あの人、アカですから
東京都国分寺市の共産党市議がマンションの集合ポストにビラを投函して、住居侵入のカドで書類送検をされた。まただ。
立川の反戦ビラや葛飾区の共産党ビラに引き続き、再三こうしたことがくり返される。
と、この書き出しも、『産経新聞』や『諸君』『正論』に書いてあれば、「アカがまだ何をやっている」という意味になるけど、ぼくの立場は逆です。『赤旗』とか『週刊金曜日』とかに書いてある文脈で怒っていると思ってください。ネットって、サイトを開いてもしばらく読み進まないと、書いている人の立場がわかりにくいもんね。先に書いておきます。
書類送検が報道されたからか、報道の翌日に「被害届け」は取り下げられたが、それにしてもである。
こうなったら、時期をあわせて全国一斉にビラをマンションへ「違法に」投函する運動でも起こしたらどうかと思う。そうなれば警察も、あとはハンコをつくだけの「被害届け」の作成が追いつくまい。住民からもそうは「協力者」が出てくるまい。
全国一斉が無理なら、立川でも葛飾で国分寺でもどこでもいいけど、被害届けを出した「前科」のあるマンションに大挙してビラを投函しに行く、と。
で、もし誰かがまた逮捕でもされたなら、「あっ、ぼくもそれ投函しました」「わたしも投函しました」とみんながみんなで自首しにいこうではないかね。留置所を「政治犯」であふれ返させてやれ。
こんな「被害」を捏造する警察も警察だが、それを起訴して、有罪判決を出す司法当局もまた、どうしようもなくえげつない。一体全体、この国は民主主義の国なのか。
『蟹工船』をベストセラーにさせている若者たちよ、この権力の横暴をどう思われる。「だってこんな目にあうの共産党だけじゃないの」と鼻白んでいるとするなら、それはどうなんでしょう。
随分と前にも掲載したけども、ドイツの神学者マルティン・ニーメラーの詩を再掲しておく。
ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。
けれども自分は共産主義者ではなかったから、結局なにもしなかった。それから、ナチは社会主義者を攻撃した。
自分の不安はやや増大した。
けれども自分は社会主義者ではなかったから、やはりなにもしなかった。それから学校が、新聞が、ユダヤ教徒が、というふうにつぎつぎと攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、それでもなにもしなかった。
それからナチは教会を攻撃した。
私は教会の人間であった。
そこで自分はなにごとかをした。
しかし、そのときにはすでに手遅れであった。
権力と対峙したとき、世間の無関心はなによりも怖い。
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ロック好きなら「ボブ・ディランしか聴いてない時期」というのをきっと一度は通るものだ。いわゆる「うまい歌」からは遠く離れた歌い方なのに、なんだこの磁力は! 曲自体も、他人がカバーするのを聴くとめちゃめちゃいい曲だということを改めて思い知り、ほとほと感心する。このアルバムだけで三週間は過ごせる。フォークの神様をロックが包摂していく瞬間をこのアルバムで感じとろう。






























