電気炊飯器で炊くより1.3倍増し(ぼく基準)でおいしくなった。おいしい御飯を求めてブランド米なぞにウツツを抜かしているぐらいだったら、鍋で炊く技術を身につけたほうのがよっぽど賢い話なのではないか、ぼくはそう思った。米の良し悪しは炊きたてのときよりも、冷や御飯になってからがぜん違いが出るから、もちろんいい米はいいんだけどね。

鍋で炊くといっても、そう難しいことではない。お米三合に水四合、もしくはお米の1.3倍の割合で水加減する。水の多少は、出来上がりに固めか柔らかめかの違いが出るだけで、大きな間違いというほどのことはないから、そう神経質になることもない。それをフタ付きの鍋に入れ、沸騰するまで中強火ないしは強火にかける。湯がふきこぼれ出したら弱火ないしは中弱火にして、五、六、七、八分ぐらい。フタをちらりとずらして、湯がなくなって御飯の表面が出るほどになっているのを確認したら、火を止めて、あとは「赤子泣いてもフタとるな」、十分ほど蒸らして出来上がり。火にかけているのは十分程度、炊き上がりまで二十分程度で、電気炊飯器より早くできるのもよろしい。

火加減が難しい薪で炊いていた時代でも昔の人はうまく炊いていたんだし、かなり適当なキャンプの飯盒でも炊けるぐらいだから、火加減、水加減にことさら神経質になることはない。今では火加減が自由自在のガスコンロがあるのである。ガス器具という文明の利器をおいしい御飯のためにみすみす使わないのはもったいない。煮物を作れる腕があれば、必ず鍋で御飯は炊ける。

「土鍋で炊く御飯はうまい」と噂で聞くんで、やってみたけど、普通の鍋で炊くのとそう変わりなかった。それで、しばらく普通の鍋で炊いていたんだけど、同居人が「鍋で炊くのが普通のことになってきたし」と、当時勤めていた会社から、商品の試供品として倉庫の片隅に置き忘れられてあった六合炊きのお釜を、こっそり持って帰ってきた。さっそくそれで炊いてみたら、こちらは土鍋と違って、1.4倍増しのうまさ(電気炊飯器比/ぼく基準)であった。でかしたぞ、コソドロ同居人。

それ以来、うちの電気釜は保温用として働くだけで、御飯を炊くことがほとんどなくなった。

お釜で炊いていると言うと、「おっ、なかなかのこだわり派だな」と思われることがあるけど、電気炊飯器と鍋の差のほうが、鍋とお釜の差よりもでかいから、お釜を持っていないみなさんも、今日からすぐに「こだわり派」になれますよ。

 

ちょうどそんなことをし始めた頃、NHKの『プロジェクトX』で見たのが、電気釜の開発秘話だった。そこで印象に残っているのが、普通の白飯はうまく炊けても、炊き込み御飯がなかなかうまくいかないというくだりだった。醤油なんかの調味料が入っているから、ちょっとした加減で底のほうが焦げついてしまうのである。

お釜や鍋で炊くとよくわかるが、普通の火加減で炊き込み御飯を炊くと確実に焦げつく。普通の白飯の場合、火加減が多少ルーズでも失敗ということはないんだけど、炊き込みご飯はそのあたりが結構シビア。電気釜の開発の際にそこをクリアして、商品の売りにしたら、とたんに、炊き込み御飯に苦労していた主婦層から支持を受け始めたんだそうである(と、そんな話だったはず)。

電気釜はスイッチひとつで炊きあがるんで、確かに便利だ。当時の主婦がそっちに流れたのは理由があってのこと。主婦の大変な仕事量から考えれば、多少味が落ちるからといっても、手軽な電気釜の当然の勝利であったろうと思う。今みたいに、ちょっとした味の違いで騒ぐグルメの時代でもなかったわけだし。

 

さて、鍋やお釜で普通の白飯を炊くとき、火を止める最後のほうで、やや長めに炊き続けると、底のほうにあの懐かしのおこげができる。

おこげは確かに香ばしい。

けど、はっきり言って、「なんともいえない香ばしさ」などと懐かしさをもって言うほどのものではないと思うのである、ぼくは。もちろん失敗では全然ないけれど、おこげなしの、全部がきれいな白い御飯のほうが「うまく炊けた」と思う、ぼくは。

お釜で炊くのが日常化している身からすると、おこげを懐かしむのは、まさに、ただ単に昔を懐かしんでいるだけ、のような気がする。特にこういうことを言うのは男のほうが多い、ような気がする。つまりは、人に作ってもらうばかりで、御飯をお釜で炊いたこともなかったような人たち。そんなに懐かしいのなら、とやかく言ってないで、さっさと自分で鍋で炊いておこげ作ればいいのに、と聞くたびに思う。

そして、おこげを食べて、さらに炊きあがった御飯のちょっとした味の違いに大騒ぎして、こうして自慢げにブログに書けばいいのである。

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2009年6月15日 (月)

ハンモックの日

Top_blue_2よく飲みに行くお店のお客さんで、ぼくもよく知っているおじさん三人が日帰りツアーに行ってきたという。これからもいろいろと企画する予定だそうな。そこで、わたくしめもおじさんと言われるに充分の年齢を重ねているので、今後はぜひその会に参加を!と願い出た。すると、今度はなんでも、ハンモックを吊るのにいい場所を見つけたらしく、弁当およびハンモック持参で昼寝をしにいくとのこと。わおー、素敵! 行く行く行く行くーっ!

 

学生の頃の話。ぼくが一回生の時、軽音楽部の先輩K川さんは学祭の実行委員として、クラブから出向していた。学祭といえば、いろんなサークルや仲間が出す出店がつきものだけど、その中に学祭の実行委員が仕切る店もあった。ぼくが祭りの人ごみの中をブラブラしていたら、
「おい、さとみ!」
と声をかけられた。
「はい? あっ、K川さん」
ちょうどその出店でK川さんが店番をしていて、
「なんか買うてけ」
と言う。そこでは近所の作業所で作ったものを売っているそうで、いろいろと商品が並んでいる。
「え、え、え、金ないしなあ」
と、やんわり断りをいれようとしたら、
「なんや? おまえ、飲みしろはあんのに、ここのもんは買われへん言うんか? おっおっおっ?」
「いや、あの、あの・・・、買わないとは言うてません・・・」
「物はいいもんばっかりや。欲しいもんがなんかあるやろう。買うていき!」
先輩風が秒速百メートルでビュービューと吹き荒れる中、
「じゃあ、あの、あの、このハンモック、ください」
ということになったわけである。そんな高いもんじゃなかったはず。千五百円とか二千円とかそんなんじゃなかったかなあ。

実際ハンモックなぞを買っても家で吊るすことはない。まずもって柱がもたない。立派な家だったらいけるかもしれないけど、一般的にいって室内ではやめておくほうが賢明でありましょう。野外で木と木の間に吊るすといっても、そうそう理想的な生えかたをしている都合よさげな木立ちは少ない。ぼくはそもそもインドア派である。そういう所を好きこのんで探してまで吊るそうと思うわけでもない。ムーミン谷のスナフキンを思って、なんとなく買ったまでのことである。

 

それがここにきて、「ハンモック吊りにいい場所を見つけた」と言われれば、おお、これで二十年越しに買い物が生きることになる。行かぬ手はありますまい。

ハンモックの会決行の日、天気は快晴で、まさにハンモック日和。おじさん三人プラスぼく及びわが同居人の、今日の仲間しめて五人が、会の主催者O智さんの案内で公園の森に着くと、なるほどなるほど、五メートルほどの間隔で木々が生えている。

このぐらいの木の間隔がいいんですね。なるほどなるほど。

木がまた、ちょうどいいところで幹が二股に分かれて伸びていて、そこに紐をかければ、高すぎず低すぎず。なるほどなるほど。

着くなり、まずは乾杯。持ってきた弁当をしばらくつまんでから、いざハンモック吊りを開始。O智さんが持って来たハンモックの紐が細くて、試し乗りしたら切れて落ちたりして、わいのわいの、やいのやいの、なんやかやと吊るしていたら、飲み屋の若夫婦も遅れてやってきた。

ハンモックの上で横になると、おー、こりゃあいい。六月の初旬、日差しがきつかったら焼けそうと思っていたけど、木がたくさん生えているんで、木漏れ日がちょうどいい。

風もこれまた、ちょうどよろしい。

酒飲んで昼寝して、ツマミ食べて昼寝して・・・、と、うーん、マジ最高っすよO智さん! ぼくの初めてのハンモック、「ホテルに初めて泊まったら、そこはヒルトンだった」みたいなもんですよ、これは。

この日の風と違って、先輩風が吹きすさぶ中で買ったハンモック。あの時もしハンモックを買ってなかったら、今回のハンモックの話を聞いても乗らなかったかもしれない。そして、今日のこの心地よい風。なんかいろんなことがいっぺんに着地したような、とてもいい日になりました。

ここで一首。

「この風がいいね」と君が言ったから
  六月六日はハンモック記念日。

字余り。失礼しました。

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2009年6月 5日 (金)

マスクの人たち

Top_blueゴールデンウイークの頃から始まった豚インフルエンザ騒ぎは一体なんだったのか。またしても政府が危機をあおりマスコミがそれに乗っかるという、いつもの風景が繰り返された。

様々な行事が中止・延期となり、日本で第一号の感染者が出たとされる神戸では(その人が本当に一人目の感染者か怪しいらしいが)、商店街や地下街の人通りが絶えてしまい、店が自主的に休業してしまうほど。病気の恐ろしさよりもずっと怖いのは、行政やマスコミという権力の強大さであることを実感させられた。

舛添厚労大臣がここぞとばかりに嬉し恥ずかし必死な形相で感染予防を訴えた後に、麻生首相が政府広報で「冷静な対応をお願いします」と、総選挙が近くなければきっとやらなかったであろうコマーシャルをやる。ニュースやワイドショーは二週間も経った頃に「少し過熱報道にすぎたかも」などと殊勝なことを言い始めたが、何をいまさら、見事なまでのマッチポンプである。

彼らのやっていることは「危機管理」などではなく、健康ファシズムを背景にした、子どもじみた「危機管理ごっこ」でしかない。

今回なんとも不気味だったのは、マスク姿が街中にあふれかえったこと。マスクをつければ人相が隠れ、表情がよくわからなくなる。白色ばっかりで全然おしゃれじゃないし。全国的に見ればそれほどでもなかったようだけど、関西では一時当たり前の姿となった。「感染者」が偶然関西に多かったからそうだっただけで、条件さえ合えばどの地方でもマスク姿があふれかえっただろうことは想像に難くない。

豚インフルエンザが騒がれ出してすぐにも、マスクの効果は非常に限定的と言われたにもかかわらず、同時に最新の不織布のマスクはいかに飛沫が飛ばないか、テレビで黒を背景にくしゃみする姿を映し出し、営業効果はばっちり。霊験あらたかな御守りとしてどこも売り切れになり、おかしな宗教の信者よろしくマスク姿がゾロゾロ、ワサワサと湧いて出てきた。

全体主義というのは、「全体」がついてこなければ成立しない。今次、危機管理ごっこに煽られて行事を取り止め、マスクを買い求め、マスクをつけた人たちというのは、その意味で残念ながら権力の思惑通り全体主義に乗っかった人たちである。横並び意識、同調圧力が強い日本では、自身が全体主義に乗っかっている自覚を持ちにくいのは確かだけれども、しかしまた、こうした人たちが今回全体主義を下支えしたのも確かなこと。

同居人もまた、通勤時にマスクをつけるよう職場から言われ、それを実行し、それでぼくから「ふーん、そうか、きみもまた全体主義を支持したのかね。危機管理ごっことつき合えるんだぁ。そうかね、そうかね」と、ねちねち糾弾を受けるハメとなり、ぼくはぼくで気分がドンヨリ滅入ってしまった。

第一号の感染者となった高校生の校長は何をとち狂ったのか、記者会見で涙を目に浮かべていた。会見直前に生徒から涙ながら「ご迷惑おかけしてすみません」と連絡があったからなんだそうだが、校長が一緒になって泣くなんて、おいおいおい。違うんとちゃうか? 「ああいう大人にだけはならないでおこう」と当該高校の生徒たちが学んでくれたら、せめてもの救いなんだけど。

 

こんな国、ほんとにやだと思う。

 

社会保障費が増大する中で、「消費税増税やむなし」の意見が今醸成されようとしている。が、消費税はどうあっても貧乏人のほうが負担が大きい不公平な税制だ。いずれ消費税増税の議論が本格化した時、「マスクの人たち」は消費税の不公平さを忘れて「増税もしかたがない」と言ってしまうんだろう。

四月の北朝鮮の「飛翔体」騒ぎの時、地対空ミサイルが実戦配備され、また今、自衛隊は「盗賊鎮定」のため遠くソマリアに派兵されている。こうした既成事実が積み重なる中、現実に戦争の危機が迫ってきたら、「マスクの人たち」は再び危機管理ごっこに乗せられ、日本に憲法九条があることもすっかり忘れて「武力行使はしかたがない」と言ってしまうんだろう。

全体主義を防ぐにはまず、危機管理ごっこをせせら笑う力を民の側が持つことだ。

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2009年5月25日 (月)

ドーン!バーン!キキキーッ!を120%

Top_blue_2最近はテレビがつまらない。ゴールデンの時間帯はひどいもんである。ニュースも、特に民放ではニュースなんだかワイドショーなんだかわからんし、バラエティやドラマも、いやはや、もうなんだか切ない気分になってくる。そのために、昼や夕方にドラマの再放送を録画しといて、後で見直すような具合である。視聴者としてテレビ局にすっかり年寄り扱いされてしまう年齢になってきたということなんであろう。

年齢と言えば、年のせいなのか人の名前を覚えなくなった。以前からそうだと言えばそうだけども、その程度がずいぶんとひどくなってきた。以前はそれでもなんとか思い出そうとしたし、忘れたら忘れたで悪い気がしたもんだけど、そういうこともだんだんなくなってきた。今では平気の平左である。

以前からそうだと言えば、ぼくは昔からドラマの筋立てがなかなか頭に入らない。話の道筋をたどるのが苦手である。よって映画は、話の筋道無用なB級物が大好きである。ドーン、バーン、キキキイーッ! で、その手のものは海外物のほうがなにかと派手で楽しい。テレビ東京系っていうんですか、独立UHF系っていうんですか、あのチャンネルは、再放送ドラマもB級映画もよく放映してくれて、ぼくには大変都合がよろしい。

以前飲んでいて、B級映画が好きという話になった。そしたら相手がやけにその手の映画に詳しくて、「それはすでにC級なのでは・・・」と話題が拡大。ぼくはついていけず、そこではっきりしたのは、海外物でいうなら吹き替え版がある程度のB級物がぼくは好き、ということであった。

感動物の映画なんて言われても、映画で感動することがないわけじゃないけど、それよりも現実のほうがよっぽど面白いではないか。映画で感動するのも、見る者にそれに見合った人生の裏づけがあればこそ。人は二時間ドラマでさえ、泣くときゃ泣くんである。吉本新喜劇でも目が潤むときは潤むんである。話は所詮作りごと。なんなら小説や舞台という形式でもあり。けど、ドーン、バーン、キキキーッ、これこそは映画独自の表現分野じゃなかろうかと思う今日この頃。

それはさておき、海外物と言えば、テレビの深夜放送では海外(といってもアメリカがほとんどだけど)のドラマや映画をよくやっている。で、B級物ばかりでなく、面白そうなのはビデオに録ったりする。

それを後日見ていると、名前がナントカシャーンやらナンチャラリーンなどと横文字ばかりで、まずそれが頭に入らない。そのうえ、出演者はみな外人顔なんで、よっぽど有名な役者でもない限り見分けがあまりつかない。話が推理物だったりすれば、当然のごとく話についていけなくなる。縫い物とか他ごとをしていればなおさらである。

ドンパチ物も、敵味方の関係にひとひねり入っていると、ぼくの中では唐突かつ無意味な爆発や暴走、闘争のシーンばかりになって、あんまり楽しめない。そういう話が最近増えてきた、というより、さらなる読解力低下でドンパチ物にさえ最近ついていけなくなってきた、という感じ。

以前はそういう風になっても、見ているような見てないような感じで見続けていたけれど、今では話が半ばに進んだあたりで、「もうだめだ・・・」と冒頭に戻す。うちは録画機器がハードディスクレコーダーなので、その辺は一発操作である。ボタンを押してピャッと頭出し。一時間物の三十分目だろうが、二時間物の一時間目だろうが、これ以上出演者が混乱したまま見ていてもつまらないから、いさぎよく頭から見直す。さすれば、さすがのぼくも話についていける。再び話半ばにさしかかったとき、ぼくは安心して推理を深め、ドキドキ感も高まり、ようやく話に入っていくことができるのである。

それを別の日に同居人が見るときに、また一緒に見る。そこでぼくはその話を心の底から120%楽しむことができるのである。そうかあ、こういう話だったのかあ。

 

まったくもって今日は年寄りの詮方ない愚痴ではないか。

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2009年5月15日 (金)

高級眼鏡拭き

Top_blue最近の眼鏡拭きはすぐれている。取れにくい皮脂汚れもさっとひと拭きである。布についた汚れも石けんで洗えば落ちるから、何度も使えて大変によろしい。眼鏡を使う人は買った時だけじゃなく、調整の時なんかにもサービスでもらったりして、何枚か持っているんじゃないんかなあ。

眼鏡拭きばかりでなく、楽器拭きもその手の高級なやつが増えてきた。こっちは眼鏡拭きに比べてかなりでかい。新品のうちは、ギターの錆びかけた弦をキュッキュッとやるのはもったいなくて(どうかすると弦で布が擦り切れる)、ギター用普段使い雑巾一歩手前ボロ切れで汚れを取る。貧乏性。

他にも洗車用とか掃除用とか、いろんな分野で高級ふきふきは活躍の場を広げていることだろうから、眼鏡や楽器に縁のない人でもどっかかんかで使っているんじゃないでしょうか。

ぼくは職業柄通夜、葬儀に出席することが多いけれども、そういうとこに行くともらう「粗供養」と称するやつ。弔事の簡易引き出物とでも言いましょうか。もらうほうが粗供養と言うのも失礼ですし、回りくどい言いかたになって恐縮ですが、ああいうのはハンカチやらお茶なんかが多いけれど、最近は眼鏡拭きをもらうことがたまにある。そんなわけでぼくは普段使うのに必要な以上に眼鏡拭きを持っている。

眼鏡には必要じゃないからといって楽器用にまわすと、やっぱりちっちゃくてちょっと使いにくい。ふーむふーむ、どうしたもんかと思案六法。

まだ肌も若かりし二十代の頃、化粧品業界に勤める友だちに顔肌診断をしてもらったことがある。

「残念です、最悪系の乾燥肌の油肌です」

ほうほう。確かに。マクドのナプキンで顔のあぶらとりをすると、一枚丸ごとが油紙になる。浅香あき恵なみの油田状態である。お風呂でも一度洗いではなんかすっきりしないし、風呂上りに古い角質層が白く残る。かといって徹底的に二度洗いすると風呂上りがパッサパサ。女の人ならここでパシャパシャとなんやお化粧品で手入れをするようであるが、日本男児たるものそんなメンドーなことしたくないやい。

そこで、皮脂汚れもさっとひと拭きをキーワードにハタと思いついて、お風呂で洗顔のときに眼鏡拭きを使ってみた。石けんをつけてやさしく顔面を洗ってみると、あらまあいいんじゃありませんの、奥様ぁ。拭き心地にいい具合の粘りがあって、いい感じに角質層も取れて、そのうえ洗い上がりもしっとりよー。それに奥さん、あたくし剃髪→丸坊主→剃髪→丸坊主のくり返しですでしょ? それで頭もついでにゴシゴシやってみましたのよ。そしたらあ、頭皮もばっちりでしたわあ。毛は濃くなりませんけどねえ、おほほほほっ。

とまあ、非常に具合がよろしい。以降、我が家のお風呂にはゴシゴシタオルとともに眼鏡拭きが常備となったわけである。顔面はきつくこするとさすがに後でヒリヒリしてくるから、そっとやらんといけませんが、まあみなさんも余った眼鏡拭きがあったら一度やってみてはいかがでしょうか。

 

って、もしかしたらこういうの洗顔用に売っていたりするんであろうか。まあ、あっても全然おかしくない。鹿革だかセーム革のを深夜のテレビショッピングで見たことあるような気もしてきた。まあ、よいよい。

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2009年5月 5日 (火)

朝の散歩

Top_blue自分が住んでいる家というのは日常の中に埋没してしまって、「風景としての自分の家」という感覚は失われてしまう。

あそこにコンビニがあって、そこに風呂屋があって、ここが誰それさんの家で、ここが隣の家で・・・、と、家のまわりの風景は、ふだんはっきり意識することがなくとも、頭の中になんとなくあるものだ。けど家の前まで来ると、そこからはもう風景ではない。引っ越してきた当初には自分の家にも感じていた「風景としてのこの家、ここにあるこの家」というものがいつの間にかなくなり、そこにあるのは、風景と切り離された自分の家。

ぼくの実家はお寺だから普通の家にくらべて風景として強い印象を残しているはずだ。よその寺を見ればぼく自身がそう見えているんだから、そういうものだと思う。それでも、そこで生まれ育ったぼくにはふだんそうした自覚がまったくない。

最近はあまりしなくなったが、十年くらい前までは、徹夜をした朝方に時々散歩にいった。そういうときはたいがい昼夜逆転中なんで、飲んだあとの朝帰りとは違って目はパッチリである。人も車も少なくて、ふだんと違う気分でのんびりと散歩ができる。

実家にいた頃のある日、そんな散歩に出かけた。近所の川の堤防までぷ~らぷらと歩いていって、朝の風をひとしきり浴びて、それから帰途についた。いつものように神社の前を通り、そこの角を曲がって、寺の前に帰り着いた時、「あらら、なにこれ?」。ぼくは初めて、自分の家が寺だということを「発見」した。「ここにお寺がある。自分が生まれ育ってよく知っていると思っていたこの町内のここには、そうかあ、お寺があったんだあ!」と、まるでよその寺を見るような目で自分の寺を見てしまった。

似たようなことは学生時代にもあった。

大学入学とともに京都でひとり暮らしを始めたとき、あこがれの京都に来たというおのぼりさん気分もあって、「いずれ自転車で嵐山まで渡月橋を見にいってやる!」と考えていた。とある秋の日、夜中の三時だったか四時だったか。まだ暗い中、車の少ない大通りを十二段変速機つきの中古自転車でぶっ飛ばして嵐山にむかった。念願かなって夜明けまえの渡月橋の姿を見ながら、「うんうん、満足満足」とひとしきり京都気分を満喫した。

そして下宿に戻ってきたのが朝の六時ごろ。ガチャガチャと鍵をあけて部屋にはいった瞬間、「あれっ、あれれ? ああ、おれは京都でひとり暮らしをしている! うーん、なんて狭い部屋なんだ・・・」と、狭い六畳ワンルームにひとりで暮らしていることに「初めて気づいた」のである。

そんな経験はこの二回しかないけど、これはきっと、ふだんとは違う朝方の風景のつづきのまま自分の家を見ることで、自分の家への視線に他者の視点が入ってきた、ということなんだろう。その時は、まるで安倍公房かカフカの小説の主人公になったような気がしたものだ。

そういえば、押入れの中から部屋を見るといつもの部屋が他人の部屋のように見えると聞いたことがあるなあ。今度押入れを整理して自分の部屋を覗き見してみようっと。

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2009年4月25日 (土)

つき合って一緒に沈むのはいやだけど

Top_red前記事の小説『嫌ブス権』はどうでしたか? 小説などという不慣れな手法をとったので、まあいろいろと「不適切」な表現で不快な気分を持った方もおられましょう。しかしながら、「不適切」と言うならよっぽど今の世の中のほうが不適切だろうと、ぼくは思います。もし当該小説を読んで不快感を持たれた方がおられましたら、もっと大きな不適切に対して更なる不快感を持ってくださることを期待します。

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かつて成人男子の九十五パーセントが喫煙者だったこともある国で、たばこがここまで世間から嫌われ者になるとは、その頃に生れ落ち、日常的に煙に「被曝」しながらも特段不都合なく育ってきた者としては、ちょっと異様なものを感じる。キセルがトレードマークであった鬼平犯科帳の長谷川平蔵でさえ、時折作られる新作ドラマではキセルのシーンがまったくなくなってしまった。この春から、JR東海の在来線では喫煙所がなくなってしまい、京都でもタクシーがほぼ全面禁煙になった。

うちの近所の大学では構内完全禁煙とノボリが立っている。これからは大学でもたばこを吸うと停学にでもなるのか? まあ、最近は大学生も「学生」と呼ばれず「生徒」と言われるぐらいだから、しゃあなしか。高校生みたいに停学にでもなんでもなっておくれ。それにしても、学生自治とかそんな言葉はすでに死語なんだろうなあ。こうしたことを決めた大学職員も、自身がそんなことを経験していない世代が中心になりつつあるだろうから、「学生自治」の「が」の字も思い浮かばなかったろうことは同世代の者として容易に想像がつく。そしておそらく、こうした決定過程が教育機関としての大学の役割を放棄している姿なのだということを、彼らはわかっていない。

 

ぼくが思うに、たばこがここまで社会的な排除の対象となるのは、いじめの言いがかりとしてよく使われる「くさい」をたばこには堂々と言えること、健康至上主義、健康病という現代先進国のヒマ人のヒステリックな心性、それと、病への認識の仕方、そんなあれこれが絡み合いながら、この問題の下に横たわっているのだと思う。

十九世紀の科学技術の発展は、コレラやペスト等の細菌が原因となる病を次々と克服、制圧した。二十世紀に入ってからも天然痘を完全制圧し、結核を不治の病から治る病にしてしまった。近代医学の発展は、病を呪術の対象から科学の対象へと人々の認識を変えてしまう力を持っていた。まさに科学の勝利であり、人類の進歩である。

こうした病気は、病気に対応する原因が○○菌等と(今でこそ)比較的単純だが、こうした病気が克服されて以降死因として上位になってきた疾患は、その原因が多岐にわたる。がんや内臓疾患の原因は決して単純なものではない。生活習慣病、成人病などといわれるものはおしなべてそうであろう。現代において、死因につながる病気の予防は「○○をすればよい」などといったことですむことはない。

生活習慣病、成人病の多くは、そういった病気になれるほどに長生きできるようになったからではないか、つまり、何らかが原因というよりも、時間とともに進行していく「老化」が病気を発症させていると言ったほうが正確なのではないかと、ぼくは思っているのだが(いろんな病気を引き起こすとされる肥満は、むろん老化ではなく、食の先進国への偏在化による栄養過剰がその原因だろうが)、十九世紀型の病気の認識の仕方に慣れ親しんできた近代人は、これらの病気に対しても単一の原因を「期待」する。そして、その対応策を単純化する。「心臓病予防にはポリフェノールがいい。それを有効に体に取り入れるにはワインがいい。お茶がいい」「がんには○○が効く」「納豆でダイエット」「バナナでダイエット」「メタボのあなたに必要なのは○○!」・・・・。話がウソであろうがマコトであろうが、こうしたブームが繰り返されるのは、現代的にアレンジしなおされた十九世紀型の認識を多くの人がいまだに続けていることの証左だろう。しかしながら健康で長生きするのもしないのも不確定要因が多すぎて、多くの人にとって病気の原因と結果が一対一の対応関係を結ぶことは少ないのである。「科学の力」によって長生きを手に入れた現代先進国の人が雑多な情報にふりまわされている姿は、健康にしか生きがいが見つけられなくなったヒマ人の贅沢にして空疎なヒマつぶしに見えなくもない。

複雑な要因を持っているはずの病気について、病気から原因を見るのではなく、原因から病気を眺めたとき、日常生活に溶け込んだたばこという嗜好品ほど都合がいいものはなかったのだろう、現代的十九世紀型認識によって、様々な病気の原因のジョーカーとしてたばこはお白州に引きずり出された。

「くさい」に過剰に反応するのもまた、現代における病的な状況と言えるだろう。たき火はおろか、マンションの隣室の蚊取り線香のにおいにまで反応する住民。いまやどこにいっても消臭モノは人気商品である。いじめの定番に「おまえ、くさい」があるのは、嗅覚が原初的な感覚だということもあるだろうが、他者との接触回避の心理の表われとしての過剰な「ニオイ忌避」とも無縁ではあるまい。しかして、受動喫煙の害の「科学的根拠」を見てみるに、果たしてこれが科学かと思われるようなあやふやなものばかりだが、こうした中でたばこが槍玉にあげられれば、そこに科学的根拠があろうがなかろうが、そんなことはもうどちらでもよい。なんせ「くさい」という直接的に「私」に訴える不快感があるのだから、たばこ排除は不可避である。それはあたかも、「だってあいつ、くさいし」と、「いじめられるほうも(が)悪い」というイジメの本音を、たばこ排除の場面で代償させているかのごとくだ。

排除の対象が、 たばこと同様に存在自体が人に不快感をもよおす「ブス」や「○○」でないのは、偶然にしか過ぎない。「○○」には、あなたが不快を感じるものを代入せられたし。そこに少しでも嫌われる要素があるならば、酔狂な「科学者」がいずれそれに「科学的根拠」を与えてくれるに違いない。

たばこの害はWHOがどうとか言っているといっても、地球温暖化の議論がWHOにおいて科学的議論というより政治化してしまっているという記事、論評をあちこちで目にするように、たばこも同様、WHOの報告が絶対化されるものでは到底ない。

と、たばこの議論もここまでなら、ひとつの文化論として、ぼくもたばこ好きの側から議論に乗ろう。たばこを好き嫌いのレベルで語ること自体の是非はない。嗜好品対毒ガス・危険物という、絶対にかみ合わない不毛な議論が繰り広げられるのも、議論の整理がついていない以上、致し方ない面もあるとして認めよう。

だが、こと昨今におけるたばこ排除の論理は、似非科学だけではなく法律、条例まで持ち出してきた。たばこへの法による決裁は、私的領域への政治介入以外の何ものでもない。たばこ嫌いの人にとっても、私的領域への政治介入は許されないものだろう。ましてや、法の裏付けとなるべき科学的根拠はあいまいなものである。

嫌煙権は文字通り法的な権利となり、ここにいたれば、たばこの好き嫌い(もしくはたばこの科学的正邪)の議論はすでに質的に変化をしてしまった。それを意識せずして、今たばこの問題を語ることは、あまりにも権力への緊張感がなさすぎの、呆けた議論でしかない。現代政治はそんな素朴な生きかた、ものの見かた、考えかたを見事にすくいあげて、支配の論理へと組み替えていく。「マナーからルールへ」という、一見もっともな標語に潜むあぶなさは、たばこどころではない、権力の危険なにおいがプンプンだ。

路上喫煙禁止区域で、同じたばこを吸わないといっても、確かに今ここで吸うのは迷惑だからとたばこを遠慮するなら自律的人間ともいえようが、ここは禁止されているからとたばこを遠慮するならば、それは権力がまさに欲するところの被統治者の生きかたそのもの、人畜無害の人である。

たばこが好きだろうが嫌いだろうが、ブスが好きだろうが嫌いだろうが、それは恣意的な事柄であって、基本的に私の領域に属する。そこに文化論としての正しい、間違いの議論は成立しえても、法によって正邪を決められることではないし、決めてはならないことだ。近代政治において、私的領域への政治介入をなしくずしにしながら事を進めるのは、思想的に近代以前に戻ることであり、現実社会にファシズムを招来することとなる。

私的領域の政治化はファシズムへの第一歩、もしくはそれそのものであり、そのもっとも先鋭化した姿は戦時に立ち表れる。武器を持った者は、「人を殺したくない」という私的領域の最後の一線までもが権力によって戦争の論理に塗り替えられ、人を殺す。爆弾の下では人に私的領域など存在する余地もなく、政治によって虐殺されるのみだ。

治安維持法が成立する前、「不埒な者」を拘禁するのに猛威をふるっていたのは、浮浪罪という軽犯罪であったということもまた心にとどめておいたほうがいい。

なにもたばこに限った話ではないが、権力との緊張関係があまりにも希薄なこの社会に生きていると、ぼくの耳に聞こえる戦争への足音は空耳ではないのかも、という気がしてならない。

 

 

小説本文よりも長い解題となってしまいました。

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2009年4月15日 (水)

嫌ブス権

Photo俺にはお気に入りのバーがある。酒や食べ物がうまいのはもちろん、店の外観から店内に飾ってある小物まで、マスターの趣味がいいのか、なんとも感じのいい店だ。カウンターでマスターの横に立って働いている子も、これまたマスターの趣味なのか、客の目を引くかわいらしい子だ。

看板娘ともいうべきその子と、俺はようやく少し話をするようになったばかりだった。

なのに、ある日店に行くと、店を辞めてしまったという。残念な気もしたけれど、まあいいや、次に入ってくる子はどんな子なんだろうか、それをひそかな楽しみに店に通い続けた。

ところが、だ。

しばらくして代わりに入ってきた子の、そのなんとも不細工なこと! ありていに言ってしまえば、ブスなんである。

見た目のおしゃれさからか、この店にやってくる女性客もそれなりに美人ぞろいだった。しかし、このブスな娘がカウンターに入ってからというもの、何を安心したのか、この店にまでブスな客が堂々とやってくるようになってしまった。

俺はなんといってもブスが嫌いだ。大嫌いだ。何年か前にようやく「禁煙法」が成立して大嫌いなタバコがこの世からなくなって改めて気づいたんだが、俺が一番嫌いだったのはタバコじゃなくてブスだったのだ。

身勝手だと言われても、嫌いなものは嫌いなんだからしかたがない。はっきりいってブスはもう見たくもない。なにかのはずみでブスと話をしなくてはならなくなった時、俺にとってこれほどつらいことはない。それはタバコの煙のつらさの比じゃない。ストレスがたまって体にもきっと毒だろう。

いつだったか、取り引き先の相手がブスのOLだったことがある。その時には正視するのに耐えられず、異様な緊張感におそわれてしまって、仕事を失敗しかけたことさえある。そういうこともあって俺はさらにブスが大っ嫌いになってしまった。

俺は街のブスを避けるためにも毎晩のようにこの店に来ていたのに、これは一体なんなんだ。俺はマスターのセンスに少し疑問を持つようになった。それでも俺は仕事が終わってからもまっすぐ家には帰らず、俺の知る限りまだまともなこの店にしばらく通い続けた。

そんなある日。俺のとなりで一人黙って飲んでいた男がいた。そいつに、そのもうひとつ向こうの席に座っている女性から声がかかった。
「お一人ですか?」
「んっ?」
その男は女を一瞥すると、苦虫をかみつぶしたような顔で正面に向きなおった。俺はその女をチラリと見てみた。

「ああ、なるほど。これではダメだ」
心の中で俺はそうつぶやいた。

この男、以前からよくこの店で見かけた男だが、こいつもきっと俺のような心もちの男かもしれない。なぜって、この男、その晩に知り合っただろう女としゃべっているのを時々見かけたことがあるんだが、その相手は決まってこの店に見合った美人とばかりだったから。それが今日はとんだ災難らしい。チラリと見ただけでもわかる、どこからどう見てもまぎれもないブスが声をかけてきて、そのとたんに苦虫顔だ。

「一緒にどうですか?」
さらに女は声をかけてきた。さぞ男は迷惑がっているだろう。

「ねえ、一緒に一杯・・・」
と、さらに女が言いかけた途端、男は、
「だまれ」
とつぶやいた。

「えっ?」
「だまれ、ブス」
「あら・・・。いきなりごあいさつだわねえ」

女は少しうろたえながらも、少し離れた後ろの席の女を見やりながら、さらに言葉を続けた。
「でもねあなた、人は見かけによらないわよ。ほら、あそこにいるきれいな人。あんな人なんかよりも私のほうがきっと性格もいいし話も上手だわ」
「だまれ。俺はブスが嫌いなんだ」

やっぱりそうだったか。それにしてもはっきりモノを言う男だなあ、こいつ。

すると、この男はもうだいぶ酔っていたのか、一気にまくし立てはじめた。

「なんでだ? ブス嫌いのこの俺がなんでお前としゃべらなくちゃならないんだ? もういい、こっちを見るな! 俺の視界に入るな! しゃべりかけてくるな。ああ・・・、目に入らない後ろの客の声さえもが『ブス声』に聞こえてきたじゃないか。これじゃあ明日は二日酔いだ。どうしてくれる! とんだ悪酔いする前に、その顔をむこうに向けてくれ! 言いたかないけど、この店では最近カウンターの中にさえ安心して目をやれなくなったというのに。俺の視線はどこにむかえばいいんだ!」

よっぽど腹に据えかねていたのか、よくぞそこまで。

「世間を見渡したってブスがどんな扱いを受けているかは一目瞭然だろう。そのことでどれだけお前の性格がゆがんでしまったか、そのことはお前が一番知っているくせに。あそこの美人よりも性格がいいだって? 何を寝ぼけたことを言っているんだ? ブスは顔だけじゃなくて、言うことまでがそういう風だからさらに手のつけようがないというもんだ。ブスは『ブス専』みたいな一部のマニアにしか興味を持たれない日陰者のくせに、なにをでかい顔してこの店にいるんだ。くそっ!」

店にいた他の客たちは、いつのまにやらこいつの弁舌に聞き入っている。男客たちはみな一様に「そうだ」と言わんばかりの顔をしていた。

「店内のブスどもを表に放り出せなんて店の人間に言ってもラチがあかないんだろうな・・・。うう。おお、そうだ、いっそのこと、こうやって一日の疲れを癒すような店にブスは出入りできないように法律で何とかしてもらえないだろうか。いや、店だけじゃなくて、この際だ、店の外にもウジャウジャいるブスどもを『ブス外出禁止令』で取り締まってもらいたいもんだ。なあみんな、そう思わないか!?」

男はいよいよ熱気を帯びてきて、周りにいた男たちに同意を求めた。すると今まで静かに聞いていた男たちも、
「おお、そうだ、それがいい!」
「家を出るな、お前らは! 自由に外出したければ『ブス外来』にでも行って整形してもらってこい!」
「ブスはハタ迷惑なんだ! この日陰者が! 通りから見える庭にも立つな! ベランダにも出るな! カーテンも閉めずに窓際に立つな! ずっと闇にまぎれてろ!」
「ブスが覆面もかぶらずに外出したら過料で千円とってやれ」
と口々に言い出した。

「き、君、悪いが、き、君はクビだ。あしたから来なくてもいい。いや、もう来ないでくれ!」
「ええっ。そ、そんな、マ、マスター・・・」
カウンターの中でも始まってしまったようだ。

そして俺も加勢してしまった。
「そういえばタバコには禁煙法のあとしばらくの間は闇タバコが存在したもんだが、ブスには闇ブスなんてできっこないな。ふんっ、タバコ以下のブスが。ブスなんてこの世から消えてなくなってしまえばいいんだ!」

 

しかし、そう口走ってしまってから俺はふとわれにかえり、「ブス外出禁止令」でもなんともならないブスがいることを思い出してしまった。

そうなのだ、「ブス外出禁止令」ができれば外に出られなくなるに違いない、一目見れば酔いが醒めてしまう顔をした妻が、家で俺の帰りを待っているのだった。

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2009年4月 5日 (日)

めくらとか気違いとか共産党とか

Top_blue世の中には差別語というのがあって、そういうのは使っちゃいけないんだそうな。言葉によっては確かに不穏当な表現というのもあるけど、言葉そのものを使わないように規制するのは、やっぱりおかしなものだ。

「行方をくらます」、これはOK。「めくらまし」、これもOK。でも「まし」を取ると、それはダメーっ!ってなんだかなあ。

気が違うから気違いなんであって、それの何が差別か。何が不穏当か。クレイジーと言えば何か変わるのかね。英語で言えば上品な気違いになるとでもいうんですか。

たしかに、相手のことを理解できないというだけで、「お前はキチガイか」と罵倒してきた歴史があるだけに、「気違い」を使うことになんらかの気遣いは必要に違いないけれども、漢字変換から「きちがい→気違い」を排除する文化はいかがなものかと思う。ネット掲示板では「基地外」と当て字にして、もっと隠微な雰囲気プンプンである。

集落という意味で「部落」を使おうとする人が、遠慮がちにこの言葉を使うのをぼくは何度も体験しているけれど、これにも差別の歴史が後ろに控えているから、どこか遠慮してしまう気持ちが入り込むのだろう。

「片手落ち」を放送で使うと、これまた事後にお詫びがある。これは「片・手落ち」であって、「片手・落ち」ではない。これがだめなら「手落ち」もだめである。勝手に「片手のない人に不快感を与える」とか言い出して、こういうのをイチャモンとか難癖、言いがかりという。

ぼくは大学でマルクスの勉強をやっていたから「共産党」という言葉に抵抗感はないけど、いまだに世の中の一部では「共産党」という言葉は見事なまで差別的に響く。

何年か前、奈良のどこだかの現役最年少市長の話題をテレビでやっていた。市長の登庁初日、市長室に表敬訪問にやってきたギトギトあぶらオヤジの市議会議長に市長が、
「市民の代表として一生懸命やって行きたいと思います」
とあいさつしたら、ギトギト議長は、
「なんで君みたいな若造にそんなこと言われなあかんねや。ん?ん?ん? ところで君は共産党ちゃうやろなあ。ん?ん?ん? ほうか、ほうか、ちゃうんか。ほな握手や」

「共産党」のところを、「在日」だとか「被差別部落」だとかに置き換えてみれば、こうした発言に存する差別意識がはっきりわかることと思う。彼にとっては「共産党」という言葉は、「アカ」「非国民」に代わって、いまだに堂々と使える差別語の役割を持っているわけである。

こうした「文脈で示す差別」が堂々とテレビで流れてもOKだということが、ぼくからしてみるとなんともすごいことだなあと思う。日本共産党が万が一にも党名変更をした日にゃ、「共産党」という言葉は差別語に数え上げられて気軽にテレビで言えんくなるんかなあ。

この時、市長は共産党と違うからだろうが「違います」と答えていたけど、「共産党です」だったらどうなっていたんだろうかね。この市長がどういう考えかは知らないけども、「共産党であろうがなかろうがどっちでもいいじゃないですか」と答えられない所に差別の根深さを感じる次第である。

言葉というのは文脈の中でこその意味合いというものがある。馬鹿にしたり無能呼ばわりするために使うのは論外としても、「目の見えない人」を「めくら」と言うことに過剰に反応するくらいなら、もっとやることがあるだろうにと思う。

 

そうそう。北朝鮮のロケット発射に、自衛隊の迎撃ミサイル実戦配備。こういうのは、「気違いに刃物」という言葉がぴったり当てはまります。ただし、北朝鮮にだけ言って日本に言わないのは、それこそ片手落ちです。

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2009年3月25日 (水)

餅屋はどこに

Top_yellow白雪姫や浦島太郎なんかの童話の絵本が入った、くるくる回る棚が本屋のレジ脇によくありますね。そういう棚には、まだまだちっちゃい子どもが親に読んでもらうような本がたくさん入っている。「初めて出会う本」とでも言うんですか、そういうのは。

ぼくの初めて出会った絵本は、確か、松谷みよ子の『いないないばあ』と『あなたはだあれ』だったと思う。おかあちゃん!

この前、本屋でそんな棚を何の気なしに見ていたら、 『コンビニエンスストアでおかいもの』(ポプラ社)という本を見つけた。Photoこれは、絵の代わりに写真を使った本。セブンイレブンが全面協力らしく、とあるセブンイレブンが舞台。「おしごとえほん」シリーズということで、「おみせにおにぎりがならぶまで」と最後にチョー簡単に解説をしてはいるけど、要は、漫画で書かれた小学生ぐらいの女の子と幼稚園ぐらいの男の子が、「いろんなものがいっぱいあるねえ」とびっくりしながらお買い物をするという話である。

「そうかあ、おれは駄菓子屋だったけど、今は買い物を覚えるのはコンビニでかあ。そうかそうか、そりゃそうだわなあ。にしても、なんか寂しい話だなあ」、そんなことを考えながら、コンビニで店員が子どもに向かって、「いらっしゃいませ。ありがとうございました」と声をかける、あの異様な風景を思い出していた。うむうむ、これは時代の証言として購入しておこう。三百五十円になります。千円からでよろしいでしょうか。

それにしても、この本を親はどういう気持ちで子どもに読み聞かせるのだろう。良質な絵本で定評のあるポプラ社も、思い切った賭けに出たものである。「初めてのお使い系ほのぼの」を主眼としてないと言えなくもないけど、これ、かなりきてます。もしなにか他意があるなら、相当したたかな戦略である。

思い返せば、ぼくが子どもの頃は、ちっちゃい個人商店が近所でも健在であった。自分で買うような物でも、鉛筆は文房具屋、アイスクリームはお菓子屋、電池は電気屋、学校指定の体操服は洋品屋、砥石は金物屋、花火はおもちゃ屋とそれぞれに店があった。けど今ではそういう店はことごとく閉じてしまい、コンビニとショッピングセンター、ホームセンター、百円ショップでほとんどまかなえてしまう。というか、そこでなくてはまかなえない。

子どもの時にはお店屋さんごっこをしたもんだが、花屋だとか、果物屋だとか八百屋、魚屋、本屋、ケーキ屋・・・、それぞれが好き勝手に店を開き、葉っぱやら石ころをお金にして、どの店も商売繁盛だったものである。

そんなことを思い出して、ふと思う。今の子がお店屋さんごっこをするとなると、どうなるの? 

「リアルお店屋さんごっこ」なら、肉が好きな子どもはスーパーの精肉コーナーの担当を希望するのであろうか。大工道具に興味を持つ子どもはホームセンターの大工道具コーナー担当になるのであろうか。いやいや、お店屋さんごっこという以上、レジこそが売り買いの現場なのだから、レジ係が人気なのかもしれぬ。

ハンバーガーが好きな子どもは、
「わたしマクドナルド」
「じゃあ、ぼくロッテリア」
「ああ、取られたあ。じゃあドムドムでいいわ」
などと、店の種類別ではなく、会社別で選ぶのであろうか。

じゃあ、おれはねえ、吉野家やる。誰か、なか卯やって。

今は個人商店をやろうと思っても、なかなかやれそうにもない。花が好きだから花屋さんをやろうかと思ったら、どっか大きな園芸店に就職するのがまっとうな道であって、いきなり花屋を開くなんて相当酔狂な人であろう。今さら町の電気屋さんを始めたい人なんてほとんどおりますまい。「よっしゃ、わし帽子屋やる。屋号は伽羅!」と言っても、「やめとけ」と身内に止められるのが関の山である。「家具屋でも始めますか」と言って、本気で受け止められることなんて、まずはなかろうもん。果物屋も魚屋も薬屋も楽器屋も眼鏡屋も時計屋も煙草屋も靴屋も鞄屋も本屋も酒屋も饅頭屋も豆腐屋も米屋も瀬戸物屋も、もうなんでもかんで然り。わずかに飲食店がやれるぐらいのものだろう。

ことわざで「餅は餅屋」って言うけど、おーい餅屋はどこなんだ?

先日、ユニクロで有名なファーストリテイリングがナントカと言うブランドで九百九十円のジーパンを売り出す、とニュースになった。ダイエーや他の店もそれに対抗して安い商品を揃えるだとかいう話である。あれだけ大々的にニュースをやってくれれば、どれだけの宣伝効果があったことだろう。今や普段着も多くは資本のある店で買うことになっている。メーカーについては車だとか電気製品など昔から大きいところが中心だったが、今ではまるっきり小売まで大資本中心で動いている。そういえばこの前、ファーストリテイリングのシャッチョウさんは米経済誌フォーブスの長者番付で資産六十億ドル世界第七十六位だと新聞に載っていたなあ。すっごいなあ。

今それなりに商売を始められるのは、それなりの資本を持った者(法人)に限られている模様。夢のない話だよねえ、なんか。生業でなにか商いをしようと考えたら、テナント借りてやるか、企業化まで考えないかんのかね。どうにもシンプルな生き方がしにくくてかなわん。

自営業と言えばかたい響きだけども、そういう店が家の近所にちょこちょこっとあって、町は人間味を持つ。であればこそ、子どもも安心してお店屋さんごっこができるというもんだ。

そりゃあぼくだって頭の先から足の先までユニクロで揃えられる。百円ショップもしばしば利用する。「こんなことボヤくならそんな店で買わなきゃいい」と、不買運動みたいな潔癖なことは言わない。実際に品揃えがいいし。

決してぼくの身はきれいではない。今の便利な世の中にどっぷりと肩まで浸かった身だ。それでもぼくは、こういう社会の仕組みって、とても変だと思う。個人で店がやれないなんて、こんな世の中狂ってます。

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2009年3月15日 (日)

年賀状

Top_yellow時季がずいぶんとはずれているけれど、今日は年賀状のことを書く。

ぼくは年賀状というものを小学校の時に書いて以来、ずっと書いてなかったんだけど、十年ほど前に同居人と暮らすようになって、毎年、年末になると同居人がせかせか書いているのを見ていたら、「おれもいっちょうやってみるかあ」なんて気分になって、何年間か続けたんだけど、結局めんどくさくなって二、三年前にまたやめてしまった。

小学校一年生の時、冬休み開けの始業式の日、担任の先生が自分に送ってきたクラスの子の年賀状を、教室の後ろに張り出した。送らなかった子もいたろうに、あれはどういうつもりだったんだろうかと、大人になって考えてみるによくわからないんだけど、もしかしたら、何十枚も返事を書くのが面倒なもんだから、そうやって張り出すことで、「みんなありがとうね」ということだったのかもしれない。もしかしたら年末の最後の授業で、「年賀状を書こう」なんていうのがあったのかもしれない。

そのへんの経緯は今さらもういいとして、ぼくは自分の年賀状が、他の友だちの「あけましておめでとうございます ことしもよろしくおねがいします」的な定型シンプル文面と違って、普通の手紙のような文面になっていて、なんか少し恥ずかしかったことを覚えている。その時は、常識的な年賀状の型なんてまだ知らなかったし、親も教えてくれなかったもんだから、「あけましておめでとうございます」の後には普通に先生へ手紙を書いたわけである。多く書くぶん字は小さくなって、他と並べて見ると、良く言えば子どもらしくない大人びた感じ、悪く言えば「勢いないね、この子」である。変といえば変。個性的といえばほめ言葉にもなろうか。

その頃からぼくは「常識無用、非常識上等!」の人間だった、というよりは、ただそれを知らなかっただけで、そのことを親も知ってか知らずかほったらかし。それが今のぼくにどう影響しているのかはわからないけれど、「一言多い」というのだけは、その頃から変わりのないところではあろう。

年賀状は虚礼だとかナントカと評判の悪いことを言われたりすることもあるけれど、ぼくはそこまで悪くは思わない。暑中見舞い、寒中見舞いともども、あってもいい季節の習慣だと思う。以前兄に聞いた話で、学生時代とても世話になった恩師の老教授は、
「年賀状が届かなくなったら、俺は死んだと思ってくれ」
とよく言っていたそうで、ああ、年賀状にはそんな使い方もあるのか、と感心したものである。どうせ年賀状を続けるなら、そんな年になるまで書いていたいと思ったものだけど、結局、自分でなくて、父が死んだ年の喪中葉書がめんどくさくなってやめてしまった。

同居人を見ていると、去年も十二月の三十日になって、どの図柄をダウンロードしようかと三時間も四時間もネットを見ているもんだから、
「あのさあ、そうやって探しとる時間に手書きでやっとったら、もう終わっとるんちゃうの?」
ってなもんである。まだおせちも作らんといかんのに、なにをアホほど時間をかけとるんだろうか、とろにゃーか、と思ってしまうわけである。印刷モノの年賀状なんて、もらっても、十秒見るかどうかのもんなのに、
「なあなあ、どっちの絵柄がいい?」
とか聞かれてもなあ。そんなんどっちゃでもいいわ。もらったほうも、お前の選んだ絵柄なんて、次の人の年賀状見とるときには、すっかり忘れとるわ。

同居人のそういう姿を見ていると、確かに、文面使いまわし系印刷モノ年賀状は、作成の努力及び経費と送付効果とをあわせ考えるに、虚礼と言ってもあながち間違いではないなあ、と思ってしまうのである。ご苦労なことです。

ぼくが何年か前まで書いていた年賀状は、十何通ぐらいだから印刷する手間のほうが面倒だし、そもそも、もらっても味気ないと思っている印刷モノにする気もなし、古式ゆかしく筆で「あけましておめでとうございます」と大書きして、ほんでもって近況報告を書いて、ちゃっちゃっちゃーのちゃーでおしまいであった。気が向けば自分の似顔絵のひとつでも書いたか知らんが、そんなことはもう忘れた。いずれにせよ、小学校一年生の時のように文章をしたためるならいざ知らず、読まれても十五秒もかからないようなものに、そんなに手間ひまをかける気にならない。

そうそう。写真つきの年賀状、あれはいらんなあ。特に子どもつき家族写真。その中でも特に子どもだけの写真のやつ。この記事を読む人の中にそういうのを送っている人がいるかもしれないけど、気を悪くされたなら、まあこの際です、一度気を悪くしていただきたい。

家族ぐるみのつき合いがあるなら、それはそれでいいんだけど、そうでもないのに、家族全員連名の家族写真つき年賀状をもらっても、「ふむふむ」というだけで、だからなんなんだ、という話である。子どもだけの写真のにいたっては「???」である。親バカというよりはバカ…、いかんいかん。

考えるに、その人にとって家族のことこそは人に伝えたいとても大切なことであって、その安寧な姿こそ一番伝えたい近況報告なんであろう、と。個人と個人のやりとりであるはずの年賀状にさえ家族を登場させるのは、その人の精神的、人格的安定は家族の安定による、ということを示しているのであって、すなわち家族写真つき年賀状は差出人何某氏のマイホーム主義の見事な表現である、と、まあ概略このようなことを思うわけである。

マイホーム主義のなにがいかんのだ、と言われれば、「家制度の現代的変容じゃないのかね」と言うだけ言って、あとは触らぬ神にたたりなし、これ以上の議論を差し控えたいと思うのであるが、でも実際のところ、何年かに一度の年賀状の整理の時、写真つき年賀状というのは、とても処分しにくいわけである(ずっと取っておく人もいるだろうけど)。マイホーム主義な心理を概略考えさせられた上に、処分しにくいとなれば、これはちょっと、気軽な年始のめでたいやり取りを越えている気がするわけである。写真つきのヤツめ、年賀状の分際で、どこまでおれに心理的圧迫をかけるか。

どうせなら、核家族などというチンケな集まりでなく、親きょうだいに爺さん婆さん、いとこにはとこ、一族郎党すべてを収めた写真を全員連名で送ったらどうであろうか。相当に強烈な印象を相手に与えるはずである。毎年楽しみになるはずである、「あの人が今年はおらんなあ、逝ったか」とかね。

とはいいつつ、ぼくが年賀状を送るのをやめてから、ぼくに送られてくるのもぐっと減ったのだから、まあそんなにぐちゃぐちゃと粘着質になることもないのである。大体からして、今日の家族写真つき年賀状の話って、一般論でもあるけれど、ぼくに送られてきたものも当然に含むわけだから、それはすなわち、該当年賀状をぼくに送っていただいた友人にケンカを売ったも同然の所業である。とても失礼な話である。うーむ、これは虚礼以下のことをしてしまった。

Photo_2 友よ、ぼくの一言多いことを・・・・・・、

 

 

 

本当にすまないと思う。

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2009年3月 5日 (木)

かぶりものといえば伽羅

Top_redふと気づけば、帽子作りがマイブームである。去年の暮れぐらいからいくつか作った。

なにか新しいオリジナルなのを作り出して、とかそんなんではなく、型紙付きの本を買ってきて、それをもとによいしょよいしょと作っている。布切れも、穴が開いたり小さくなったりして着なくなった服をつぶしたり、これまでのお細工物の残り切れを使っている。あまり金をかけない、これが信条である、いつものごとく。

Photo まあ、これまでもなんかあれば縫い物はしているし、今回も帽子ばかりでなく、勢いに乗じて手提げかばんや小物入れも作っているけど、帽子はこれまで挑戦したことがなくて、で、やってみたら案外ちょろいもんだとわかって、言葉を覚えた子どもがしゃべりまくりだすように、必要以上に帽子をいくつも作っているわけである。

そういえば、帽子を作ろうと思い立った頃、百均の店に行ったらズラッと帽子が並んでいて、それを見たときはかなり萎えたけど、あれはなに? 帽子の材料を手芸屋で揃えれば百円は越えようものを、労働賃金とか輸送費とかもあるのに、まったくどうなっているのかね。

Photo_3さて、帽子を作ると聞けば、なんかとても特別な技術がいると思うだろうけど、いざ作ってみると、型紙さえあれば、縫いの作業自体に特段難しいことはない。簡単なかばんや袋物なら型紙もいらないけれど、さすがに帽子では型紙がないと相当にややこしいはず。最初は型紙通り作って、それからオリジナルなものを作ってみたければ作ればよろしい。そのへんは楽器の習得と同じである。まずはコピー。

Photo_4使う布切れは、帽子一つ分で長袖のシャツの両袖分ぐらい。同じだけの裏地分の布切れもいるけど、まあいずれにせよ大した量ではない。なんとなれば裏地を表地と同じ布にしてしまえば、長袖のシャツ一枚分弱で、ほほほいのほいである。裏地にも気を使って作ればリバーシブル仕様にもなる。小学校の体育の赤白帽みたいなもんである。 

同居人がつかみ取りで買ってきた着物を布地として供出してくれた。紫地の縦縞模様でとてもいい。性が抜けているんで、着物としては用をなさないけど、芯地を張れば帽子には十分な強度と判断。これで、同居人用に深めの帽子と、ぼくの鳥打帽を作った。

柄が柄なだけに、できあがってみると十分に強烈な一品。であるがゆえに、二人が揃ってこの帽子をかぶると、最近見かけんくなったペアルックのアホアホカップルよりも、もっと強烈に怪しいアベックに見えてしまうであろう。

Photo_5

帽子をかぶって二人並んで鏡を見ながら、
「これはきついなあ。ええか、おれがこれをかぶる時は、おまえはそれをかぶったらいかん!」
「わたしもこんなん嫌じゃい!」
てな具合である。

待ち合わせをした時に、なんかの拍子でお互い知らずにこれをかぶってきたとしたら、ハタから見れば、仲のいいアホカップルがなにか言い合いをしていると見られよう。
「な、な、なんと! それかぶってきたんかいな」
伽羅「な、な、なんじゃ! やいの、やいの!」
「やいの、やいの!」
「やいの、やいの! なんでもええで、はよ脱げ。キャラかぶって見られるわ」

キャラかぶる?

ということで、わたくし、これから自作帽子のブランドを「伽羅」とすることにしました。タグもいずれ作りましょう。かぶりものといえば、伽羅。よろしく!

 

と、そんなこんなはさておき、この期に及んで、いまだにぼくはミシンを買ってない。どんなのを買ったらいいかわからないの。安いのを買えばパワー不足、機能不足に泣き、安物買いのなんとやらを嘆きそうだし、高いのを買えば買ったで、でかいぞ、重いぞ、狭い家には邪魔だぞ、と愚痴を吐きつつ、「熱しやすく冷めやすい症」患者所有の持ち腐れた宝になりそうだし、あーん、どれ買えばいいんだあ、と優柔不断爆発。

というわけで、今もってぼくのお裁縫は手縫いでぬいぬいである。ミシンがないからといって、帽子作りを恐れることなし。キャップ帽のツバ部分を硬い芯ごと縫うのが手縫いでは相当きつかろう、というぐらいのもの。マジ縫えんのかどうかまだやってないからわからないけど、ツバは厚地の芯地にすれば、既製品のようにガッチリとはいかずとも、使用に十分耐えうることを他の帽子で確認済みだから、よしである。硬いツバのキャップだけがキャップじゃないやい。

確かに、ミシンがあれば、「簡単なものなら30分でできる!」という帽子の本のうたい文句もウソじゃなかろう。でもそれって相当手だれのミシン使いだと思う。そこまでミシンに慣れるまでにぼくは帽子作りに飽きている、と断言しましょう。ぼくはこれからものんびり並み縫いでなみなみ行くのだ。

縫い目をなるべく隠すように縫うのが手縫いの基本であるからして、出来上がってしまえばわからないものの、縫い目はまだまだ粗く、ベテランの人に遠く及ばない。ミシンでは縫い目も出し放題だけど、それをうまいこと隠すにはどういう手順で縫っていけばいいか、なんてことを考えながら作っていると、工夫ぶっていて偉そうじゃないか、と軽く悦に入れたりする。

まあ、ものづくりにおいてはなんでも同じだけど、縫い物でも「縫う」というメインの作業以上に気を使うべきは、そこに至るまでのしっかりした型紙作りや、布の切り出し、待ち針や仕付けなどなどの下準備である。

仕付けは待ち針や仕付け糸の代わりに、クリップで仮止めすると便利。文房具箱にあったちびちびクリップを使って、しかるべきところにしかるべくはさんでみたら、待ち針や仕付け糸よりも微調整がしやすくて、とても具合がいい。なんせはさんでいくだけなんで、お裁縫初心者にもおすすめである。それ用のクリップが手芸屋さんに売っているけど、洗濯バサミでもいいし、一度手近な物を使ってやってみてみて。

あと、大事なのは仕上げ。仕上げと言っても、アイロンを使ってシワを取ったり折り目をつけたりするだけなんだけど、ぼくのようなせっかち人間は、最後の玉止めをすると、「やったあー、できたあー」と舞い上がって、「ほれっ、ほれっ、できたっ、できたっ」と同居人に自慢してしまうわけであるが、でも、冷静になってよく見ると、なんか今ひとつしっくり来ないところがあったりするもんである。翌日に改めて見たときなんかに、そういうところがとても気になりだすもんなんである。そこで、アイロンを使ってシワを取り、折り目をちゃんとすると、あれまっ、ぐっとよくなるんですねえ。

簡単なこととはいえ、仕上げをなめてはいかん。「できたあーっ」と思った喜びをお茶でも飲みながら味わったら、早速仕上げにかかるべし。それから人に自慢しても遅くはない。

 

さて、女性客がほとんどの手芸屋さんにヒゲ面の中年が行くというのは、正直言って結構勇気がいる。ぼくのことなんか誰も気にしてなかろうに、自意識過剰、他の客の視線を勝手に自分に突き刺してしまうのである。それに、ロール状になっている1メーターいくらの布を買おうにも、これはこの布をレジに持っていくものなのか、店員に声をかけてしかるべき長さを申告するものなのか、買い方もよくわからんし、なんせ緊張ドキドキである。

この前も、他の客が布を買うところを見ようと、ギロ目で様子をうかがっていたんだけど、結局その日はそういう場面に出会えずじまい。でも、見本のために3センチ程度切ってもらっているお客さんがいた。その店では五種類までだそうだけど、そんなことできるのか。知らんかった。布の買い方も見本のことも、店のどこにも書いてあらへんし、うひゃあ、シロートのぼくなんか、ぼくなんか・・・。

この「店に行って緊張ドキドキ」は、以前、エフェクター作りに凝って電子パーツ屋に行き出した頃以来である。三十を過ぎたワケ知り風なおっさんが、実はよくも知らず、店員に「型番○○のトランジスターありますか」と聞くときのドキドキ感。他の客はみんな電気に通じていそうな中で、なかなかの緊張感である。

電子パーツは型番が数字とアルファベットで分類されていることが多いんだけど、「l」が「いち」なのか「エル」なのかわからないで店員に在庫を確認するのは相当な勇気がいるということ、賢明なる読者のみなさまにはきっとわかっていただけることだろうと思います。「FET」という部品を、あちゃらの業界では「フェット」と呼ぶのか「エフイーティー」と呼ぶのか、はたまたそのどちらでもいいのかもわからない状態で、カウンターの後ろにある部品棚から出してもらって買い求めるのはなかなかの緊張を強いられるものだということ、賢明なる読者のみなさまにはきっとわかっていただけることだろうと思います(今もなんて読むものなのか知らん)。

一度、作りたい機材の材料表に見たことのない部品があった。電子部品屋では総合店以外、ここはトランジスター、ここはコンデンサーと、店舗ごとに扱う部品の種類が違っていたりするんだけど、その部品はこの店にあるだろうと思って、
「これ、どういうものかぼくもよくわからないんですけど、ここに置いてありますか」
と、聞いてみたら、店員からいきなり、
「何アンペアの?」
と聞き返されたもんだから、
(えっ、種類あったの?)
とドギマギしていたら、
「だからあ、何アンペアぐらいの電流が流れるぐらいのところにそれ使うの?」
と言われ、
「???・・・。あの、あの・・・、勉強し直してからまた来ます」
と、屈辱を味わわされた三十六歳の秋。

今回のお裁縫ブームでは、まだそんな逃げ出したくなるようなことはないものの、手芸屋さんをウロウロしていると、やっぱり少しドキドキする。もうこんなことは電子パーツ屋で終わりにしたいと思った三十六歳の秋の誓いはいずこへ。とはいえ、手芸関係は電気関係よりもずっとわかりやすい。なんせやっていることが、うまくできるかどうかはともかく、説明をされればなるほどそういうことかと、目に見えることばかりである。

 

去年の秋ぐらいに書いたパイプの話。すぐ飽きるかと思ったけど、今でも家で吸っている。好みの煙草葉を探すのがちょっとした楽しみになっていたりする。色々とあるダンヒルのは大概おいしい。ちょっと高いけど。50グラム900円~1000円程度の標準価格のものなら、マックバレンのバージニアNo.1、ミクスチャーブレンド、ゴールデンブレンド、ボルクムリーフのジェニュイン、ガレリアのフォックス&ハウンドあたりが素直でおいしいと思います。

で、今夜もパイプを咥えながら、よいしょ、よいしょと、手縫いのぬいぬい作業である。

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2009年2月25日 (水)

かわいい字体でどんと来い

Top_blueここ数ヶ月、「かわいい 字体」の言葉で検索してこのブログに飛び込んでくる人がほぼ毎日いる。「なんでかいな?」と思って、ヤフーで検索をかけると、な、な、なんと! 三十七万件余りのヒット数中三番目! 随分以前に、「このブログはかわいい字体なんで云々」とほんのチラリと書いたことがあるだけなのに、なんじゃこれは。

「思い込みダイエット」でも検索結果の上位にでて、飛び込んでくる人が多くてウンヌンカンヌン、なんて話を以前にも書いたけど、まただ。

どういう機能だとこういうことになるのか知らんが、きっと、検索結果で実際に開かれたページがより上位につけられていくんだろう。となると、そのサイトが役に立とうが立つまいが開かれてしまった以上、検索結果はどんどんと上に上がっていく循環が起こる。開かれてしまう以上、役に立たないからといって下がる方への循環はいつまでたっても始まらず、となると、役に立とうが立つまいが、日々ほぼ無縁の人とつながって、三秒で閉じられる。トホホ。

そんなほぼ無意味なアクセスも、ブログ側ではちゃんとアクセス数として勘定されて、実にアホらしい最先端技術である。「かわいい 字体」でやってくる人、もういらん。検索結果、下げられるものなら下げたい。

辞書を開いた時に周辺の無関係な項目を見るのと同じと言えなくもないけど、で、それが新たな思いつきにつながるなんてことがないわけでもなかったりするけど、検索サイト側ではおそらくそういう非効率はめざしてもいないし、むしろ排除したいであろう。がんばれ、ヤフー。

ぼくはいわゆるポータルサイトって言うの?、ホームページって言うの?、を「検索デスク」というやつにしてある。これ便利。有名なのかもしれないけど、まだパソコンを始めたばっかりの時に、どんな検索サイトがいいのかと「メタ 検索」で検索したら、この便利そうなサイトに出会ったんで、その利用はぼくのパソコン人生とほぼ重なる。で、普通の検索はほとんどグーグルしか使わない。一、二年前からツールバーも仕込んで、おっと、気づくとすっかりグーグラーである。

このブログの「アクセス解析」というのは、検索ワード以外にもいろんなことがわかって、このブログを見にきた人の端末の種類もわかる。それを見ると、ウインドウズビスタっちゅうのが、ドッグイヤー的に言うともう十数年ぐらい前に発売されたにもかかわらず、マックや五十年ぐらい前の型のウインドウズ2000とさして変わらず、一割程度。六割方がいまだに三十年ほど前の型のウインドウズXPである。

最新機種、最新機能といっても、この業界では作り手と使い手、使い手の中でも仕事的に使う人と一般の使い手との温度差が激しすぎで、ぼくにはもうよくわかりましぇん。

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2009年2月15日 (日)

浅間山プチ噴火

Top_blue_2 浅間山がプチ噴火だそうである。

ぼくは時々思うのだけど、この国が生まれ変わるとするなら、もう関東大震災とかで東京が壊滅した時にようやく目が覚めるのかもしれんなあ、と思うのである。「必ず」目覚める、ではないですよ、「かもしれん」ですよ。ぼくたちは、神戸の一つや二つが潰れても何も変わらなかった現実を目にしているのだから、必ず目が覚めるなんて言えませんものね。

東海大地震で、断層が直下にある静岡の浜岡原発が爆発したとすると、急性死が静岡県内で五万人、放射能たっぷりの煙が東京に向かえば、後々のガンも含めて最悪百何十万人の死者だとかという推計がある。風向きが愛知県側だと死者百万人だったかだけど、それではいかん。ちゃんと西風が吹いてもらわねば。まあ、どっち向きの風でも、地震で道が壊れてしまえば数万人の地元民は逃げ出すこともできず、救援隊も放射能防護服もないままでは救済に向かえないので、当然棄民だそうな・・・。

なんてことが万が一にも起こり得るのに、それでも原発って必要なの?

明治以降の「現代」は、めでたくポスト近代が訪れた将来からすれば、「東京時代」といわれるはずである。現在でも「東京中心主義」という言葉でちびちびと東京批判はなされているけれども、東京のあり方そのものが将来的に否定されることは必定である。

東京壊滅の可能性は関東大震災だけでなく、浅間山や富士山の大噴火でバリバリ全開に噴煙が降り注いで首都機能停止、なんてのもあり。そういえば何年か前、「富士山がそう遠くない将来噴火するかも」なんてのを聞いた。その情報はいまだに生きているのか知らんけど、富士山の噴火が生きている間に見られるのかもと思うと、ちょっとワクワクする。フージハ、ニーッポン・イ・チ・ノーヤマー。

大震災も大噴火ももちろん十分にありうる話で、というか、いつ来ても意外ではない。避難所で「チョーいが~い」とか言うなよ。

それよりもなによりも、前回の浅間山大噴火は江戸時代の1783年。それ以降しばらく噴煙による冷害で「天明の大飢饉」が続き、寛政の改革につながる。噴煙は関東や日本だけにとどまらず、世界的にも冷害を引き起こして、フランスでは飢饉によって民衆の不満が高まり、フランス革命が起きている。すごいぜ、世界史を作った浅間山。

と、そんなことをプチ思い出させてくれましたよ、浅間山プチ噴火。 

自然災害という最強の外圧でしか変わらへんのかなあと思うと悲しいけど、でもなんか他に手はあるのでしょうか。誰かぼくに慰めの言葉をかけてください。

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2009年2月 5日 (木)

民間の会社

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前回の更新日は設定のうっかりミスで一度に二本の記事を掲載してしまった。内一本はいわゆる暇ネタで、特段の時事を受けずに書いてあるのをネタ切れの時にエイヤッと出すために用意してあったもの。メンドーなんでそのままにしときますが、最近はなんかブログを書くのもメンドーになってきて、以前なら常に三本ばかり書きためてあったものの、つまりひと月ばかりの余裕があったものの、今は暇ネタ一本を出してしまったばっかりに余裕なしなあんばい。というわけで、今回はピャッと書いてピャッと出す。

 

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ちょっと前までは、口を開けば「規制緩和」「小さな政府」とバカの一つ覚えのように言っている人間を見かけたものだけど、「百年に一度の経済危機」以来ちょっとは憚る気になったのか、この言葉も以前ほど耳にすることはなくなってきた。

それに代わるかのように耳にするようになったのが、「民間の会社だったら云々」という言い回し。

まあ、概してこの手の言葉を得々とした面持ちで吐く人間というのは、どうしたわけか右派系、新自由主義系、国家主義系といった日の丸を振っているのが似合いそうな人たちと相場が決まっているみたい。国家権力まで使ってよっぽど「自由に」商売したいんだろうかねえ。

「税金の無駄遣いをやめろ」などと一見もっともなことを言うのに、その比較対象で持ち出してくるのが「民間の会社だったら」という。赤字でもやってもらわなくては困る病院や交通機関、教育にさえも民間の理屈を持ち込んでどうするんだろう。まったくもって国を滅ぼす気か。

「議会の議員数を削減しろ」「公務員を減らせ」というのもセットになることが多いけど、日本だけ議員数が特段多いというわけでもないし、公務員が全然足りてない分野はいくつもある。民間の会社を持ち出すまでもなく、無駄なものは無駄なわけで、民間の会社を引き合いに出してくる気が知れない。

「民間」で宗教をやっている寺の人間として言わせてもらうなら、民間における寺離れ、宗教離れはひどいもんだ。経営学の人の話では、何十年か後、寺の生き残りは土地を持っているかどうかだけだと言われている。今後も仏教が滅びることはないけれど、この先お寺はどうなるかわからない。かくも民間では宗教に厳しい昨今、「民間、民間」とうるさく言うなら、まずは天皇制を民営化したらよろしい。けど、この本当の税金の無駄使いに、日の丸人たちは一切手をつける気配なし。

それはそれとしても、「バカな有権者の皆さまにわかりやすく民間の会社と比較させていただく」というつもりなんだろうけど、そして実際それをわかりやすいと思う人も少なくないから、こんなアホな言い回しをくり返し耳にするんだろう。三秒考えれば無茶な比較であることがわかるであろう、こんな底の浅い話につき合ってくれる人たちがいてくれて、世の為政者は本当に助かっていることだろうと思いますよ。

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2009年1月25日 (日)

苦からの解放へ

Top_redかつて、普段の暮らしで使われていた井戸やかまどは、時代とともにほぼ過去の遺物となった。それに替わって、水道やガス、電気が普及した。いわゆる「ライフライン」というやつである。

しかし、いったん災害が起きると「ライフライン」は一気に破綻する。災害復旧はけが人の手当てとともに、「ライフライン」の復旧がまず急がれることになる。この「ライフライン」も、普段から井戸や薪、炭を使った生活だったなら、たいしたダメージを受けることも少ない。この点に関しては、今の「ライフライン」は非常にもろいものだ。普段の暮らしなら水道やガスのほうが、井戸やかまどよりも圧倒的に便利だが、いったん急があるとまったく使えないものになる。こうした「ライフライン」のありようは、非日常を忘れた日常のもろさを見事に表現している。

「規制緩和」だとかで、あちこちで大型小売店が作られている。スーパーどころではない、メガ、ギガなストアだらけである。そこには確かになんでも揃っている。しかし、車がなくては、そこになかなかたどり着くことができない。

大型小売店の建設は、爆弾が落とされたかのように地元の商店街や小売店を直撃し、その周囲の生活は一変する。車を使える家庭以外はどこにも買い物へいけなくなる。車を使えない老人家庭は生活が破綻する。たとえたどり着いても店内が広すぎて、年寄りの日々のちょっとした買い物にはまったく不向きだ。大型小売店はまさに、「老い」を忘れ、年寄りを隅に追いやっている現代社会のありようそのものである。

決して豊かとはいえない収入の人たちが買い物を安く上げようと行くのは、地元の商店ではなく、労働賃金の安い周辺国から資本が買い叩いてきた商品を並べている百円ショップである。貧乏人の財布から出ていった金は資本に吸い取られ、地元でなかなか金が回らない。

生には老、病、死が含まれている。仏教では生も含めて、生老病死を「四苦」ととらえるが、今の社会のありようは、生の「つらくない部分だけ」を都合よく取り出して、そこを中心にして成り立っている。老病死を隅に追いやるだけでなく、生のつらい部分さえも都合よく忘れ去って生きようとしている。生活の中から死が遠ざかったと言われるようになって久しいけれども、実際は、死ばかりではなく、老も病も「つらい生」も遠ざけようと躍起だ。

弱者を切り捨ててようやく成り立つ社会が、はたして幸せなのか。無駄を切り捨てて効率的に生きるだけの社会に、幸せは成り立つのか。いつ病むかわからず、いずれ老い、いずれ死ぬ存在だということを忘れた生きかたのその先に、はたして幸せが待っているとでもいうんだろうか。

人は有限な存在だということを忘れて、どうやって無限の生命とつながることができるというんだろうか。死という決定的な非合理を含んだ生を生きる人間にとって、部分的な合理性しか通用しない社会が、ほんとうの意味で合理的な社会といえるだろうか。

目指すべきものは非日常を内に含んだ日常、非合理を内に含んだ合理、有限を内に含んだ無限だろう。「障害」をその人の個性として生きられるような社会だろう。

ところが、現下に広がりつつある社会は、「負けを内に含む勝ち」という上からの恩恵的社会(これが再チャレンジ可能ということだろう)ですらない、素っ裸の競争社会だ。いつになったら、弱者を弱者のままに放置し続ける社会から決別できるのか。

生老病死を疎外したいびつな生。この愚かさを自覚する機会なぞいくらでもある社会なのに、その愚かさを自覚することなく邁進する社会。見事に疎外意識が疎外されっぱなしの社会。

自らの愚かさの自覚をうながし、愚者をそのままの姿で救う浄土教。自分を疎外する社会を自らの手で作り出す社会のありようを解剖し、疎外克服を「その社会の中」から目指すマルクス主義。浄土教徒として言うならば、愚者の自覚の深浅にかかわらず愚者をすくいとる阿弥陀の本願を信じて云々、と言うべきだろう。マルクス主義者として言うならば、階級意識のあるなしにかかわらず疎外された人間をすくいとるような社会変革を目指して云々、と言うべきだろう。

宗教者は、哲学、ましてやマルクス主義なんぞは世界観がなくていただけない、と言う。しかしそんな人は、もう少しマルクス主義を勉強して誤解を解いたほうがいい。マルクス主義は「哲学」といえども、「必然的に実践を要求する哲学」と自己規定していることの意味を考えるべきだ。マルクス主義者から見れば、宗教なんて時代に置いていかれた過去の遺物扱いだろう。しかしそれは、宗教と社会科学との間に、まったく無駄としか言いようのない壁を勝手に作っているだけのことであって、それは知性の退行でしかないと了解すべきだ。人民を指導する役割が前衛党の特権だと考えるのは思い上がりもはなはだしい。

経済とは「経世済民」、すなわち世を経て民を救う。人間疎外を告発した若きマルクスが経済学へと向かったのは、産業社会において必然だった。

宗教と社会科学は苦を解放するための両輪だ。社会科学を無視ないし軽視する宗教に現代的意味はない。

また、科学が「人間の幸福」を目的に持たないなら、人は科学に裏切られ続けるだろう。

 

万民の苦からの解放を求めるぼくにとって、浄土教とマルクス主義と、その両者の間にはほとんど距離がない。

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行間ツメツメ

Top_yellow パソコンでいろんなサイトを見ていて思うのは、その行間の狭さだ。本格的なサイトはいざ知らず、一般的なブログはほとんどそう。本の場合だと行間は一行分ぐらいあるものだけど、パソコンだとぎっしり詰まって次の行へ移る。読みにくい。長い文だとなおさら読みにくい。

パソコンでEメールを始めた時、改行して一文字分落とすそれまでの段落替えと違って、一行空けの段落替えに違和感があった。今ではすっかり慣れたけど、そういう「ルール」もネットでの行間ツメツメの表示が影響している気がする。

一段落に一文、二文程度が続く文章はなにか「重さ」がない。むろん「軽さ」を狙って書かれた文章ならば問題ないんだけど、軽い内容でない文章でも、行間ツメツメの読みにくさを嫌って改行せざるを得ない。行間ツメツメを無視して意味内容にしたがって改行を少なく書けば、どんどんと読みにくくなる。

ぼくは、内容にもよるけど、ほっとくと一段落の中に結構文を詰め込む。ぼくに限らず、ちょっと長めの文章では、ざっと五~十文程度でひとつの段落を構成するものだろう。段落替えというのももちろん意味あってのことで、そこで文章や意味の流れを切るためにやるものなわけだけど、ところが、ブログやメールなんかだと意味の流れというよりは、「見た感じの読みやすさ」優先で、一文か二文、三文書いて段落替えなんてのが普通になってくる。

どころか、「いかにもこれブログです」風情な若人のサイトでは、

こんな感じでぇ

なーんか

一言ごとに

改行~ぉしよおよぉ!!!

 

みたいな

みたいなあ~~~~

 

句読点も

ナシッ!scissors

 

みたいな~~~~~~~~!!!

 

キャ~ッ\( ̄▽ ̄)/ 

なんてえのを見かけるが、ここまでくると意味や流れの区切れというより、完全に見た目優先の段落替え、というより改行である。もちろんこれはこれでネットならではの新しい表現だけど、これとおんなじことを書籍でやられたら、こざっぱりしすぎで、金払って本買って半ば騙されたわ感を味わってしまうことになるだろうと思う。

詩というのは、意味内容だけでなく見た感じも重要だ(ろう)から、詩集はこれまでもこんな感じの改行であった。まあ、ぼくは詩というものにほとんど面白さを感じたことがないからどうでもいい話なんだけど、そういう世界に最新のブログでの表現形態が近いというのも、ぼくとしてはなんか感慨深い。 詩ってはっきり物言わんしなあ。書いている本人はそれが美しいと思っているんだろうけど、そういうのって「言語明瞭意味不明」の世界に通じているような。詩に書かれた「言葉の美しさ」をほとんど共有できないぼくには、「勝手にやっとけば」の世界である。

話がそれた。

記事本文はせっかく見た目読みやすくなっているのに、「コメント」欄が改行なしでぎゅうぎゅう詰めの文章になっているのを見かけると、なんか人の家に土足で上がってきたような違和感があったりして、ふむふむである。そもそもが、ネットの行間の初期設定がもう少し広くなっていればよろしいだけなんだけど。

そういえば、ここ最近本を読んでいてちらほらと見かけるようになったものに、「一文一段落」という、過ぎたるは及ばざるが如し、段落の意味をほぼ無効化した文章がある。

以前そのスタイルで書かれた「文章読本」を見つけた。「この人、段落の意味も知らんと文章読本を書いたのか。編集者も出版社もぬるくなったんだなあ。記念に買っとこ」と、思わず購入してしまった。内容も、文章を書くにあたっての留意すべき事柄がズラーーーッと並べてあって、いい文章を書くには何が大切なのかが実にわかりにくい。「これも大切、あれも大切」と大切だらけで、結局のところ、筆者の思いが読者に届かない悪文のいい例の実に役に立たない代物であった。ある意味稀有な文章読本。

それはさておき、今日の愚痴も、さっき言ったように、ネットの初期設定が一般書籍ぐらいにもう少し行間を広くしてあれば丸く収まることなんだけど、 そういう慣習にIT業界が気を遣うとはとても思えない。行間を「無駄な空白」ぐらいにしか思ってないんだろう。ここ何年かパソコンをいじってきて、そういうことをこの業界に期待するのはあまり意味のないことだとわかってきた。

なんか上手いことをすれば、このブログでも行間をもう少し空けることができるんだろうけど、ぼくにはどこをどうしたらいいのかよくわからん。よくわかる気もしない。そんなことにおつき合いする気はない。ぼくも適当に現状に合わせて、短めの一段落と一行空けの段落替えとを励行するぐらいでよろしいかと思う(励行であって「実行」じゃないの)。

「デジタルデバイド」という言葉を最近はあまり聞かなくなった。書籍では当たり前の「適切な行間」で書かれていればたやすく読める一段落が長い文章でも、ネットになると実に読みにくい。そういった古いタイプの、というより標準の文章が読みにくいというのは、これもある意味「デジタルデバイド」だろうと思う。こういう読みにくさが嫌で、しかも、どこかをどうかして適切な行間にできない人たちは、多分こちらの世界にあまり関与したくないはずだ。段落の長い過去の文章を改めてアップしても、行間ツメツメネットスタイルでは読みにくくてしかたがない。

歴史をないがしろにする新しさは、はかなくてもろい。ネットは新しいがゆえに可能性が広く見えるけど、どうなんでしょう、ネットははかなくてもろいんでしょうか、歴史を大切にしていくんでしょうか。

話がにわかにでかくなっちゃったね。

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2009年1月15日 (木)

働き者の人たち

Top_blueぼくは正月に出歩くことがあんまりないんだけど、今年は三日に名駅に寄った時デパートに行った。そんな時期にデパートへ行ったのは初めてだったんだけど、あまりの人出にびっくりした。そういえば、二日にも風邪で寝込んでいた母の食事を買いにショッピングセンターに行ったんだった。その時も、年末よりむしろ人出が多くてびっくらこいた。

だいぶと前から正月から開いている店が増えたと思っていたけど、こんなに客が来ていたのか。なんか今年は不況のあおりとかで、例年に比べて百貨店は売り上げが一割ぐらい落ち込んだそうだけど、それにしてもたくさんいたなあ。

一昔前までは、正月に開いているのは、正月ならではの縁起物関係の店やスキマ産業的にやっているところぐらいなもので、どこも休みと相場が決まっていた。正月に備えて年末の買い物はいつもより多めに買いこむために、店の「年末セール」も年末セールとしての意味があったんだけど、正月から開いているようになってからの年末セールは「売らんかな」のための売り言葉でしかなくなった。

店で働いている人にも「正月」はあるわけで、それを潰させてまで金儲けをしようというのはいかにも伝統の破壊だろう。そういった店で働く人たちの正月は、朝お雑煮を食べること以外普通の日と変わらない。

大店法の規制がはずれたついでにいろんなタガが緩んで以来そういう時期にも営業しやすくなったのは、資本主義による伝統的生活の破壊行為ということだ、ありていに言ってしまえば。外国ではどういう風なのか知らないけど、日本ではこうした時に「伝統」による抵抗力はほとんど機能しない。左翼民族主義者としてぼくは情けなく思う。

確かにこんな国には日の丸がよく似合う。「愛国心」も強制しなきゃ生まれるわけない。ある意味首尾一貫。

とか言いつつ、いっとき書いていた年賀状をやめてしまったぼくが言うのもナニですかな。ぼく自身の「あるべき年末年始の姿」といっても、実際は十歳ぐらいまでに作り上げられもののような気がする。年末におばあちゃんの家に親戚が集まって餅つきをしたりとかいった「正しい年末」も、中学生の時におばあちゃんが死んだ頃までのことだ。街なかを通っておばあちゃんちに行く時、正月休みのデパートを横目で見ながら、母が「松坂屋は他のデパートより正月休みが長い。それが松坂屋が一番ということの証し」なんて言っていたのもそんな頃のこと。そう考えると、「伝統」の意識形成なんてのは子どもの頃の十年ぐらいで出来上がってしまうということなんだろうかね。

それはそれとして、中小は大きいところに引っぱられざるを得ないわけで、住宅地にあるような店は措くとしても、都心部では小さい店も開いているところがぐっと増えた。一月の売り上げの内、正月休みの時期の売り上げがそんなに言うほどのものでないのだったら、働く人たちからの文句でやめる方向に話も進めやすいだろうけど、あれだけ人出があればそれなりに売り上げがあるだろうから、経営側としてはもうやめるにやめられないだろう。

大手の商い人たちはそうと知ってか知らずか、禁じ手に手を出してしまったんだなと思う。麻薬中毒患者みたいなものだ。

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2008年12月25日 (木)

まだ言うか

Top_blue連日不況のニュースである。寒い空の下へ無職者が放り出されている。なのに、この期に及んで、「自己責任」を言う人がまだいたりして、なんとも、一層暗い気分にさせてくれる。「効率」「能力」とかその手の価値観は、部分的な幸せを生むことはあっても、社会全体の幸せには程遠いということをわからない人が、まだ少なくないと見える。

社会の仕組みというものは、誰かが不幸せにならないようにすることが肝だ。たとえその誰かが「無能」であろうとも、その人を不幸のままに放置してはいけない。人が困った局面に突き当たったら、社会全体で手助けをするのは当然のこと。失業や病気の原因に、たとえその人の「能力の低さ」があるとしてもだ。そういった人も含めての「世の中」だということに目をつぶっていても、しかたがない。ましてや、今の状況の原因の多くは「その人のせい」というよりは、「世の中のせい」が担っている。

たったこれだけのことを言うだけで、「行き過ぎた平等」「そんなの社会主義だ」などと言い出す人がいる。社会主義がなにかもよく知らずそんな言葉を吐く人には、かつての「行き過ぎた平等」の時代のほうが、今よりずっと、日本の経済力が強かったことを思い出すことはできないのだろう。利他の精神がないか、都合のいい記憶力の持ち主か。「疎外意識の疎外」というのは、問題の原因じゃなくて結果なんだなあ、やっぱり。

自己責任という言葉を聞くたびに、人は他人のことをどこまで思いやれるのか、人は利他の精神にどこまで耐えられるのかと思う。他がなければ己が生きていくことなどできない社会的存在の人間が他人を忘れた時、そこに自分を含めた社会全体の不幸が訪れる。「わが身の不幸」を戦争で一気に解決する道を政治が提示したなら、喜んでそこに乗っかる人たちが大勢出てくることも、このまま行けばそう遠い話ではない。

ハケンギリ。これはもうしかたないことでしょう。だって、今まさにこの不況のために、コヨウチョウセイのために、ハケンロウドウをここまで拡大してきたのだから。今切らずしていつ切るか。

こんなことを許す法律を作った議員を選んできたのは、まがうかたない、ぼくたち有権者である。こうなるのは十年も前からわかりきっていたこと。それを放っておいただけのこと。それが今火を噴いているだけのこと。

「新自由主義」などという裸の資本主義は、金のためなら、これこうして寒空の下といえども人を放り出す。わが身の目先の生活のために、人を不幸にし、その人生に「自己責任」という言葉を吐きつける。

仕事も家も失い、「神も仏もあったもんか」とつぶやきながら、年の瀬も正月もなく過ごす人たちは多いことだろう。そんな人たちを生み出しているのは、彼らの「無能」ではない、ぼくたちの無知と無関心だ。こんな国には日の丸が実によく似合う。

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利他の精神とつながる政治をいつまでたっても作り上げられないのはぼくたちであり、それは同時にぼくたち全体の不幸でもある。

さびしい話だ。

 

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次回の記事の予定は1月15日。

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2008年12月15日 (月)

ひとごと

Top_blue「ひとごと」という言葉、文字表記でよく見かけるのは「他人事」。「人」にはそもそも「他人」という意味も含まれているから、あえて「他人」にすることもないけど、素直に書いた「人事」では「じんじ」と同じになる。それを避けるためのまあこれはひとつの工夫ですね。

この表記に引きずられて、最近「たにんごと」と言う人が増えてきた。この「たにんごと」というのはかなりの人が口にするけど、この言葉が辞書に載るようになったのは最近になってのことだと思う。よく知らねえけど。

「他人事」のノリで、「よそ」を「他所」と書くと、麻生総理でなくても読めない人は少なくないと思う。なんせ漢字はハンザツだしね。よく知らねえけど。

「ひとつき」「ふたつき」を書くときにもちょっと悩む。「一月」「二月」では「いちがつ」「にがつ」と同じ。ぼくは「ひと月」「ふた月」と書くようにしている。

この原則でいくと「みつき」は「み月」だけど、「み月」はちょっと変だなあ。「三月」では「さんがつ」だし、「三ヶ月」に書き換えるかあ。けど、じゃあ「十月十日=とつきとおか」はどないする? 「おなかの中に赤ちゃんがいるのは十ヶ月と十日間」とか書くと、味気ないぞ。

「ひとり」「ふたり」を、算用数字を使って「1人」「2人」と書くのを見かけることがあるけど、これは時にとても違和感があることがある。「10人10色」「10年1日」などと書けば、これはもうすでに新たな文学表現である。

ムツカシイなあ。ムヅカシイ、ムズカシイ。特に和語が絡むと、聞く分には全然おかしくないのに、文字表記になるとややこしくなることが少なくない。

ぼくも「たにんごと」という言葉はすっかり聞き慣れてしまったけど、「他人」の意味で使う「ひと」にことごとく「他人」の字を当てるのには、ちょっと抵抗がある。「他人」と書いて「ひと」と読ませるのは、そもそも無理があろう。それよりも「人」には「他人」の意味があることをよく踏まえて、フシュウしていくべきだろうと思う。ちゃうちゃう、トウシュウ、トウシュウ。あれれ、言葉選び合っとる???

ということで、ぼくは「ひとごと」を書くとき、「人ごと」と書くことにしている。ような気がする。「ひと事」では、「ひと=一」と一瞬「一事」と混乱して、読むのがつっかえる。ような気がする。「人ごと」と「他人事」ではえらい遠く離れた表記だけど、同じ言葉なのですね。ムヅカシイ、ムズカシイ。

言葉は生きていますね。よく知らねえけど。

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2008年12月 5日 (金)

パイプをプカプカ

Top_yellow最近またパイプに凝っている。

最初、パイプを始めたのは学生の時。部屋で横になって、くわえたばこでテレビを観ていると、いちいち灰を落とすのがめんどくさい。なんか灰の出ないたばこはないもんやろか。そうそう、パイプは灰を落とす必要ないがね、と気づいたわけである。ぼくが新しいことを始める動機は、いつも大体こんな感じである。

早速コーンパイプを買ってきて吸ってみると、なかなか具合がよろしい。灰を押さえるタンパーは、鉛筆のお尻に画鋲を刺して代用して、うん、いかにもぐうたら貧乏学生っぽくて調和的である。

十年ぐらい前には、キセルにも凝ったりした。その頃は紙巻きたばこをほとんど吸わず、キセルばかりだったんだけど、人前で吸っていると、一服するたびにいちいち「めずらしいですねえ」なんて会話になって、一服して休もうっちゅうのにかえって気疲れするんで、外で吸うのはやめてしまった。

パイプは、ちょっと一服というよりもゆっくり時間をかけて吸うんで、外で吸うことはほとんどない。それに、灰を落とさなくてもいい代わりに、キセルと同様、吸うのにちょっとした手間とコツがいるから、少しめんどくさい。それが道具を使った喫煙の楽しみといえば楽しみなんだけど、普段使いになるほどの「パイプ党」というわけでは全然ない。

普段は紙巻きを吸っているけれども、時々気が向くとパイプを吸っている程度のことで、今回もふと思い出して、キセルやらパイプやらたばこグッズが入っている手作り火鉢の引き出しから引っ張り出してきて、プカプカやっているわけである。最初のコーンパイプはデタラメな扱いですぐにだめになってしまって、今は、兄のヨーロッパ旅行のお土産と、同居人にナントカプレゼントでもらった二つを愛用している。

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パイプは紙巻きよりも香りが豊かで、ちょっと高級品っぽい。葉っぱにお酒やバニラなんかで香りづけをしてあるタイプが多くて、ふわっと甘い匂いが広がる。でもぼくにはちょっと甘さがきつい。なるべくそういうのでないのがいいんだけど、たくさん銘柄があって、店に行っても何がなんやらようわからん。素直に店の人に聞けばいいんだろうけど、次に買いに来たときにアーダコーダと話が弾むのもめんどくさいんで、適当にエイヤッと買うと、まあ大概甘い。

ところがいまやネットの時代。調べてみると、パイプ好きの人たちが好き勝手に品評会をしてくれているし、こだわりのたばこ屋さんも味の簡単な紹介をしてくれている。すると、どうやら甘い香りづけをしてあるのはアメリカタイプだそうで、あまり香りづけをしてないのがイギリスタイプで、その中間がヨーロッパタイプなんだそうな。って、こんなことは前に読んだ本にも書いてあったっけかな。

というわけで、イギリスタイプのを買ってきた。その名もダンヒルのなんとかの945。そちらの世界では定番物らしい。

すぱーっ。ぷかーっ。

ふふーん、あるがね、あるがね、こういう素直なたばこの味。あと、ヨーロッパタイプのマック・バレンのヴァージニアNo1。これはヴァージニア葉のストレートな味わいが売りなんだとか。何がどうだとどうなのかよく知らないけど、これもぼく好みの味わい。いわゆる香りづけのやつならキャプテン・ブラックっちゅうのがよろしい。これはアメリカタイプなんだそうだが、葉っぱのしっとり感がいかにもパイプっぽくてよろしいじゃないですか。

キセルはほんの一服、ニ服という感じで、時間の区切りに実に具合がよろしい。一方、パイプは時間をかけて楽しむ。パイプのボウルがほんのりあったかくなるぐらいで吸っていると、一時間ぐらいは経っている。どっかのサイトにうまいこと書いてあったけど、「火を消してしまわない程度にゆっくりとふかす」のがコツ。すると、たばこ本来の香りが口の中に広がっておいしい。

火が消えないようにせかせか急いで吸うと、煙が辛くなるわ、舌を傷めるわで、これは大変によろしくない。火を消さないように吸うのが結構難しくて、何度も火をつけ直し、つけ直ししながら吸うのが、まあ普通でしょう。いつも一時間かけなければいけないこともないわけで、放っておいて立ち消えたものにまた火をつければいいだけのこと。それで特段味が落ちるわけでない。

ぼくはいまだに上手に吸いこなせていないけれど、こういうのを覚えていく過程全体が、いかにもおっとなーな感じでよろしい。これまたどこかの本に書いてあったけど、「パイプは小さな焚き火」。空気の流れを考えながら火をうまいこと操るのは、確かに焚き火とおんなじ。焚き火が上手な人って、大人だとぼく思います。

そういえば大学の時に哲学講読で、パイプをふかしながらマックス・シェーラーの講義をする先生がおったなあ。思い返せば、当時すでに教室内は「禁煙」だったはずだけど、とやかく言う野暮天はいなかったですなあ。あの先生もいまや大学から放逐されてしまったんだろうかなあ。だとするなら残念だなあ、とっても。

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パイプたばこは高級品というイメージがあるけど、勘定してみるとそんなに高くない。たばこ葉一パック九百円ぐらいが標準的な値段で、ざっと紙巻きの三箱分(ダンヒルのナントカ945はちょっと高くて千三百円)。セブンスター(三百円)を一日二箱ぐらいのぼくが、もしパイプだけを吸うとして、一パックで多分三日ぐらいもつ。実際にはセブンスターを一日に一箱、パイプが一週間で一パックぐらいのペース。イメージと違って、パイプはかなりのお値打ちなのがわかっていただけたでしょうか。

最近はたばこが高くなってきて、ちょっとお小遣いがもったいないかなあ、なんて思うんなら、ちょっとパイプを吸ってみてはいかがでしょう。初期投資も数千円のパイプと数百円のタンパーぐらいのもの。コーンパイプならもっと安い。鉛筆のお尻に画鋲を刺せばさらに安い(が、貧乏くさい)。

パイプたばこには紙巻きよりもいろんな味があって、いつもと違った時間を楽しめる。しかもお値打ち。ほっておく手はない。普段紙巻きはやらなくても、パイプを時々吸うという人もいるみたい。たばこを吸っても怒られない大人にせっかくなったんなら、ちょっと手を伸ばして、パイプをたしなんでみるのもよろしいんじゃないでしょうか。

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2008年11月25日 (火)

主張する腰かばん

Top_yellow_2 ぼくはよく繕い物をする。服や身につけるものが破れてきたり擦り切れてきたりすると、当て布をしては、よいしょよいしょとぬいぬいしている。

繕い物だけじゃなく、丈を詰めたり、小物ぐらいなら作ったりもする。縫い物ばかりじゃなくて、電気工作や木工もしたりする。キーホルダーの金具の数が少ないんで、真鍮棒から削り出して増やしたり。

選んで身につければ、頭の先からつま先まで、ぼくの手が入っていない物がないなんてことも可能。暇と言わば言え。不器用だけど、物を作ることが嫌いじゃないだけである。

ぼくは中学、高校は地元で有名な進学校に行っていて、今だと教育委員会にバレるといけないことなんだろうけど、当時は技術家庭の授業は教科書だけもらって、こっそり他の主要教科に当てられていたりしたんで、家庭科は考えてみれば小学校で学んだだけ。半田ごても公立だと授業でやったりしたそうだけど、ぼくは適当に自分で身につけただけだなあ。砥石の使い方も誰から教わったわけでなく、本やら経験やらなんやらかんやらで身につけたし、ギターも結局独学だしなあ。偉いなあ、おれ。

それはそれとして、その小学校の家庭科の教材で使った裁縫道具の中で、赤い糸がずっとぼくの裁縫箱に残っていたんだけど、先日それをようやく使い切った。三十年越し。

腰かばん──ウエストポーチと人は言う。いにしえには腰巾着──をいつの頃からか愛用するようになって、いくつか使いまわしているんだけど、その内のひとつはジーパン生地のやつ。一応リーバイス製である。アメリカである。ぼくは一時ジーパンはリーバイスしか履かず、ヘインズの白のTシャツを着てボーン・イン・ザ・USAのアメリカ人気取りだったことがある。アメリカに魂を売った少年A。

それはそれとして、その腰かばんはリーバイス製ということで、なんて言うのあれ、ジーパンの腰の後ろにある皮のマーク、それがついている。それがもうどえらい擦り切れてしまって、皮もポロポロになって、ついに取れてしまった。皮マークの下は紺色が濃く残っていて、そのままではかっこ悪い。

ということで、それに代わる物をつけることにした。

最近はシャツでもなんでも、ズボンから出して着る若者が増えた。ああいうのは、ぼくが学生時代はいい加減な人がするカッコウで、早い話がだらしない。で、ぼくはそういう系の人間だったんで、「ほうほう、ようやく時代が俺に追いついてきたか」てなものだけど、ボタンのシャツというのは、ちゃんとズボンにしまって着るように出来ているもんだから、丈の下はちょっと丸くして長めに作ってある。あれをそのまま外に出して着るのは、さすがにだらしない。シャキンと直線になっているやつなら、外に出して着る用ということで、よろしい。だらしないおじさんとて所詮おじさんなので、丸く仕上げてあるのまで、今様の若者のように表に出して着るのには抵抗がある。

ということで、シャツの丈を何枚か直線に詰めた。その切れ端は、ジーパンの穴あき補修の当て布などに使うと非常に具合がいいので、布切れ箱に取ってある。

この前もそんな布切れをペタペタ縫い付けたジーパンを履いて、今時若者洋品店に行ったら、ハタチそこそこの店のニイチャンから、「それはどこで売っていたんですか?」と興味津々に聞かれた。「貧乏だし、破れたところを当て布しとるだけだよ。貧乏だし」。買い物に来ただけなのに、時代がおれを追っかけてきて、まったくウザいぜ。

なかなか今日の主題にたどり着かないけど、もうちょっと我慢しておくれ。

で、そうした中から赤い切れ端と白い布で日の丸を作って、皮マークのところに縫い付けることにした。ああ、ぼくってアメリカに魂を売ったようでいて、やっぱり日本人なんだなあ。

手作りなんで、既製品のようにきれいに直線や円が出せるわけではないけど、そこはそれ、手作りの味わいである。ふた昔ぐらい前までなら、そういうおかあちゃんの手作り物というのは貧乏くさくて子どもが嫌がるものであったけれども、物は言いようである。今でも子どもは嫌かもしれないけど、「手作りの味わい」が受け入れられるようになったのは、なによりかにより、かえって時代が豊かになったればこそだよなあ、と思うよね。

それはそれとして、三十年越しの赤い糸を使い切ることになりながら、一生懸命ぬいぬいして日の丸を作って、腰かばんに縫い付けた。

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♪赤地に白く~。

デザインがちょっと違うかもね。そうですね、今の日本、ひっくり返したいぐらいに腐った国ですもんね。新国旗の提案。

「国旗はやっぱりいるよねえ」という俗情に抗し切れない左翼の人よ。国民の皆さまにこの旗の下に集まってもらうようにしたらどうでしょう?

右翼の人よ。標的はぼくの腰の辺りですよ。

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2008年11月15日 (土)

寄らばとか、長い物にはとか

Top_blueアメリカの次期大統領に小浜さんが、ちゃうちゃう、オバマさんが決まった。

これまでの一連の大統領選報道を見ていて、選挙権も持ってないのに、よくもまあこんなにはしゃげるもんだねと思う。日本では特別永住者、いわゆる在日が地方参政権さえ持ってないことを、こういうことと絡めて思い出すことなんて、な~んもないんだろうねえ。

十年ぐらい前だったか、アフリカの国際大会が日本で開かれて、その時ある国の活動家がこんな演説をしていた。

「私たちはアメリカの大統領を決めることができない。しかし、彼らが決めたドルの力によって、私たちの日々の生活は左右される。私たちが決めることのできない大国の為政者によって私たちの生活は決められてしまう。その国で参政権を持つ人たちよ、私たちの暮らしを少しでも思い出して、その選挙権を無駄にすることなく、せめて賢明な選択をしてください」

経済や政治が国境を越え、国籍にも関係なく人々の生活に直結する時代、大国アメリカの指導者が決まることは、確かに国際ニュースに違いない。しかし、以前、大田昌秀前沖縄知事が米軍問題について、日本政府の頭を越えてアメリカ政府に直接文句を言いに行った。そんな現実の中で一連の報道を見ていると、このはしゃぎっぷりは宗主国アメリカへの属国日本の関心なんだろうと思えてくる。

先日、若き自衛隊の精鋭部隊の訓練員たちが山中での過酷な訓練を終えて、駐屯地で先輩たちに迎えられ、涙ながらに、「これからもこの国を守るために、この身を…、ううっ」とやっているのをテレビでやっていた。ある種の「完成品」たる彼らに、今さら、「自衛隊は違憲だろう」なんて野暮なことは言わない。だけど、彼らにぜひとも忘れないでいただきたいことがある。それは、「あなたのホントの司令官は、あなたの上官ではなくて、その上の上官でもなくて、防衛大臣でも首相でもなく、もちろん天皇でもなく、ましてや国民でもない、それはアメリカなんだ」ということ。訓練指導員はこんな大事なことをきっと教えていないはず。死にそうになりながら身につけた彼らの「愛国心」が、こんな属国政治の下でどうしたら真っ当に達成されるのか、はなはだ疑問に思う。

福井県の小浜市。「オバマ大統領を名誉市民に!」とかやって、町おこしかなんか知らんが、ああいうのを見ると、「いなかもん」という言葉がどうしても頭から離れない。「田吾作政治」という言葉も浮かんでくるけど、まあ、その辺りなんでしょうなあ、彼らのノリって。って、こういうこと言うのは、イナカ差別なんですかぁ?

 

一条約に過ぎない日米安保が日本国憲法より上にあるこの国で、こんな風景は不思議でもなんでもないんだろう。だからといって、在日の参政権をほったらかしにしたままの田吾作な風景は、見ていて実に恥ずかしい。

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2008年11月 5日 (水)

強調路線

Top_blue_2文章で、ある語句を強調するときの書き方には色々とある。「かぎ括弧」や“ヒゲ括弧”だったり下線をひいたり太字斜体字にしたり。ぼくの場合は「かぎ括弧」ですることが多いかな。

以前、どこの何のサイトだったかを見ていたら、ちょっとしたキーワードにことごとく「かぎ括弧」をつけている文章を見かけたことがあった。「書き手」がここはぜひ「ポイント」としておさえておいてくださいと思っただろう「部分」に、もうそれは「偏執的」といおうか、もう「あれも」「これも」と「ことごとく」「かぎ括弧」なんである。その「おかげ」で「かぎ括弧」の「強調効果」がまったくの「台無し」。これは新たな「字数稼ぎ」の「技法」かと思ったけど、おそらく「自発的」に書かれた「ネット上の文章」だから、「そう」ではあるまい。「プロの編集者」の「目」を通ってきた「一般的」な「紙の媒体」ではまず見かけることのなかった「シロートまるだし」、「圧倒的なシロート風情」を漂わせる「文章」で、ぼくは、「おお、なんて『ネット』って『自由』なんだ。これはもしかしたら新たな『文体』の『出現か』」と、むしろ「ワクワク気分」になってしまったものである。

そういえば、かつて、長いこと、『日刊ゲンダイ』で、連載していた、官能小説家、宇能鴻一郎。彼は、かぎ括弧じゃなくて、読点を、打ちまくり。あれも、また、読点を、無効にする、そんな、使い方で、読むたびに、ビックリしちゃって、アタシ。

とかかんとか、かく言うぼくも、あまり気合いを入れずに文章を書いていると、結構かぎ括弧がついている。下書きを見直すときのぼくの大事な作業のひとつは無駄なかぎ括弧はずしなんで、あんまり人のことをおちょくっている場合ではない。

文章を書くというのは、読者に「これはぜひにも」と思うことを書くわけである。たとえば随筆なんかで、「散歩をしていたら道端に白い花が咲いていた」と書いたとする。道端には白い花ばかりでなく、タバコの吸殻が落ちていたり、ガムがへばりついていたり、犬のうんこがほったらかしになっていたりする中で、白い花を取り上げて書く。塀の上に捨て置かれたペットボトルや軒先の樋ではなく、道端の白い花について書く。筆に随って徒然なるままによしなしごとを書いてみたところで、百ある事実の中からある事柄を抜き出している。

発話行為自体がひとつの強調である。ところが書き手は話を始めると、その話題を持ってきたことによる強調だけでは物足りず、自分の思っていることの強調をメッタヤタラとしてしまう。

かぎ括弧の類いばかりではなく、話題を示す助詞の「は」を多用するのも同じ心理の結果だ。「この話はここだけはぜひとも注目」ってな感じ。これが連続すると読み手は何に注目すればいいか見失う。「は」の使用は基本的には一文の中ではなるべく一回にするのが文章の書き方としてはよい。「は」が続くと、筆者はどこを強調したいのかが読み手にはわかりにくく、多くの場合には読みにくい文章にはなるのではないかとは思うわ。この助詞「は」の適切な語句への変更も、ぼくの原稿見直しの大事な作業である。

ある事象からある意味を取り出して言語化したものがつまり一つひとつの言葉なのだから、そもそも言葉は意味がインフレ化した状態である。そのうえ、言葉は発せられたと同時に意味の陳腐化が始まる。そこで、さらなる強調がなされ、新たな表現が求められる。言葉はインフレ化する宿命を持っている。上級では飽き足らず、上級は高級となり最高級となって、特上、最特上、超最特上、超々最高級特上・・・と延々繰り返される。

言葉を使って書く以上、文章はもともと意味過剰の世界であり、そこに強調まで加われば意味過剰はさらに倍。その話題に初めて触れる読者は「はあはあ、そうですか」と辟易としてしまう。

自分の文章を読み直していてよく思うのは、ぼくの文章は実にインフレ傾向が強く、まったくもって意味過剰に溺れとるよねえ、くどいよねえ、この人、デノミしなくちゃねえ、と今日のさとちゃんの自己診断の巻でした。おしまい。

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2008年10月25日 (土)

眼精疲労ではありませんでした

Top_blue以前、眼鏡のレンズを入れ替えた際に眼鏡屋から、「眼精疲労かもしれませんが、もしかしたら老眼かもしれませんね」と言われたという記事を書いた。

百円ショップに行ってあらためてサンプルの老眼鏡をかけてみると、あれま、非常に具合がいい。手もとの小さい字がクッキリハッキリよく見える。

おやおや、老眼ですかい。

一番低い度数で十分だけど、ぼくもそろそろそういうお年頃なのね。それからというもの、百円ショップに行って老眼鏡をかけては「フムフム、よく見える」と感心していた。それにしても百円ショップはなんでも売っているね。それも感心、感心。

そんなある日のこと。家で爪を切ろうとしたら、爪が軽くぼやけている。確かにその日は、ちょっとていねいに手入れをしようと、いつもよりも近くに手を持ってきていた。普段通りの距離にしたら特段ぼやけることはない。

ほうほう、これはもう眼精疲労なんかではなく、確実に老眼じゃないですかい。よしよし、わかった。

というわけで、このあいだ百円ショップに行った時に老眼鏡を買ってきましたよ。レンズが縦1センチ横3センチぐらいの、いかにもおじいちゃんみたいなやつ。ケース付きで携帯にもばっちり。どうせ百円なんだし、ちゃうちゃう百五円なんだし銭失いというほどのこともあるまい。

最近はあんまりやってないけど、電気工作で抵抗やコンデンサーなんかの細かい部品を見るときにもきっと役立つであろう。新聞とかの細かい字にはまだいらないけど。

老眼鏡のパッケージの裏には度数の目安表が書いてあって、「41~46歳=1.0度、46~50歳=1.5度・・・」とある。おお、ぴったり。昭和四十二年生まれ、数え年で四十二歳の厄年、シニシニかぶりのぼくは、これで痛風、薄毛、高脂血症に加えて老眼の役四つで見事に満貫、中年ツモである。親じゃないから八千点。ヨンニィの四千、二千でよろしくお願いします。あっ、またヨンニィで「シニシニシニ」と三つかぶりました。

手の節と節を合わせて不幸せ、な~む~。

てなことを書いていたら、今日の分の尿酸値を下げる薬を飲むの忘れとったわ。いかんがや。次の役は物忘れだね。

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2008年10月15日 (水)

「御時世」がやってきた

Top_yellow話は夏前に戻る。

ある日お経にまわっていて、毎月の月参りに行くある檀家さんの家の前を通りかかったら家がなくなり更地になっていて、「売り地」と看板が出ていた。この檀家さんは七十代後半の老夫婦。帰って兄に聞くと、家を売り払って娘さんが住むマンションの隣の棟に引っ越したとのこと。まだ夫婦とも元気そのものだけど、娘さんがそろそろ親の今後が心配になってきた、ということらしい。ちょっと遠方になったんで、月参りはやめることになった。

で、夏。

お盆の棚経にはぼくが行った。引越し先は三棟並ぶ立派なマンションの内のひとつ。オートロックでピンポーン。広いエントランスからエレベーターに乗り、あらためて玄関でピンポーン。部屋に上がって仏壇の前に座ると、やにわに旦那さんが、
「おっさま、悪いけどよう、木魚はナシにしてもらえんきゃ?」
と言う。

「近所にうるさい人がおってよう。この前ニイさまに来てもらって仏壇の精入れしたら、そのあとやってきて『木魚がうるさい』言やあすんだわ。だで、これからお経は悪いけど木魚ナシでやってちょうすか」

きた。

今風に書くなら、

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

ですか。今年の流行語大賞は山本高広の「キターーーッ!」だろうけど、お経にもとうとう「御時世」がやってきた。

ずいぶんと前に一度だけ、どこぞの檀家だったかで「おっさま、今日はちょっと仏壇の後ろのふすまのすぐ向こうに病人が寝とるで、今日だけはちょっと木魚を静かに叩いてもらえんか?」と言われたことがあった。その時はもうめちゃめちゃに遠慮がちに木魚を叩いたかナシにしたかは忘れたけど、実際のとこ、中学生でお盆を手伝い始めた頃は木魚を叩かずに読んでいたし、木魚の置いてない檀家のとこ用に持ち歩いている携帯木魚を忘れて仕方なしにナシで読むこともあるんで、木魚がなくちゃいかんなんてことはない。それでお経のありがたみや極楽行きが怪しくなるなんてこともないけど、でもそれはあくまでもイレギュラーの話。

これまで、このマンションよりずっと壁が薄そうな集合住宅の檀家でもこんなことを言われたことはない。けど、ここでぼくがとやかく言うことでもないんで、久しぶりに木魚ナシでお経をあげた。まあ、ちょっとお経の間が悪い。

ちょっと長めの法事ならいざ知らず。早朝や深夜でもない。昼日中の月参りやお盆の十分程度のお経の際の木魚の音さえも「近所迷惑」と思う「モンスター住人」がついに出てきたということだろう。まず間違いなく、文句を言いにきたこの「近所の人」は仏事に出席したことなくオトナになった人であろう。

そうですか、これからはつまり、こういう人たちによって木魚の音はピンクチラシと同じ扱いになっていくというわけですね。世の中、そういう流れのほうに向かっているのですね。ああ、なるほど、そうですか。大切なのは信仰の自由よりも、「木魚の音も許さない静寂な生活環境」なんですね。

最近は病院で死んでも自宅マンションに帰れないことも少なくない。棺おけが入るようにエレベーターを作ってないことがあって、そうしたとこの住人は病院で死ぬと直接斎場に運ばれ、そこで枕経ということになる。気の利いたマンションだと、普段は壁になっている奥の壁を取り外して棺おけが入るようにしてあるとこもある。世間ではどっちのエレベーターが多いのかは知らん。

ここのマンションのエレベーターがどういう作りになっているか知らないけど、この檀家さんがいずれ亡くなってここで枕経をあげることになった際には、さてどうしたものか。木魚を叩くべきか、叩かざるべきか。

大体、この「近所の人」その人が亡くなって自宅に運ばれて枕経をあげることになったらば、その人は顔の上の白い布を取って、お寺さんに「ま、周りに迷惑だで、お、おっさま、木魚はい、いらん・・・、ガクッ」とでもなるんだろうか。そうなりゃこの人、まじで「モンスター住人」ですね。この人は自宅で死亡なんてことだけはぜひともないように気をつけられたし。本人に葬式をやる気がなくても、遺族がどうするかまでは左右できないし、「自宅での枕経だけは絶対ダメ!」と遺言をせいぜいしっかりしておくことである。さしずめそうやって死を生活から遠ざけておけば、モンスター住人はさぞや快適に暮らせるんでしょうなあ・・・。

木魚をピンクチラシ並みに扱われてぼやくピンク坊主gawk。 

この檀家さん、前の家では玄関に工具箱が置いてあって、日曜大工が好きな人である。それが今では、
「まあよう、ここじゃあ気になって釘一本打てん、ノコギリひとつ引けんでかんわ。鍵はかかっとらんけど監獄みてゃーなもんだわ」
だそうである。そう言って、笑顔で取り繕う。

ぼくは返す言葉がなかった。

娘さんが親を心配して近くに呼び寄せた。老夫婦はマンションの息苦しさを知らないで、家を売り払い引越してきた。するとそこは鍵のない監獄であった。けど、住み慣れた家はもうない・・・。

一人暮らしをする老いた親が心配になって、子どもが「おかあさん(おとうさん)、そろそろわたしたちと一緒に暮らそうよ」と言葉をかける。住み慣れた土地から離れ、気楽な一人暮らし(一人暮らしを続ける老人がそうしている理由の第一は「一人暮らしの気楽さ」だそうである)もそろそろ潮時と思わせてしまうこの「優しい言葉」を女性学の上野千鶴子は「悪魔のささやき」と表現した。慧眼である。

テレビで氏の「悪魔のささやき」の話を見て知っていただけに、この檀家さんの話を聞いて、ぼくの胸の内は余計に重く澱んでしまった。檀家さんから事前にこの引越し話を聞いていたとしてもぼくに何ができたわけでなし、なんともやりきれない気分。

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2008年10月 5日 (日)

おさかな育成記

Top_redさて、今日は「おさかな育成記」の話です。

八月の初頭に突然思い立ち、近所の鴨川で魚を掬ってきた。近所の百円ショップでタモが売っていたのもきっかけのひとつだったけど、学生時代にさかなを川で掬ってきて金魚鉢で育てたことがあって、それをふと思い出して、いざ川へ行かん、と相成ったわけである。

掬いに行ったのは結局一度だけではなかったので釣果、ちゃうちゃう、掬果(なんて読もう?)は何回か合わせてのものになるけど、今いるものをざっと勘定すると次のようになる。

カワムツ=約30、ヨシノボリ=約6、エビ(おそらくミナミヌマエビ)=約10(プラス数十匹)、メダカ=約7、コイ=1、サカマキガイ=3。

これをちっちゃい水槽「わたしの楽園プチ」というのとちび金魚鉢とに分けて飼っている。ちび金魚鉢にはメダカ=2、エビ=5、ヨシノボリ=2を入れて、たまにエサと差し水をする以外ほったらかし。これでどこまで持つかわからないけど、ほぼバランスドアクアリウム状態である。この数字は累々の犠牲の上に得られたものである。合掌。でも、多分まだ多すぎる。事前に合掌。

「わたしの楽園プチ」というのは、酸素ブクブク付きのコンパクトな水槽である。一番最初に魚を掬ってきた時、ちび金魚鉢にどばーっとおさかなたちを入れたら、見事にあれよあれよと逝ってしまい、こりゃいかん、とあらためて買ってきた。さすが酸素ブクブク付き、さかなが酸欠で調子をくずすことはなくなった。

ただし、混泳させるには不具合のある魚種がいることがわかった。それはコイとエビ。

Photo_3エビは水際の草のしげみにタモを突っ込んでガサガサ揺すってやると大量に採れる。それをコイと一緒に入れてわかったのは、コイはどうもエビが大好物である。ぼくもエビちゃんはとてもお気に入りであるけれども、 それにしてもコイのエビちゃん好きは過剰である。隙あらばいつでも襲いかかる。エビちゃんピーンチッ! こんなに堂々とエビちゃんに襲いかかれるなんて、うらやましいよ、コイ。

さっきからコイ、コイと書いているが、このコイは最初5センチにも満たない「フナ」だった。それがエビを食べまくり、ぐんぐん大きくなり、「なんか、おかしい」と思ってよく見ると、口元にヒゲが。コイとフナの幼魚の見分けかたは、ほぼ口元のヒゲだけだそうである。フナなら大きくなっても15センチぐらいだからと安心していたのだけど、コイならあなた、大きくなれば一メートル級である。伊東に行くならハトヤ級である。

もう一度口元をよく見てみる。ああ、やっぱりコイだ。

それからも日々コイは悪食を繰り返し、食べ残したエサもしばらくするときれいに食べ尽くして、調子よく成長している。上記の「エビ=約10(プラス数十匹)」のプラス数十匹も、早い話がバケツで別飼いの生餌である。

話は少しそれるけど、最近、「エサをやる」ことを御丁寧にも「エサをあげる」と言う人が増えてきた。植木や花に水をやるのも「水をあげる」などと言う。そう言う人っていうのは、「エサやり」「水やり」を「エサあげ」「水あげ」なんて言うのかね。「○○してやる」と言うのはそんなに品ない言葉なんかね。

テレビや雑誌なんかで、「睡眠障害の治療には朝起きてあげることが重要」とか、「太い音を出すにはアンプでベースのつまみを大きくしてあげよう」なんてのをやけに見聞きする。「起きてあげることが重要」の方にいたっては、誰のための何の治療か意味も変だし、もうなにがなんだか。

さらに話はそれるが、仕事上で直接の取引や関係があるわけでもない人が、店や会社の名前に「さん」をつけるのも、なんか聞いていて気持ち悪い。報道番組やワイドショーでコメンテーターが「ソニーさんが・・・」とか「ローソンさんが・・・」とか、アホかっちゅうの。

バカ丁寧っちゅうのかなんちゅうのか、こういうのは、「わたしはあなたの敵でないですよ~。人にもペットにもお花にもボリュームつまみにも、みんなみんな上も下もないんですよ~」と、他者との摩擦を極力避けるべく、予防線張りまくりの心理の表われなんだろうけど、実に気づかいあるお上品な人が増えてきました。

さてさて、話を戻す。

エビはもともと半透明に近い白色だけども、恐怖にさらされていると色が茶色くなってくるそうだ。仲間が次々と襲撃されるのを横目で見ながら生き残っているエビたちは、もう黒に近いぐらいの茶色になりながら石の陰に隠れてひっそりとしている。

同居人はある時、あまりのコイの襲撃っぷりを見かねてコイを一匹だけバケツに隔離してしまった。それを見てぼくが「懲罰反対っ!反対っ!」とシュプレヒコールをあげてうるさくしたんで、また「わたしの楽園」に戻ることになった。エビは再び「自然淘汰」にさらされているけど、こうなると、「わたしの楽園プチ」は「鯉の楽園グランデ」である。

今やコイは、横幅が20センチにも満たない「わたしの楽園プチ」の約5分の2ほどにまでなっている。同居人でなくても、これではコイにちょっと手狭な気がする。

うむむ・・・。

再来月あたりから我が家の風呂桶はコイに乗っ取られていることになるであろう。さらにその先には我が家でナベを催したいと算段している。ちょうどその頃には今年漬けた梅酒もいい具合になっていることでしょう。いずれ食物連鎖の頂点にぼくが立つ。

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水草は金魚鉢を買った時についでに買ったものだけだったけど、水草って川に結構生えてるのね。どう見ても外来種なものばっかりだけど、それを引っこ抜いてきて、小石に糸でくくりつけて底砂に植えてカッコウをつけた。

砂も川底からいただいてきて、フルイにかけて大きさを揃えて底に敷いた。よく見るとガラスの破片が結構な量混ざっている。砂を洗う時には軍手をはめてやらないと危ないですね。鴨川は都市河川の中では比較的きれいだと思うけど、自然というにはやっぱり程遠い。

そうそう、何回か掬いに行っていて、ある時ヌートリアを見かけた。街中のほうで見たという話は聞いていたけど、ぼくが見たのはそこから何キロか下流のあたり。こちらの川岸からあちらへ顔を出してヌーと泳いでいった。もしあれがヌートリアでなければカワウソだけど、フツーに考えればやっぱりあれはヌートリアだよね。外来種が増えているといっても、ちょっとびっくりした。今回掬ってきたおさかなたちも元々の天然物はカワムツとエビぐらいのもんだろうから、今さらなにがどうということないかもしれないけど。ヌートリアかあ。

ネット上の本格的な人たちから見たら、ぼくのやっていることはさかなの虐待に近い。「こんなにちっちゃい水槽に何匹飼っとるんだ」っちゅう話である。でもそれはネットで人と比較してみた話。ぼくの気分にしてみれば、夏の少年のさかなとりの気分である。小学生のとき、友だちと近くの田んぼや用水路に行って、勢いにまかせてザリガニを二百匹ぐらい釣ってきて、その後続々と死んでって腐臭に泣いたことがあるけど、そんなことを思い出す。いろんなものにまとめて合掌。

今、「おさかな育成記」は、その大きさと成長の速さが目立つだけにコイ中心だけど、いずれはこのコイもぼくの胃の中へ。で、この水槽のホントの主役は、風情がかわいいかわいいヨシノボリ、我が家での愛称ハゼドンである。普段は石の陰に隠れていることが多いけど、時々外に出てきてはたそがれている。そのたそがれ具合がなんか人間くさくて「さかな離れ」している。ヨシノボリも何匹か死んでしまったけど、悪食のコイがその死体に口をつけようともしない様子からして、どうも肉身もまずそうだし、ぼくも食べることはなかろう。そもそも食べるにはちっちゃいし。

そうそう、数が多くて一匹一匹のキャラ立ちが弱いカワムツたち。これはいい具合に育ったら塩焼きでいただきたいところである。

おさかなちゃんたちがうまいこと成長して、いずれぼくが食物連鎖の頂点に立ち、水槽の中が今よりも寂しくなってきたら、水槽の上段と中段はメダカ担当、水底はハゼドンがなごましてくれることになると思う。その時には、生き残ったエビもエビちゃんみたいに色白に戻って、安心して暮らしてね。

2_2 エビちゃん、かわいいわあheart04

  

  

  

  

てなことを下書きした翌日、水槽を見るとどうもコイはエビのみならず、メダカやちびカワムツまで食っているらしいことが判明。夜の間に数が減っとる!

さとちゃん、大怒り! メダカはまだしも、カワムツまで食うとは! おれのおやつを取るな!

すぐさまコイを「鯉の楽園グランデ」から取り出して、以前冷凍物をもらった時の発泡スチロールの箱に強制隔離したった。そこで水草にからまりながらおとなしく泥水すすっとけっ!

なんか、「おさかな育成期」というよりは「おさかな養殖記」という感じですね。

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2008年9月25日 (木)

量を減らすな

Top_yellowさて、久しぶりにブログの再開である。ほぼふた月ぶり。すっかり真夏も過ぎ去ってずいぶんと過ごしやすくなった。このふた月で過ごしにくくなったのは、総選挙間近といわれる政治家のみなさまかと思います。こんばんわ、桂歌丸です。

ふた月も間があると、普段なら記事にしていたであろう出来事や考えたことはいくつもあった。何を書こうかなあと思い悩んだ挙句、ここはやっぱり、夏休み直前の記事で触れた「ちくわの包装」にすることにした。続報である。地味でも継続的な報道は大事である。

さて、前の前のその記事の内容は、つまりは、「ちくわの包装は縦にちくわを入れるんでなくて、横向きに入れれば、何本か使って残りをしまっておく時に便利なんではないか。ちくわ加工会社の関係者のかたよ、御一考を。おいしいね、ちくわ」というものであった。

当時ちくわは「一パック五本入り」であった。ところが、このふた月の間にちくわは「一パック四本入り」になってしまった。となれば、包装は五本入り仕様から四本入り仕様に当然変わったわけである。となれば、包装機械の設定も変わったわけである。

うーむ、春頃から魚の練り物の値上がりのうわさは聞いていたが、このタイミングでやってきたか。ああ、提案が遅かった。仕様変更がもう少し早くわかっていれば、同時に横向きにしてもらうべく、もっとすばやく記事にしていたものを。ただでさえ値上げで売り上げが落ちているかもしれないのに、その上、たかが客の便利さのためだけに仕様変更なんかしないだろう。下手打った。

それにしてもである。魚の練り物の値上げといえば、もうひとつぼくの大好物の魚肉ソーセージも値上げしたわけだけど、こちらは一本当たりの大きさが小さくなるという形で値上げをした(物がある)。なんかさあ、ちくわにしてもそうだけど、値上げのしかたとしてそういうのってちょっと違うんじゃないかと思う。本数や大きさはそのままにしといて、値段を上げて欲しいものだと思う。そりゃあ、「この棚の商品100円」コーナーや百円ショップとかに置いとくためにはしかたないんかもしれんけど、なんか違うなあ。

関連して思い出したけど、日清の定番商品の「カップヌードル」が、何年か前から、味はそのままで量だけ減らしてパッケージそっくりの「スープヌードル」というのを百円ぐらいで売っている。ぼくはあれを初めて見た時、なんか「バッタもん」という言葉が浮かんできた。あれも百円ショップ用に考えたんだろうけど、なんか日清みたいなトップブランドがやるにはせこい話。同居人が買ってきていたのを「それ」と知らずに食べていて、「なんか少ないなあ」と思ってカップを見てみたら、「それ」であった。味はおんなじだけどバッタもんだ、あんなもん。

魚肉ソーセージにいたっては、あれを一本食パンに挟んでマヨネーズをかけて夜にコソコソとムシャムシャするのを好むぼくからすれば、勝手に小さくされたんでは「おかず」が減るのである。困るのである。気分が少し貧乏になるのである。せっかくこっそりと夜においしく食べているのに、貧乏気分では困るのである。二本挟むほどでもないのでなおさらに困るのである。

値上げをするなら、堂々と値上げをするべきである。量を減らすとかそういう形の値上げは、これまでの食生活に微妙な変化がともなうのでやめていただきたい。

それに、値段で調整せずに「値上げ」をした以上、原材料に多少の値下がりがあっても元の大きさ、本数には戻しにくかろう。そういうしかたでは、値段変動に対して固着的になってしまうのであるよ。特に値下げの方向には動きにくいんではないかと、そんな不安が頭をもたげてくる。

それもこれも元をただせば、原油の値上がりが元凶である。金持ちどもの道楽費のための投機話が元である。魚の練り物も話をそっちにもっていけば、その怒りは大いなる公憤として、実体経済よりも金融資本に乗っ取られ支配されてしまった国際金融資本主義経済の気まぐれによって生活を破壊された庶民の怒りを聞けー!になるんだろうけど、「ちくわの本数を減らすな!」とか、「魚肉ソーセージを小さくするな!」とか、今日はやけにちっちゃい話になってしまいました。

「筆がなまる」とはこういうことである。二ヶ月も間が空くと、文才のない人間は元の木阿弥、書きたいことがだんだん歪んで、駄文以下のダラダラなショーモナイ話になってしまう。次回からはもう少しまともに書いていこうかと思います。

ということで、次回からは再び五のつく日「ごび刊」でよろしく。

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2008年9月 5日 (金)

予定は未定

Top_blueお盆が終わって、めちゃめちゃな暑さも峠は過ぎました。

ほんとうならば当ブログ『ごび刊 徒ら草』は今日で夏休みを終えて、再び「ごび」、つまり五のつく日にアホになって記事を書いていく予定になっていたわけですが、なんや、お盆が終わってもちょっちょこ、ちょっちょこと寺の用事が入るし、先月末の大雨の時もちょうど名古屋におったんだけど、家が窓からの雨漏りで部屋半分が水浸しになって、夜中の十二時過ぎからてんやわんやのおおわらわ。それから二、三日は部屋の片づけやら、なんやらかんやら、あれやこれやで、なんか知らんけど忙しい。

ぼくには珍しくこの先も何かと用事があるんで、ぼくの目論見としては、今月初めにまとめて何本か記事を書いといて、ふた月分ぐらいお茶を濁そうと思っていたんだけど、そうは問屋が卸してくれなかった。

というわけで、もうしばらく夏休みを延長します。

二年前の夏休み明けは、お盆直前に父が死んで秋に葬儀をしたんで、まじブログどころではなかった。今回はそんな深刻な話ではないからまあいいとしても、「予定は未定」、この言葉が身に沁みます。

人の死なんかは「予定は未定」の最たるもののひとつだと思うけど、寺だと人の死は普通の人なんかよりはずっと身近にある。寺の人間にとってドタキャンなんていたって普通のことです。

今の気持ちとしては、月末にブログを再開したいと思っているけど、でもね、予定は未定ですから。おほほ。

 

唐突ですが、お盆前に近くの鴨川で掬ってきたお魚たちのショットをお届けします。

Photo

中身は、鯉、カワムツ、ヨシノボリ、めだか、スジエビ、逆巻貝、総勢数十匹です。多すぎ、ぎゅうぎゅう、超過密。ちび水槽に見合った適正数になるまでただいま調整中(≒淘汰中)。育成日記もいずれブログに書きましょう。

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2008年7月25日 (金)

ちくわの包装

Top_blueまた暑い夏がやってきた。毎年のことながら、お盆はお寺にとって大変に忙しい季節である。というわけで夏のあいだ、このブログもしばらく夏休みにします。次回の投稿は今の気持ち的には九月五日と思っています。実際にどうなるかはその時になるまでわからへんけど。

さて、今季最後の記事はちくわの話を。

石油の高騰をうけた物価高で練り物も値上がりするとかかんとか、ちくわもその影響をまぬがれ得ないそうだけど、そんな小難しい話を書こうというわけではない。今回はちくわの包装のしかたの話である。

ちくわはスーパーで正方形の袋に五本入りで売られている物が多い。高級品だと太いのが二本入りというのもあるけど、普段使いのだと、まあ五本入りが標準だろう。親子四人暮らしとかになればいっぺんに全部使うだろうけど、ウチのような二人暮しだとおでんでもしない限り、いっぺんに使い切ることはあまりない。

となると、袋を開封してちくわを二、三本取り出してまた冷蔵庫にしまうことになる。その際、開け口がしっかりと閉じられないので、ともすると次に使うときに、開け口のほうのちくわの端っこが乾いてカピカピになってしまうことがある。ちくわの包装のしかたが、袋の開け口に対して縦に五本入れてあるのでそういうことになる。

そこでぼくは思ったわけである。開け口に対して横向きにちくわを包装すればよいのではないかと。そうすれば、使い切らずに残っても、取り出した二、三本分のところをクルクルと巻いて輪ゴムをすることができる。これだと残ったちくわが乾きにくい。ちくわは最初から横向きに包装して売っていただくとよろしいかと思われる。

Photo

ちくわを縦から横にしたところで取り立てて不都合があるとも思えない。もし、ちくわ業者や包装機械製造業者のかたがこの駄文を見かけしましたら、どうかご一考ください。

ぼくがちくわ工場の社長さんなら今日からでも縦から横に包み直したいところであるが、残念ながらぼくはお坊さんである。これから忙しい夏に向かって、モリモリとちくわを食べて鋭気を養うだけである。おいしいね、ちくわ。

 

 

次回の記事掲載は九月五日の予定。

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2008年7月15日 (火)

あなた色

Top_blue以前使っていた携帯は、表側の表示部分が使っていないときに鏡様になっていて、これが案外便利だった。

一年ほど前、ツーカーからauに乗り換えることになった時、電話屋の店員から
「ワンセグなんかはどうですか」
と言われた。
「いやいや、そんなものよりも、表が鏡みたいになっているのはありませんかね? ぼくはテレビなんかよりも、自分の顔を見ていることのほうがきっと長いでしょうからねえ、ほっほっほっ」
と、アイラブミー全開に答えて、機種を探してみたけど、ツーカーにはあったのにauにはそんなのがなかった。で、しかたなしに一番薄いやつにした。

というわけで、今は携帯電話に百円ショップで買ってきたシール式の鏡シートを張っている。本物の鏡ほど鮮明ではないにしても、外でちょっと使う分にはなんの支障もない。百円ショップってすごいね。なんでもあるね。

なんて思っていたんだけど、最近こんなことを思ったわけである。つまり、使ってないときの待ち受け画面が鏡になっていたら、これは便利なんではないか、と。ガラスをマジックミラーにすればできそうだし。もしかしたら、そういうのはすでにあるのかもしれない。

いやいや、マジックミラーを使うまでもなく、一面銀色の壁紙があればもっと手軽でいいんではないか。これをダウンロードすれば、どんな機種でも待ち受け画面が鏡になる。自意識過剰な若者や自分大好き人間に大ウケ間違いなし。

「おお、これは名案!」とひざをたたいて、ふと思う。

「ところで、銀色ってどんな色なの?」

Photo 「一面銀世界の雪景色」なんて言うからといって、銀色は白ではない。色を確かめようと鏡に近づいてじっと見てみても、大好きな自分の顔の肌の色やかわいいお目めの黒目や白目しか見えない。まったくもって銀色というのは、「あなた色に染まります」と白無垢の衣装を着ているハナヨメ以上に「あなた色」に染まってしまう。

銀色には色がない。自分独自の色を持たぬ「あなた色」という色なのである。鏡をスキャナーに置いて色を取り込もうにも、読み取りの機械部分が写るだけである。写真を撮ろうにも、カメラを構えるぼくの姿が収まるだけである。ああ、なんと自分を持たぬ情けないやつなのであろう、銀色というやつは。こんなことでは壁紙を作れぬではないか。

黒はすべての色を吸収し、白はすべての色を反射するから、それぞれがあの黒と白なんだそうである。赤や青や緑も、物体がその色を反射するから赤や青や緑に見えていると。となるとですよ、銀色にはすべてを反射する白とも違う、それ独特の光の反射のしかたがあるんだろうなあ。どんな加減があって銀色はあなた色になるのか、そこのところを色博士もしくは光学先生に教えを乞いたいところである。

そうそう、銀色を絵で描くとするなら灰色っぽい色で表現することが多いと思うけど、よく考えればこれも不思議な話である。われわれはなにゆえ、なに色でもない「あなた色」を銀色と認識し、かつ、それを灰色っぽいあの「銀色」として認識するのであろうか。そこのところを脳博士あるいは認知学先生に教えを乞いたいところである。

などとガタガタ言っとらんと、百円ショップで鏡シールを買ってきてペタッと張れば、携帯鏡はあっという間にできあがり。自意識過剰の自分大好き人間はこれでご満悦である。

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2008年7月 5日 (土)

あの人、アカですから

Top_blue東京都国分寺市の共産党市議がマンションの集合ポストにビラを投函して、住居侵入のカドで書類送検をされた。まただ。

立川の反戦ビラや葛飾区の共産党ビラに引き続き、再三こうしたことがくり返される。

と、この書き出しも、『産経新聞』や『諸君』『正論』に書いてあれば、「アカがまだ何をやっている」という意味になるけど、ぼくの立場は逆です。『赤旗』とか『週刊金曜日』とかに書いてある文脈で怒っていると思ってください。ネットって、サイトを開いてもしばらく読み進まないと、書いている人の立場がわかりにくいもんね。先に書いておきます。

書類送検が報道されたからか、報道の翌日に「被害届け」は取り下げられたが、それにしてもである。

こうなったら、時期をあわせて全国一斉にビラをマンションへ「違法に」投函する運動でも起こしたらどうかと思う。そうなれば警察も、あとはハンコをつくだけの「被害届け」の作成が追いつくまい。住民からもそうは「協力者」が出てくるまい。

全国一斉が無理なら、立川でも葛飾で国分寺でもどこでもいいけど、被害届けを出した「前科」のあるマンションに大挙してビラを投函しに行く、と。

で、もし誰かがまた逮捕でもされたなら、「あっ、ぼくもそれ投函しました」「わたしも投函しました」とみんながみんなで自首しにいこうではないかね。留置所を「政治犯」であふれ返させてやれ。

Photo

こんな「被害」を捏造する警察も警察だが、それを起訴して、有罪判決を出す司法当局もまた、どうしようもなくえげつない。一体全体、この国は民主主義の国なのか。

『蟹工船』をベストセラーにさせている若者たちよ、この権力の横暴をどう思われる。「だってこんな目にあうの共産党だけじゃないの」と鼻白んでいるとするなら、それはどうなんでしょう。

随分と前にも掲載したけども、ドイツの神学者マルティン・ニーメラーの詩を再掲しておく。

ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。
けれども自分は共産主義者ではなかったから、結局なにもしなかった。

それから、ナチは社会主義者を攻撃した。
自分の不安はやや増大した。
けれども自分は社会主義者ではなかったから、やはりなにもしなかった。

それから学校が、新聞が、ユダヤ教徒が、というふうにつぎつぎと攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、それでもなにもしなかった。

それからナチは教会を攻撃した。
私は教会の人間であった。
そこで自分はなにごとかをした。
しかし、そのときにはすでに手遅れであった。

権力と対峙したとき、世間の無関心はなによりも怖い。

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2008年6月25日 (水)

小太りな料理の先生

Top_blueNHKの料理番組を見ていたら、その日の料理の先生はちょっと小太りの先生であった。

アシスタントの紹介によると、食べ盛りの子どもが四人いるという。「うーん、先生、あなたもまだ食べ盛りですか」と画面に思わず突っ込みを入れてしまったけど、ぼくはそんな茶々を入れながら、その先生になんとなく親しみを持ってしまった。

というのも、直前まで、『ためしてガッテン』で焼きそばの焼きかたのどうでもいいコツを延々とやっているのをイライラして見ていたんだけど、今日の料理のメニューは食べ盛りの子どもを持つ親らしい、ドカーンと大盛りなお好み焼きや特大大皿グラタン。それをぽっちゃり姿の先生が作るわけだから、「おいしく作って、モリモリ食べましょう」と言わんばかりなんである。

ぼくはしみじみ思ったのである。料理の先生は体型を気にして食事を制限するようなタイプではなく、いかにもおいしいものをパクパク食べているような人が良いということを。

ふっくらした姿は、食べ盛りの子どもに視線が向いていると感じるからなのか、高級料理よりも日々の食事を大事にしているように感じるのである。実際、番組で先生は『ためしてガッテン』のような細かいことも言わず、ちゃっちゃかと大皿料理を仕上げていって、見ていても安心なのであった。

うんうん、これならおれも作れそうだぜ。

 

おんなじようなことが医者にも言える。

今の世の中、医者の人となりを判断するのに、タバコを吸うというのはぼくにとってそれだけでもう安心材料である。「この医者は健康のためだけに生きている人ではない」という安心感が持てる。治療のためだからと無茶な食事制限を指導されても、気軽に小言が言えるというもんだ。病院に来るほどに不健康な生きかたをする人の気持ちを少しは理解してくれよう。二人の医者がいるとして、力量が同じならば、タバコを吸う医者のほうをぼくは選ぶ。

愛煙家だった漫画家のはらたいらはガンがわかって死を迎える際に、その病院では病室でタバコが吸えるというんでそこを選んだんだとか。ぼくもできればかくありたい。死に際まで、健康のために禁煙を強要されたくはないもんね。

そんな病院作りをする医者というのが、ほんとの医者なんだと思う。そういう医者が必ずしも喫煙者である必要はもちろんないけど、タバコを一服する姿を見れば、その医師が健康至上主義者、原理主義者でないのは一目瞭然だ。

以前、病院に行ったとき、帰ろうと自転車の鍵をカチャカチャしていたら、さっき診てもらった先生が休憩時間になったのか、正面玄関から出てきてタバコに一服火をつけたかと思うと、通用口のほうへプカプカしながら歩いていった。ぼくはその姿を見ながら、無口な若いその医者に急に親近感を覚えたもんである。

 

折り目正しく、背筋の伸びた健康さや健全さよりも、不健康、不健全にはずっとずっと生活の匂いがする。ぼくにはそちらのほうが気安くてよろしい。

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2008年6月15日 (日)

かぶりもの

Top_blue同居人とは仲がいい。気が合うとでも言いましょうか。なにより、それぞれが勝手に買い物に行くと、買ってくる物がかぶることが多い。

ニンニク5個入りのネットが2つ、あぶらげ大判2枚、ナス3本入り2袋、ピーマン5個入り2袋、魚肉ソーセージ5本入り3袋(ぼくが2袋購入)・・・・・・。これらが突然我が家の台所に揃う。ちっちゃい冷蔵庫と野菜かごは、一気に物であふれかえってしまう。

前回トイレットペーパーを買ったときもそうであった。「なくなってきたなあ、そろそろ買い置きを」と思って買い物に行ったら、その日、同居人もトイレットペーパーを買って、仕事から帰ってきた。ぼくが18ロール、同居人が12ロール、締めて30ロール。貧困系二人暮しの家庭としては過分の買い置きである。

あまりの多さに、ぼくは写真を撮ってしまいました。2枚の写真をつなげてのパノラマ式。

Photo_2

撮った日付は昨年の2007年12月12日。このたび、それがようやくなくなってきた。都合ざっと半年。

となれば、我が家では日々どれだけトイレットペーパーを使っているのか、計算したくなるのが人情というもの。計算してみました。

6ヶ月 : 30個
    ↓
1ヵ月 : 5個
    ↓
30日 : 5個
    ↓
6日  : 1個
    ↓
1個の長さは各種銘柄60~50メートルなので、平均55メートルとして
6日  : 55メートル
    ↓
1日  : 約9.2メートル
    ↓
1人  : 約4.6メートル

というわけで、1日あたり1人4~5メートルという計算結果になりました。案外長いね(ウォシュレットスタイルの場合。男女の使用量の差は除外)。はあ、すっきり。

と、思ったのもつかの間。

な、な、なんと! 今日トイレットペーパーを買いにいったら、同居人もまたトイレットペーパーを買ってきた! 今回は同じ銘柄で12ロール×2つ。半年振りの買い足しなのに、2回連続のトイレットペーパーかぶり買い。気が合うね!

前回の30ロールには6個足りないけど、貧困系二人暮しの家庭には、やはり過分の買い置きである。

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2008年6月 5日 (木)

過ちを改むるに憚ることなかれ

Top_yellow あまたある悪法の中でも、「後期高齢者医療制度」とかいう「姥捨て山医療制度」がいつになく批判を浴びている。国民皆保険は崩れ、外資系保険会社はホクホク顔である。こんな形で「この世は地獄だし、早く極楽に行こう」と思わされるのでは、さすがに浄土宗徒であってもたまったもんではない。

    悪法はもちろんこれだけでない。国鉄以来の国営事業の叩き売り「郵政民営化」で郵便事業は不便になっただけ、民営化以前からの過重労働をさらに現場に強いて自殺者続出である。

    また、派遣労働が原則解禁となって以降、不安定労働の蔓延はとどまることを知らず、企業は「名ばかり管理職」という禁じ手に手を染めて、企業倫理は崩壊。

    「障害者自立支援法」とはいっても自立支援とは名ばかりの「障害者自立阻害法」もある。どうあっても少数派の「障害者」はいつまで「弱者」のままにほっとかれるのか。

    施行は来年だが裁判員制度も混乱は必至だし、2011年のテレビの地上波デジタル化にともなうアナログ放送打ち切りもただではすまないだろう・・・。

    と、この調子で書き連ねていけば、年を越しそうなので、ここでやめておく。

    これらは、いまだに人気があるとかいう小泉純一郎氏が首相をしていた時にできたものが多い。アメリカや大企業の意向に従って動いていただけの彼が精力的にやってきたことに、国民の要求から生まれたものなどひとつもない。にもかかわらず、あの軽佻浮薄な姿勢の何がウケたのか、小泉ポチ首相はついに人気者のままに総理の座を降りた。

    ぞっとする。彼の人気を支えた(ている)人たちがぼくと同じ国民であるかと思うと、ぞっとする。石原東京都痴事、橋下大阪府痴事の人気を見てもしかり。

    ファシズムの腐臭が漂う最近の禁煙化の流れの中で、とうとう神奈川県では松下政経塾出身者の知事によって全面禁煙の条例案提出なんて話が聞こえてきた。ぼくはこの話をニュースで知り、学生時代に資料のつもりで買っておいたヒトラーの『我が闘争』を本棚から引っぱりだしてきて、今読み返している最中だ(なにせ無駄に分厚い)。

    ヒトラーは大のタバコ嫌いでも知られている。彼は、当時最も民主的だったワイマール憲法下で大衆の圧倒的支持を得て「民主的に」選出された。そしてまず、反対の少ない精神病者や同性愛者の強制所収容から手をつけ、ユダヤ殲滅にまで事を進めた。

    民主主義は衆愚政治に落ち込む危険性を常にはらんでいる。たとえば「健康」を印籠にした論理の単純さに比べれば、それに反対する論理は確かに複雑だろう。そういった単純さにしてやられ、結果、自身が被害をこうむる人たちを「衆愚」と言わずして、なんと言えばいいのだろうか。

    いみじくも小泉首相が流行らせたのは、テレビ向けの単純明快な「ワンフレーズポリティックス」、つまり「一言政治」である。とろくさ。

    どうせ同じ単純な言葉にしてやられるぐらいなら、
    「年寄りと子どもぐらいただで病気の世話をしてやれ」
    「教育費をただにしろ」
    「戦争にまきこまれたくなんかないし、米軍なんかとっととこの国から出てってくれ」
    とか、そういう言葉に引っかかっるべきだ。

    「過ちを改むるに憚ることなかれ」。この言葉は悪法にのみならず、ぼくたち有権者の政治選択にも向けられるものだ。

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    2008年5月25日 (日)

    トラ刈りなんですけど

    Top_blue頭を剃るようになってもう何年たつだろうか。すっかり坊主頭の姿になじんでしまった。

    知り合った人と話をしていて、ぼくがお坊さんだということがわかると、「ああ、だから頭を丸めてるんですね」なんていう話になることが多い。会話とはそういう風に進むものだから、それはそれでどうということではないけれども、ぼくが剃髪するようになったのは、なにもぼくがお坊さんだからというわけではない。髪の毛が一部不均衡な生えかたをするようになって、それを人は薄毛とかハゲとか言うが、そういうことをいちいち人に言われるのもめんどくさいし、どうかすれば、毛のことについてなにか触れてはならないような遠慮がちな会話になるので、「いっそのこと剃ってしまおう」と剃り始めたのである。いわゆるひとつのハゲ隠し。「逃げる時には人混みに逃げろ」と同じ理屈である。

    どうでしょう、二週間に一度ぐらいの間隔で剃っているのかなあ。そんな感じなんだけど、腰のない弱々しい猫毛になってきたとはいえ、二週間も伸びるといきなり三枚歯のカミソリでは剃れないので、ひとまずバリカンで一番短く刈り上げる。それから、ソリソリ~、ソリソリ~とやっていくわけである。

    時々「ソリソリ~」を省略して、刈り上げておしまいにすることもある。ただ、バリカンで刈り上げただけだと、相当慎重にやっても、直接見えない頭の後ろなんかは手探りでやるから、風呂上りに頭をふきふきする時に刈り残し部分が見つかることが少なくない。剃るほうのがスベスベとジョリジョリの差がはっきりしている分、むしろ失敗が少ない。だから、いつもはザッと刈って、それからていねいに剃りあげることのほうが多い。

    この前、久しぶりに刈り上げておしまいにしてみた。久しぶりだったから相当気合を入れて、バリカンを縦目、横目、斜め、縦横無尽に走らせてていねいに刈り上げた。

    つもりだったのが、風呂から上がってテレビを見ながら後頭部あたりを手でスリスリしていたら、「んっんっんっ、トラ刈りになっとるなあ。やっぱりバリカンだけでおしまいにするのは難しいなあ」なんて思ったわけである。

    で、同居人に頭頂部の後ろあたりを指差しながら、
    「なあなあ、この辺トラ刈りになっとらへん?」
    と聞いた。すると、同居人は、
    「・・・・・・」
    と、ぼくの頭をスリスリしながら黙っている。

    「どしたん? トラ刈りになっとらへんの?」
    「なっ、なってへんよ。ちゃ、ちゃんと刈れてるで・・・・・・」
    「あれっ、そう? なんかこの辺トラ刈りっぽいんだけど。よく見てみて」
    「ちゃんと、見てるで」
    「なあ、トラ刈りになってるやろ? よく見てみて!」
    「・・・・・・。悲しいお知らせがあります。このあたりは刈りかたが不揃いなんじゃなくて、毛の生えかたそのものが均等じゃないのです。残念です」
    「そんなことないもん、トラ刈りだもん!」
    「!!! なんやったら、合わせ鏡で見てみるか?」
    「い、いや、そ、それは、こわい・・・・・・」

    ふーむ、そうかあ。そうなのかあ。トラ刈りじゃないのかあ。それは残念なことだなあ。

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    2008年5月15日 (木)

    くり返ししゃべります

    Top_yellow 最近、ぼくは酒を飲むととてもおしゃべりになった。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    かてて加えて、人の話を聞かんと自分の話ばかりをするようにもなってきた。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    同じ話を何度もくり返すのも増えてきた感じがするなあ。同じ話題を何度もくり返すだけでなく、
    「つまりさあ、おれはさこうこうこう思うわけなのね。で、つまりはおれはこうこうこう思うわけなのよ。だってさあ、おれはこうこうこう思うわけでさあ」
    などと、ただ単に「おれはこうこうこう思う」と同じことを重ねているだけなんてのもしばしば。

    ちょっと迷惑かも。いや、だいぶ迷惑かも。いや、めちゃ迷惑かも。

    飲んだ翌日に、「うはー、きのうはようしゃべったわあ」と、昨夜のことを思い出そうとしても、半分も思い出せたら御の字。むしろ楽しかったと思う時ほど、思い出せる量は少ないのだから、なにか無駄な気がしないでもない。

    おしゃべりな人というのにもいろいろあると思うけど、ぼくの場合、話題がなくてその場がシーンとしていてもかまわないし、おしゃべりといっても、自分の興味あることしかしゃべらないから、だらだらとどうでもいいことをしゃべり続けるなんてことはできない。その場での話がぼくの興味や知っていることに少しでも引っかかったりするもんだから、「聞け聴けきけーっ!」としゃべり始めて、さらに我田引水、自分の陣地に引きずり込むわけである。もし、その場がぼくの興味ないことで会話が進んでいれば、ぼくはその会話に参加してなくてもいっこうに平気である。ただ、つまらーん、という顔をしてぼうっとしているか、他ごとを考えているだけである。聞き上手というのにぼくはまったく当てはまらない。

    檀家さんのところに月参りでお経に行くと、お経のあとお茶をすすりながら世間話をする。子どもの頃から年寄りに囲まれて育っているので、そういう時の会話は手なれたものである。そういう時はもう少し聞き上手になれるのである。相手のおばあちゃんやおじいちゃんが少しぐらいボケかかってきても、平気の平左で話を聞いていられる。ボケてきたとはいわなくても、年をとってくれば人はみんなくり返し同じ話をするもの。何度でも、はあ、そうですか、と相槌を打つ。

    昔の話を昔の人から生で聞くのはもともと嫌いじゃないし、そういう機会が多いのはもしかしたら坊さんの特権かもしれない、ぐらいのことも時々思う。それに、こっちも若い頃とは違ってだんだん記憶力が弱ってきているから、二度、三度聞いたぐらいでは忘れてしまって、フリをしなくても初めて聞いているようにその話が聞けるようになってきているんで、これは実に都合がいい。

    年寄りが同じことを繰り言のようにしゃべるのは、その話がたとえ人にはたいしたことじゃないことだとしても、きっとそのことはその人にとってとても大事だと思っていることなんだろうと思う。心に深く刻まれたなにか。

    もう死んでしまったけれど、ある檀家のばあさんは、ぼくがお経を読んでいると、音もなく奥から出てきて横に座っていて、
    「わたしはよう、安八郡の○○村大字○○の何番地から嫁に来たんですけど、今はこの家でちょっと厄介になっとりまして」
    と、あいさつをしにきていた。後ろで嫁さんが、
    「ごめんなさいねえ、この家の番地も忘れて言えんのにねえ。昔のことはよく覚えとるんだわねえ」
    と申しわけなさそうにしていたけど、このばあさんにとっては、村を出て嫁に来たことが、まわりが思っているよりもずっとすごい出来事だったんだろう。

     

    ぼくがボケてしまえるほど長生きできたとしたら、どんな話をくり返しくり返しすることになるんだろう。

    「そんなんロックとちゃうわ。ロックっちゅうのはさあ・・・」。そんな話を介護の若い娘さんにくり返すじいさんになれたら、ぼくはうれしい。

    「いかんいかん、そんなんではいつまでたっても人は幸せになれん・・・」。手当たりしだい人をつかまえては説教くさくいつも愚痴るじいさんになれたら、ぼくはうれしい。

    それを少し先取りしている、酔った時のぼく。

    みなさんよろしくね。

    そうそう。ぼくは最近、酒を飲むととてもおしゃべりになってきたのである。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    かてて加えて、人の話を聞かんと自分の話ばかりをするようにもなってきた。

    こういうことを言うと、友だちから「前からそうでないか!」と必ずつっこまれる。そうそう、確かにその通りです。だけど、その度合いが最近一層ひどくなってきたんでないかと思うようになってきたのである。

    同じ話を何度もくり返すことも増えてきた感じがするなあ・・・・・・・・。

     

    いかーんっ!

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    2008年5月 5日 (月)

    十八歳成人

    Top_blue成人年齢を十八歳に引き下げるかどうかが議論されている。

    これはそもそも、憲法改定のための国民投票法で、その投票権を十八歳にしたことに始まる(国民投票法自体は「憲法改悪」をねらう動きの中で成立したものだからかなり怪しいものだけども、今回その話は措く)。

    成人年齢が関わる法律は三百以上にも及ぶらしい。多くの国では十八歳からを成人としているそうで、むしろ二十歳のところはごく少数とのこと。日本も江戸時代までは十五、六歳で大人だったのが、明治になって特段の議論もなく二十歳なったという。

    一律に年齢だけで線引きするのはどこか無理があるとしても、法的にいくつから成人かは決めておかなくてはならない。ぼくは十八歳で成人とすることに基本的に賛成だけど、年齢のことだけでなく、こうした議論の中で「大人」とはいったいどういうことかを考えるのもまた、とても大切なことだろうと思う。

    法が想定する成人というのは、その人が責任の主体者として自由意志に基づいて決定権を持っているということだ。たとえば、選挙権というのは、政策(や候補者)についてそれがいいのか悪いのかを決める権利を持っているということ。

    なにがいいかを決めるには、それなりの判断材料と判断する能力を持っていなくてはいけないけれど、大人になるまでにそうした判断能力を磨き上げるため、「子ども」のときにいろいろと教育を受け、学習し身につけていくわけである。

    ところが現実をみてみると、学校教育の中で政治教育はものの見事に排除されている。読書感想文を書くにはそもそも字が読めなくては無理なのと同様に、政治もそれを読み解くことがある程度できなければ、それがいいのか悪いのかを判断することは難しい。

    今の日本では、有権者になるための教育があまりなされないまま、二十歳になっていきなり有権者として判断を要求されることになる。となれば、選挙で誰に投票したらいいのか、「テレビでよく見る」「名前をよく聞く」「誰々に頼まれた」「なんかやってくれそう」程度の判断(?)で決めることになってしまうだろう。

    選挙に行くならまだましなほうかもしれない。今や棄権する人たちが過半数を超える選挙だってそうめずらしくもない。判断する能力も意志もないのに、「決定権」だけ持っていたって宝の持ち腐れである。

    今般の十八歳成人の議論をいい機会にして、今の大人や、大人になるまでの準備期間のありようもかえりみたいものである。様々な権利にともなう責任をろくに育てることもないまま、大人を増やしたってあまり意味はないかもしれない。どころか、むしろ害悪かもしれない。ヒトラー率いるナチス政権は当時最先端のワイマール憲法のもと、民主的手続きによって生まれた。そんなに遠くを見ないでも、この前までの小泉・安倍人気や、石原都知事や橋下大阪府知事なんかのボンクラが余裕で選挙を勝ち抜いてくるのを見ていると、しみじみそう思う。

    事は選挙に限った話ではないにしても、少しでも多くの若者を大人として迎え入れようというなら、彼らを迎え入れる大人の側がどんな「大人の行動」をしているのか、決定権を持つにふさわしい大人になるため子どもに対してどんな教育をしているのか、そのこともまた問われるべきだろう。

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    2008年4月25日 (金)

    静かな国で違憲判決

    Top_yellowイラクでの自衛隊の活動について、名古屋高裁で違憲判決が出た。似たような裁判が十件ぐらい提訴されているらしいけれど、違憲判決ははじめてだ。原告の賠償請求を認めなかったことで形式的には敗訴だが、内容的に実質完全勝訴。政府は「勝訴」なので上告できない。

    現在進行形の自衛隊の活動について、「後方支援」だの「空輸活動」だの「自衛隊のいるところが非戦闘地域」だのと詭弁を弄しても、軍事的常識としてそんなことは通用しない、はっきりとそれは「戦闘行為である」と、違憲判決が確定した。

    これまで、自衛隊や安保など憲法九条にかかわる裁判では、多くが却下されるなどして敗訴が続いているわけだが、これらの裁判では、裁判所はそれが違憲かどうかの判断をしていない。「統治行為論」といって、「高度な政治判断」を含む事柄については裁判所が判断することではない、政治(国会)が判断することだと、司法は判断を避けている。「統治行為論」といえば、なんかいかめしい理屈に思ってしまうけれども、早い話が、裁判所が責任逃れをしたいがための、逃げ口上の屁理屈である。

    そんな中でも、憲法九条に絡む案件について裁判所が憲法判断した1973年の「長沼ナイキ訴訟」、1959年の「砂川裁判」の判決をみてみると、それらはいずれも違憲判決である。憲法判断したがらない裁判所といっても、判断をするとなると必ず憲法違反である。逆に、自衛隊に一度も合憲の判決を裁判所が出したことはない。だから、今回の違憲判決はそういった意味でも歴史的、画期的な判決だ。

      

    憲法九条に限らず、こうした画期的な判決を下す裁判官というのは、概して退官直前の裁判官である。お上に楯突くようなことは、裁判官といえども左遷にビビッてできないでいる。そして、今回の違憲判決を出した裁判官もまた退官直前であった。

    多くの報道機関は一貫して「イラクへの自衛隊の派遣」という表現をしている。しかしこれはまぎれもなく「イラクへの派兵、出兵」だ。イラク戦争はイラクへの「侵略」なのに、「進攻」だとかと言い換えて平気である。歴史の書き換え、言い換えは、なにも大本営発表や、文科省の指導下のもとにある教科書だけで起きているわけでなく、自由な言論機関である報道でも「自主的に」なされている。「統治行為論」で放り出された事柄についてさえなお、「不偏不党」と、権力に色目を使っての逃げ口上。この裁判で彼らもまた裁かれたのだという自覚を、おそらく彼らは持たない。新聞紙面は字が大きくなるだけで、今後も中身は薄味のままだろう。

     

    実家の寺から空を見上げれば、水色に塗られたC130空輸機が訓練飛行をしているのが見える。あの飛行機が!あの飛行機が!アメリカの兵隊や武器を載せてイラクの空を飛んでいる飛行機なのだ。現地の空でイラク兵に照準を合わせられている飛行機なのだ。檀家のところへお経に向かえば、イラクに出兵した軍人が所属する師団の横を通る。いわば、ここは今回の違憲判決の地元中の地元である。

    なのに、まあ静かな町ですこと。

    違憲判決が出ても、政府、与党の面々は、まさに蛙のツラにションベン。今までどおり自衛隊の活動(=戦闘行為)は継続するんだと。官邸では「あの裁判官、空気読めてねー」とか言っているんだろう。

    行政は司法を無視してもいいとの態度。三権分立って一体なんなんだろう。暴力装置を発動しない限り司法は無意味、そう政府の面々は言っている(そういえば、裁判所の命令を無視してまで日教組の大会に会場を貸さなかったホテルの例もあった)。彼らは、血を流して勝ち取ってきた民主主義の智恵をいとも簡単に踏みにじる言葉を吐くその口で、人に愛国心だ、道徳だとのたまう。「まだまだ無責任だから十八歳を成人とは認めたくない」とその口が言う。

    なのに、まあ静かな国ですこと。

     

    いずれ彼らはその口で、こう言う。「日の丸のために戦え」と。それはもう、スポーツの世界では始まっていることだけれど。

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    2008年4月15日 (火)

    ご飯漬け

    Top_yellowご飯漬けというのをやっている。漬け床にぬかなんかを使うんではなくて、ご飯を使って作る漬け物。去年の十二月頃だったかにNHKの料理番組でやっていたんで、さっそく真似てやってみた。

    やり方はとても簡単。残りご飯でもなんでもいいけど、まずご飯を用意します。それに重さ10対1の量の塩をまぜまぜします。100gのご飯なら10gの塩。水で手を濡らしてまぜまぜこねこね。塩がまんべんなくまざったらこれをタッパーなどの容器に入れ、捨て漬け用に野菜の皮や端切れを漬け、二、三日してそれを取り出します。捨て漬けといってもちゃんと食べられます。それから本漬け用にお好みの野菜を漬けます。漬け上がりは物によるけど、半日から二、三日、またはそれ以上になります。

    基本的にこれだけです。

    漬け床のご飯は見た目だけでいうと、最初のうちは普通の白ご飯と変わらない。塩をまぜまぜしているときなんかに食いしんぼのカツオが見かけたら一口くちに入れたくなるはず。ただし、10対1の塩の量というのは尋常じゃないしょっぱさなんで、とても食えたもんじゃないけど。

    ご飯が、ぬちゃ~と野菜にへばりついて取りにくいけど、ボウルに張った水でちゃんと洗い流して、おいしくいただきましょう。漬けた野菜の味も、単に塩もみしたのとあまり変わりない。

    「なんじゃ、こんなもんかい」と、ここで失望してはならぬ。

    二、三週間もいろいろと漬けていると、野菜の水分が出て、漬け床がとろ~んとなってくる。ぱっと見白粥のような感じ。漬け物にへばりつく漬け床のご飯も取りやすくなって、水でちゃっちゃっとやるだけですむ。このころになると、漬け物独特の発酵したにおいがふわ~んと広がるようになる。ここで「しまった、腐らした!」と思ってはいけない。これはまぎれもないあの漬け物独特のにおい。こうなると俄然漬け物を漬けている感が深まってくる。タッパーのふたを開けるたびに、台所で一人盛り上がってしまう。

    と、ここまでがほんとうの最初の仕込み段階ぐらいだと思えばよろしい。「漬け物はゆっくり作る料理」と思えば、半日コトコト煮込んだスープなんてあくびをしている間にできあがる手みじか料理だ。

    気を遣うところがあるとすれば、暖かいところにおいておくと発酵が進みすぎるんで、冷蔵庫に入れておくとゆっくりした発酵で初心者にはよろしいんじゃないでしょうか、と料理番組のおばあちゃん先生は言っていました。ぼくは冬に始めたんで、台所が寒くて冷蔵庫に入れる必要もなかったけど、そろそろ入れないといけないかも。

    あと、漬け床が減ってきたら、10対1の塩ご飯を足していく、と。このあたりで、もっとしょっぱいのが好きな人は塩を多めにするなど、自分好みの塩加減をしてみてください。

    漬け床がちゃんと発酵してきた以降の味はまさに漬け物。新鮮な野菜よりしなびた野菜のほうが漬け物としてはうまい。特に大根。何日か洗濯竿に干しておいてから漬けると、ポリッポリッ、うおーっ、めっちゃ漬け物。漬け物としてありがちな野菜をいろいろと漬けてみましょう。ぼくは大根以外に、にんじん、きゅうりあたりをやっているけど、そのほかの野菜もこれから漬けていこうかと思っております。

    テレビでは、漬けるのは半日ぐらいで充分と言っていた気がするけど、ぼくは二、三日漬けといたほうが好き。

    味に深みを出そうと柿の皮やダシをとった昆布を入れたりしてみたけど、それがどう味に影響したかよくわからず。

    なんせこういうものは「適当」が身上でありましょう。今や、漬け物タッパーを置いとくのに最適な「冷暗所」も、冷蔵庫という強力な助っ人がいるのである。よく聞く「ぬか漬けはぬか床を毎日まぜる」なんていうようなこともあまり気にすることはない。一週間ばかりほっといても、漬け上がった野菜が取り出したハナから古漬け化しているぐらいで、失敗というほどのこともない。

    そうそう、ねぎ好きのぼくは、「ねぎの漬け物なぞ見たことない。漬ける!」と意気込んで漬けてみたけど、どえらいことになりました。がらぐでぐえん。

    ご飯漬けをやってみて思ったのは、昔ながらの食べ物を作るのは思ったほどに大変なことでないということ。口伝えで伝わってきたようなことに、こと細かな今風のマニュアルは似合わない。たとえばご飯と塩をまぜるとき、炊き立てのご飯を用意したとして、「ひゃあ、これじゃ熱くてまぜれん」と思ったら、冷ませ、冷ませ。そのぐらいのことは言われんくても頭を使うべし。そういうことの積み重ねが「ウチの味」につながる。

    これまでご飯漬けというものがなかったのは、「せっかく食べられるご飯を漬け床にするなんて! まあ奥さん、もったいない!」ということだったんだろう。けど、ぬかよりもずっと手に入れやすいご飯、しかもタッパーでやれば人数の少ない家族用にもちょうどいい量と、このご飯漬け、とても現代的な漬け物である。ご飯漬けを発明したこのおばあちゃん先生は、伝統を現代につなげる本物の伝統を守る人である。表彰。

    こうして手作りの漬け物を食べていると、その素朴な味に比して、市販の漬け物がいかに調味料を使っているのかとしみじみ実感する。こういう話になると、「やっぱり手作りこそが本物の味で、一番」などと素朴な味わい信仰の告白をうけることになりがちだけど、ぼくの場合、市販品はとてもパンチがあってうまいものなんだなあと、あらためて感心するのである。まさに家庭の味と外食の味との違い。すごいぜ、化学調味料。やるぜ、味の素。

    たしかに、今では素朴な味の漬け物は、なかなか味わうことができないから希少価値は高い。自分で漬けた漬け物もそれはそれでもちろんうまいんだけど、ぼかぁあのまっ黄っきいの沢庵も大好きさ。商品として考えるなら、これはもう間違いなく市販の漬け物のほうが圧勝のパンチ力だ。それでも素朴な味を味わいたければ、「伝統」を守る商品を高い金を出して買うか、自分でお安く作るかである。

    たとえ作ってみて失敗したところで、ご飯約3膳分と野菜がごみになる程度のこと。ガタガタ騒ぐほどのことでもない。

    ところがちゃんと養生していけば、一生物の漬け床である。塩の力、発酵の不思議さに感心、感心。そして、自分の手や台所をただよう雑菌によって、これはもう誰にも真似のできない正真正銘の「ウチの味」になる。これはブログでちょっとだけガタガタ言いたくなるほどのことである。

    みなさんも気がむいたら、一度やってみられるとよろしいのじゃないでしょうか。

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    2008年4月 5日 (土)

    今に始まったことじゃないけど

    Top_blue_2メタボ健診がどうとか、まったくもって余計な世話である。

    医療費削減を口実に後期高齢者がどうとかで、まったくもって政府は早いとこ年寄りに死んでもらいたいんだろう。政府が「少子化」という言葉を使うときというのは、「負担にしかならない年寄りは早く死んでくれ」と言っているのと変わりない文脈でばかりだ。

     

    ぼかあ、もう決めました。

    金輪際、腹回りが85cmを下回らぬように心がける。普段から高めの血圧ももう下げない。高脂血症でもらっている薬も飲み続けて、医療費をジャブジャブ垂れ流しにする。

    たばこも死ぬまで吸い続ける。今後たばこをやめた人間を見たら、「健康管理は自己責任だ」などとぬかす権力の前にみずから屈した者として、心の中でせせら笑おう。こんなにうまいものを時代の流れだとかでやめるのはアホである。権力者の「余計な世話」に乗っかる健康的な愚か者にぼくはなりたくない。人畜無害は、権力がまさに欲するところの被統治者の生きかただろう。

    こうなりゃレジ袋も最後の一枚までもらい続ける。なんだったらゴミ袋にすることもなく、すぐさま捨ててやる。人の分までレジ袋を消費する。マイバッグなぞとこまっしゃくれたものを誰が使うか。マイバッグだとかマイ箸だとか、免罪符はいつの世にも人気商品である。

     

    右翼に文句を言われそうなら、前もって警戒して「危険な」映画の上映を取りやめてしまう映画館っていったいなんなんだ(大阪の第七芸術劇場は予定通り五月に上映するらしいが)。芸術に携わることをやめた映画館なんてつぶれてしまえばいい。そんな映画館は表現の自由を守ることを、たたかう前に放棄した空間である。のんびりとぬるい映画でも流し続けて、斜陽産業らしい最期を迎えればいい。

    君が代・日の丸に反対する教師もロクに守れない組合にさえ、裁判所の命令を無視してまで会場を貸さないホテルもつぶれてしまえばいい。もしかしたらあれか、今後「お詫び」と称して日教組に安く貸すための今は方便なんです、とか、そういう深謀遠慮か? まさかな。

     

    いざことが始まってから、その施策の問題点の報道を始める報道機関。議会で決まる前からその法案の問題点をあぶりだすのが仕事なんじゃないのかね、記者というのは。

    有権者にしても、「困ったもんだ。まったくもって政治家は庶民の生活がわかってない」なんて、何を言っているのか。悪政を天から降ってきた災難とでも勘違いしているのか。誰がその政治家を選び続けているのか。投票所では投票用紙に候補者の名前をメクラ判でついてきているのかね。

      

    くだらん。実にくだらん世の中だ。

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    2008年3月25日 (火)

    水が去って法

    Top_blue山を開いて作られた道の脇というのは斜面になっているけども、そういうところを法面(のりめん)と言う。言葉自体はあまり耳慣れないけど、コンクリートで固められたり竹やぶになっていたりするのをよく見かける。

    さて、この法面、「法」の字が当てられている。なんで斜面に「法」が関係あるの? そのわけは? 

    サンズイに去るで「法」。「水が去る」で「法」、つまり水が上から下に流れるのはものの道理。「ものの道理=法」ということで、ここまでは「法」の字源。ほうほう。

    で、斜面というのは雨が降ればまさに水が上から下に流れる場所。というわけで斜面のことを「法面」という。とは、ぼくの勝手な推測まじりの「法面」の語源。どうでしょう? 

     

    水に限らず、ものが高いところから低いところへ落ち、濃いところから薄いところへ広がるのは、これまたものの道理。

    となれば、富も多いところから少ないところに流れるのがものの道理というものだ。いわゆる「富の再分配」というやつである。これがうまくいかないと、その社会はその度合いにしたがって不安定化するから、富の再分配は社会の安定化にとってカナメになる。

    しかしながら、世の中どうかしたもので、お金は金持ちにより集まり、貧乏人からはどんどん逃げていく。「お金は寂しがり屋さんだから仲間がいるところに集まる」なんてことをいうけど、貧乏人から逃げ出したお金は、どういう道筋をたどってかは知らぬが、金持ちのところに集まる。

    富が偏在すれば、金持ちの家から金銀財宝を奪ってくるなんてことも起こる。そういう意味で言うならば、泥棒は、乱暴なやりかただけども「富の再分配」機能の一つといえる。けど、これはいうまでもなく非合法。義賊ねずみ小僧といえども、捕まれば打ち首、獄門だ。

    現実には富の偏在こそが「合法的」になされている。「金持ち優遇税制」なんてまさにそういうことだし、「先進国」は合法的な商取引をしながら、「発展途上国」を踏み台にして「先進国」として存在している。

    一方、ものの道理したがっているはずの富の再分配は、闘いの中でようやく勝ち取るか、さもなければ「非合法」に富を奪い取ってくるか。環境問題が南北問題抜きにして解決できると思うのは「北」の傲慢である。

     

    ドイツの哲学者ヘーゲルの言葉に、「理性的なものは現実的である。現実的なものは理性的である」というのがある。この言葉は変革のための言葉にもなり、また逆に、現状追認にもなる。「現実に存在するものは理性的なのだから、現実に存在するものはすばらしい」と現実を追認する言い訳にもなりうるし、また、「現実は理性的なものでなければならないのだから、こんな非理性的な世の中は変えなければならない」と変革のための指針にもなりうる。

    支配者の思想はその社会で支配的な思想である。

     

    非合法として非難される悪よりも、合法的になされる悪のほうがタチが悪い。「公認」の核保有国以外に核兵器が流れようとしている今、のんびりしている余裕はあまりない。

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    2008年3月15日 (土)

    石鹸 無洗米 ブルース

    Top_yellow 石鹸はよく考えてみるとすごい。使うときに濡らしてクチュクチュすれば、成分が溶け出して汚れを落とす。使わないときは脇に置いとくだけ。めっちゃシンプル。

    液体やゲル状のはそれなりの容器がいるけど、固形石鹸は風呂屋に行くときに石鹸箱を使うぐらいで、普段はそこを石鹸置き場と決めたらとりたてて特別なものがいるわけでもない。洗面所ならミカンの袋にでも入れて蛇口につるしておけばよろしい。物自体も小さいから、買い置きしといてもそんなにかさばらない。ポンプを押すと泡が出てくるやつとか場面によっては便利なこともあるけど、総合的に見れば石鹸のほうが優れているだろう。

    もし、この石鹸というものが今の時代に発明されていたら、そのあまりのシンプルさにいろいろと「付加価値」をつけられていたんだろうなあと思ってしまうぐらいのシンプルさだ。固形石鹸にどんな付加価値をつければいいのか、今ぼくにはちょっと思い浮かばないけど、なんせ今やなんでもかんでも付加価値の時代だ。商品に付加価値をつけることができなければ今後の日本経済はもうだめなんだそうである。この前もギラついた顔の経済関係のおじさんが『朝ナマ』でそう言っていた。

    愛は地球を救う。付加価値は日本を救う。

    その気になれば誰でも作れそうなものは、それだけではせっかくの発明品もすぐに真似されてしまう。そうなれば商品としてはおいしくない。石鹸も今発明されていたら、なにかもっと付加価値をくっつけるなり特許でかためるなりして、独占的に儲けることが考えられていたことだろう。

     

    話は飛ぶけど、日本の食料自給率は低い。自給率を高めるにもいろんな要素が絡み合っているから、「これをやればすべてがOK」なんて手はないけど、ぼくが思うに、もっと米を食べるようになれば食料自給率を上げるのに相当貢献することになるんじゃなかろうか。

    ぼくは小学校の給食でご飯が出たことがなかった。でも当時はすでに「米余り」なんて言われていた。パン食をやめれば輸入小麦に頼っている分は米にまわるだろうに、なんであんなにパンばかり食わされていたのか。アメリカの小麦市場開拓のため、食文化の破壊なぞノープレブレム、そういってしまえば身もフタもない話だけれど、でもまあおおかたそういうことだ。今でこそご飯給食は当たり前になっているようだけれど、給食以外でももっともっとご飯を食べるようになれば、自給率を下げる方向にしか働かない減反なんて止んでしまうだろう。

    同居人といっしょに暮らすようになってぼくが驚いたのは、同居人がよくパンを買ってくることだ。食パンはほとんど切らしたことがない。同居人と暮らしておそらく三ヶ月で、それまでの三十数年間ぼくが食パンを買った量を超えた。なんでそんなにパンを食うの? パンておやつに毛の生えたようなもんでしょ? このブログで同居人にちょっと疑問提出である。「米は日本人の主食」というのはイデオロギーだとわかっちゃいるけどさあ、もっと米食おまい。うまいでね。このブログで同居人に生活改善要求である。

    さて、最近、といってもここ十年になるだろうか、研ぐ必要のない「無洗米」が普及してきた。出始めた頃は味が劣るなんて言われていたけど、最近はそうでもない。ぼくが無洗米を初めて見たのは大学で一人暮らしを始めたとき。興味津々、早速買ってきて炊いてみた。確かにちょっと味が劣るような気がしたけど、そんなことよりもなによりも研がなくてすむ簡単さに感動した。量をはかって炊飯器に入れ水を入れてスイッチポン、待つこと二、三十分、あらもう出来上がりの簡単さである。「玄関開けたら二分でご飯」というわけにはいかないけど、「玄関開けたら三十分でご飯」は充分に可能だ。

    というわけでぼくは、無洗米がもっともっと普及したらご飯を炊くことがもっともっと増えるんでないかと思うわけである。

    ところが。無洗米というのはその方法が企業秘密だそうで、どっかとどっかの会社が独占しているそうな。うーむ、そうか、「ぼく認定 米普及の決定打(のひとつ)」は特許で保護されていたか、そうぼくは唸ってしまうのである。

    ただの米ではない、付加価値のある米、無洗米。うーむむむ。

    いやあ、のんびりした時代に作られていたものでよかったよ、石鹸。

     

    付加価値とは一体なんなのか。特許とは、知的財産権とは、チョサッケンとは、一体なんなのだ。

    家でブルースばかり弾いているぼくなんかにしてみれば、もしブルースやロックンロールの十二小節にチョサッケンがかかっているとしたら、ロバート・ジョンソンさんやマディ・ウォーターズさんやB・B・キングさんやチャック・ベリーさんに世間の音楽関係者は一体いくらのチョサッケン料を払わなくてはならぬのであろうか。そうであったら、彼らはアラブの石油王並みの豪邸に住めたはずだろうなあ。ただし、ブルースやロックンロールがここまでありとあらゆるところに入り込んでくることはなかったんだろうけどなあ。そんなことを思ってしまうのである。

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    2008年3月 5日 (水)

    生命線的延命

    Top_yellow ぼくの手の平のしわは片仮名の「テ」にそっくりの形をしている。ゆえに、ぼくは子どもの頃、「テ」の字は手相をかたどったものだと思っていたぐらいだ。

    Photo_5 ぼくの生命線はかつてとても短かった。かつて短かったというからには伸びたということだけど、それはこういうわけである。

    話はさかのぼること六、七年前。左手がしびれるようになってきた。原付や自転車に乗って五分もするとハンドルを持つ手がしびれてくる。右手はなんともないんだけど、左手だけが寒さで感覚がなくなってきたような感じでしびれる。運転に支障をきたすほどではないもののなんとも違和感がある。

    だけならまだいいんだけど、ギターを弾いていてもしびれてくるようになった。これも弾くのに支障をきたすほどではないものの、ギターを弾くのに左手に違和感があるのはギタリストにとって結構致命的だ。気分がのってきて「オラオラオラア」と弾いているのに手のしびれが気になってしまっては、せっかくの「オラオラオラア」の気分が萎えてくるというもの。これはいかん。

    最初はハンドルを握る手がしびれるのとギターを弾く時のしびれとは、それぞれの時にそれぞれ別個で「なんかしびれるなあ」と思っていたんだけど、そうなるようになって二、三年たったある日ある時に「これはもしかして、手がおかしいのか?」とピピンとつながった。

    ということで医者に相談した。精密検査で手への刺激の反射試験をしたりした結果、「手根管ナンタラ」という診断をうけた。手首を通る神経を包む鞘が狭まって神経を圧迫しているのだという。手をよく使う料理人や裁縫を仕事にしている人がなりやすいらしい。ひどくなると、しびれが進んで物が持てなくなったり痛みが出てくるようになるという。そういう意味ではぼくのはまだ軽い症状だ。手に無理をしないようにしていればそれ以上症状は進まないものの、ほっといてもよくなることはないそうだ。

    この先生もギターを弾くというのを知っていたんで、ギターを弾くときに違和感があって困る旨を話したら、「だったら手術しましょうか?」ということになった。神経を包む鞘を切開して圧迫を開放するんだそうな。メスで切開する方法と内視鏡でやる方法とがあって、メスのほうが傷口の回復に時間がかかるもののより確実な方法だという。万が一にも神経に傷をつけられたら泣けるんで、メスでサクサクしてもらうことにした。

    Photo_6 メスを入れるのが手の平の運命線の下あたりから手首部分までで、治療後切開部の周辺にはどうしてもほんの少しむくみが出るという。

    「手相が変わってしまうということですか?」とぼくは聞いた。

    すると先生は、「そうですね、運命線にもメスが入りますし、どんな傷でもそうですが、治癒したあとは周囲が多少はれぼったくなりますから、手相は変わってしまいますね」と答えた。

    「先生、ぼくの生命線はほら、めちゃくちゃ短いでしょう? で、ものの本で見たらこれは二十代半ばくらいの寿命なんですよお。生命線的に言ったらぼくはもうすでに死んでるんですよお。これ、伸びますかねえ」

    「そ、それはどうですかねえ(トホホ・・・)」

    てなわけで、手術をしてもらってひと月かふた月後、傷口もしっかり治った手の平をしげしげと見てみると、わおーっ、伸びた伸びた、生命線が伸びた!

    Photo_7

    というわけで、めでたく手のしびれが治るとともに、ぼくの生命線は伸びたのである。見たところ六十代くらいか。ぼくのように「たばこのなにが悪い」などと言ってはばからない人間が早死にすれば「ほれ見たことか」とせせら笑う人もいるんだろうが、二十代以降生命線的に余生で生きてきた人間が三十いくつにして苦もなく六十代までの寿命を生命線的に手に入れたのである。事前に微笑み返しをしておこう。

    さて、ぼくが「手根管ナントカ」になったのはなんでか先生に聞いてみた。

    「やっぱりギターを弾いているのが原因なんでしょうか?」

    「うーん、そうかもしれませんが、あなたの生活を全部見ているわけじゃないんでねえ」

    この医者はわからないことはわからないとはっきり言う人である。ぼくの軽口もさらりと聞き流す人である。この医者は間違いなく名医である。

    医者にはギターが原因と断定されたわけでないものの、楽に生きているぼくに、手に負担をかけるようなことはギター以外思い当たる節がない。ということで、ぼくの生活を全部見ているぼくの診断によって、ぼくの「手根管ホニャララ」はギターが原因であると断定する。

    以前にも書いたようにぼくの手は小さい。であるがゆえに、ギターを弾くにもおそらく人より無理な手首の曲げ方をしているはずである。もしかしたらロックな気分にまかせてかなり無駄な力を入れているのかもしれない。それが元で左手首の神経を圧迫することになったと思われる。

    というわけで、ぼくにギターの弾き方を習いたい人は「手根管ナントヤラ」になる覚悟を持ってもらいたいと思う次第である。ロック万歳。

    ただし、その治療を適切にほどこせば生命線的寿命は伸びる。万事塞翁が馬。

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    2008年2月25日 (月)

    ごび刊

    Top_blueごとーび更新はしんどい。

    ブログを始めるに際して、更新していく日を決めなくてはぼくのようなぐうたらはすぐやめてしまうだろうなあと思って、こんなゴミみたいなブログには「ゴミの日」刊がぴったりととりあえず決めたんだけど、いかにもゴミの日刊は間隔が短い。そこでごとーび刊にしてみたんだけど、それもだんだんしんどくなってきた。

    じゃあ週刊? いやまだ短いな。じゃあ月刊? そりゃ長すぎか。記事に期待がかかりすぎる。更新の間隔を長くしても、一記事への力の入れ具合を変える気はない。じゃあ、気が向いたら刊? だからそれだったらすぐ終わる、と。「継続は力なり」と言うなり。

    じゃあ十日ごとの更新ならどうか。5と0がつくごとーびでなくて、0のつく日、つまり「とーび刊」。おし、これならいけそうだ。十日ごとでは間延びするかもしれんけど、そう思ったらまた変えればよろしい。

    そういえば、手塚治虫はどこかで「人間の最大の発明は締め切りだ」と言っていた(ような気がする)。氏の場合、あれだけ描きまくりながらそれでもなお話のネタは常に叩き売りするぐらいあると言っていたから、締め切りがなければいつまでたっても話をまとめられなかったんだろうなあ。同じ作品でも発表誌が違うとちょっと話を変えたりしていたらしいし。天才は次元が違う。

    ということで、次回から「とーび刊」で記事の更新をしていきたいと思います。今日は25日なんで、次の更新日は30日。次回から『徒ら草』はとーび刊になります。とーび以外も気が向いたら記事を書きますが。そんな風でよろしくお願いいたします。

     

    あーーー。今月は2月ではないか。なんたること、永遠に30日がやってこない!

    ということで、3月5日を次の更新日にしようと思います。以降、5のつく日、すなわち5日、15日、25日に更新していきます。せっかくとーび刊と決めたのにさっそく「ごび刊」に変更です。幸先わるう。幻のとーび刊。

    「ごび刊」ってなんか響きが「ゴミ刊」に似ているなあ。やはりゴミのようなブログであったか、このブログは。

     

    とまあそんなこんなで、今後ともよろしくお願いします。

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    2008年2月20日 (水)

    もしもピアノが弾けたなら

    Top_yellow この前の記事でキーボードを買ったという話をしたけど、そこでも書いたように、ぼくはギターは弾けても鍵盤物は全然弾けない。

    ギターは中学の頃に始めた。当たり前だけど練習をしてもすぐに上手くはならない。で、八つ当たり気味に、ああ、こんなことだったらピアノでも習っておけばよかった、そしたら指ももう少し動くだろうに、と思ったものである。中三のときだったか、友だちが音楽室で当時流行っていたジャーニーの曲をピアノで弾くのを見たときには、「うらやましいなあ」と羨望の眼差しである。男子校だったから女子にキャアキャア言われることはなかったけど、ピアノを囲む友だちから「どえらい上手いがね」なんて言われて、いいなあいいなあ、おれもおれも、と思ったものである。

    そんなある日、「お母ちゃん、なんでおれにピアノを習わせんかったの?」と、半ば恨み節のように母に聞いたことがある。

    すると母に、
    「覚えてないのか、あんたは。小学生のときに『ピアノ習いに行くか?』って聞いたら、『あんな女の弾くものいやだ』って言ったのは誰だったか」
    と言われたのである。

    うおーっ、バカバカバカ、おれのバカッ! タイムマシンがあったらその場に行って張り倒してやりたいおれである。

    今でこそフェミニズムを少しは聞きかじり、閉塞したこの時代を切り開き産業構造を転換し得る力を持つ思想はマルクス主義やエコロジズムに並んでフェミニズムである、と認識するにいたったものの、ああ、ガキの頃のぼくといったら。

    先日、といっても半年以上も前か、BSで『あしたのジョー』を懐かしく見ていたら、力石徹が「白木のお嬢さん、これは矢吹と俺との男の話なんだ。女のあなたには黙っていてもらいたい」なんてことを言っていた。うひょ~、今ではありえんセリフ。

    でも、当時はなんの抵抗もなく「力石かっこいいわあ、男だわあ」なんて思ってのめりこんで見ていた小学生なわけだから、ピアノなんてえものはまさに白木のお嬢さんが弾くような「あんな女の弾くもの」。そう一蹴してしまう環境は確かに存在していたのである。ぐやじい~。

     

    子どもは親が教えたわけでもないのに二才、三才ぐらいから「男は青、女は赤」と、どこでどう身につけたか覚えてくる。ウチの姪っ子もそうだった。

    「おじちゃん、何色が好き?」
    「うん? おれは赤かな。思想も赤いし」
    「おじちゃん赤なの? ははは、女みたい」
    「赤は女なの?」
    「だってトイレとかそうだもん」
    「ふむふむ」

    そんなこんな会話をしながら、子どもは「男は青、女は赤」と明示的に教えられて覚えるだけじゃなくて、言葉を習得すると同時にその言葉の文化的背景も覚えるんだろうなあ、と思ったものだ。たとえば、ここでも「男は青、女は赤」と書いたが、性別と色の問題を言及する場面だろうと名簿順だろうとなんだろうと多くの場合男を先に出すのが普通であることが、明示的にではないけれども「男が先」ということの教育的効果を持つ、というような。

    ぼくは「さとみ」と女みたいな名前をつけられ、というのも、ウチの兄(「まさみ」といいます)が幼稚園で「女みたいな名前」とからかわれ、弟にはこんな目にあわせたくないと思っていたところに、ぼくが生まれた。で、親から「字は『知見』で『ともみ』か『さとみ』にするんだけど、どっちがいいかお兄ちゃん決めて」と言われ、「そんな女みたいな名前絶対いかーん」と泣いて反対したんだけれども、「いや、もうどっちかにするから」と親の強権発動。幼稚園には「ともみ」という女の子がいたそうで、「さとみ」も女っぽいけど「ともみ」よりはまだいいと兄は苦渋の決断。幼いながらせめてもの兄心のおかげで、より女っぽい「さとみ」になってしまったわけである。

    今でこそ「さとみ」という名前はぼくには男っぽい名前に感じられるようになったけど(うそ)、ぼくも確か子どもの頃は「女みたい」とからかわれた気がする。と、余計に「女なんか」と思ってしまうことになったのかもしれない。

    そのくせ、いわゆる「女権拡張」で闘ってきた母に育てられ、なおかつ左翼的な思想環境で育つうちに働くことの奴隷性が見え透いてくるようになれば、いやがおうにもフェミニズムに近づこうというものである。そうなってからあらためてピアノが弾けないことに思いが至るとき、結構複雑な思いが胸の内をかけめぐることになる。

    団地育ちのウチの同居人はピアノを習わせてもらえなかったんで、彼女もまた弾くことができない。その代わりにお箏を習い始め、今では立派な大師範になってちょこちょこと営業仕事のようなこともしているんだけど、お箏の上手さからいって、もしもピアノを習っていたら相当上手かったろうと思われる。そんな同居人は今でも「ピアノが欲しい」と少女のように思っている。ただ、ウチには電子ピアノも置くような場所がないの。うう。デスクトップのパソコンを置く場所もないのに、弾けもせんピアノなんか置けるかあ。うう。

     

    たかがピアノが弾けぬぐらいでこんなに複雑な思いを持ってしまうなんて。

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    2008年2月15日 (金)

    鍵盤物

    Top_yellowマイクロコルグという小型のキーボードを買った。前々から目をつけていたんだけど、ギターしか弾けないぼくには手に負えそうもないんで、何度か楽器屋でにらめっこをしていただけで買わずにいた。んだけど、今回意を決して買った。

    そもそも、大学の時の先輩がギターを始めるというんで、それにつき合ってどのギターがいいかとか相談にのりながらネットを見たり楽器屋に行っていたんである。そしたらこっちにも購買欲に火がついて、まずはアンデス25Fという、ピアニカ風の鍵盤物なんだけどハーモニカ様のリードではなく笛が仕込まれたおもちゃのような楽器(NHKのピタゴラスイッチの音楽で使われているそうな)と、低音を受け持つベース版ピアニカを、先輩がギターを買うよりも先に買ったしまったのである。

    もともと普通のピアニカは持っていたんだけど、あっそうそう、ピアニカというのはヤマハの商品名で、いわばヘッドフォンステレオをウォークマンと言ったり密封保存容器をタッパーと言ったりするようなもの。鍵盤ハーモニカというのが一般名らしい。で、ぼくがもともと持っていたのと今回買ったのは両方ともスズキ製のもので、商品名はメロディオンという。だからここで「ピアニカ」というのもアレなんで「鍵盤ハーモニカ」、長いんで略して「鍵ハモ」と言いましょう、この場では。

    で、もともと普通の鍵ハモは持っていたんだけど、その鍵ハモと買ってきた笛の鍵ハモ(鍵笛?)とベース鍵ハモを同居人とフカフカしながら家で楽しんでいたんですね。どれも音がかわいくていいですね。楽しいですね。

    Photo

    さて、鍵ハモというのは息を吹かねば音が出ない。で、ぼくは中途半端に曲のアレンジができるもんだから、弾きやすいように(おもにCへと)キーを変え和音をつけたりする。となると、単音で弾く以上に息を吹き込まねばならない。そのくせ鍵盤物はほとんど弾けないもんだから、曲を覚えるのにゆーーーーっくりと吹く。失敗もする。というか失敗の中に時々合っている音があるような風であるから、となると、はあはあはあはあ、息が持たーん。はあはあ、息が持たんのですよ、息が。はあはあ。息が持たぬがゆえに練習がはかどらない。いつまでたっても曲が覚わらん。頭は白~くなってくるし、指先もしびれてくる。

    考えようによっては鍵ハモ音楽は薬物いらずのすごいトリップ音楽かもしれない。大麻の吸いすぎより鍵ハモの吹きすぎに要注意。

    Photo

    欲しい。こんなトリップ音楽で体を壊す前に、電気で音を持続させるものが欲しい。電気でぼくの健康が保たれるならそれでいい。そう思ったわけですね。思ってしまったわけなんです。

    で、ぼくは手が小さいから1オクターブがようやっと届くほどでかい普通の鍵盤のサイズについて日頃不満を持っておりますし、これまでもギターで手の小ささに泣かされてきているのに(クラ様やジミヘンなんかの写真を見ながらあの巨大な手を欲しいと何度思ったことか)、新しく始める楽器で今さら手の小さいことに苦労をしたくもない。でも小さい鍵盤のものとなると、これがまたおもちゃみたいなのが主流。そんな中にあって、わたくしのような素人とはいえ長きにわたって音楽を愛好する者にも満足な楽器として使えるのはただひとつ、マイクロコルグしかない(らしい)ということがネットを見たり楽器屋さんの話を聞いてわかったんで、もうこれしか選択肢しかないわけで(多分)、値段も四万なんぼ、もう大人なんだからそのぐらいなんとかなるわい! 金で解決じゃあっ! と気合いを入れて買ったというわけなんです。

    Photo_2

    しかし、まあなんですねえ、キーボードというのは機能がめちゃくちゃ多いですね。見るからにいかにも多そうなんだけど、説明書を見ながらあちこちボタンをいじっていると、「携帯電話は機能が多すぎ」とか愚痴っぽく言う人(ぼくもだけど)なんかぶっ飛びの多機能で、むしろ感動ものである。

    音もいろんな音が出せるなんてものじゃなくて、あらためて、電気となじむ楽器は現代において相当可能性があるもんなんだなあと思ったりする。ギターにしても、生ギターよりエレキのほうがどえらい発展しているわけで、まあこういうことは執筆作業が鉛筆からワープロに変わったとか楽器に限らないことだけども、フムフムという感じです。

    といっても、生のほうがつまらんとかそういうのとは全然関係ない話。生楽器は「いかにも弾いています感」があって、これはこれで楽しい。絵でもコンピュータグラフィックは便利だけど手描きのほうが「いかにも描いている感」があって楽しいのと似たようなもの。パソコンでは書道が成立しないのと同じ道理。あれ? たとえ話あっとるか? じゃあ、旅は車よりも電車、電車よりも自転車や徒歩で行くほうが「いかにも旅をしている感」がより高まってよろしいのと同様である。海外旅行も飛行機よりやっぱり船である。小型のボートならなおよろしいわけで、それよりも泳いでいくのが最高なのと似ている。んんん? じゃあもっとわかりやすく、寒いこの季節、湯沸し器を使わんと冷たい水で洗い物をすると指がちぎれそうになってきて「いかにも洗ってます感」が高まり断然気分がいいものである。さあみんなもお水で洗って洗って、ってもういいか。

    小型キーボードはまだ買ったばかりだから全然使いこなせてないけど、とりあえずこれでぼくの積極性窒息状況は避けられそうになったわけで、これはまことにありがたい。金で見事に解決である。しかし、それもこれも小型キーボードを買ったのは鍵ハモを楽しむためである。その初心を忘れることなく、今後とも日々音楽を愛好してまいる所存であります。

    さあ、肝心カナメの肺活量を増やすためにタバコ減らしてジョギング始めるぞー!(うそ)

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    2008年2月10日 (日)

    放射能アレルギー

    Top_yellow二酸化炭素を出さない発電ということで原発が有効だなんて話がある。

    海外でそれがどういうノリで議論されているのかは知らない。が、ここ日本には、最近あまり耳にすることがなくなってきたけれど「放射能アレルギー」という言葉があって、原子力の利用に一種独特の忌避感を持つ人が少なくない。言うまでもなくそれは広島、長崎での被爆体験に由来する感情だ(今風に言うなら「放射能へのトラウマ」とか「PTSD」とか言うんだろうが)。「放射線治療」が普及しだした頃、「放射線」という言葉に異常に警戒する患者がいたなんてこともあったそうで、そんな過剰反応を受けてこの言葉が揶揄的に使われることがないわけではない。けれども、ぼくに言わせれば「放射能アレルギー、上等」である。原爆という最悪の使われ方で原子力に初めて出会った日本人が「放射能」にアレルギー的反応をするのは至極当然のこと。むしろ、そのような反応を示さないほうがおかしいといってもいいぐらいだろう。発電所や最終廃棄物処理場などの原子力関連に必ず反対運動がつきまとうのは、それがたとえ非科学的な態度だったとしても、ぼくはおかしいと思わない。

    ましてや、原子力発電は目先の二酸化炭素では利益があるとしても、事故の可能性や廃棄物の処理まで考えれば危険極まりない存在だ。原発の最終廃棄物の中には放射能の半減期がウン万年だとか途方もない時間がかかる物があるそうだ。ウン万年。なんじゃそれは。そういうものを生み出してまで今の電力を確保することにどれだけの意味があるのか。

     

    話はほんの少しそれるけれども、もし原爆の開発がもう少しはやくなされ、日本だけではなくヒトラー支配下のドイツにも落とされていたとしたら、戦後の反核運動はもっと広がりがあったんだろうなあ、とぼくはよく考える。ただ、現実にはアメリカ白人の手によってイエローモンキーたる日本人の頭の上に落とされただけで(今のところ)、ここにはまちがいなく有色人種への偏見、差別が存在するとぼくは考えている。だからたとえ開発がはやく進んでいたとしてもドイツに原爆は落とさなかっただろうが、もしベルリンかどこかドイツの都市に落とされて、凄まじい地獄絵図に苦しむ白人を目の前で見ていたとしたら、さすがの白人も縮み上がって「放射能アレルギー」になっていたことだろう。

    となれば、たとえばEUへの加入には核兵器の廃棄が義務付けられていたかもしれない。少なくとも、国連の常任理事国がすべて核保有国であるなどということがここまで問題視されていないなんてことはなかっただろうと思う。米軍が劣化ウラン弾を使いまくることが許されるはずもなかったろう。また、原発への態度も当然もっと懐疑的だったことだろう。

    こういうことを考えていると、他者への想像力の欠如はわが国だけの話ではないと思えてくる。

    どこの国の話だったか忘れたけど、廃棄物を地中に埋めた場所に設置する看板に書く「立ち入り禁止」の表記を、「何千年後の人にも理解できるよう、将来の言語の変化をこれまでの言語変化の歴史から予測できないか」と言語学者にたずねたそうである。この原発関係者は律儀者というより、アホである。しかるべき学問を学び、しかるべき教養も身につけたであろうに、真性のアホである。こういう迷路に迷いこむうちに自分のしていることの愚かさにどこかで気づくものだ、フツーは。

     

    話を日本に戻す。ここ最近「放射能アレルギー」という言葉を耳にすることが少なくなってきたのは、放射能への理解が進んできたからだとは到底思えぬ。

    何年か前の雑誌の記事によると、広島県のどこだかの市で、毎年ある平和団体が反核を訴えるカレンダーを各学校に送り続けていたのを、「一方的な反核の主張は偏向教育である」と市の教育委員会がケチをつけて教室の掲示板からはずさせたという。また最近では、広島や長崎でさえ8月6日や8月9日を知らない子どもが増えてきたという話も耳にする。

    足もとからしてこうだ。「核武装もありなんじゃないか」なんて人がついこの前まで首相をしていたり大阪府知事に選ばれたりと、政治の中央に位置していられるような美しい国、日本。想像力の欠如というよりは歴史が欠落しかけているこの国で「放射能アレルギー」という言葉を耳にすることが少なくなってきたのは、被爆経験が風化し放射能への無理解が進んだから、と言ったほうが正解に近いんだろうとぼくには思える。

    そんな中で、「二酸化炭素を減らすには原発が有効」なんて話が進むとなれば、これはとんでもないことになりかねない。環境だ、エコだと軽薄に騒いでいると、こういうトンチンカンな話に引っかかる真性のアホが再生産されるだけである。

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    2008年2月 5日 (火)

    女は女 男は人間

    Top_blue_2終身雇用や年功序列などの日本式雇用スタイルが崩れたなんて話が、バブルが崩壊して以降からか、しばしば聞かれるようになった。ぼくはこの言葉を聞いて、確かにそういう面があることを認めはするものの、ずっと違和感がある。

    なんでか。それは、女性にはもともとそんなことは保障されていなかったからだ。雇用不安は女性にとっては今に始まった話ではなく、ずっとそうだった。年功序列といいながら、女性が三十年働いても、入社して五年の男性社員に給料が追い抜かれるなんていう事例は探す苦労もなく見つかる話だ。こういうのを「女性差別」と呼ぶ。それはいまだにいろんなところで放置されている。

    ここにきて、日本式雇用が壊れて云々などと社会問題のように言われることになったのは、男性にもそのような雇用方式が適用されなくなったからで、女性に対して差別的に処遇していた方法が男性にも及ぶにいたって社会全体の問題になるところに、今現在なおもってこの社会は「男社会」なわけである。つまり、「社会を構成するのは男性である」と。

    女性がまともな仕事に就こうと思えば、「女性」をあきらめるか、一人で三人分生きるつもりでやるか(仕事と家事で人の二倍働けば三倍の疲労があるだろう)、人よりもずば抜けた能力が要求される。これを日本的雇用の壊れた今風に訳しなおすなら、労働者がまともな仕事に就こうと思えば、社会人として生きるのをあきらめるか、一人で三人分働いて過労死を覚悟するか、人よりもずば抜けた能力が要求される、とあいなる。

    おとしめられていた女性の立場を横目で見ていてもなんとも思わなかった男性諸氏は、自分が同じような立場になって初めて、これまで放置していた「女性の問題」を「社会全体の問題」として認識する。そういう認識の仕方をしているということをせめて心の片隅にでも置いて、現下の労働問題、経済問題を考えていきたいものだ。フェミニズムの爪の垢でも煎じて飲んでからじゃないと、もっと弱いところにさらなるしわ寄せが出てくることになるんだろう。

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    2008年1月30日 (水)

    サービス残業と禁煙社会

    Top_yellow最近は日本でもあっちゃこっちゃで「禁煙化」が進んでいるけれども、「欧米に比べればまだまだですよ」なんてしたり顔で言っている人がいる。ふーん、そうなの。

    ぼくはここでも何度か書いているけど、今の「禁煙化社会」は管理社会のスマートな現われだと思っているんで、とても息苦しく感じている。病的なまでの「健康」へのこだわり。科学的というにはちょっとお粗末なものを根拠に「たばこと健康の関係」を好き嫌いの問題に持ち込み、ひとつの文化を破壊する。こうしたえげつないやり方は、たばこが体にいいとか悪いとかと言う以前の問題だ。いったんたばこは不健康なものだと一定程度に社会的合意が得られれば、あとはそこをたたく、たたく。好き嫌いを正しい間違いで論じるのはそれこそ間違っている。「健康増進法」などという余計なお世話としか言いようがない法律ができて以降、ほとんど歯止めが利かない。

     

    話は急に飛ぶ。いろんな人と話をしていてもしばしば感じることなんだけども、この国は「サービス残業」に対して異様に寛容である。サービス残業というのは働いた分の賃金が払われてないわけで、給料不払いが許されるものでないのは当たり前なのに、「サービス残業」とカタカナ混じりの言葉にごまかされているのかなんなのか知らぬが、この寛容さだけはどうにもぼくの理解を超えているところがある。で、ぼくがそういうことを言うと、少なくない人が、サービス残業をしないと仕事がまわらんだの、会社がつぶれるだのと、まるでできの悪い経営者にでもなったかのような言葉を口にする。

    それに対してぼくは、「子どもに安い賃金で労働をさせないとウチの会社はつぶれるんです、なんていう会社は許されんよねえ。サービス残業ってそれとおんなじで、違法なことをしなきゃつぶれるような会社って認められんのではないの?」などと言って、それでようやく少しはわかってもらえるみたい。少しだけね。

    海外に住んだことのある友人なんかに聞くと、むこうではサービス残業というのはちょっと考えられないことだそうで(海外といっても主に欧米なんで、「外国ではみんな」とは言わないけれども)、このことに関してぼくは日本人離れしているんだろうかなあ。確かに、かつて国労つぶしのために国鉄が解体された時、「こんなに明白な不当労働行為が国あげて白昼堂々とやられているのに、なんでこの国の労働者はゼネストをうたんのだ!」と、日本の労働者に絶望して見限った高校生はまれだったろうから、まあそれはそういうことかもしれない。

    それにしても、働いた分の給料を一部とはいえ不払いされて泣き寝入りしている人の気持ちというのは、大人になったぶんちょっとは労働者の立場を理解できるようになったとはいっても、最後のところではほんとのところがよくわかっていない。組合の結成さえままならない日雇い労働みたいな不安定な職ならいざ知らず、結構普通の仕事でピンハネが堂々とまかり通っているのはどうにもいただけない(日雇いでもいかんけど)。契約に基づく労働なのに契約違反も甚だしい。「納税義務」「教育を受けさせる義務」に並んで「勤労の義務」があげられているのに、こんな労働現場をほったらかしにしておいて、日本政府の無責任さもまったくもってなんともはやな話だ。

     

    さて冒頭の禁煙化社会の話だけど、ここで突如としてやや強引に結びつける。つまり、禁煙化とサービス残業にたいする感性とは、同じ心性が働いているんじゃないかとぼくは思うわけである。一言でいうなら「公に対する態度」とでも言おうか。「たばこは健康によくない」という社会的合意が一定程度得られているのに(その事の当否はひとまず措く)、日本で禁煙化がある程度ゆるいのとサービス残業に対する寛容さとには同じ性根が働いているんじゃなかろうか、欧米でサービス残業が考えられないこととより徹底した禁煙化とは同じ根の感性が働いているんじゃないだろうか、ぼくはそう直観するわけである。

    「なんで?」なんて聞かないでね。ぼくは直観するだけ。主筆一人でやっている「ごとーび刊ブログ」でこの直観の根拠を展開しようという気にもなれぬ。誰かこれをテーマにしてどっかで論考を書いてください。

    「公」というと、最近の日本ではすぐ国家だの愛国だのに話がいってしまうけれども、そういう日の丸野郎な国家主義者の話ではなく、ぼくはパブリック、つまり社会と個人の関係の話をしているわけである。契約社会といわれる欧米でどんな雰囲気で禁煙化が進んでいるのかよく知らないけれど、日本でのサービス残業に対する寛容さと禁煙化の流れを見ていてぼくが感じることは、集団同調主義的管理社会のニオイと、それに対抗できない個人ないしは民の力の弱さである(ここでぼくは、欧米に集団同調主義=ファシズムがないということを言いたいわけではない。ヒトラーやムッソリーニを思い返すまでもなく、イラク戦争を見てもそれはわかる)。

    ぼくは思うんだけど、日本の禁煙論者がもっともっと禁煙化を進めたいなら、サービス残業の禁止の徹底をはかることで社会と個人の関係を変えていけば、禁煙社会はより達成されることだろうと思う。禁煙論者の人たちはバイタリティあふれるその能力でそっちの方面にもがんばられたらどうでしょうか。会社の看板や名刺には30%以上の面積で「サービス残業は特定の労働者に偏った労働を強いることになります」、「サービス残業を放置すると労働者を過労死に追いやる可能性が高まります」なんて書かせるように法制化させるとか。合法である喫煙を職場でやめさせる前に、違法であるサービス残業をやめさせることのほうが、どう考えても先決なわけだし。

     

    ただ、ぼくは、サービス残業がある社会でもない、禁煙化された社会でもない、第三の社会を望むけどね。

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    2008年1月25日 (金)

    ためにする議論

    Top_blue一リットルあたり二十五円のガソリンの暫定税率を撤廃するかどうかで議論が沸いている。

    ガソリン税は道路を作るために使われていて、それを自由に使えなくなるのがいやなわけである、与党側は。そんな中で、撤廃に反対する与党側から「暫定税率を廃止してガソリンが安くなるとガソリンを使う人が増えて、これでは環境保護の姿勢に反することになる」なんていう話が、首相をはじめ閣僚の面々から出てきた。徴収した税金を環境保護のために使っているならまだしも、そうではないのにこういうことを言い出す。

    そうならば、「道路を整備して道路を使う人が増えれば、ガソリンをより使うようになり、これでは環境保護の姿勢に反することになる」という言い分も当然成り立つ。だったら道路を作るのをやめなくてはならないけど、それは絶対に嫌みたいです。たとえば、京都ではいま着々と都市高速が作られていて、「京都議定書の会議をした足もとでこんな環境破壊を進めるようなことをしていていいのか」なんて言われているのに、そうした反対をおさえて道路建設を推し進めているのは一体誰なのか。言っていることとやっていることがバラバラ。

    話にもならないこんなことを持ち出してきて、一体全体彼らは言論を戦わせることを旨とする政治家として恥ずかしくないんだろうか。こんなの「ためにする議論」という言葉の意味を子どもに説明するときのたとえ話にしか役に立たぬではないか。

    こういうメチャな物言いは今に始まったことではない。かつて八十何年だかに「医療費を抑制するために医師を減らす。医学部の定員をまず削ることにしよう」という閣議決定があったそうで、それが今の医師不足につながっているという。そりゃあ医者が減れば医療費は減るだろうけどさあ。そんな閣議決定があったことを初めて知った時には絶句ものだったけど、ちょっと前まではマスコミもいっしょになって「医師は過剰ぎみ」なんて言っていたなあ。なんだったんだろう、あれは。

     

    こんなことをいつまでもいい大人がまじめくさってするものじゃない。そんなやつの顔が見てみたい。って、そんなのニュースなんかで毎日見れる。それよりもむしろ、こんなやつらを与党にし続けている有権者の顔が見てみたい。

    と、鏡をのぞきこむ。

    恥ずかしい。

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    2008年1月20日 (日)

    思い込みダイエットでどんと来い

    Top_blue最近ようやくおさまってきたけど、一月の八日あたりから何日間か「思い込みダイエット」という検索ワードでアクセスがとても増えていた。もともとそんなにアクセス数があるブログじゃないから増えたと言ってもたいしたことはないけど、普段の三、四倍の人がこのブログを見に来ていた。

    グーグルやヤフーで「思い込みダイエット」を検索してみると、ぼくのブログが何番目かに出てくる。以前やっていたブログで、「おれは今日から小食の人である!」と思い込めば食事を減らしてもお腹がすかん、みたいな話を書いたことがあって、その時このダイエット法を「思い込みダイエット」と適当に名づけ、で、「それをまた二年ぶりかにやっております」と三ヶ月ほど前に「思い込みダイエット再び」と題して書いた。

    で、どうやら若槻千夏が、「思い込みダイエット(徒ら草版)」とは無関係の、「『このメロンパンは3キロカロリーだあ!』と思い込めば、食べても太らない」なんていうウソかホントかわからんような「思い込みダイエット(若槻版)」をテレビで紹介したみたいで、その途端、「思い込みダイエット再び」の記事にアクセスが増えたということのようだ。

    アクセスが増えて迷惑ということはないけれど、書いた本人が忘れていたような記事だったから、ぼくちゃんびっくり。で、そのことを左横の欄の「編集中記」でチラッと書いたら、今度はそこが検索結果の記事紹介部で出るようになって、「思い込みダイエット 若槻千夏」のand検索でもヒットするようになって、あれあれ、ドツボである。

    とかなんとか今回またこんなことを書いて、これはまさに火に油を注いでいるようなもんでしょうかなあ。そんでさらに「やっぱりあの記事は火に油注いだみたいです」てなことをまた書いてしまうとすると、おお、これじゃまるでらせん階段じゃないか。

    『徒ら草』を開設して二年余り、ようやく人に無駄足を踏ませる石ころブログ界にぼくも参加できたかと思うと、なんか感慨深い。地味ながら『徒ら草』の名に恥じぬいい仕事である。

    それにしても、いずれ「ダイエット」で検索されてこのブログにやってくる人がいるとは思っていたけれども、思わぬ伏兵にしてやられたあという感じで、恐るべし、ダイエットである。たばこ話もコメントやトラックバックを開いておけばワケのわからんいちゃもんが多いことなんだろうけれども、ダイエットもそれに劣らぬ恐るべしワードであろうことよ。こういうのも健康病という名の病気にとり憑かれた現代を映す鏡というやつでしょうか。

    でも、もっと「恐るべし」なのはほんとうは「有名人」「テレビ」なんだろうなあ。テレビはやっぱりメディアの王様。こういうことがあると、テレビに出て有名になりたがる人の気持ちがわからぬではない気がする。そんでもって、いったん有名になった人にとっての、そこから転げ落ちる不安はいかばかりかと思う。胃薬や酒の宣伝に嬉々として出演している「評論家」のみっともない姿や、なんや誤解なさって府知事選に出馬してしまった「弁護士」なんかを見ていると、そういうことなんだろうなあと思う。

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    2008年1月15日 (火)

    臨機応変に用をたせ

    Top_blue最近、洋式トイレで小用をたすとき座ってする男性が増えてきたという話である。そういう話になると、「日本男児たるもの、ションベンは立ってせよ!」といきり立つ人もいれば、「トイレが汚れにくくていいわね」という容認派ないしは推進派、「わたくしもう実践中です」という実践派などにわかれて、ああでもないこうでもないと議論沸騰にあいなるわけである。

    さて、ぼくはというと、もう実践中である。ぼくのことを知っている人からすると意外な感じがあるかもしれないけれど、実際に実践中なのである。いちいち座るなんて面倒くさいと思われがちみたいだけれど、そうではない。

    二日酔いで迎えた朝を想像されたし。フラフラになってトイレに行き用をたしていると、「ウーップ」と胃から何物かがこみ上げてくる。そもそも立っているだけでもしんどいのに、その上に「ウーップ」まで我慢していると、焦点を定めることがずいぶんとおろそかになってくる。そうしたことも若いうちは若さで補い得たものの、最近では補う気もだいぶと失せてきている。そんな時に、座って小用をたすことを覚えたわけである、ぼくの場合。そして、二日酔い以外の時でも、座ってするほうが確実に楽だということを知ったのである。

    考えてもみられよ。どこまで詳しく書いていいものか、はばかられるところでもあるけれど、立ってする場合、ズボンをずりさげ、銃を手に取り、「構えっ!」とばかりに狙いを定め、「撃てっ!」と事が始まると、終えるまで的をはずさぬように気をつかっておらねばならぬ。ところが座ってする場合、ズボンをずりさげ便座に座ってしまえば、あとはもうなにも気をつかう必要もなく、排泄の快感に浸っておればよいのである。二日酔いの時なら、なんとなれば壁にひじをついて腕まくらしながらへたりこんでいてもかまわないのである。これは実に楽である。銃にさわることもないので、用をたしたあとに手を洗わねばならぬという義務感からも相当に解放される。座りションベンはとても素晴らしいぐうたらスタイルなのである。しかもトイレが汚れる可能性が減って清潔度もアップ。

    家での格好はゴムの極楽パンツだからちゃっちゃっちゃのちゃーだけども、出かける前なんかでジーパンをはいている時はベルトをカチャカチャとはずすことになるんで、これは確かにめんどくさい。けどそこは臨機応変、ただ立ってすればいいだけのことである。こればかりは女に真似はできまい、フフフ。男は洋式便所になって、小用の時の選択肢がひとつ増えたのである。

    Photo ただ、銃が大きめの人は便座が浅い場合、底に付いてしまうことがあるかもしれぬ。そのような男性はあきらめねばならぬかもしれぬが、ううむ、羨望。また、銃がなにかの加減でいきり立っている場合も、平生の時とは違った配慮が必要である。がしかし、これはこれで、立ってする場合でも窓の外に飛んでいく恐れがあるわけだから・・・・・・、

    あーあ、やっぱり品がなくなってきた。

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    2008年1月10日 (木)

    おまえ、地獄に行くわ

    Top_yellowへとへとになる。一気に、ではなく、じんわりとへとへとになる。それがこの年末年始であった。連日のような飲みで、今が昼なのか夜なのかもよくわからない。酔ってメートルが上がっている時以外、えらい。ねむい。同居人の実家へ年始のあいさつに出かけても、体だけが外出中で、精神はずっとこたつの前でたばこをふかしながらだら~っとしている。まさに抜け殻である。

    さて、話は急展開する。

    「おまえみたいな坊主は地獄に落ちるわ」とは、ぼくが友だちからよく言われる言葉である。「おまえと一緒にな、ぎゃはははは」とは、そう言われた時にぼくが友だちに言い返す言葉である。

    ここで、「そんなオレでも念仏すれば阿弥陀さんは救ってくれるのだ。そんな人間が救われるには阿弥陀さんにすがる以外ないのだ。それだけ阿弥陀さんは偉いのだ。肝要なのは念仏をとなえることである」と答えられたらぼくも立派なお坊さんなのかもしれないが、このような会話がなされる現場はまるでそんな雰囲気じゃないということはみなさんも想像に難くないことであろうから、まあ許してくれたまえ・・・。と、このようなゆるい姿勢がまさに「地獄行き」を友だちから指摘されてしまう所以なわけであろう。けれども、そんなぼくでも阿弥陀さんは救ってくれるわけである。そんなぼくは阿弥陀さんしか救ってくれないわけである。

    「おまえみたいな云々」というのは、つまりはぼくの破戒っぷりについてだろうけれども、そんなとことんの破戒話でなくても、修行したり節制しているからこそ仏さんや神さまは救ってくれる、みたいな感覚はたぶん多くの人が持っているはずである。ここには節制や苦行、禁欲は立派なことだというたぐいの価値観が流れている。ぼくの場合、念仏(南無阿弥陀仏)とお題目(南無妙法蓮華経)の違いもよくわからない人と話すことが少なくなく、極楽が天国になろうが千の風になろうがどうでもいい人が主戦場だから、持戒や節制は八百年以上も前のとっくのむかしに法然上人によって救いの条件からはずされているのだという小日本宗教史、宗教革命史を話すのは、だいぶとあとのことになる。

    さて、この「苦行主義」「禁欲主義」というのは一見もっともだけれども、実はこれは原因と結果が逆立ちしている。何ごとかを成すには苦労が伴うことが多いことを人は体験的に知っている。そこで、何ごとかをなす──面倒なのでここではとりあえず「成功」とでも言っておこう──成功するために苦労を厭うな、ということになる。成功には苦労が多いのはそうだとしても、必ずしも苦労は成功のための必要条件ではない。にもかかわらず、そのときとぎによって違う成功の原因の不確定さよりも、苦労のほうが体感としてはっきりわかる分だけ成功に必ず付随するものという「現実感」を形成する。

    また、「これだけ苦労したんだからなにか見返りをくれ」と、苦労を成功との取引材料にしたくなるややゲスな心理作用も働きやすい。

    こうして、何ごとかをなすについて、話は容易に、苦労がないところに成功はないのだ、ということになる。それはともすると、内容も問わず苦労そのものが目的化され、「お茶断ち」なんかの願掛けでなにか好きなことをやめるという禁欲が、なにやら成功の秘訣となっていくわけである。「苦労を厭うな」という話が、いつの間にやら、したくもない苦労を「買ってでもしろ」なんてマゾめいた話になってしまう。

    成功に本当に必要なのは成功のための諸条件なのであって、その条件に必ずしも苦労が含まれるというわけではない。にもかかわらず、原因と結果が逆立ちして、ある種の節制、禁欲、苦行が先行しだす。

    そこを逆手に取ったような浄土の教え──自分は愚かな人間であり、そのような愚かな人間は阿弥陀にすがる以外救われる道はない──というのは、修行することを多くの人が正しい宗教的姿勢と思っているとしても、それと同時に、ほとんどの者が達成不可能であるところの修行主義を排した点で、まさに万民救済に値する教えだ。浄土の教えにおいては、成功のための条件、つまり極楽に往生するための条件とは念仏をとなえることだけである。そして念仏をとなえることは誰にでもできる楽な方法だ。ここに苦労はない。

    仏教では法然以前に、そもそもお釈迦さん自身からして苦行主義を排しているけれども、こうした苦行主義、禁欲主義や、修行につとめる者にあやかろうという感覚は通歴史的、汎世界的なものだろうし、「ゆえなしの妄念」の一言で済むほど簡単ではない。であればこそ、法然の登場から八百有余年、いまだにぼくが何度となく「おまえみたいな坊主は地獄に落ちるわ」と言われるわけである。八百年かかってもなかなか定着していない教えを今の世にぼく一人でなんとかできるものじゃないけれど、日本でこの先宗教革命があるとするなら、法然の復権だけでほぼ十分だろうから、答えはそこにすでに用意されてはいるわけである。

     

    悪人正機(親鸞兄さんの言葉として有名だけど、これは法然師匠の言葉である)──愚かな人間こそが阿弥陀に救われるのにかなった人間だ──というのは、もうひとつ深い教えだ。もし浄土教に「奥義」というものがあるとしたら、これはまさにそのような教えといえる。けれども、仏教や浄土教の基礎知識のない人に安易にこの言葉が受けとられると、かえってただのグウタラ教の教祖の言葉になる。だからこそ法然も口頭でしか言及しなかった(んだろうと思う。口伝だったがゆえに、雑な文献学等によって親鸞の言葉であるかのような言説がいまだに流布されてもいるわけだが)。ぼくも飲み屋で酔っ払いオヤジに「悪人正機なんてーのはよー」と言いがかりをつけられて難儀したことがあるけれども、この言葉を知識羅列式歴史教科書程度の気軽さで浄土教の真髄のように受けとめられるとヤケドのもとである。あなかしこ、あなかしこ。

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    2007年12月25日 (火)

    冬休み

    Top_blue最近はどうも年末年始がピリッとしない。いつの頃からか年末大売出しもギリギリまで、お正月セールも年明け早々からやっているわけで、年末そのもの、年始そのものがもうそっちのけな感じ。こうなると、年末のせわしなさ、正月のめでたさとは一体なんのためのせわしなさ、めでたさであるのであろうかと思ってしまう。

    それにしても、こういう伝統的な暮らしの破壊に対して右翼は腹を立てんのかね。正月も休まぬデパートやスーパーに街宣車を横づけせんでもいいのかね。拝金主義にまみれた経営者どもの犠牲で正月から働く人たちが正月を家族とろくに祝えぬとは、陛下もきっと泣いておられるぞっ! とか。

    って、本当はこういうことに文句を言うのは組合の役割なんだけどね。労働者とその家族に正月を返せーっ! えいえい、おー! けど、そんなシュプレヒコールはとんと耳にしない。

    これまで日本のまっとうな民族主義を守ってきたのは実際は左翼だったわけで、右翼や保守支配層にまともな民族主義を期待したところで百害あって一利ありの差し引きざっと九十九害。だけど、なんや最近は組合の足を引っ張って溜飲を下げていたりするのが庶民自身だったりする御時世である。嘆かわしい話である。

    公務員(とその組合)叩きもいい加減にしておかないと、自らの首を絞めていくことになるのがわかってないんだろうなあと思う。国鉄がだめだったのは国労のせい、教育が悪いのは日教組のせい、社保庁がむちゃくちゃなのも組合との労働協約のせい、とかとか、そんなデタラメな言説が陰口でならいざ知らず、昼日中に堂々と表の政治や報道の真ん中で通用しているなんて、すごいと思います。恥ずかしいと思います。おそらく日本は「先進国」の中でも為政者にとってかなりやりやすい国だと思います。

    まあ、そんなこんなはさておき、当ブログ『徒ら草』は当世の流れも気にせず、古式ゆかしく年末年始にたっぷり休みます。

    最近は頭がよどんできたのか、書きたいことが頭の中でうまいことまとまらんようになってきて、三行も書くと、あれれ、なに書こうとしたんだっけ?と、トンチンカンチン一休さんである。下書きにもなってないメモ書きみたいな断片があっちゃこっちゃにとっちらかっている。

    ふむふむ、ちょうどいい頃に冬休み到来である。というわけで、正月十日からの再開ということにします。ひと休み、ひと休み。

     

    それにしても一年が早い。たぶんすぐにお盆がやってくる。

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    2007年12月20日 (木)

    悲しきあぶらげ

    Top_blueあぶらげの人生を思うとぼくはつらくなる。なぜといえば、あぶらげは口に入るまで何度もなんども火に通されるのである。

    大豆から豆乳になるときに一回。それから豆腐になって、薄切りにされ油で揚げられて二回目。それだけでも火は十分通されているのに、あぶらげをそのまま食べることはほとんどないから、あらためて火にあぶられたり煮物にされたりして、都合三度火に通されて、ようやく口に運ばれる。調理前の油抜きも回数に入れれば、都合四回。

    もうええではないかっ!

    ぼくは子どもの頃何度となくやけどをして、家族からはほとほとあきれられながら「やけど王」の名をいただいていた。そんなぼくからすると、何度も熱せられるあぶらげの身の上を思うに同情を禁じえないのである。

    しかも、あぶらげはあれだけ火を通されながらも足がはやいから、買ってきてすぐ食べるとき以外、冷凍庫に入れられカンカンに冷やされて買い置きされたりするわけである。ああ、火を通されたと思いきや、今度は冷えびえ地獄。

    しかもその上、「あぶらあげ」と正しく呼ばれることもあまりなく、ふつうは「あぶらげ」と適当につづめられてまでいるのだ。<あぶらげ>と入力して変換すれば、<油下>と「下」の字までつく悲惨なことになる。

    あぶらげを不幸な身の上に追いやっているせめてもの埋め合わせに、これからはいつもていねいに「おあげさん」とみんな呼んでやろうじゃないか。ぼくはそう思うのである。

    ちくわもまた、練り物にする段階とそれを焼く段階とで二回火を通される。けれども、生で食べられることも多いから(穴にキュウリつめたのが好き)、あぶらげ改めおあげさんに比べればまだまだ。冷凍されることも、まあない。「ちくわ→ちくゎ→ちか」なんてつづめられかたもされないし。

    でですね、この不幸なおあげさんとちくわは煮物でも、和え物でも、炒め物でも、なんでもかんでもとりあえず入れておけば、主役がどんな食材であっても抜群のひきたて役になることうけあい。じゃこやきゅうりと和えられ、刻みこぶと炊かれ、肉気のない野菜炒めにコクを出すため入れられ、どんぶりものにされ、炊き込みご飯の主役がたけのこだろうが松茸だろうが常に脇をかため、味噌汁の具の定番であり(おあげさん)、夜食のおかずにしょうゆもしくはマヨネーズをつけて丸かじりされ(ちくわ)…、偉いぞ、おあげさんとちくわ。

    不幸な生い立ちがいい味わいを出しているのかどうか知らないけれども、そんなわけでこの二つはウチでは常備食に準ずる扱いである。って、まあよそのウチでもそうか…。って、そうなんですか、みなさんのとこでも。

    と、そういうふうだから、ぼくは食卓を前にしておあげさんの人生に思いがいたることが普段から多いわけである。ううっ、もっとちゃんと味わっておいしくいただきます。むしゃむしゃ。

    ううむ、それ自体の味があまりないから、黄金の脇役としてはやはりおあげさんのほうがちくわよりも一枚うわてであるなあ、むしゃむしゃ、こうやって味わってみると、むしゃむしゃ、キツネが大好物だというのもうなづけるなあ、むしゃむしゃ、そういえば油断しているとトンビもかっさらってくっていうなあ、むしゃむしゃ…。

    ああ、おいしい。やっぱりあぶらげはうまいなあ。

     

    あっ!

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    2007年12月15日 (土)

    四コマ漫画のちから

    Top_yellow漫画には、もちろんぼくらは漫画世代だからよくわかっているけれど、小説や映画とは一味違う「情報」の伝わりかたというものがある。

    漫画の中でも、ストーリー漫画じゃなくて、もっと短い一コマ漫画や四コマ漫画では、その瞬間的なパワーでもってより直接的に表現がなされる。風刺をさせれば余計な注釈がない分、これまた究極の文芸の川柳、狂歌に比肩する破壊的な力を持つ。

    で、新聞には四コマ漫画がつきもの。ぼくが購読している朝日新聞では、朝刊ではいしいひさいちが『ののちゃん』、夕刊ではしりあがり寿が『地球防衛家のヒトビト』という四コマ漫画を描いている。

    人のことを悪く言うことには慣れていないぼくだけれど、朝日の朝刊でのいしいひさいちの四コマ漫画は、連載当初はフムフムという感じだったけれども、もうだいぶと前からかなり無理のあるネタ続きで、今では多分彼の経歴にキズになるような感じになってしまっていて、最近はマジちょっと見ちゃいられないほどつまらない(たまに他の雑誌で見るのとかはそんなにひどくないんだけどなあ)。

    それにひきかえ、しりあがり寿の『地球防衛家のヒトビト』は安定的に面白く、週一程度にはめちゃめちゃ面白いものがあって、その日の他の記事は読まなくても四コマ漫画だけは読んでいる。前もどっかで紹介したけれど、ちょうどこの季節の作品だったろうか、主役の地球防衛家のお父さんがカレンダーをめくりながら、「あれ、もう十二月? オレ的にはまだ十月なんだけどなあ…」とつぶやくネタは、ぼくの一生モノのネタになってしまっていたりする。

    そんな中でこの秋、ハロウィンの次の日だったかにこんなネタがあった。提灯記事ということでチョサッケンノープロブレム、転載します。

    Photo

    彼がどういう考えの人かぼくはよく知らないけれど、ここでは、ぼくがこのブログでときどき左翼民族主義的にネチネチとからみつくように書いている世の中の嘆かわしい風潮への思いが、たった四コマの漫画で瞬間的に伝えられている。と思う。もちろんこれは「四コマ漫画だから」というだけでなく、いろんな工夫や才能があればこその瞬間的伝達パワーではあるんだけれども、こういうのを見ると、ライバル心に燃えたぎるというより、こういうことは才能ある人にまかせて、ぼくのような凡才は「こういう面白いネタがありますよ」と伝える広報係でいいんではないかと思ってしまったりする。

    ちょうどハロウィンの頃に、近所の神社の氏子もやっている檀家さんで、「最近は秋のお宮さんの祭りの餅投げの時も人の集まりがもうひとつよくない。近所同士のつき合いもすっかり減ってきて、とうとう隣の町のお宮さんでは祭りが中止になった」なんて話を聞いていて、そんな話をこのブログでも書こうかなあなんて思っていた矢先にこの四コマ漫画を見たもんだから、この四コマ漫画にといおうか、しりあがり寿にというべきか、ただただ恐れ入るばかりだったんである。

    しりあがり寿は氏の著作『マンガ入門(講談社現代新書)』で、『地球防衛家のヒトビト』を含む自分の時事漫画、風刺漫画について、「昔の風刺マンガが持っていた『啓蒙』的な性格はうすくなり、答えや真相を提示するというより、それ以前に、考えるキッカケや問題点を示しているにすぎません」と書いている。ふむふむ、なるほど。

     

    もうすぐクリスマス。敬虔なキリスト教信者にとっては厳粛に過ごす日だけど、ここ日本では、いいところプレゼントを楽しみにいい子にしている子どものお祭りぐらいにしか思ってなかったのに、いつのまにやらいい大人までもが一緒になって商売っ気たっぷりにクリスマスセールだイルミネーションだなんだかんだとアホみたいに大騒ぎしたりして、ああそうか、これは「本体のないキリストさんの縁日」なんだあ、そうかそうか、薄っぺらな西洋かぶれと相俟ったキリスト教の中途半端な神道的受容なんだあ、とわかったところで、それにしてもなんかそういうのって恥ずかしいよなあ・・・、なんて「啓蒙」的な性格の話は、もう今日はヤボなんでやめときますね。

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    2007年12月10日 (月)

    若山富三郎や花沢徳衛級の人たち

    Top_blue_2今日の記事は、ぼく的には前回の記事の続きになる。というのもなんのことはない、先日新世界で友だちと飲みながらしゃべっていた話題だったからということだけなんですけどね。

    その友だち(仮にW田と呼ぼう)は、今はCMや映画のセットの大道具の仕事なんかをしていたりするけれども、もともと役者志望なんで、話をしているとそっち方面に話題が進むことが少なくない。で、新世界で飲んだ時もどういう道筋だったか忘れたけれども、「若山富三郎は勝新とは違うなんともいえぬかっこよさがあって、おれは若山富三郎のほうが好きだわあ」なんて、そんな話になった。

    で、話が、若山富三郎も出ていた小林薫(彼も何年か前の奈良の事件の犯人と同姓同名でとんだ災難ですけど)主演のNHKのドラマ『粋のいい奴』から、小林薫演じる寿司職人の師匠役だった花沢徳衛に及んだわけである。花沢徳衛の演技というのは、このとき以外にもよかった芝居がいくつかある。そのうちでも特に印象的だったのは、十年以上にも前になるけれど、NHKの朝の連ドラ『ひらり』で、これまた超ド級の実力派であった新国劇の島田正吾とのからみのシーンが十五分中十分ぐらいあって、縁台だったかで二人が会話するだけの場面だったんだけど、偶然その回を観たときはそのあまりのすごい芝居にぼくは朝もはよから石になって見入ってしまった。今では二人とも鬼籍に入ってしまったけれど、多分この場面はぼくが今まで観た芝居の中でも十指に入るもの。この日ばかりは仕事に遅刻する人が多くてもしかたがなかろう、と思ったものだ。

    たまにこういうことがあるからNHKのドラマはあなどれない。そういう芝居を観せたい演出家やプロデューサーは他にもいるだろうに、なかなかこういうテレビドラマに(特に民放では)出会えない。まともな演技力もないのに人気がある(らしい)だけの俳優を使い続けるテレビの視聴率至上主義は、ホントにもったいないと思う。バラエティ番組はいざ知らず、ドラマぐらいはしっかりした役者をもう少し使ってほしいものだ。

    この飲みの時、ぼくの大のヒイキである鬼平犯科帳の中村吉右衛門や、片岡仁左衛門の兄の片岡我當にも話は及んだんだけども、その話をここで始めたらまだだいぶと長くなるので、それはまた今度にしときます。吉右衛門や我當の話を聞きたい人がもしおりましたら、ぼくと飲んでいい加減のところでその話題をふってみてください。そのときぼくの話をあなたが機嫌よく聞いてくれたら、ぼくが酔いつぶれるまで延々その話をしてあげますよ。

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    2007年12月 5日 (水)

    たまったモノは吐き出せ

    Top_blueなにも四十になったからといって、我が身の老成っぷりをことさらに嘆くこともないんだろうけど、ここ何本かの記事で、ぼくは我が身の老成っぷりを嘆いてみたりしている。

    たしかに、お寺で檀家のばあさんやじいさんとしゃべっていると、ぼくはまだまだまだまだハナタレ小僧なのであるなあ、としみじみ実感させられることはままある。八十、九十になろうかという人から「人生で一番いい時期だ」とか言われると、なるほどそうかもしれない、なんて思ってしまうものだ。しかしながら、いつまでも若造気分でいたところで、体に染みついた二十代の頃の行動パターンに体がついてきてないこともこれまた時に感じるわけで、そんな嘆きの一つ二つをここで愚痴ってみたりするわけである。

    もともと体を動かすことは好きでないから、その手のことでの体がついてこないっぷりというのはあまり気にかからないけれども、特にしみじみ感じるのが酒に弱くなってきたなあ、ということだ。飲んだ翌日に「うへえ~、きのうはよう飲んだ」と嘆く力もないほどのボロキレ状態になることがどれだけ増えたことだろう。友だちと二人でしか飲んでないのに知らぬ間に寝てしまうし、いかんよなあ。

    Photo お酒なんてのは、飲みだすとフワーッといい気分になってきて翌日のボロキレ状態の想像図なんかどっかへ行ってしまうし、お酒は「手で飲む」、つまり「間」で飲むものだから、いい気になってこれまでのような「間」で飲んでいると、酒に弱くなってきた体が翌日に悲鳴を上げるわけである。時には飲んでいる途中から悲鳴を上げ始める。

    先日も、その日は友だちがウチに泊まっていくことになっていたんでいつもよりさらに気が緩んだのか、機嫌よく飲んだ翌日、「きのうはよう飲んだわあ」でさえなく、「きのうはよう吐いたわあ」とボロキレになって昼を迎えてしまうわけである。うーむ、こんなことでいいのだろうかね。って、よくないよね。

    とかいいながら、その二日後、大阪は通天閣の下、新世界で真っ昼間から串かつ、ホルモンで飲んで、最近の飲みっぷりからすると途中で寝てしまっても不思議ではないのに結局夜まで楽しく飲んで、帰りがけに日本橋で電子パーツの買い物をするうちに酔いもちょっとさめてきながら、なおご機嫌さんな気分の余韻をたもったまま大阪を発ち、京都に帰りつく頃には酔いがさめていたりするもんだから、「まだまだいけるんでないの、おれ。行け行けゴーゴー!」なんて思ってしまって、なんら反省のほどが感じられないのだなあ。

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    2007年11月30日 (金)

    眼精疲労かもしれませんが

    Top_blue_2 ぼくは眼鏡をかけているといっても、そんなに悪いわけではない。家でかけることはほとんどないし、眼鏡なしで出かけてもさして障りになることはない。ただ、夜に車の運転をしたり、暗がりの中で見るライブハウス、夜空のきれいなお星さまを見るときなんかにかけてないと多少具合が悪い程度である。

    高校卒業まで視力は1.5ぐらいあった。それが浪人のころ急に悪くなっていって、街角で通りすがりの美人とすれ違うまでそうとは気づかないことが増えてきて、ものすごい損をした気分がするようになったんで、眼鏡をかけることにしたのである。

    おお、なんと、これはぼくが遅ればせながら携帯電話を買うことにしたのが、夢の中の浮気相手と連絡をしようとして公衆電話が見つからず、あたふたあたふたと泣きそうになりながら目が覚めたその足で携帯電話屋に行ったのと似ているなあ。あははは。

    それはそれとして、この眼鏡は今も現役で使っている。レンズは何度か換えたけれど、それも視力が悪くなったからではなくて、ぞんざいな扱いでレンズに傷を入れてしまったからだ。

    フレームも何度かメッキし直している。メッキがはがれて地金が出てくるとフレームのあたる部分がかぶれてしまうので、レンズよりもメッキはがれのほうがよほど気を使っている。多分軽い金属アレルギーなんだろうけど、今では少しでも地金が出てくるとすぐにかぶれてしまう。

    何年か前に万が一の予備にもう一つ似たようなのを買ったけど、最初の眼鏡は都合二十年ばかり使い続けていることになる。物持ちがいいぼくのことである、老眼になってもこの眼鏡を使い続け、眼鏡が朽ち果てるが先か、ぼくが朽ち果てるが先か、こうなったら死ぬまで使い続けるつもりでいる。

    で、この前もメッキがはがれてきたんで修理に出した。その際、レンズも細かい傷が目立ってきたんで、ついでに入れ直すことにした。「せっかくですから視力を検査しときましょう」とあいなって検査してみたけど、結果、ほとんど視力は変わることなく、乱視の角度がややずれているだけということであった。「じゃあ、そういうふうでレンズを作ってください」ということになった。

    「レンズはどうなさいますか?」と眼鏡屋さんは聞いてきたので、ぼくは、「五つ上の兄が最近老眼が始まったらしいんで、どうせぼくもすぐに始まるでしょうから、一番安いのでいいですよ」と答えた。兄は最近、ぼくが読んでいた本を手渡すと、「いかん、読めん」とか言いながら本を遠ざけたり傾けたりするようになっているのである。

    すると眼鏡屋さんは、「ふむふむ」という顔をしたかと思うと、その時ぼくがかけていた検査用の眼鏡に一枚レンズを入れてきて、「これでどうですか」とたずねてきた。小さな字が書いてある手元の紙を見てみると、レンズ挿入前より見えやすい。「おやおや、見えやすくなりましたねえ」と答えたら、「そうですか。ということは、ただの眼精疲労かもしれませんが、もう老眼が始まってるかもしれませんねえ」と言われた。

    ガガガ~ン。

    薄毛、痛風、高脂血症、そこに、自覚症状はないけれども老眼が加わりつつあるみたい。

    もうじきに四翻プラスデンデンで中年の満貫である。二〇〇七年、不惑の晩秋。

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    2007年11月25日 (日)

    ジョクハラ

    Top_blue『徒ら草語辞典』 ジョクハラ=屈辱ハラスメントの略。相手や周囲には嫌がらせにしかなっていないような、過剰に屈辱を晴らす行為。

    高校の時の友だち(仮にOシマと呼ぼう)が、昇進への道なのか左遷なのかわからぬまま数年前からアメリカに転勤していたのが、この秋ようやく帰国とあいなった。ではささやかながら帰国祝いをしようと、先日飲みにいった。ぼくには動員力がほとんどないんで、ほんとにささやかに二人で飲みにいくことになった。さて、帰国祝いであるからして一軒目はおれがおごってやろう、手羽先のやまちゃんにしようね、おいしいしね、安いしね、ということで、名古屋は栄で落ちあって住吉店に行った。

    聞くと、Oシマは昨晩ほとんど寝てないという。そうかそうか、最前線のビジネスマンは大変である。そして実はぼくもその日は朝が早くて、昼寝もしてなかったから、夕方ぐらいからえらく眠くなっていた。ニート坊主はどこまでもシャッキリせぬからいただけない。飲み始めて最初のうちはおたがい意気揚々、あーでもにゃーこーでもにゃーとペチャクチャしゃべっていたんだけど、お酒を二杯か三杯飲んだらぼくのほうが、うう、眠い・・・。

    いかんいかん、寝たらいかん、と気合いを入れるものの、しゃべり終わってOシマの話を聞いていると上のまぶたがどうしても下がってくる。最近のぼくは酒席で眠くなると、場の雰囲気もかまわず我慢することなく寝るようになってきているけれども、今日ばかりは別儀でござる。この場には二人しかおらぬではないか。寝てはいかん。ああ、しかし、「おいっ、寝るな」と諌められる声もだんだん心地よくなっていく・・・。

    頬をたたかれハタと気づくと、Oシマに「帰るぞ」と声をかけられた。しまった、寝てしまった。時計を見ると九時半。時間にすれば五分か十分か。んっ?んっ?んっ? Oシマはもう清算を終えているみたい。あっ、そう、帰るの? うー、まだ眠たい。寝ぼけまなこで店を出た。

    そんなこんなで結局その日はお開き。ぼくは帰りの電車もしっかり寝過ごした。

    駅からの帰り道、寒い中を歩いていたらさすがに目が覚めてきた。頭がしっかりしてくると、「おれは、おれは、こんな時間に何をしているんだあー。今日は最低でも日が変わるまでは飲むと決めていたのにー」と、ニワカに現下の事態が飲み込めてきた。「あー、しかもおれがおごってもらっとるがやー。なんてことだー」。こっちから誘っといて、しかも帰国祝いでおごってやると言ったのに、うう、屈辱・・・。

    早速Oシマにわぴのメールを入れた。そしてぼくは家に帰ってきて、次にはちゃんと体調を整えて今日のこの屈辱を晴らすことを誓ったのである。ああしかし、このぼくのことである。四人の子持ち、もうすぐ五人め(!)が生まれんとする子育ても大変であろう最前線ビジネスマンのOシマが寝ようとも、「寝るな、寝るな、寝るなー、おれの話を聞けー」といわんばかりのタチの悪い酒になってしまいそうな予感がする。ジョクハラ防止を心がけねばなるまい。

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    2007年11月20日 (火)

    破れたジーパン

    Top_blueぼくはジーパンをもう何本はきつぶしたことでしょう。

    今あるジーパンもいずれはひざが抜け、ポケットも破れ、果てはケツが抜け、ついにはほどかれて補修用の生地となり、最後の最後には精も抜けたズタボロの布きれとして捨てられていくのである。ジーパンに限らず服というのはどれもこれと似たような運命をたどるものだけれど、ただ、ジーパンだけは破れてもなんていうんでしょう、ひとつの味わいとでもいうんでしょうか、おしゃれとでもいうんでしょうか、そんな感じがあるわけで、生地の強さもあわせて考えればジーパンは衣服としての寿命がかなり長い。

    いつの頃からだったか穴のあいたジーンズが店で売られるようになって、そんなのをはじめて見たときは、「まあなんてことなんでしょう。こういうものは何年もはいてこうなるのであって、買った段階からこういう風でよろしいのでしょうか」などと思ったものだ。けど、学生時代に破れたジーパンをいい気になってはいては世の大人から怪訝な顔をされていた身からすると、こうしたものが商品として売られるようになったとしても不思議なかろうと思うことにしていたわけである。

    でも最近になって、いかにも買いたての物だろうに「いくらなんでもそれはすり切れ過ぎだろう」なんてのを若者がはいているのを見ると、「おいおいパンツが透けて見えるぞ。それにしてもこのズボンの寿命はもって半年か一年だなあ」なんてさすがに思ってしまうわけで、なにもそんなものを喜んで買わんでも、と思うところなぞ、ぼくも着実に年を重ねていっているのだなあ。

    てなことを母としゃべっていたら、「昔だってバンカラだとか言って、男子学生はわざと帽子やら学生服を地面にこすりつけてボロボロにしていたんだから、目新しくもないよ」なんて言うわけである。

    ふむふむ、なるほど。

    「男友だちからわざと破った学生服を渡されて、あんまり上手にじゃなく縫い合わせてくれ、なんて頼まれて、バカバカしくてやってられなかったねえ」

    なんて言うわけである。昭和ひとケタ世代の重要な証言である。高度成長期以前のさして豊かでない時代からしてこういう風だったのね。

    となると穴あきジーンズも、これは案外伝統的なファッションであるのだなあなんて思ったわけである。

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    2007年11月15日 (木)

    思い込みダイエット再び

    Top_blueやせるために三日、四日ばかり食事を抜いた。初日の夕方くらいを過ぎるとなぜだか空腹感がなくなるから、言うほどそんなにきついわけじゃない。ぼくの場合、このプチラマダンを一つの儀式として、本格的な減量が始まる。胃を小さくすることも目的の一つだけど、これがなくては「その気」になれず、いつまでもダラダラ食いが続いてしまうのである。

    学生時代にも似たようなことをたまにしていた。UFO大盛りかシーフードヌードル大盛りとサンドイッチとを夜毎コンビニで買ってきて食べてばかりいたら、そりゃ太る。で、ズボンがはけなくなってくるんで、やせようと決意する。

    そんな学生時代のある絶食抜けの時、自分へのごほうびとして近所のラーメン屋に行った。そこのラーメン屋は、ぼく認定「最もラーメンライスのあうラーメン」を出す店である。添えられたたくあんをさっさと食べてから、ご飯にラーメン汁をねぎや焼き豚の切れ端とともにたっぷりかける。品がないと言うなかれ。ラーメンをすするあいだこれをしばらく熟成させ、そののちおもむろに口に流し込むと、もうこれがまた絶品なわけである。その時のダイエット前には特に頻繁に行っていたんで、おでぶちゃんになるのにかなり貢献したものである。

    そんなこんなで絶食抜けのごほうびにラーメン屋に行ったわけである。当時はまだ絶食のつらさがあったのである。若い、若い。ただし今日はご飯も頼まず汁も残そう、っちゅうかそんなに食えんわ、そう思いながら「ラーメン!」と注文したら、店員さんはぼくの顔をおぼえていたんだろう、いつものようにラーメンライスが出てきた。気が弱いぼくは、「ご飯は頼んでないんですけど」とも言えず、小さくなった胃に泣きながらラーメンとご飯をつめこんだのである。

    さて、ぼくはいまだ学生時代とほぼ変わりない辺りに住んでいる。で、ここらあたりは基本的に住宅街だけど大学の近所だからなのか、ラーメン屋が多い。このラーメンライスのラーメン屋もテレビに出たりして評判の店だし(ぼくは百五十歩ぐらいで行ける一番近所の店だったからよく行っていただけだけど)、有名チェーン店も二つ三つある。

    そんなところにまたラーメン屋ができた。今住んでいるところから百二十歩ぐらいであろうか、最短距離のラーメン屋である。一度行っておかねばなるまい。結構有名な店の支店らしくて、開店当初は行列ができていた。ある日すいている時に行ってみたら、なぬ?禁煙? ラーメン屋ごときが生意気な、と思いながら、さぞおいしいラーメンであるのであろうなと食べてみたら、なんじゃ気取っている割にはふつうでないか。もう二度と行くことはあるまいと思っていたら、三ヶ月もしないうちにつぶれた。ざまあないね。

    その後しばらくすると、そこにあらためて別のラーメン屋が居抜きで入ってきた。今度は禁煙でなかったんで(あたりまえじゃ)何度か行ったけれど、ここもしばらくするとつぶれた。大学至近なのに回転の早い店舗ですなあ。まあ、ラーメン屋は競争も激しいだろうし、他の飲食店より原価率が高いというから、ちょっとしたことでもやばいことになるのかもしれないけど、それにしてもなあ。

    「ラーメンにまずいものなし」とは椎名誠だったか東海林さだおだったかの言葉であるけれども、ぼくもそう思う。一軒だけ町なかでまずいラーメン屋を見つけたことがあったけど、かえってそんな店は珍しい。とんこつラーメンなのに、一口食べると牛乳で白くしているんだということがまるわかり。しかも塩気が効いてない。すごいぜ。人にもせっせと紹介していたけれど、行った人は多分、いない。言っているうちにそこもつぶれた。

    今回の絶食抜けにラーメンを食うことはなかった。学生時代のような食欲はもうないのである。今ではおかゆさんからちょぼちょぼと始めるのである。ぼくは確実に老成している。

    とか言いながら、頭によぎるのは食べ物のことばかりであるのが、まだ若さの証明ということでどうでしょうか。

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    2007年11月10日 (土)

    いつわりの思い

    Top_blue 先日法事に行ってきた。ぼくも僧侶であるからして法事に行くことは別にどうということではないのだけれども、その時は遠方の檀家さんだったんで、寺にまで迎えに来てくれるということであった。遠方の檀家さんの場合、こうやって檀家さんが迎えに来てくれることもある。あんまりバカ話をする雰囲気でもないから車中での会話に困ることもあるけれど、こちらを手間取らせないための檀家さんのせっかくの気遣いだから、これはありがたい話である。

    で、迎えに来てもらって、車で行くこと高速も使って四、五十分。うわあ、こっちのほうまで来たのは考えてみると二十年ぶりぐらいだなあ。「こっちへは高校の時の先生が住んでみえて、夏休みに遊びにきた時以来ですかねえ」なんて話をしていると、檀家さんのお宅に到着。ちなみにこの先生は『夏休み明け』の記事の停学話で出てきた担任の「パパさん」のこと。パパの家へ遊びにいった時の話を始めると長くなりそうなので今日は割愛。

    それはそれとして、仏間に通されて、ピャッピャッと如法衣に着替えて、ナムナムして、自分のことを棚に上げながら説教をして、と、その話も今回の記事とはあまり関係ないので割愛。

    つまりは、今日は帰りのタクシーの話をしたいわけである。帰りは檀家さんが寺まで送ってくれるのではなく、タクシーを手配してくれることになっていたのである。

    こういうのは、まさに坊さんを下にも置かぬ扱いというやつで、恐縮いたみいります、袈裟を着けているというだけでホントにぼくのような者に対してまことにもったいない話でございます。

    というのがこれまでのぼくのいつわらざる思いだったのである。が、最近名古屋ではタクシーの全面禁煙が始まったのである。というわけで、今回の法事は「帰りはタクシー」と聞いて、この「いつわらざる思い」が「いつわりの思い」に変わってしまったのである。帰りにタバコ吸えんの? ほなアホな。

    この思いのたけをどこにぶつければよいのであろう。檀家さんは良かれと思って、最高の接待としてタクシーを手配してくれたわけである。ところがどっこい、それが接待をされるこちらの身に我慢を強いることになるわけである。こんなことなら自分で車を運転してくればよかったと思ってしまうわけである。

    今回は、「お昼の食事もおつき合い願えませんか」ということであった。昼過ぎに寺で別の法務もあるのでおつき合いできなかったけれど、法事のあとの食事となれば献杯の挨拶(こういう時は「乾杯」といわずに「献杯」という。今日の豆知識)に続いて、

    「ま、ま、一杯」
    「あ、どうもどうも」
    「おやおや、おっさまはいける口かね」
    「いやいや、たしなむ程度です」
    「おっ、そう言う人は強いに決まっとるでねえ。じゃあ、いっていって」
    「いやいや、たしなむ程度です」
    「いっていって」
    「いやいや、たしなむ程度れす」

    なんていう風になるのが通例であるから、タクシーでの送迎はそういう意味も多少なりともあるのである。

    ところが、そういう接待全体の流れにタクシー全面禁煙は水を差すことになってしまうわけである。このことをわたくしは一体どこに訴えればよいのか。檀家さんに対してでないことは間違いない。となると、タクシーにか? そうかそうか、タクシーの運転手に散々いやみを言わねばならぬのか。それはそれは今日の運転手さんも気の毒なことであるなあ。

    そう思いながら、帰りのタクシーに乗ったわけである。

    運転手さんは、定年後ブラブラしていてもナニだし、老後の生活の足しにもなればと思いながらタクシー運転手をやっているという初老の人だった。年の頃合いから言ってもお坊さんと合うような会話のネタは身につけていそうな感じ。

    するとやっぱり、自分のダンナ寺の行事に行かないかんのを時折ご無礼させてもらっていかんですわなあ、なんて話が始まるわけである。そうきたか。

    で、さらに話がはずんで、奥さんを数年前に亡くしたそうで、「親の墓参りに妻の墓参りも加わりました」なんて話をしだした。まずいなあ。

    こんな人にむかって、坊さんの格好をしたぼくが何をきっかけに、タクシー全面禁煙に対する思いのたけを話し始められると言うのか。結局、ぼくはタクシーの運転手さんに話のペースを完全に握られたまま、寺に帰ってきてしまった。

    というわけで、ぼくは遠慮がちにこのブログに事の次第を書きつづって、今日の話は終わりにしようと思うわけである。

    次に普通の格好をして酔っぱらったときに乗ったタクシーの運転手が標的になるのであろうか。乞うご期待。

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    2007年11月 5日 (月)

    かつて自民党幹事長だったあの人

    Top_blue今は自民党を政権から引きずり降ろす時だと思っているからあまり言っていなかったけれど、やはり小沢一郎についてはひとこと言っておくべきだったようだ。

    湾岸戦争はちょうどぼくが大学生の時の1990年頃。民青で活動している友だちから「戦争反対ビラを作るから、なんか一言寄せて」と誘われて、ぼくもそのビラに名前を連ねた。

    この時、「金を出すだけで血を流さない」なんてアメリカから言われて、これ幸いとばかりに「これではいけない。国際貢献のために日本も血を流す『普通の国』になろう」と言い出し、PKOのためと称して、戦後初めての自衛隊の海外派兵への道筋をつけていったのが、自民党幹事長などで辣腕をふるっていた小沢一郎だった。

    当時、ブルーハーツが、

    君 ちょっと行ってくれないか
    すてごまになってくれないか
    いざこざにまきこまれて
    泣いてくれないか
    死んでくれないか  (『すてごま』)

    と歌うのを聴いて、頭に浮かんできたのは小沢一郎の顔だった。今でもこの曲を聴くたびに氏の顔が浮かんでくる。

    戦後一貫してアメリカと属国的なつき合いしかしてこなかった保守政治家が取り仕切るこの国にもし憲法九条がなかったら、戦争反対ビラに言葉を寄せるどころか、ぼくは現地でマシンガンを撃たされる兵隊だったかもしれない。

    人を殺さなくてすんだ。ぼくは憲法に守られていたのだと、その頃から強く実感するようになった。

    その憲法を破壊しかねない怪しげな「普通の国」という言葉は他でもない、野党第一党の党首がかつてに言い出したこと。国会を見ていると、自民党政府への「右から」の批判に一生懸命なのは、ともすると自民党内の右派よりも、松下政経塾出身者(エコノミック・アニマルになぞらえてポリティック・アニマルと揶揄される)や自由党出身者など民主党内の右派である。それでいて民主党は対抗勢力のような顔をしていられるわけだから、この国の民度はまあその程度のものなんだろう、という感慨を持たざるをえない。給油問題や大連立話を見ていてもわかるのは、やっぱり小沢一郎は所詮あの「すてごまになってくれないか」と言う小沢一郎だということである。

    九十四年衆議院に小選挙区制が導入されて以降、日本の政治で進んだのは、保守勢力が左ウイングを伸ばしたということ。そもそも小選挙区制度というのがそういうものなのであって、二大政党を人為的に作り出して保守勢力を水増しすること、それこそがまさに小選挙区制導入の意図だったわけである。そして、みごと今の政界地図は、当選できそうな人間を選んでいるうちは誰を選んでも五十歩百歩の状況になっている。戦後初めての海外派兵はその可否自体が国論を二分する大問題だったのが、今や海外派兵は当然のこととして、それをどうやって文民統制するかに事の焦点は移っている。大連立の提案をナカソネやナベツネは喜んでいるようだけれども、国家主義者がより自由に振るまえる政治的状況は着々と進みつつある。

    「挙国保守政治」の二大政党の片翼をおさえんと動いていた小沢一郎が、今回の大連立話の「失敗」を受けて民主党代表の辞意を表明したのは唐突な話ではあったけれども、冷静に考えてみればそう不思議でもないこと。どうあれこうあれ、小選挙区制度をとっととやめて、民意が議会に正しく反映されるようにすることが日本の政治には必要だ。

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    2007年10月30日 (火)

    N700系に乗ってみました

    Top_yellow 先日、東海道新幹線のぞみの全席禁煙車両で評判の「N700系」に乗った。ぼくが新幹線に乗るのは名古屋京都間がほとんどなんで、のぞみなら乗車時間は三十五分ぐらい。ちょっと長めの通勤電車程度といったところか。

    だから完全禁煙だったとしてもなんとかなるけども、ぼくはそもそも「タバコも吸えぬような空気の悪い所」が苦手だから、なるべくそういうところには近寄らない。そんなわけで、喫煙は所定の喫煙室でお願いしますというN700系には乗るつもりはなかったけれど、先日は京都駅のホームについたらちょうど入ってきたんで、いっぺん話のネタに、と思って乗ってみた。

    東海道新幹線のぼくにとっての目下の一番の問題は、のぞみ中心のダイヤ編成になって以降、自由席車両がひかりの五両から三両に減ったこと。減った分、見事にぼくは立ったままの乗車が増えた。座りたければ指定席を買え、という態度が見え透いていて、なんとも隠微なにおいを感じる。今回も、東京行き最終便ということもあってか、案の定自由席はいっぱい、立っての乗車とあいなった。

    三両目のデッキにガラス張りの「喫煙ルーム」があった。それが通路を挟んで二つ。駅を出発後早速入ってみる。二人も入れば満員御礼の狭さ。一人でいても非常に圧迫感がある。

    うひゃ、ひどいもんだな。これで「喫煙するお客様へのサービス」のつもりでいるのか。国鉄清算事業団の借金支払いのためにタバコが値上げされたことをぼくはまだ忘れてませんよ。そう思いながら一服していると、別のお客さんが入ってきた。その人は火をつけると、「場所を変わりましょうか」と話しかけてきた。つまり、出入り口が一つしかなくて、先に入っていたぼくが出るには、ぎゅうっと体をすり合わせるようにしなければならないから、前もって気をつかってくれたわけだ。そうですね、と場所を変わった。

    「わたしは話のネタに初めてN700系に乗ってみたんですけど、喫煙室ってこんな狭いんですね。こりゃひどいですね」

    と、その人はさらに話しかけてきた。口ぶりや表情からして、とてもおしゃべり好きの気のよさそうな人の模様。ここにいる限り、知らない者同士が無言でいることはかなりつらい狭さだから、当然の展開と言えばそうなんだけど、この人もぼくと同じ口の人らしい。よかったよかった。

    ペチャクチャと話をしながら一服し終わって喫煙室を出ると、その人は席があるのかと思っていたら、その人も立ちんぼう組。しかも同僚らしい人と同乗。というわけで、ぼくは名古屋までデッキでその二人とペチャクチャペチャクチャとタバコにまつわる世間話をしながら帰ってきた。「タバコはコミュニケーション」を地で行く展開とあいなったわけである。

    「なんかこうやって喫煙室で話が始まるなんて、会社の喫煙室で会議が始まるのとおんなじですねえ」

    「ぼくも入院していた時には、同室の人より喫煙所で一緒になった人とよっぽどおしゃべりしてましたもんねえ」

    「わたしは薬品関係で病院に出入りしているんですけど、喫煙所の患者さんの会話を聞いていると、普段聞けない話が聞けますもんねえ」

    「そうそう、同室の患者さんとは医者の評判は口にしにくいこともあるし」

    なんて話で盛り上がっていたわけである。

    そのあいだにもひっきりなしに喫煙室にお客がやってくる。一室には二十代前半と思われるジーパンずりおろしイマドキ青年二人組がビールを持って入っていて、二服目にいざ入らんとしていた。そろそろ十分にもなろうか。「やっぱり若いもんは違いますね。のんびりしてますよね」なんて言っていたら、その狭いぎゅうぎゅう部屋に、見た目頑固系の初老のサラリーマンが入っていった。さらにぎゅうぎゅう、しかもこりゃ似つかわん組み合わせだなあ、と軽く心配しながら見るともなしに見ていたら、しばらくすると初老のサラリーマンは若者二人となんやらお話を始めていた。やっぱりタバコはコミュニケーションだあ。うむうむ。

    「それにしても狭いですよねえ。以前写真かなんかで見たときは四、五人は入れそうなゆったりした感じに見えたんですけどねえ」

    と、ぼくの話し相手が言う。確かぼくもそんなのを見たことがあるような。デッキの壁にかかっている車両案内板を見ると、ここ以外にも四箇所ばかり喫煙室はあるようだ。ぼくが、

    「そういうのはきっとグリーン車にあるんじゃないですか? ここは『二等車』ですしね」

    と言うと、「そうかあ、そうなのかあ」と相手は妙に納得していた。

    「いずれにしてもN700系には二度と乗りません」。ニコニコとそう断言する気のいいおじさんなのであった。

    「そうですね。ぼくも二度と乗りません」。ぼくもまたニコニコと断言しながら名古屋駅で別れたわけである。

    これだけ禁煙だ禁煙だといわれながらも、それでもタバコをおいしく吸いながら楽しくやっている人はまだまだいるわけである。「禁煙」に一生懸命になっている人はタバコを禁制品にまで持ち込みたいんだろうけど、数百年も続いているこういう「文化」を潰そうというのに、それに見合った「文化」をいまだになにも出せもしないで、そういうのは「健康」を印籠にして見栄えを着飾っているだけの単なる管理社会なんでないの? タバコ嫌いの人にとって禁煙それ自体は喜ばしいことだろうけれど、禁煙社会が進めば進むほど、それを下支えする社会のありようは、支配の論理に迎合し、それへの抵抗力を失っていっている証左にしかぼくには見えない。そういうのは「タバコは迷惑」どころではない、とても空気の悪い迷惑な世の中だ。

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    2007年10月25日 (木)

    みやこ・めぐるオイルをめぐるおもい

    Top_blue いつの頃だったか、固めるテンプルという商品のコマーシャルを見てぼくは、「へえ、てんぷら油って捨てるものなのか」と思ったことを覚えている。

    揚げ物をした油には揚げた食材の香りが移っていて、まことに香ばしい。揚げ物のあとちゃんと濾して油ポットに入れてそれをフライパンや中華鍋の料理に使えば、シシトウやかき揚の野菜のいわばダシの効いた油で炒めるわけで、それはちょっとふくよかな味わいになる。気がする。ぜいたくにエビなぞを揚げたあとの油だと、エビが入ってないのにエビチャーハン風味になってしまうのである。と、そこまでは言いすぎであるな。

    揚げ物の油だけ別枠の油として使っている人が何回かそれを使ってから油を捨てる、なんてことをしているみたいだけれど、でもぼくにはてんぷら油を捨てることが発想としてなかったんで、固めるナントヤラは最初なんのことかよくわからなかったものである。

    で、今日、新聞の折込に入っている京都市の広報新聞を見ていたら、エコだかリサイクルだか二酸化炭素のなにがどうだかの一環で使用済みてんぷら油を回収して、それから燃料を作って市バスやゴミ収集車を走らせているんだとか、廃油収集の新規拠点のために助成金制度を作って金を出してやるだとか、市民として廃油供出に協力することがなんだか立派なことのように書いているわけである。

    Photo 京都では以前から、そういう廃油から作った燃料を「みやこ・めぐるオイル」と称していて、市バスなんかにも広告が貼ってあったりして、ぼくはそれを見て、「うむうむ、『エコエコなんとか』とか『リサイクルなんとか』などとふやけた横文字を使わぬ姿勢はなかなかよろしいなあ」と思っていたりしていたわけなんだが、しかしそこまでいうなら「みやこ・めぐるあぶら」にせんと誉めきるわけにはいかんではないかと、いつものごとく左翼民族主義的にネチっこくからみつきそうになりながらも、まあそれはそれとして、そもそもぼくのようにてんぷら油を捨てることを知らない人間なぞは余計なゴミを出さないわけで、となるとこれは京都市にとってどれほど立派な人間なのであろうか、もしかすると京都エコエコリサイクルけちけち市民賞でもいただいて顕彰されてしまうのであろうか、でもそれは恥ずかしいことだなあ、などということを思っていたわけである。

    この廃油収集は食品工場とか旅館なんかが協力しているということらしいが、そういう業務的なところから一定量の廃油が出るのはまだわかる。けど一般家庭から都を巡るほどのてんぷら油が出てしまうというのは、それはちょっと変な気がする。確かに、流しに捨てたり固めて捨てるぐらいなら都を巡るほうのがいいことだけれども、そんな家庭が立派な家庭のように言われるのはいかがなものか。てんぷら油を捨てるなんてぼくには単にもったいないことにしか見えない。油なんだからそうたやすく傷むものでもなし、よっぽどほったらかしにしていたならいざ知らず、揚げ物に使った油に新規の油を足しながら普段の料理に使えば、まことにもっておいしく使えましょうものを。

    エコエコとかそういう話ではなくて、食えるものは食う、これが基本でありましょう。ましてや、おいしくなっているてんぷら油を捨てるなんてもったいないですよ、ほんとうに。鍋物の残りづゆを雑炊にもせず、次の煮物料理にも使わんと捨てるなんて、それはないもんねえ。油もそれと同じこと。

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    2007年10月20日 (土)

    嗅げばわかる 食えばわかる

    Top_yellowぼくが通っていた中学校では、一年生の夏休みに伊勢の二見ヶ浦でふんどしを締めて泳ぐ水練会という行事があった。各クラスごとに違う色のふんどしを締める。確かぼくは藤色だった。どれぐらい泳げるかを夏休み前の体育の時間に計っておいて、それぞれ泳げる順に白帽、白赤帽、赤白帽、赤帽に分けられる。ぼくはほとんど泳げぬ赤帽。で、白帽の者は沖合いへ遠泳、それ以外の者は岸の付近を行ったり来たりで目標一キロ泳げなくなるまで泳ぐわけである。

    ぼくは塩水のおかげで浮いているけれども、泳いでいるのか溺れているのか、ほとんど前に進まず、ちょっとした波が来ただけでだいぶと戻されてしまう。とりあえず疲れを知らない年頃なんでプカプカ浮かびながら水をかいていたら、もうみんな泳ぎ終わってしまったか途中リタイアしてしまって、ぼく一人しか泳いでいない。白帽の遠泳組はまだ帰ってこないんで、とりあえず行けるところまで行くか、と水をかいていたら、結局一キロ泳いでしまった。例のマラソン大会の最後のゴールインの者が拍手で迎えられるあの恥ずかしい光景、あれの水練会版をぼくはやってしまったのである。あああああ・・・・・。

    で、泳ぎ終わって岸に上がると、赤福がひとつ入った湯飲み茶碗を渡された。そこにお湯をそそぐと、あれあれ、名古屋育ちで赤福になじみのあるぼくもこりゃ驚き、簡単おしるこのできあがりである。それをおやつとしていただいたのである。

     

    最近、赤福だ、白い恋人だ、あれもだこれもだと、消費期限、賞味期限の偽装表示でかまびすしい。腐った物や食えない物を売っているなら大いに問題もあろうけれど、それでおなかをこわした人がいるわけでもなし、内部告発でようやく表に出てきている話も多い。そうと知らなければおいしくいただいていたわけである。

    赤福はずいぶん前に、解凍日を製造日にすることを保健所だかに相談して「よろしいでしょう」という回答を得ている、なんて記事を見かけたから、となると、今回のことの何がどういけないことなのかよくわからないことになってしまう。売れ残りの一部が再冷凍、再解凍されていたようでもあるけど、それで味が落ちたなんてうわさは耳にしないし、ましてやゲロゲロするハメになったという話も聞かない。

    もちろん会社の「信用」にかかわる問題だから、はらいたを起こさなけりゃ偽装表示なんてどうでもええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか~、伊勢~のメイブ~ツ~、なんて思わないし、食べ物を売るところがやってはいけないゴマカシ、ズルには違いないけれども、ねえ、なんかうるさく騒ぎすぎのような気がしないでもない。

    消費期限の問題で言うと、食べ物に対して、舌や鼻で見極める力がだんだん弱くなってきていることもよっぽど問題がでかい気がしないでもない。農薬とか遺伝子がどうとかは味覚の問題を超えているから、しかるべきところでしかるべき規制をきっちりしなくてはいけないけれども、そういうことは別にして、それが食える物かどうか、うまいかどうかは目で見て鼻で嗅いで舌で味わえばわかる、ということが、期限表示の前でえらく軽くなりすぎてないかと思っていたりするんである。

    鼻で嗅ぐよりも前に、期限表示を見て物を捨ててしまうなんて話を耳にすることがあるけれど、そんなに表示された期限が立派なのかね。あれは目安でしかないんであって、足がはやい食べ物かどうかを知ることぐらいしか意味ないんじゃないの? 

    期限を過ぎたハムを冷蔵庫で見つけて、「うむ、見た感じ表面がちょっと乾き始めているな。クンクン。うっ、このハムはすでに安全領域を超えているな。しかし捨てるにはまだしのびない」と思いながら作ったチャーハンなぞは、「今日のはよく噛んで食べてねえ」と、胃液の力を信じて食べればいいんじゃないの?

    ただし、鼻で嗅ぐのもはばかれるほどの遺留品ともいうべき物が冷蔵庫の奥や食品棚から見つかることもあるから、まあその辺はよろしくやらねばならぬが。

    ウチの寺の檀家のばあさんは、お経のあとのお茶うけのお菓子が消費期限が過ぎているのを見とがめて、「あれ、ちょっとこれ古いかねえ」と言いながら、それを鼻でクンクンして出してくる。昔の人はそういう流儀を自然にちゃんと身につけているわけである。やばそうな物はまず鼻でにおいを嗅ぐ、と。そして、ぼくが一口食べたのを見て、「どう? いけるかね?」と聞いてくるのである。その答えをぼくは一口食べてもちろんわかっている。でも、ぼくは素直に「だいじょうぶですよ」とは答えない。「おいしいですよ」と答えるのである。これが大人の会話というやつである。

    嗅げばわかる、食えばわかる。おそらく世の少なくない人はそんなことわかっているだろうけれど、ニュースで鬼の首でもとったかのようにギャアギャアギャアギャアと騒げば、消費期限はそんなに大切なものなのかな、期限を過ぎたのは食べちゃよくないんかな、などと不安をあおるか、この手のニュース自体が「狼が来た」的な効果しか持たなくなってしまうんじゃないの?

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    2007年10月15日 (月)

    時代は変わる

    Top_blue_1 1980年のアルバムに『NO NUKES(ノー・ニュークス)』というのがある。これは、アメリカの反原発を旨としたチャリティコンサートの模様をおさめたライブアルバムで、この手のものがいつもそうであるように、そうそうたるミュージシャンが顔をそろえている。

    No_nukes このアルバムで、ジェームス・テイラー、カーリー・サイモン、グラハム・ナッシュが、ボブ・ディランの「時代は変わる」をとてもすばらしいコーラスで歌っている。ボブ・ディランの曲は彼の独特の声や節まわしに圧倒されてそのとりこになってしまう。だけど、こうやって他人がカバーをしたものを聴くと曲そのものもいいんだということがよくわかって、彼の才能にあらためておそれいることになる。

    No_nukesさて、「時代は変わる」はいい歌なんだけども、ぼくは外国語が苦手なんで「ふにゃふにゃふにゃ~」としか歌えない。ええいこうなりゃ日本語をつけたれ、と何年か前にひとり息まいて日本語の歌詞を勝手につけて持ち歌のひとつにした。内容はそのままの訳でも意訳でもなく、方向性は尊重しつつも自分の言いたいことを書いた。この歌詞をつくったときはなにかが降りてきて、自分でいうのもなんだけど、ボブ・ディランの曲に恥じぬそれなりのものができたと思う。

    よーし、時代は変わるぞー!

    Jtcs などといいつつ、その一方でぼくはこの曲を歌いながらこうも思う。

    この「時代は変わる」をボブ・ディランがつくって四十年、いまだにこの曲が通用するとは、そして今後もしばらくはまだ歌い続けられる(られそう)だなんて、一体全体ほんとうに時代は変わっているのかね? ほんとのところは時代なんて表面的なところが変わるだけで、根っこの部分は変わりっこない。そんなあきらめにも似た気分をぼくは書いただけだったのかもしれない・・・。

    けど、この『ノー・ニュークス』の「時代は変わる」はそんなスネ者の思いなぞ軽くふきとばすようなデキなんである。

    現状にたいする異議申し立てをする集まりにおいて、完璧なコーラスでそのものズバリ「時代は変わる」などと自分の言葉で歌っても気恥ずかしさをおぼえるのではなく、かえって感動をよびおこすなんて、その情景は想像するだにうらやましい。

    くさった国ではあるけども、いいなあアメリカ・・・。

    ロック万歳。 

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    2007年10月10日 (水)

    納豆

    Top_yellow_2 納豆はよい。なにがよいって安いのがよい。

    おいしい食べ物はいろいろとあるけれども、それひとつでおかず一品になる安い食べ物というのは少ない。かつて貧乏特集をした雑誌で、「貧乏人に納豆ぎらいなし」という言葉を見かけたことがある。納豆ぎらいが少なくないといわれる関西人をいささか無視した感がないわけではないけれども、この言葉には筆者の勝手な思い込み以上の説得力をもってぼくに迫ってくるものがあったものである。

    その上に納豆はうまい。好き嫌いがあるのは百も承知だけど、おいしいよ。ほんとうにおいしいよ。ほら一口食べてみ、ほーらおいしい。

    幸いにして、ウチの同居人は堺出身であるけれども納豆が好きである。貧乏育ちであったからか、もともとそんなのとは関係なく好きだったのかぼくは知らないけれども、どうあれおかげで「くちゃいくちゃい」などといやな顔をされることもなく、二人で「おいちいおいちい」と食べていられる。

    その上さらに栄養も十分である。ここに価格の優等生にしてほぼ完全食の卵をまぜまぜすれば言うことなし。食べ物のことを語るのに栄養の話をするのは野暮なことだけれども、副産物的にそういうこともあると思えばなにか得をした気分になれるというものである。

    あとはネギを入れようが海苔を入れようが漬物をぶち込もうがカラシの代わりにワサビを入れようがもう好き好きである。それを最も安い食べ物の白めし(白米は主食といわれるものの中でパンよりもうどんよりもスパゲッティよりも安い。日本なんだから当たり前のことだけど)にかけて食えば一食完了である。家で食べれば締めて百円になるかどうか。すばらしい。

    納豆の場合パックに書いてある消費期限もほとんど気にする必要がない。だいたいは期限前に食べてしまうけれど、なんかの加減で冷蔵庫の中でほったらかしになっていたところで気にせず食べてしまっても別にナニがどうということもない。そもそもが保存食なわけだし。ずいぶんとほったらかしになってカピカピになってしまったものは味噌汁の具にしてしまえば見事復活。ということでぼくはついぞ納豆の消費期限というものを見たことはない。うらやましいだろ、白い恋人。

    今の発泡スチロールのパックのは納豆菌が寝ているから本当の納豆というには程遠い、という話もある。確かにワラにくるまれた納豆はうまい。十年ほど前に茨城から遊びに来た友だちにもらった水戸の本場物はじつにうまかった。納豆に移ったワラの香りがなんとも香ばしく、きっと納豆ぎらいの人はその辺りがいやなんだろうけど、久しぶりに本物の納豆を食った気がした。うま~い。できればまた今度。

    ワラ納豆は昔はもうちょっとふつうに見かけた気もするけれど、最近ではあんまり見かけないし、たまに見かけて買ってきてもワラの中で納豆の本体がビニールにくるまれていてこりゃなんじゃらほいだったりするし、もういいのいいの、そうしたグルメ自慢は本場と金持ちにまかせとけ。

    納豆を食べた食器も水につけておけば洗剤いらず、水だけでキュッキュキュと鳴るほどにきれいになる。実際あの納豆のネバネバは汚れをからめとってまとめる作用があるらしく、どこぞではああしてこうしてネバネバの素を作って汚水にばらまいて水の浄化に使っているんだとかいう話である。

    それをどうしたことか、ものを知らぬ人は「あのネバネバは落ちにくくてしつこくて洗うのメンドくさいですよねえ」などと言いくさっておる。この前も洗剤のテレビショッピングでそう言うアホを見かけた。ちゃんと普段から自分で洗い物をするように。いくらバイト代がいいといっても台本を覚えるだけが仕事ではなかろうに。売るほうもいくら売り文句だからといってウソを言ってはいけない。

    もうなんか納豆はいいことづくめである。そしてあらためて言おう。貧乏人に納豆ぎらいなし。

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    2007年10月 5日 (金)

    御法語を訳したその後で

    Top_yellowあれは確か春の頃、「ぼくはいま法然上人の法語の現代語訳がマイブームである」という話を書いたことをみなさんは覚えていらっしゃるでしょうか。檀家さん向けに法然上人の法語集の現代語訳をウチの寺で作っているという話。

    訳自体はおかげさまで順調に進み、一通りのことは夏に入る前に終わった。で、印刷屋さんとも連絡をとって、かくかくしかじかでお願いします、ということになり、原稿を渡したのはもう六月のことだったか。

    原稿を渡したといっても古式ゆかしい手書きのものではもちろんなく、プリントアウトしたものでもなく、ワードでほぼ完成稿にまで追い込んで作ったのを添付ファイルにしてメールで送るということになった。なんせ量も量だし総ルビ仕様なんで、プリントアウトしたものをああしてこうして読み込んでどうこうするよりも、データのほうがよかろうということであった。ワードの悪評はネット上でもいろいろ言われているから少し心配だったけど、印刷屋さんも「そうしてください。ワードなんで不安ですがせっかく作られたんだし。もし不具合があったらまたその段階で考えましょう」ということなんで、そうした。

    ぼくとしては自分で書いたものを印刷屋に渡して印刷するなんて初めてなことなうえに、メールで友だち以外と本格的にデータをやり取りするなんてのも初めてなことだから不慣れでいろいろと緊張もしたけれど、それでもどうにか今年の遅い夏入りの前には完了とあいなった。

    ゲラ刷りが二週間ばかりで上がってきた。見ると、ルビがからむあたりで誤植や段落がずれたりといった体裁崩れが散見される。それも、ルビにからんで必ず間違うというわけではなく、間違うならそのあたりが多いという感じで、しかも、同様の所で必ず間違っているわけでもないから、目をじっと凝らしていかねばならぬ。間違いかたもはっきりした間違いばかりでなく、たとえば「微妙」のルビが、ある所では「びみょう」と正しいのに、ある所では「びみよう」になっているという具合で、ビミョ~な感じだったりする。

    ざっと目を通した段階で、ぼくは校正をしているのか、ウォーリーな誤植探しをしているのか、うむむむ、ワケがわからんくなってきて途中で精も魂も尽き果てた。ので、作業を中断して、印刷屋さんにその旨を伝えた。

    「やっぱりですか・・・」

    話をどっさりはしょると、印刷屋さんのほうもワードには何度となく泣かされているらしい。客から送られてきたデータを印刷機用のデータに読み替える際の互換性が、いろいろとあるワープロソフトの中でも特にワードではよろしくないんだって。それも、日本語ではごく普通の縦書きやルビは、ワードでは日本語版に特有の機能なもんだから、アメリカ生まれのワードではえらく軽く扱われていて、そこがらみで無駄な不具合が多いそうで、そんなワープロソフトがウインドウズにほぼ標準装備されて最も普及しているものだということに、「どうにもこうにも」な気分でいるという。せっかく対応させたと思っても、ちょっとしたバージョン違いでもすぐに互換性がおかしくなるんだって。

    あれれ、まさに今回の法語集の現代語訳をわたくし、ワードで縦書き、原文・訳文・注釈の三段組み、総ルビ仕様で製作したではありませんか。愚僧がやっておることはそうじゃったのか、ワードの最も不得手の領域じゃったのか。

    ということは、家で翻訳作業をしながらも気づいていたこと。総ルビにするとデータ量がルビなしの四、五倍にもなるんである。五百キロバイトの文書のファイルが二メガバイトの容量になるのである。うひゃあ、どんだけ増えるんだて。

    ちなみに、このブログは二年近くやっていてサーバーにたまったデータ量が画像やらなんやらコミコミでようやく二十メガバイト弱。このブログのサーバー容量は二ギガバイトらしいから、このペースで行くと二百年間やってもOKなわけである。うひゃあ、こんなんではいつまでも死ねんがね。よし、メガバイトな消費をするために音楽の配信を始めるぞー! いずれーっ!

    それはさておき、ワードでルビを振るのもえらく難儀をして、印刷屋さんがそれを見て「ワードでよくここまでやりましたねえ」とプロからも感心されたぐらいだから、ワードがいかに日本語に合っていないかということだ。

    予定ではこの現代語訳法語集はお盆の行事で檀家さんが寺に集まる時に配ろうかという気でいたんだけれど、そんなことはもう絶対無理、というのが七月の終わりごろにははっきりした。で、お盆直前にもう一度印刷屋さんと打ち合わせをして、「年内に出すぐらいのノンビリ気分で行きましょう」と仕切り直しをした。すると「手入力ででもやり直します。言い回しの書き換えとかそういう著者にしかできない校正作業に集中できるまでもっていきます」と、印刷屋さんはもうがぜん「打倒ワード」と民族主義的気分にも軽く火をつけながらすべてを引き受けてくれたのである。

    でも、総ルビ仕様。これはどうあっても大変な作業。八割がたは常識的な読みでいけるけれども、そこに仏教語の独特な読みが混入するから、うーん、オペレーターは泣いていることだろうぜ。どうあれこうあれ、印刷屋さんもウチの仕事ばかりやっているわけじゃないから、できあがるのはまだ先のことになりそう。

     
     
    そうそう。この注釈つき現代語訳法語集、できあがったらせっかくなんで書籍の体裁と同様な三段組総ルビ仕様でネット上に公開したいと思っているんですけど、そうするにはぼくのパソコン能力をはるかに超えてます。誰かそういうことに詳しい人はいませんか。縦書きにはこだわりません。やりかたを教えてください。もしくは原稿データを送るんでやってください。メールください。待ってます。ともに極楽に参りましょう。共生極楽成仏道。

    南無阿弥陀仏

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    2007年9月30日 (日)

    日付変更辺

    Top_yellow 日の変わり目は朝にある。これが身体性をともなった時間感覚というものである。午前零時をもって日が変わるというのは近代以降の規則性、均一性を重視した時間観念に基づく定義にしか過ぎない。

    大晦日にピッ、ピッ、ピッ、ピーンのカウントダウンで「あけましておめでとうございます。おめでとう。おめでとう」なんてのも、時計がなけりゃめでたさを感じられぬなんとも頼りないめでたさというものである。そういうことは「Y2K問題」を煽られていた西暦2000年だけでいいのである。それ以外は「Y10K問題」や「Y100K問題」が懸念される約八千年先、約九万八千年先まで、初日の出を見てから「おめでとうございます」でよろしいのである。

    よって、身体性を常に忘れることなく近代を弁証法的に乗り超えんとする当ブログ『ごとーび刊 徒ら草』では「4日→5日」「9日→10日」・・・と日付が変わった瞬間ではなくて、朝方五時か六時かそこら辺りに更新しているんですよ。点や線のように日付変更があるわけではないので「日付変更辺」。このブログの日付変更辺は夜明け辺りにありと思っといてください。

    とかいいながら、ぼくは一月二日に「今日は何日?」と聞くような男なので、もっと大枠のところでいろいろ気をつけなくてはならぬわけですけど。

    そういえば、年の変わり目の時報を電話の117で聞くのもついぞやっていないけれども、あれは子どもが年に一度堂々と夜更かしできる喜びの中でやることである。こういうことをしながら「正月はめでたい」と思う心を教育されていくわけである。この時報は直前になって117をダイヤルしても(ふっるう)話し中になっていたりするから、確実に聞きたい人はちょっと前から確保しておこう。三分十円の投資をケチってはならぬ。といって欲ばって十分も十五分も前に確保しておくと、いざその時になって受話器に耳を当てると強制的に切られていたりすることがあるので注意していただきたい。って今でもそうなんかなあ。よう知らん。

    ところで、もうひとつの日常的更新コーナーの「編集中記」はごとーび更新とは限らず、深夜だろうが夜だろうが夜中だろうが朝だろうが早朝だろうが明け方だろうが夕方だろうが夕焼けだろうがカエルが鳴こうが更新したいときにしているし、更新しないときには二週間も三週間もしない。話題はあっという間に過ぎ去ったかと思うと、停滞する。

    思うに、ぼくは「ごとーび刊」などと日にちを決めて本文記事を定期的に更新するなどという実に思い上がったことをしているわけであるけれども、「編集中記」はブログ内のいちコーナーというよりは、いわばブログ内ブログ、むしろこちらのほうこそが真のブログらしいブログといえるのではあるまいか、などという気がしているのである。最近ではそちらでライブの告知まで始めているし、思い立ったときに思ったことを時間も締め切りも気にせず不定期に書きつけている。でもぼかあ、そんなものはどんどん上書きモードで消していってしまうのだ。

    今日は、ごとーび刊がどうの更新がどうのとうるさく書いているけれども、それはごとーびで書いていくのがちょっとしんどいのではないかという気になり始めているからである。このブログを始めたとき、「こんなゴミみたいなブログには火曜、金曜更新の『ゴミの日刊』がお似合いなのだ」とやってみたら、そのあまりの急テンポに自分でもついていけず、いつの間にやらごとーび刊。それもだんだんきついかなあ、せめて週刊にしようかなあと思っていたりする。

    「じゃあ勝手にそうすれば? どっちでもいいし。っちゅうかどうでもいいし」というのが百万人読者のみなさまの感想であろうけれども、でも思い返せば今日の記事を書き始めたのは、日付変更は夜明けにあるのではないか、ということを書きたかっただけなのに、いつの間にやらこんなことをぼやいてしまっているよ。あははは。

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    2007年9月25日 (火)

    香りをつけるなと文句をつける(余香連だより創刊号)

    Top_blue最近のトイレットペーパーは香りつきというのが主流なんでしょうか。なんの気なしに値段だけ見て選ぶとたいがいがそういうのばっかり。どころか店の棚の四分の三ぐらいがそういうので占められている。

    以前にその日の店の特売で買ってきたのがそんな香りつきのトイレットペーパーだった。そんなのを買ったのは初めてのこと。どんなもんじゃろう、と袋から出してトイレのしかるべき所定の位置に並べて置いた。するとトイレの中に安っぽいにおいがふわ~っと広がった。

    トイレに新聞を持って入りこみたばこをプカプカしながら用を足していると、その安っぽいにおいで頭が痛くなってきた。これは決して二日酔いのせいではない。なんともいえぬ不定愁訴的不快感がある。十二個三百いくらのものにつけてある香料なんて安物に決まっているのはそうだとしても、これはたまらん。

    小さいほうはちゃっと済ませるからまだいいけど、大きいほうだと長居することが多いぼくには結構つらいものがある。それこそ二日酔いのときなぞ不快感はさらに倍。ぎぼぢばるい~。

    十二個使い切るまでのあいだ、トイレに行くのがかなりブルーになった。ぼくはウォシュレッターなんで紙の消費量が少ないから、使い切るのにえらい時間がかかって難儀しました。

    それからというものトイレットペーパーを買うときには香りつきのものに気をつけなくてはならなくなった。んだけど、店でいつも値段のほうからしか見ないぼくの目がまず行くのはたいがいが香りつきなんである。ネピアとかエリエールとかどこにでもあるメジャー商品の多くが知らぬまにそうなっている。んで、トイレットペーパーは不本意ながら仕方なくちょっと高めの(特売でない?)ものを買ってくるわけである。香りつきでない商品はむしろあまり聞いたことのないメーカーのものがそうだったりする。古紙再生紙使用とかいう地球に優しめ、お尻に固めのものがそうだったりする。

    これはそういう要望が消費者の側からあるんでしょうか。〔何か香りをつけて消費者連合(略称:何香連)〕なんて圧力団体があるとか?

    トイレットペーパーにつける香りが安っぽいのは仕方ないとしても、頭が痛くなるのだけはなんとかしてほしい。っちゅうか、そもそもが安っぽいにおいというのは頭が痛くなるだけなんで余計なことをしんといてほしい。

     

    と、誰かぼくのかわりにもっとていねいな言葉で製紙会社に苦情を言っておいてくれませんか。

     

    はからずもここに、〔余計な香りをつけないで消費者連合(略称:余香連)徒ら草支部〕が発足しました。何香連とは不倶戴天。

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    2007年9月20日 (木)

    正しき職人魂

    Top_yellowぼくは今モーレツに感動している。

    先日、ギターの調子が悪くて修理に出した。そのギターは友だちとギターの交換をして手に入れたもので、ぼくが友だちにやったのは中古だったけど、ぼくがもらったのは新古品といってもいいきれいな状態のもの。そのあまりの音の良さにぼかあ大喜び、すぐさまぼくのメインギターに昇格とあいなった。

    なんかぼくのほうが得をした気がするんで、また今度会ったときにいろいろとサービス品をつけなくてはならぬのう、と思っていたりするんだけど、ただ、ボリュームにちょっとガリが出て(ガリガリという雑音。みなさんもステレオなんかで時々ありますでしょ? あれです)、思いっきり強く弾くとグブジャブァッと音が潰れてしまうことに、この前気づいた。直そうと思えば自分でもできる程度の修理だけど、ギターの構造上とてもメンドくさいのはこれまでの経験からわかっているんで、素直に楽器屋に修理を頼んだ。

    その楽器屋は楽器を売るだけでなく、大きな修理以外は店主がやってくれる。修理といっても店や職人によって結構腕のばらつきがあるもので、ぼくもこれまで、ほとんど直らないまま返ってきたり、部品をなくされたりしたことがあった。けれどこの店は以前にも何度か修理に出して腕が確かなのはわかっているから安心。それに店主の人柄もとてもよく、小さい店なのにひっきりなしに客が入れかわり立ちかわりやってきては楽器の相談をしたり修理に預けたりしている。「ちょっと預かり品が多いんで時間がかかりますけどいいですか」ということだったけど、別にすぐ使うわけでもないし、修理費もぼくの予想していたより安く済むんでお願いした。

    で、待つこと十日ほど、「修理あがりました」と電話があった。

    すると、「申しわけないんですけど、ボディに少し傷をつけてしまって」と言う。聞くと、ハンダのカスが落ちてボディに傷をつけてしまったらしい。「なので、一度見ていただいて、なんでしたらボディの塗装もし直しますから、とりあえず見に来てください。修理代もいりません」と言う。

    修理代もいらないとは、そんなにひどくいったのかなと思ったけれど、ハンダカスが落ちたぐらいならたいした傷でもなかろう。ぼくの普段の雑なギターの扱いからするとハンダカスでつく程度の傷なら傷の内に入らないし、「えっ、そ、そんなの。いや、ちゃんと修理代払いますよ」と言うと、「いえ、それはできません。なにしろ一度店に来てください」と言うんで、二日後店に行った。

    で、見せてもらったら、確かに傷といえば傷、見た目はまだ新品に近いだけに気になる人は気になるかもしれない。けど、買いたてのギターを倒してコタツの天板の角でネックを欠けさせたり、うっかり爪切りをけっ飛ばしてこれまた買いたての別のギターのボディに刃を直撃させたり、そんなことをたびたびしてきたぼくにはやっぱりどうということもない。ひと安心。

    「別にこのままでよろしいです。塗装のし直しもなにもいりません。修理代も払います」

    と、ぼくが言ったら、

    「もうこれほんとにどうしようかと思って。新品を取り寄せて交換しようかと問い合わせみたんですけど、最近代理店が変わってしまってもう在庫がないそうなんですよ」

    と言う。なにもそこまで!とは思ったけれど、要は、店主は修理の際にこうした傷をつけてしまったことに職人としていたくヘコんでしまっているのである。ぼくも自分でギターに手を入れて「あー・・・。やってしまった・・・。ジ・・・、エンド・・・」なんてことをたびたびやっているんで、失敗してヘコむ気持ちはぼくなりに理解できるけれど、店主は「ほんとにこれでは修理代なんかいただけません。ほんとに申しわけないです」と、もうこちらまで頭を下げたくなるぐらい平身低頭なんである。

    電話のときから「これは多分ほんとにタダになるな」という感触はあったけれど、いくらタダはありがたいといっても、楽器を修理してもらったのにお金を払わずに帰ってくるのはぼくとしてもやっぱりかなり気持ちが悪いから、弦かなにかを買ってなにがしかバランスをとろうと考えていた。そこで、店の人が他のお客さんの応対をしているあいだ、ちょっと気になるアンプの試し弾きをしがてらボリュームのガリの修理を確認したあと(もちろんしっかり直っている)、どの弦にしようかなあ、なんて選んでいた。

    そしたら、「弦はなにを使ってはります?」と聞いてきた。「最近は細い弦をあらためて再認識中なんですよね」と言うと、奥に行ってゴソゴソしていたかと思うと、弦10セット入りの箱を持ってきて、「これ、気持ちです。ぜひ受け取ってください」と言う。

    ひえ~っ。

    この人、この店に行く友だちとのあいだでもいい人だと評判なんだけれども、ここまでとは。ほんとにいるのである、こういう人。職人なら絶対に失敗をしない、というのは確かにそうかもしれない。けれど、それでも失敗してしまった時にどうするか。やっぱり出てしまうんだなあ、人柄というのは。

    ああ、心が洗われる。

    「ほんま、ぼくこんな失敗して落ちこんでるんです」とまで言っているし、うーむ、ここはかえってこの弦を受け取っておいたほうがよいのかもしれぬ。しかし、修理代も払えず、弦を買うこともできなくなったどころか10セットももらうことになっては、ぼくもよっぽど気持ち悪い。いったいどうしたものか、うむむむ、と思っていたら、カウンターに電池が置いてあった。電池ならば弦以上に消耗品。よし、これ買うっ、と電池をふたつ買って帰ってきたわけである。

    ああ、電池ふたつだけとは。ぼくはやっぱりチンケな野郎なのね。

    そして、ぼくは帰ってきて弦を棚に置いて手を合わせたのち、すぐさまパソコンを開いて、この正しき職人魂にモーレツに感心しながらこうしてブログに事の次第を書きつけ、そしてここに今、正しき職人とチンケなブロガーによるコラボレーション記事が一本できあがった次第である。

    まだ他にも手を入れたいギターはいくらもあるからまた持っていきます。

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    2007年9月15日 (土)

    あの人がいない

    Top_yellow夏休み明けにからめて「夏休み明け」と題して高校時代の下手な思い出話を書いていたら、にわかに椎名誠の『哀愁の街に霧が降るのだ』を読みたくなった。

    前にも書いたけど、ぼくは椎名誠を中学や高校の頃によく読んでいた。この本は氏が二十歳の頃に友だちと六畳一間の安アパートに四、五人で共同生活をしていたときの話だ。なんとも濃厚な貧乏やんちゃ話が満載で、女っ気の少ない展開もあいまって、中学から男子校育ちのぼくは、変なお兄さんたちの生き方にある種憧れにも似た気持ちをもって読んだものだ。毎晩欠くことなく酒を飲み続ける堕落した生活だとか、飲み屋が昼間に出すカツどんはうまいだとか、炊いたご飯を四人なら十文字、三人ならベンツのマーク、二人なら一文字としゃもじで平等に分けてから食うだとか、いくつものエピソードはその後のぼくの一生ネタになってしまっている。このブログでもなにを隠そう、なにも隠してないけど左横の「編集中記」というのは、あんまりネタバレさせるのもなんだからどこがどうとは書かないけど『哀愁の・・・』にモロ影響されている。

    そんなふうだから椎名誠が『週刊金曜日』の編集委員になったとき、創刊時からの読者だったぼくはもうワケもなくうれしくなったものだ。毎週の氏の表紙写真と何週かに一度のエッセイが読めるようになったことでこの雑誌はぼくにより身近なものになった。

    で、高校の時の停学話や「勉強合宿」の話を書いて当時を思い出していたら、の話であった。とどのつまりがそんなこんなでもう矢も盾もたまらくなって『哀愁の・・・』を本屋に買いにいったのである。

    実に二十年ぶり以上のことになる。あらためて読んでみると、ああこんな展開だったか、と忘れていたこともいっぱいあったけど、ケラケラと椎名誠を読みふけっていたあの頃の自分と基本的に感性がなにも変わってないことを再認識した次第。

    この本の「解説」で、吉本隆明が椎名誠を現代の太宰治になぞらえているらしいことを知ったけど、ぼくに言わせれば氏は太宰というより坂口安吾である。わたくしの敬愛する坂口安吾である。

    坂口安吾はぼくが今住んでいる所から十分ぐらい行った所に昭和十二、三年の頃一年ばかり下宿していた。その家は今も現存している。駅に行く途中、横道にそれるとそれはある。時々その家の前を通りながら心の中で手を合わせて気合いを注入している。

    そんな坂口安吾から椎名誠への流れが「無頼派」の水脈なのである、ぼくのめちゃ少ない読書量で判断すると。そしてその先にいるのがぼくである、ぼくの貧弱なミーハー根性で希望すると。闘魂伝承。

    ちなみに言っておくけど、この無頼派の水脈はぼくのところで「頼りない」の無頼派に微妙に変化するんで、そこんとこよろしく。

    椎名誠の本では、共同生活者でもあった親友沢野ひとしがさし絵をよく描いている。一度でも見たことがある人には説明不要だろうけれど、氏のヘタウマのイラストは一度見たら忘れられない。この強力タッグは週刊文春でコラムを連載しているんで今度コンビニに行ったら立ち読みでもしてみてください。本文に関係あるようなないような「ヒロシの言うことはいつでも正しいのね」なんてセリフを吐きながら風に髪をなびかせる女の絵が唐突にあったりして(これは他の著作のどっかにあったやつだけど)、なんかこれがまた椎名誠の文章とからみあってすてきなのである。

    そして気づいたことは、当ブログ『徒ら草』では無頼派を気どってどれだけ一生懸命に文章を書いたとしても「沢野ひとし」がいないということである。時々ぼくは自分でさし絵をつけているけれど、ありゃま、これは著者本人のさし絵ではないかい。これでは売れっ子漫画家が調子ぶっこいて書いてしまったエッセイみたいじゃないかい。しかも他人の似顔を描く能力をほとんど持たぬゆえ登場人物はほぼ自分だけだし。

    誰か、ぼくの「沢野ひとし」になってくれる人はいませんか?

    そうか、いませんか。いませんよね。じゃあいい、自分で描くわ。

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    2007年9月13日 (木)

    恥を知れ日本人

    Top_blueわたくし、自分のことを無責任な人間と思っておりますが、総理大臣がそれ以上にとてつもない無責任なことをしたのでとてもびっくりしました。

    普通の感覚でいうなら参議院選の惨敗をうけて退陣すべきだったということになるんだろうけど、もう一歩引いて冷静に考えてみれば、現役閣僚が自殺するなんて前代未聞のぶっ飛び事件のときこそが退陣の時期だったんじゃないのか。あと数年もすればきっと彼の名前を誰も思い出せなくなるだろうに自殺なんかして、ナントカ還元水のナントカ悩水大臣はまったくもって死に損。アベコベ首相にかかると人の命はとても軽い。

    とはいえ、教育基本法が改悪された時点で彼はじゅうぶんにひと仕事を終えている。世間では松坂の大リーグ移籍のほうがトップニュースになったりしてさして騒ぎにならなかったけれども、国民投票法の成立といい、こういうツケは後の世にものすごく響いてくる。

    この前の参議院選で自民党が惨敗していく流れをみていてぼくが思ったことは、日本もとことんまでは腐った国ではないんだな、ということ。アベコベシンゾウという右翼政治家に対する本質的な批判としてではなかったけれど、彼が率いる自民党は参議院選で惨敗した。それはあたかも前原誠司というこれまたタカ派っぷりで鳴らすクサレ政治家が民主党の代表をやっていたときに永田なんとやらの「メール問題」で大コケしたのと似ている。

    こういう人間たちにとことんまでしたい放題させるほどにはバランス感覚は壊れていないというのでしょうか、ちょっとそんなふうに感じた。まあ、「安全保障」に一家言を持つ政治家は「ベタのくらし」に弱いというのでしょうか、庶民感覚の気概あふれる生活保守派の日本人の中で勝手にコケていっただけなんだろうけど。

    ただし、アルツハイマーがどうとか、創氏改名は朝鮮の人が自ら望んだことだとか、天皇が靖国神社に参拝できるようにすることが大事だとかアホなことをぬかしているアッソウ氏が後継者の一番手などといわれているあたりに、「所詮は・・・」という気がするのだけれども。

    小泉ポチ前首相にしてもアベコベシンゾウにしてもアッソウ氏にしても誰であれ、もはや日本の「保守」は日々のくらしを保守するには不適である。それに「右翼」というキーワードが「親米」という矛盾を抱え込みながら加われば、そういう見識で現代政治ができると思う不見識さ、無責任さによってぼくたちのくらしは破壊されていくだけである。

    平和憲法の精神のもと日本が真に自立をし平和に暮らしていくためには、軍事から距離をとりアメリカと対等につきあうことを基本に政治を考えられない人たちに日本の政界からとっとと出ていってもらいたいものだと思う。

    こんないいかげんな政治家たちをいつまでも政界のど真ん中でのさばらせていると、いずれ「反米右翼」という身もふたもない言辞が幅を利かせる日がやってくるかもしれない。まっとうな政治空間を創造しないままそうなってしまえば、まさに戦前回帰。日本はふたたび終わる。

    主権在民。この国のゆくえはぼくたちが決められるし、そうしなくてはならない。こんな人を首相にしていたぼくたち日本人は恥を知ろう。

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    2007年9月10日 (月)

    夏休みの宿題

    Top_yellow さて、前回より夏休みも明けてブログを再開したわけだけど、夏休み明けといえば宿題の提出というのが相場である。というわけで、今回は夏のあいだにあったあんなことこんなことをまとめて記事にしたいと思います。

    まずひとつめ。

    7月の終わりに参議院選挙があった。のは、みなさんまだ覚えてますよね。よしよし。

    で、ぼくは選挙というのはほとんど期日前投票(かつては不在者投票といわれていたけど)で済ます。その際宣誓書みたいなのに名前、住所、生年月日などを記入するわけである。

    そこにいつものごとく生年月日を西暦で「1967年」と書いたら、受付のおばちゃんに「昭和何年ですかあ」と聞かれた。んで、「さあ~、いつでしたっけかね~」とニッコリ笑ってすっとぼけた。これもまあいつものごとくである。おばさんが不慣れな感じでパソコンをいじりだしたら、隣のおっさんが小声で「ぼくがやります」とタッチ交代とあいなった。

    おじさんはパソコンをカタカタしながら西暦から元号に変換作業開始(見えてないけど多分そんなことをしていたはず)。

    そこで、「いつまで元号で書かせるんですか」と聞いてみた。

    「まあ、日本では元号でねえ・・・、カタカタ」

    「いつまでも時代遅れですねえ・・・、ケラケラ」

    役所に行くとだまって帰ってこれぬのである。ちっぽけな抵抗を試みるのである。次は「明治100年」と書いてみようか。うそちゃうし(明治元年は1868年ですよ、ちなみに)。「平成19年から40を引けばいいんですよ」ととても親切に答えてやってもよかったかもしれんが。

    みなさんも免許の書き換えとかいろんなところで書かせられる生年月日の元号表記を西暦で書いてみるとよい。今回みたいに愚直に聞き返してくる人もいれば、「アホは相手にせず」な姿勢でだまって西暦に斜線して元号に書き換える人とかいろいろいて面白い。

    さてふたつめ。

    次の写真を見ていただこう。

    Photo_6

    後ろが黒っぽくてちょっとわかりにくいけど、これはアピタのかばん売り場で見かけたものである。ぼくが言うところの腰かばん、みんなが言うところのウエストポーチに付いていた札である。「旅のトラベルポーチ」。

    暑さも去って旅のトラベルにいい季節になってきた。ぼくもまた旅のトラベルに出かけたいものである。もちろん旅のトラベルポーチは旅のトラベルには必須アイテムである。

    みっつめ。

    次の写真を見ていただきたい。

    Photo_5

    ちょっと小っちゃくて見にくいから拡大写真をどうぞ。

    Photo_4

    これはコンビニにあったメロンパンである。と思って買ってきたのであるが、家に帰ってよく見ると、あちゃー間違えた、メロンを買ってしまったよ。

    仕方ないので食べてみたけれど、食感はよく食べるあのメロンパンとそっくり。「ちぎれる」とあるんで手でちぎったけど、手も全然べたつくことがなくて確かにこれはいい。

    ただ、これをメロンと思って買ってくると、「なんだこれは。ただのメロンパンじゃないかっ!」ということになるので注意していただきたい。ああ、ただではなかった。110円であった。安いメロンである。

     

    と、こんなものでよろしいでしょうか、夏休みの宿題。

    夏休みの宿題ってぼくよく考えてみれば、中学二年の時に「真っ白の本に創作絵本を描く」という美術の宿題をひと夏かけて作って以来、一度もやったことがないのであった。その時はことわざの絵本を作ったんだけど、BGMにまだあまり聴いていなかった初期ビートルズ、つまり『プリーズプリーズミー』から『ヘルプ』までの五枚のアルバムをくり返しくり返しくり返しかけながら描いていたものである。

    そうそう、次の年の「板でほぞを組んでなにか作る」というこれまた美術の宿題でたばこ盆を作ったんだった(中一の時だったかも)。この時はほぞのところをぼくがやって、あとは兄が「ああやれ。こうやれ。ヘッタだなあ、かしてみろ」と八割がた作ってしまったわけなんだけど。実家に帰ると今も現役で使ってます、このたばこ盆。

    夏休みの宿題はちゃんと通知表に反映されていたようだけど、やっても意味のない宿題なんかで点数を取ることよりも、夏休みには遊ぶことのほうが大事ですよね、みなさん。

    何年か前、お盆のお経でまわった先の檀家さんの小学生の子どもが遊んでばっかりで夏休みの宿題を全然してないらしくて、親から「おしょうさん、なんか言ってやってくださいよ」と言われて、ここはほんとのことを言うべきか、いやいやここではやっぱりお坊さんらしいことを言うべきなのかと、つくり笑顔のまま石になってしまったぼくでした。

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    2007年9月 5日 (水)

    夏休み明け

    Top_yellow ぼちぼち暑さの峠も過ぎたようです。ですので、『徒ら草』もぼちぼち再開しようかなあと思っております。

    夏休み明けといえばぼくの場合高校三年の時である。

    その年の夏休み、ぼくは、「受験生というより高校生としてこの夏を過ごしたい。ゆえにたんまり遊ぶのである!」と意を決して、毎日遊んだのである。もちろん坊主のたまごとしてお盆の手伝いはしたけれども。ノーお盆、ノーサマー。

    なんかその年の夏休みは、そのひと月ちょっとのあいだが一年も二年もあったような気がするぐらい充実した時間を過ごしたものである。

    たとえば。

    勉強合宿と称して、三重県は美杉村に学校が持っていたちょっとした宿泊施設に四、五日ばかり行った。

    「夏休みに勉強合宿をしたいと思います。他のクラスにも呼びかけますが、行きたい人はいませんか?」

    ホームルームで担任の先生「パパ」がそう言うと、「お、それいいなあ、行こまい行こまい」と挙手する者たち。ああ、なんと! このメンツではパパの期待にちょっとそえそうにもありません! 毎晩酒盛りになってしまいそうです! ニコニコするぼくたちと先生のガクッとうなだれる姿がすべてを予感させるのであった。

    結局、総勢二十人ほどの「有志」がパパに引率され美杉村に向かった。ガラガラの列車でははやくも網棚にのぼりだすやつまでいたわけで、ぼくたちはもうウキウキ気分そのもの。

    昼間は問題集なぞを開いたフリをしているものの、案の定、夜になるとバンガローでは誰からともなく服を脱ぎ始め、日が変わる頃にはラジカセの音楽にあわせてすっぽんぽんで踊り狂ってしまうのであった。朝になってもいつまでも起きてこないぼくたち。するとパパは、「みなさん、もうずいぶんと日は昇ってますよ。おや、怪しげなるものが見えますねえ」と枕もとの灰皿や飲み残しのコップを横目にしながら起こしにきてくれた。

    ある日様子を見にきた隣のクラスの担任は、「見てはいかんものを見てしまう」との理由で、誘ってもぼくたちのバンガローには絶対に入ろうとしなかったものである。めんどくさがりの教師における賢明な判断である。

    夕方風呂に入って、「おまえのはナスだな」、「おまえのは台湾バナナだ」、「おまえのはキュウリっぽいなあ」、「いかんて、立たんがや」などとムスコ較べをしていると、ガラッと窓が開き、パパが「湯加減はどうですか」なんてこともありました。

    勉強する部屋の押入れには布団といっしょに、同じ学園の女子校もこの施設に来るのであろう、救急箱の中に生理用品が入っていた。ひとつ取り出してかわるがわる股間に当て、「ふーん」と女子の気持ちを思ったりしたものである。保健の勉強の自習である。

    男子校は最高です。

    早朝モヤでかすむ中、「さあ今日は山に登りましょう」とのパパの掛け声のもと、頂上に着けばきっと晴れているという根拠ない希望をいだきながらえっさえっさ山に登り、結局頂上に着いてもなんの見晴らしもなく、湿度百パーセントの中だらしなく笑いながら下山してきたり、最終日花火をした時も、「火のほうは、みなさん持ってますね」とパパに言われるが早いかぼくたちはポケットからライターを取り出してローソクに火を着け、わしゃわしゃと煙まみれになりながら最後の晩を楽しんだのである。

    ちょっとした修学旅行な感じだった。パパの意図とはちょっと、いやいや大いに違っただろうけど、学年全員で行った修学旅行なんかよりもずっとずっと楽しい「勉強合宿」だった。

    パパ、ほんとにほんとにありがとうございました。

     

    と、そんな風だったから、夏休み中に日参していた喫茶店へ、夏休みが明けても学校帰りに寄っては、
    「サトミさあ、おまえね、セブンスターなんてものは高校生が吸うたばこなんだよ。男ならラークだて」
    「おれらは高校生だでいいんだて」
    「あのさあ、高校生はたばこ吸っちゃいかんのだに」
    「そ、そうか・・・」
    などとトロい会話をしながら、ウダウダしていたわけである。

    が、それまでの夏休み中の私服とは違って制服姿だったのがどうも店の近所のオヤジのカンにさわったらしく、学校に通報され、見事喫煙で停学と相成ったわけである。

    Photo_2

    喫茶店に先生が入って来た時、ぼくは入り口を背にして座っていたんで、吸殻のたまった灰皿を机の下に隠そうとする友だちの姿に「またまたあ。そんなことしておれをかつごうったってそんな手には引っかからんよ」と笑いながら友だちの視線の先を見ると、「おまえらなあ。吸うならどっかもっと遠い店で吸え」という顔でほんとに生活指導の先生が立っていた。あちゃーっ。

    顔と人数を確認されたのち、あとで学校に来るように言われ、学校まで友だちと、「♪たまらーん、たまらーん、たまらーんぜー、たまらんこけたら、みなこけた、たまたま」と、『傷だらけの天使』でショーケンが口ずさんでいた歌を歌いながら歩いていったものである。

    こうして長いながい夏休みが明けて一週間後に、再び一週間のお休みを学校からいただくことになった次第である。捕まる直前までいたツレに災厄が及ばぬあたりは、「聞かれてもいないことは言わぬ」という、それ以上追求するのがメンドくさい学校側も含めたみんなの「阿吽の呼吸」というやつですな。

    さて、その日とっつかまった者の中には当日が誕生日の者あり、二回目の停学でひと月以上の長期休暇をいただく者ありと、各家庭ではそれぞれのドラ息子たちの扱いにそれぞれが悩んだことでありましょうが、わたくしめの場合、父がわが校の教師をしておった関係上、非常に気まずいことになり、母に「どれだけ迷惑かけているのかわかっているのかっ!」とど叱られ(母もまた中学校の教師であるのでありました)、生まれて初めて、後にも先にもその時にだけではありますが、土下座をして父に謝ったのでありました。校長室で説諭を受けた際にも、友だちの親はわたくしたちの後ろに立っておりましたが、わが父が隣の職員室からやってくることはございませんでした・・・。

     

    青春である。これぞ青春である。素敵な青春の夏休み明けのひとコマである。

    けど、もうそんな素敵な夏休み明けがこの年齢になってあるわけでもあるまい。夏休み前と変わらず、ごとーびにブログを更新していくだけである。

    そういう風でよろしくお願いいたします。

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    2007年7月30日 (月)

    しばらく夏休み

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    さて、もうすぐお盆がやってくる。お盆がくるとぼくはふだんのグウタラ暮らしから足を洗って如法に生きる。如法に生きているあいだはブログなんてやくざなこととはしばらくおさらばである。

    というわけで、ひと月ばかり『徒ら草』をお休みします。

    昨年の夏はお盆直前に親父が急逝してハチャメチャなお盆になったわけだけど、そんなことはもうなしにしたいところである。

     

    父の死んだ年令に自分を重ね合わせると、ぼくの人生もあと三十五年ばかり。親の年令まで生きられるかどうかなんてなんの根拠もない話だけれど、そんな想定をしてしまうのも、ああ、ぼくも人の子なんだね。母親はおかげさまでピンシャンとしているんでそっちに重ね合わせてもいいんだろうけど、まあどっちゃにせよいつまで生きられるかなんて根も葉もない勝手な思い込みにしかすぎない。

    寺では毎月寺報を出しているわけだが、『アカ坊主、上等!』と題して、赤く生きてきた父の追悼文をそこに書いて以降、ブログというやくざなところよりかはもう少し公的な責任を持つ寺報でも、これまで以上に遠慮なく言いたいことを書くようになってしまった。このことが父が死んでからのぼくの一番の変化だろうか。なんかふっきれた。

     

    物言わぬは腹ふくるる思い。みなさんもいろんな場面でそんな思いをしながら日々を過ごしているんでしょうが、ぼくはこれまで以上に言いたいことは言うよう努めてまいる所存でございます。それで人に後ろ指を指されようが貧乏になろうがそれがなんだというんでしょう。

    七十年なら一瞬の夢さ
    やりたくねえことやってるひまはねえ

    なんてことをマーシーはブルーハーツで歌っていたけど、まあそういうこと。ここで文章にするのもめんどくさいほど言いたいことはある。あとからあとから言いたいことはどんどんと出てくる。

    かといって、それを全部吐き出したところで、そもそもぼくのようなゴマメがなにをどう言ったところで、なにがどうなるというわけでないのも百も承知。「アホに言ってもわかりっこないし」とか思いながら難しい話はもうやめにして、相手に合わせてどうでもいい与太話に興じたり黙っていることもしばしば。

    なれども、それでもどこかでなにかを言わぬと気がすまぬのは、とどのつまりが物言わぬは腹ふくるる思いの不快さがそうさせているのかもしれない。

     

    腹ふくるる思いを抱え込みながら生きていかなければならない悲惨さか、そんな思いを抱え込みながらでも生き続けていくことができる図太さか、そもそもそんな思いを持っていないのか、人のことまでよくわからないけれど、ぼくの場合あと三十数年、言いたいことを言っていてもなんとかやっていけそうな気がする。根も葉もない話ではあるけれど。言論の自由万歳である。民主主義万歳である。

     

    まあそんな感じで、秋からのブログ再開以降もよろしくお願いいたします。

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    2007年7月25日 (水)

    夏の予感

    Top_blue_35 携帯電話を変えた。これまでツーカーだったけれど、ツーカーは来年の春になくなる。ツーカーから毎月毎月、同じKDDIグループのauに変えろと領収書を送ってくるたびに訴えてくる。電話までかかってきて早く変われと催促してくる。で、そんなこんなをしているうちに「二年間の契約をお約束いただくと料金をお安くさせていただきます」な割引サービスが夏明けぐらいに切れることを思い出し、このたびauにした。

    すたれゆくもの愛好家のぼくとしてはツーカーがなくなるまでつきあってみようとも思っていたけれど、かといってツーカーに特別の思い入れがあるわけでもない。というか、携帯電話自体に特別の思い入れがあるわけでもないんで、安けりゃなんでもいいやというところだ。

    ほんとのところは新しい機種や料金プランを考えたりするのがいろいろとめんどくさくてほったらかしにしていたかったわけで、同じグループなら勝手に吸収合併すればいいものを、同一電話番号、同一メールアドレスのままなのに機種変更の手間をこっちに押しつけてくるのがなんともバカにしている話ではある。どんな都合があるのか知らぬがしょせん会社側の都合であって、こっちにいろいろと手間ひまをかけさせても平気な顔をしていられるのはゴウマンといおうか、まだまだ新しい分野の「世間知らず」な業界なんだなあという気がする。こんな時期までツーカーを使っているような人というのはそんなにあっちゃこっちゃと機種やら電話会社やらを変えたりするような人も少なかろうに、まったくもってとんだとばっちりである。

    とはいえ、もう新しい物にしたわけで、そうするとまた操作のしかたを覚えなおさなくてはならない。

    機械いじりが嫌いなわけではないけど、かといって好きでもない(「趣味聞かれ機械いじりといいにくい」なんて川柳がありましたなあ、柳沢大臣)。そもそもそんなに携帯電話自体に思い入れがあるわけでなし。だからといって覚えずにすむというわけにもいかない。あーでもないこーでもない。

    使わなさげな機能がいーっぱいある。なにげにボタンをさわっていて「なんじゃこれっ? うわっ表示が元にもどらん! あわわ音が鳴る鳴る鳴る、とまれ、とまれーっ!」みたいなことになるのも困るんで、使わなさげな機能も含めてひと通りは説明書に目を通す。これがぼくの主義である。性格である。だからぶあつい説明書、というより「説明本」を前にしてとても疲れる。困ったもんである。この夏のいいひまつぶしになりそうな予感。

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    2007年7月20日 (金)

    泥にまみれて教勢拡大

    Top_yellow_23 浄土宗にまつわる組織に「浄光会」というのがある。会員は浄土宗に縁のある国会議員である。政治の宗教利用というほどに世間の耳目を集めているわけでもなし、靖国神社がどうとかいうキナ臭い寄り合いとどう違うのかもうひとつぼくにもつまびらかではないけれど、浄土宗の檀家さんの議員の集まりといったところなんだろうと思う。ふだんどんな活動をしているのかよく知らないけど、「先生がた」のお集まりということでさぞ立派なことをしているのかしら。

    さすがに「お寺は保守の牙城」とヤユされるだけある、会員は自民党、民主党の議員がほとんどだ。けど、ぼくはここでなにもそういう組織があること自体をとやかく言うつもりはない。弥陀の救済と政治信条は別もの、来る者拒まずだ。

    現会長が安倍晋三であることもこの際目をつぶろう。彼もいちおう総理大臣、こういうところで「長」の立場じゃないのもかっこうがつくまい。来る者拒まずである。

    浄土宗の宗務総長(宗務庁という宗内の行政機関の長)が世話人であることもよい。もうひとつ、大阪の浄土宗寺院の住職で小泉顕雄という参議院議員がいる。地元ではアホ扱いされていると聞くが、その氏が会の事務局長であることも、もうこの際だ、よしとしてやろう(ウチの兄は何かの集まりで実際に氏の講演を聞いた時、そのあまりのアホさ加減、政治レベルの低さにに笑って帰ってきた。「今の教育には愛がないから教育基本法に愛国心を」だそうだ。ね、アホっぽいでしょ?)。

    だが、である。親睦団体のような振る舞いだけをしていれば文句も言わないものを、選挙があるたびに浄土宗はこの会員の「応援のご依頼」を各寺院にしてくるわけである。もちろん、このたびの参議院選挙でも立候補予定の各会員を推薦している。政治姿勢や政策を抜きにして、「宗に縁がある人だから」というだけで立候補者を推薦するほど浄土宗もお人好しではなかろうから、彼らを推薦をしているということは彼らの政治姿勢を評価しているということになる。

    となれば、こちらも黙っているわけにはいかない。なにしろ相手は自民党にしろ民主党にしろ憲法九条を改悪しようとしている政党の人間ばかりである。こと安倍晋三にいたっては彼の右翼っぷり三流小物政治家ぶり壊憲ぶりを知らぬはずがなかろうというもんだ。「憲法九条は時代とあわない」というのは、「念仏の教えは時代にあわない」と言われているのも同然のこと。そんな人間と連名で浄土宗は候補者を推薦しているのである。

    政治についてカマトトぶって「中立」の立場でいるならまだバカにされるだけですもうものを、政治を口にした途端にこれでは、政治音痴もここまでくるともうかなり亡国的ですらある。こんな人たちを推薦するなんて、まったくもってアホである。浄土宗の恥さらしである。阿弥陀を背にしてなにをしているのか。はっきりくっきりいえば、これは法然上人への裏切り行為である。

     

    ぼくは浄土宗の末端の僧侶として、宗のこうした動きについて忸怩たる思いで見ていた。

    しかし、いくらなんでもまさか浄土宗の幹部連中が宗祖法然上人を裏切るはずがない。なぜこんなアホな政治家どもを推薦するのか、ぼくはあらためて考えてみた。

    そしてわかったのである。これは宗幹部の深謀遠慮なのである。

    つまり、法然上人が浄土宗を開いたころというのは戦乱の時期、世は末法といわれていた。社会を変えるなんていうことは考えもつかない当時のこと、なんともならないこの世の中でつらい思いをしながら生きていた庶民に万民救済を説く念仏の教えは、燎原の火のごとく広まった。それを再現して教勢の拡大をはかろう、そういうことなのだ、浄土宗の幹部が考えていることは。この世の中どうなるものではない、社会を変えるなどというのは道理をわきまえない者のすること、庶民はお上に従っておればよろしい、そういう世の中であれば浄土の教えは再び燎原の火のごとく広まるであろう、と。

    そのためには憲法だとか平和だとかなんて邪魔でしかないもんな、たしかに。自民党やその他レベルの低い政治家が政治を続けたほうがそういう世の中を作るには確実な話である。光明のありがたさをより広く深くみんなにわかってもらうために、あえて闇を作り出す・・・。

      

    ぼくはこのことに気づいたとき、そのあまりの壮大な思慮深さに感じ入った。

    ぼくのような素朴な人間からは「裏切り者」とののしられ、まっとうな感覚を持っている人たちの心を痛めつけているとしても、教勢拡大のため、法然上人の教えを広めるために宗幹部はあえて汚れ役を買って出ているわけである。

    そうとしか考えられないでしょう、この一見「愚行」にしか見えない「浄光会会員への応援依頼」は。

     

    ぼくは檀家さんの前で説経をするたびに、浄土宗をはじめとする仏教教団の戦時中における戦争協力についての謝罪の意味を込めて、浄土の教えに基づいて反戦、平和の話をする。戦争協力への反省に中途半端な浄土宗のふがいなさに現場で頭を下げ続けているぼくである。こうしたまっとうなやりかたでしか法を説いてこなかったぼくに、宗幹部のような深謀遠慮は今さら到底マネのできない話ではある。

    念仏をとなえたもの同士、みんな、ともに極楽に往生するのであろう。けれど、右向きの彼らと左向きのぼくとは、極楽でもおたがい目が合うことはないだろうと思う。

     

    幸か不幸か、浄土宗が誰を推薦しようとも一般の人にはほとんど影響力がないことなんでほっといてもいい話なのかもしれないけれど、いちおうぼくも浄土宗の僧侶、参議院選挙真っ盛りのこの時期にこの話題に触れずにはおれませんでした。

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    2007年7月15日 (日)

    駐車監視員を監視せよ

    Top_yellow_22 駐禁を切られた。檀家さんとこでお経を読んでいるあいだにである。住宅街のど真ん中でである。駐禁で切られたのは切符だけでなく、ぼくの堪忍袋の緒である。

    駐車監視員とかいうのが民間でやられるようになってしばらくたつ。繁華街の幹線道路では確かに「違法駐車」が減ったような気がする。どのぐらい車の流れがスムーズになったか、ぼくはあまり町なかを車で走らないからよくわからないが、それなりの効果はあるんだろう。

    ウチの場合、寺でお参りする先の檀家さんの家は多くが住宅街にある。来客用に駐車スペースがある家なんてほとんどないから路上駐車ということになる。その際は車をとめたら通行できない狭い道や通行量の多い道なんかを避けて、それなりの場所を選んでなるべく邪魔にならないようにとめている。

    ウチは名古屋市内でも郊外のほうで、基本的に住宅街である。二、三ヶ月前、駅から少し離れたところで駐車監視員が回っているのを見かけた。駅といっても駅前にコンビニがひとつあるだけで、周囲はもちろん住宅街、バスが一時間に数本走っているだけで、繁華街などでは決してない。監視員を見かけたのはそんな駅前でさえないところで、監視員から注意を受けていた車の持ち主のアンちゃんが「なんだおまえら!」みたいにからんでいるところだった。ぼくはお経にいく途中だったんでその時は黙って横を通り過ぎただけだけど、もし帰りがけにそこを通りかかった時まだごちゃごちゃやっていたら、「こんなとこを回るぐらいなら他にあるだろう!」とアンちゃんに加勢するつもりでいた。ら、ごたごたは終わっていたんで、それはそのままになっていたわけだけど、同地区内にある檀家さんの家の前で今度はぼくが駐禁を切られたわけである。

    少し離れたところにある幹線道路脇のスーパーの前は、それこそ「違法駐車」が車の流れを止めている。それはほったらかしのまま、一時間に五台も車が通ればいいところのこんな裏道で「違法駐車」を摘発してどうなるのか。

    駐車監視員はノルマを上げないと再契約されないという話だから、自分のために市民を泣かせているわけだが、罰金以上の恨みを買っているだけである。今後監視員を同様な地域で見かけしだい必ずけんかを売ることにした、ぼくは。特に相手が「栃本・松浦」という監視員であった場合にはフルネームを確認した上で多めにからむことにした。

    だいたい駐車の話でなにがアホらしいって、とめやすそうな道端に物を置いたりして車をとめられないようにしているあれだ。置き主が物を置いてもかまわないと思っていられるのは相手が「違法迷惑駐車」だからだろうけれど、駐車させられないように公道に物を置くことも「違法」である。物干し台が道にはみ出して置かれて下町風情をかもしだしているのをたまに見かけるけど、「実力行使的駐禁物体」にはそういう下町風情とは違う隠微さを感じる。中には神経質な人や「毎度毎度もういい加減にしてくれ」と思っている人もいるだろうし、どあほうな運転者に泣かされている人もいるだろうから、少しぐらい「実力行使的駐禁物体」があるぶんにはこれまた下町の風情ではあるけれど、最近はあっちゃこっちゃにあって、じつに車でのお参りがしにくくなっている。

    団地なんかになると、駐車場に通じる道路脇なんて絶好の来客用駐車スペースなのに、なにをとち狂っているのか三角コーンと三角コーンに棒を渡したり、でかい花壇を置いたりして道幅を車一台分ばかり狭くしているところも少なくない。その幅を殺すぐらいなら車をとめさせればいいのにアホとちゃうか。放置車両対策とでもいいたいのだろうが、そういうのはこまめに見てまわるなりして対策するものだろう。それを手抜きして、広域を「一括管理」しようとする性根がそもそも腐っている。こういうところではまともなコミュニティは形成しにくいだろう。

    ごみ置き場の前もごみ収集前では確かに迷惑千万であるけれども、収集後なら駐車スペースとして悪くない。そういうところに柵を置いたりして「駐車ダメ」なんて、じゃあどこにとめるの? 

    路上を日常的に駐車場にしている不逞のヤカラをしょっぴくために駐車禁止にしてあるというのは百歩譲ってよしとしてやろう。けれど、そうでない路上駐車というのはあるわけで、住宅街で路上駐車を法律通りきっちりかっちり全面禁止にすれば、住宅街への車での訪問はほとんど無理だ。そして、多くの人はそれなりの場所を選んでとめているわけである。それを「違法だから」としょっぴくわけである、駐車監視員は。

    「違法駐車」を監視しているつもりだろうが、ええか、監視されとるのはおまえらだ。

    マナーの分野にルールを持ち込む無神経さに無性に腹が立つ。

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    2007年7月10日 (火)

    浄土宗の入門書を読んで

    Top_blue_33 一般読者向けに書かれた浄土宗の入門書を読んだ。そこには最後のほうで浄土宗の簡単な歴史が書かれてあった。いわく、平安期から鎌倉期に移るころ法然が浄土宗を開き、室町期に宗制がととのい、江戸期には徳川家と結びつくことにより強大な権勢を持ち、明治になると廃仏毀釈の波に他宗とともに飲み込まれながらも何人もの学僧を輩出したとある。

    そしてそのあとには、時代がどーんととんで、現在、宗が設立し運営している学校や大学、研究機関が紹介されている。

    おいおい、待て待て。

    ここには近代教団史における最大の汚点、すなわち戦前戦中、教団あげてやってきた戦争協力のことが一言も触れられていない。当時の世相に飲まれ、ついには宗旨を皇国史観にあわせ、天皇のために死ぬよう「臣民」の背中を押したことが書かれていないのである。

    当時がいくら「そういう時代」で、なにも浄土宗一宗だけがそうしてきたわけでないとはいえ、宗旨を皇国史観にまで合わせたというのは、宗教の肝心要の「信仰」がつまりは「その程度の信仰」だったということだ。その恥辱の歴史への反省こそは戦後の教団の再出発の原点になるべきことだろう。一般読者への紹介本でそういうことにいっさい触れようとしない。「恥の歴史」を隠すのは、恥の上塗り、不誠実そのものだ。読者をバカにしている。あの戦争の災禍をこうむったすべての人へのさらなる冒涜でさえある。一体この著者は「自虐史観だ」なんだと騒いでいるヤカラと同じ感性なのか? 

    よくもまあこれで「愚者の自覚」などと人に説けるものだと思う。こんな中途半端な「浄土宗の歴史」を紹介するぐらいなら、いっそなにも書かないほうのがよっぽどすっきりしている。

    縁起のことをやさしく説くとき、「○○のおかげで」は強調しても、「○○のせいで」とは言いたがらない好々爺然としたぬるい態度。教団のやってきた行ないが「業因」となって、なにが起こり、そして今後どうなっていくか、胸に手をあてて考えてみるべきだ。

    こんな姿勢で「念仏がよき業因となって極楽に行ける」と説いていても、誰が耳を貸すものか。反省のないところに未来はない。自己否定の末にやってくる救いこそが浄土教の真髄じゃないのか。

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    2007年7月 7日 (土)

    裁判を見る目

    Top_blue_34 五年前愛知県豊川市で男の子が連れ去られて殺された事件で、一審無罪だった判断が高裁で逆転有罪になった。

    一審で無罪になった時に、このブログで『人を見る目』と題して、冤罪を生み出している警察や検察に「恥を知るべきである」と書いた。今回の裁判で、警察や検察に加えて裁判官も恥を知るべき人として加えなくてはならない。「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則も実際に適用されなくては意味がないけれど、どうやらこの国では「ちょっといい話」「ことわざ」程度の扱いしかされていない言葉みたいだ。

    憲法にはこうある。

    第三十八条
    一. 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
    二. 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
    三. 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

    空文化が激しいのは第九条だけではないみたい。この裁判では「自白の信用性」が最大の争点。で、裁判所の判断は一審無罪、二審有罪。まがりなりにも一審で無罪になったんだから、どの程度の自白の信用性かわかろうというものだ。

    被害者の父親は「やっていない人間が有罪になるのは許せない。でも、やったのに無罪になる人間がいるのはもっと許せない」と言っている。被害者側としてこれは当然の感情だろう。

    が、この「感情」を、事件の捜査や司法においてそのままに当てはめてはいけない。被害者の父親の言葉になぞらえて言うなら、国家においては、「やった人間が無罪になることは許せない。でも、やっていない人間を有罪にするのは絶対にいけない」というのが、無実の罪で公権力に罰せられた幾多の人の血であがなわれてたどり着いた思想だ。「真実」のために無実の罪の人を生み出すぐらいなら、「真実」を放棄する。これが「疑わしきは罰せず」の底流にある思想だ。

    この事件に限らずどんな事件でもそうだけれど、「私刑」として裁くのではなく公権力を使って裁く以上、この原則からはずれることは許されない。もうすぐ「裁判員制度」が始まる。ぼくたちはそのことをもっとわかっておいたほうがいい。

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    2007年7月 5日 (木)

    ぼくの失敗

    Top_blue_31 お酒を飲むとぼくはしばしば記憶をなくす。飲んだ次の日、「うはあ、よう飲んだわ」なんて目を覚ましてきのうあったことを思い出そうとしても、なにがあったか細かいことは覚えておらず、「きのうは楽しかった」ということしか覚えていない。

    同居人も同じ席で飲んだときなんかだと、なにがあったか聞いてみると、「へえ、そんなことあったんだあ」という具合で、楽しかったことの具体的なことなんてすっかり抜け落ちているわけである。で、「あんた、きのうこんなこと言っとったでえ。トクトクと。しかも何べんも。ほんまに覚えてへんのんか?」と、ぼくがしゃべっていたことを聞かされると、うーむ、まったく覚えていない。

    しかし、ぼくが偉いのはここからである。言ったことはすっかり忘れているわけであるけれども、「そうそう、そういうことは普段から思っとることだし、うんうん、それならおれ言っとるわ」と、酔ったときの自分(同居人は「サトミⅡ」と呼ぶ)の発言に「なるほど」と感心してしまう。

    よく「酒の席での失敗」なんてことがあるけれども、パターンとしては酒の席での暴言なんかはありがちな話。けど、ぼくの場合そういうことがあまりない(はず)。それというのも普段から思っていることは口に出しているからなわけで、もちろん普段は気が小さいんで「思ったらすぐ言う」なんてことはないけども、でもいずれ機会を見ては人に言ってしまうことがほとんどなんである。それが酒の席で、「イズレと思っていたそのイズレがまさに今おとずれたのである。みなの者、おれの話をよく聞くのだ!」と思ったのであろう、ペラペラクドクドとしゃべりだしたわけなのである、「サトミⅡ」が。

    だからぼくは酒の席での暴言は少ない(はず)。そのぶん普段からの暴言が多い(かもしれない)。ある意味、常に本音で生きる男。これは楽である。人から逃げるときには人混みに逃げろというやつで、普段から言いたいことを言い放っておけば酒の席での「暴言」なぞは薄まるわけである。髪の毛が薄くなって剃髪してツルハゲピッカリンにしたら、人から薄いと言われることがめっきり減ったのと同様なわけである。

    ぼくはたとえ人の悪口を誰かにこそこそ言っていても、いずれそのことは多少の表現の違いはあっても本人に伝える。こうなるともう悪口ではない、批判である。時と場合によっては批判のほうが悪口よりもタチが悪いかもしれないけれども、まあそういうこと。

     

    ぼくは自分がそういう風だから、たまに人から失礼千万な態度を酒の席で受けると、「これがこいつの本音なのね」と思って、結構根に持つのである。言ったことは忘れても、言われたことは忘れてませんよ。

     

    とかいいつつ、暴言系以外の失敗の場合(ほぼセクハラがらみと思われるわけであるが)、これもまた普段から思っていることをなんかかんか「表現」したものばかりなんで、なんていうんでしょう、酒の席での失敗というよりは「サトミⅡ」を含むぼく全体が失敗なわけで、ほとんど言い訳無用、ごめんなさい、すみません、許して、ひゃあもう逃げよう、になるのである。トホホ。

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    2007年6月30日 (土)

    剣玉少年のような

    Top_blue_30 ギターを弾くのは楽しい。うまくないけど、楽しい。でも、弾けなかったフレーズやここぞというときにここぞなフレーズが弾けたときには、なおさら楽しい。

    一生モノのギターというのがある。どんなギターがそういうものかはもちろん人それぞれなわけだけど、ぼくの基準としては売値が十五万円以上のものであればよろしいと思っている。それ以下だと、長いこと使っているあいだにいろいろと生じてくるギターの不具合の際の存外高い修理費用にビビってほったらかしになってしまいがちだからである。

    ギターを弾いてない人は、「一本十五万以上~っ?」などと思ってしまうかもしれないけれども、他の楽器、たとえばサックスとかクラリネットとかを見てみたまえ。激安初心者用廉価版のものはさておき、二十万ぐらいのが最低ラインだったりするわけである。そう考えると、ギターは比較的安い楽器である。

    で、ぼくには何本かの一生モノのギターがある。それ以外にも安物のやつやガラクタみたいのも何本かある。ウチに遊びに来た人がそんなギターを見ると、「何本持っているの?」ということにあいなる。引越し屋にも、積んであるギターケースを見て「プロのかたですか?」と言われたことがある。「おい、おまえ、俺のギターを聴いたことがあるのか? こんな腕前でプロといえるのか?」と、心の中で意味不明の逆切れをしつつ、「趣味ですよ、趣味」などといっている次第である。話のネタに「そうです、プロです」と言ってやってもよかったかもしれないけど。

    趣味といっても、同様な趣味を持っていない人には相当な入れ込みようと思われても仕方ないのも確かなわけで、では、はてさてぼくはどんな気分でギターを弾いているのか、わかりやすくいうと剣玉が好きな少年に近いノリである。ただ楽しいからやっているだけで、たとえいくらうまくても剣玉で飯が食えるわけでもなく、でもなんかの拍子ですごいワザができるとみんなから「すごい、すごい」といわれていい気になれる。すごいワザができれば本人もうれしいし、かといってできなくても楽しいからカタカタとやりつづける。そんな感じ。みなさんも趣味というのはそんな感じじゃないでしょうか。

    「そうか、おれは剣玉少年のギター版だったんだ」ということに気づいたある日、剣玉を買ってきた。剣玉には「公式競技用」とかという規格があるらしくて、それを手に入れた。ふーん、剣玉業界もすごいことになっているんだなあ。

    で、やってみたわけだけど、全然うまくない。不器用者の悲しい定めである。三日もやって部屋の片隅にぶら下げられたままほったらかしになっている。

    でもいいのいいの、ギターが楽しいから。

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    2007年6月25日 (月)

    不惑の丁羊の男

    Top_blue_29 この前の五月の誕生日で四十を迎えたぼくだけれども、そういえば四十才というのは不惑というんだった。

    三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にしてなんとやら、などと、不惑というのは確か論語で言われていたこと。不惑。惑わない。昔の人は偉いねえ。ぼくなんか一人立ちはおろか、まだまだ惑いの真っ盛りである。

    四十になったからといっておっさんになったという実感がわかない。ぼくの心持ちとしては二十三、四才で止まっているものの、二浪して大学に入ったことやヒゲを生やしている見た目からか、学生のころからまわりから「おっさん、おっさん」と言われていて、ぼくはもうずいぶんと長いあいだ周囲からの評価としてはおっさんなわけである。ぼくとしても繰り返しそう言われつづけ、さらには髪の毛も薄くなりツーファー(痛風持ち)にもなってしまえば、いやが応にも多少なりともおっさんであることを内面化せざるを得ない。そんなこんなで、四十になってもおっさんになった実感がわかないというより、ようやく実年令がぼくに追いついてきたという感じだ。

    四十になったのを機にこの際しばらくのあいだ、年令を聞かれたら、「五十五才です」とかと大きく逆サバを読んで、「ええっ、お若いですねえ~!」なんて言われてみるのも気持ちがよりいっそう若返っていいかもしれないなんてことを考える今日この頃なんである。早く老成すれば、ぼくの「年令」を知った若い子からは電車やバスで席を譲ってもらえそうだし、なにかと都合がよさそうでもある。

    さて、「年つながり」ということで話をすすめますが、よく「一つ年上の女房は金のわらじを履いてでもさがせ」なんてことが言われますなあ。ぼくも年上の人は好きなんでそれはそれでかまわないんだけれども、ぼくの一つ上というのは「丙午(ヒノエウマ)の女」というやつである。例の、気が強いだとかダンナを食い殺すだのとかいわれているあの人たちですよ。

    小学校では各学年四クラスだったのが一学年上だけ三クラスしかなかったから、子どものころから「なんでかなあ」なんて思っていたけど、ぼくの年における「一つ年上の女房」と「丙午の女」の関係にこの年になってようやく気づいたのである、ぼくは。

    で、ぼくの周りにいる該当者を思い出すと・・・。うーむ、そうかあ、ああいうのを気が強いというのかあ。あの人やあの人は、逃げようにも金のわらじを履いているんでノロノロとしか走れないダンナをとっつかまえて食ってしまうのかあ。そうなのかあ、やばいなあ・・・。

    「丙午の女」の人と一緒になって食われてしまう(しまった)男性はそりゃ多いんでしょうが、やっぱりその中でも金のわらじを履いて探し回ったあげくに犠牲になった一つ年下の「丁羊(ヒノトヒツジ)の男」は、期待が大きかったぶんだけ痛手は大きいんじゃないでしょうか。

    「一つ年上の女房」対「丙午の女」、どっちの言いぶんに利があるのかぼくにはわかりません。不惑といっても悩み多き年ごろのぼくです。

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    2007年6月20日 (水)

    食べものをオモチャにする

    Top_yellow_20子どものころにはよく 「食べものをオモチャにするな」と言って怒られたりしたものだ。

    地球の人口は現在六十五億人。早ければ2045年頃に百億人突破なんだそうな。ぼくが子どものころに聞いたのが四十八億人だったか。百年足らずで倍に増える勘定で、もうものすごい勢いの人口爆発だ。このままいけばいずれ世界的に深刻な食糧不足、水不足が起こるのは必定だ。

    石油も限りある資源、二酸化炭素もナンタラカンタラだしということで最近では「バイオエネルギー」なんだそうで、その原料となる農作物の値段に影響を与えるようになってきた。バイオエネルギーもまだまだこれからの技術だと思うけど、この段階でもう食糧に影響を与えているのだから、本格的に使われるようになったらどうなってしまうんだろうねえ。

    「先進国」が軒並み人口減少している中、増加中の人口は「貧困国」の人たちだろうから、人が増えたぶんは貧困層が増えることになると思っていてもそう大して間違いはないだろう。というか増えたぶんが「中程度」ないしは「先進国程度なみ」の生活をしたら地球がもたない。

    十年ぐらい前に読んだ本には、「世界の富を全人口に平等に分配するとすると、その一人当たりの富は平均的な日本人の生活の約七分の一」とあった。つまり、日本人は世界の富の平均値の七倍の暮らしをしているということ。そのぶん「貧困」がどこかにしわ寄せされているわけだ。

    さらにその本によると、「地球に負荷をかけないでアメリカ人の中流家庭の生活をすることができる人口規模は二億人」なんだそうな。それ以上の人口がその生活レベルを送ると、地球が外界から唯一受けているエネルギー源たる「太陽熱」の総量を越えるエネルギー消費になるんだったか、自然の「浄化作用」を越える排出物が出されるんだったか、細かいことは忘れたけど(おおざっぱな読み物だったしあまり細かいことは気にしない、気にしない)、つまりはそういうことだそうな。

    「発展途上国」がすべて「先進国なみ」になることは絶対にない。「発展途上国」は「発展途上のまま」でなくては現代文明は成立しない。全人口が「豊かな生活」を送ることができるようになるかのような「先進国」「発展途上国」なんてのは、差別的なありかたを隠蔽するためだけの表現にしか過ぎない。「後進国」と呼ぶのは差別的だからといつのころからか「発展途上国」に変えたわけだけど、そんなことをしたところで差別構造を前提とする今の文明のありかたまでが変わるわけではない。

    さて、世界の富を平等に分けるとすると日本人はエネルギー消費を現在の七分の一にしなくてはいけないのであった。けどそんなこと言われても、あははは、「平等」が大切だとわかっていたところで、現実に七分の一の生活を送るほどの殊勝な生きかたができる人間がどれだけいるんだろうか。

    まずはコンビニを強制的に閉店だな。けどそんなこと無理でしょ? バイオエネルギーの使用が今後増えたとしても、「先進国」の人たちがレジャーにドライブに車の使用を減らすとも思えない。日本では規制緩和だとかで続々と作られている「大規模小売店」に車で買い物に行かなくてはだんだん生活がしにくくなっている。そういう経済、政治を中心にしてこの国は動いているのだ、いまだに。

    犬や猫のエサが缶詰で売られるようになったころ、東南アジアなんかでは地元の人たちがふだん食べていた魚が値上がりしてしまって、気軽に口にできなくなったという記事を目にしたことがある。魚は地元の工場で缶詰にされるんだけれども、商品ラベルを貼るのは日本に来てからなんだと。自分たちが食べている魚が買い占められて日本のペットのエサ用にされることを地元の人に知られるのはさすがにちょっとまずい、ということらしい。そういう奥ゆかしくもゴウマンな国なのだワン、日本は。

    そんなこんなで食糧不足が懸念されるにもかかわらず、今の産業構造、エネルギー大量消費社会に手をつけることなく、耕作地で食べ物をつくらず「バイオエネルギー」をつくって、今後それにどんどん転換していこうというんだもんね。ずいぶんと「先進国」の人(や犬や猫)は偉くなったもんだニャア。

    けど、こんなことは、バイオエネルギーのための野菜や穀物の種をまくと同時にテロの種をまくようなものなんじゃないの? 

    食べものをオモチャにしない。道理をまだわかっていない子どもに向かって言うこの言葉は、この先の「バイオエネルギー消費者」にむけての言葉にもなるんだろうね。バイオエネルギーを積んだ車に乗って遊びに行く時には、せいぜい人の食べものを燃料にしていることを心の内に秘めて海へ山へと出かけましょう。

    ぼくたちみんな道理を知らないガキどもです。

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