さて、今日は「おさかな育成記」の話です。
八月の初頭に突然思い立ち、近所の鴨川で魚を掬ってきた。近所の百円ショップでタモが売っていたのもきっかけのひとつだったけど、学生時代にさかなを川で掬ってきて金魚鉢で育てたことがあって、それをふと思い出して、いざ川へ行かん、と相成ったわけである。
掬いに行ったのは結局一度だけではなかったので釣果、ちゃうちゃう、掬果(なんて読もう?)は何回か合わせてのものになるけど、今いるものをざっと勘定すると次のようになる。
カワムツ=約30、ヨシノボリ=約6、エビ(おそらくミナミヌマエビ)=約10(プラス数十匹)、メダカ=約7、コイ=1、サカマキガイ=3。
これをちっちゃい水槽「わたしの楽園プチ」というのとちび金魚鉢とに分けて飼っている。ちび金魚鉢にはメダカ=2、エビ=5、ヨシノボリ=2を入れて、たまにエサと差し水をする以外ほったらかし。これでどこまで持つかわからないけど、ほぼバランスドアクアリウム状態である。この数字は累々の犠牲の上に得られたものである。合掌。でも、多分まだ多すぎる。事前に合掌。
「わたしの楽園プチ」というのは、酸素ブクブク付きのコンパクトな水槽である。一番最初に魚を掬ってきた時、ちび金魚鉢にどばーっとおさかなたちを入れたら、見事にあれよあれよと逝ってしまい、こりゃいかん、とあらためて買ってきた。さすが酸素ブクブク付き、さかなが酸欠で調子をくずすことはなくなった。
ただし、混泳させるには不具合のある魚種がいることがわかった。それはコイとエビ。
エビは水際の草のしげみにタモを突っ込んでガサガサ揺すってやると大量に採れる。それをコイと一緒に入れてわかったのは、コイはどうもエビが大好物である。ぼくもエビちゃんはとてもお気に入りであるけれども、 それにしてもコイのエビちゃん好きは過剰である。隙あらばいつでも襲いかかる。エビちゃんピーンチッ! こんなに堂々とエビちゃんに襲いかかれるなんて、うらやましいよ、コイ。
さっきからコイ、コイと書いているが、このコイは最初5センチにも満たない「フナ」だった。それがエビを食べまくり、ぐんぐん大きくなり、「なんか、おかしい」と思ってよく見ると、口元にヒゲが。コイとフナの幼魚の見分けかたは、ほぼ口元のヒゲだけだそうである。フナなら大きくなっても15センチぐらいだからと安心していたのだけど、コイならあなた、大きくなれば一メートル級である。伊東に行くならハトヤ級である。
もう一度口元をよく見てみる。ああ、やっぱりコイだ。
それからも日々コイは悪食を繰り返し、食べ残したエサもしばらくするときれいに食べ尽くして、調子よく成長している。上記の「エビ=約10(プラス数十匹)」のプラス数十匹も、早い話がバケツで別飼いの生餌である。
話は少しそれるけど、最近、「エサをやる」ことを御丁寧にも「エサをあげる」と言う人が増えてきた。植木や花に水をやるのも「水をあげる」などと言う。そう言う人っていうのは、「エサやり」「水やり」を「エサあげ」「水あげ」なんて言うのかね。「○○してやる」と言うのはそんなに品ない言葉なんかね。
テレビや雑誌なんかで、「睡眠障害の治療には朝起きてあげることが重要」とか、「太い音を出すにはアンプでベースのつまみを大きくしてあげよう」なんてのをやけに見聞きする。「起きてあげることが重要」の方にいたっては、誰のための何の治療か意味も変だし、もうなにがなんだか。
さらに話はそれるが、仕事上で直接の取引や関係があるわけでもない人が、店や会社の名前に「さん」をつけるのも、なんか聞いていて気持ち悪い。報道番組やワイドショーでコメンテーターが「ソニーさんが・・・」とか「ローソンさんが・・・」とか、アホかっちゅうの。
バカ丁寧っちゅうのかなんちゅうのか、こういうのは、「わたしはあなたの敵でないですよ~。人にもペットにもお花にもボリュームつまみにも、みんなみんな上も下もないんですよ~」と、他者との摩擦を極力避けるべく、予防線張りまくりの心理の表われなんだろうけど、実に気づかいあるお上品な人が増えてきました。
さてさて、話を戻す。
エビはもともと半透明に近い白色だけども、恐怖にさらされていると色が茶色くなってくるそうだ。仲間が次々と襲撃されるのを横目で見ながら生き残っているエビたちは、もう黒に近いぐらいの茶色になりながら石の陰に隠れてひっそりとしている。
同居人はある時、あまりのコイの襲撃っぷりを見かねてコイを一匹だけバケツに隔離してしまった。それを見てぼくが「懲罰反対っ!反対っ!」とシュプレヒコールをあげてうるさくしたんで、また「わたしの楽園」に戻ることになった。エビは再び「自然淘汰」にさらされているけど、こうなると、「わたしの楽園プチ」は「鯉の楽園グランデ」である。
今やコイは、横幅が20センチにも満たない「わたしの楽園プチ」の約5分の2ほどにまでなっている。同居人でなくても、これではコイにちょっと手狭な気がする。
うむむ・・・。
再来月あたりから我が家の風呂桶はコイに乗っ取られていることになるであろう。さらにその先には我が家でナベを催したいと算段している。ちょうどその頃には今年漬けた梅酒もいい具合になっていることでしょう。いずれ食物連鎖の頂点にぼくが立つ。
水草は金魚鉢を買った時についでに買ったものだけだったけど、水草って川に結構生えてるのね。どう見ても外来種なものばっかりだけど、それを引っこ抜いてきて、小石に糸でくくりつけて底砂に植えてカッコウをつけた。
砂も川底からいただいてきて、フルイにかけて大きさを揃えて底に敷いた。よく見るとガラスの破片が結構な量混ざっている。砂を洗う時には軍手をはめてやらないと危ないですね。鴨川は都市河川の中では比較的きれいだと思うけど、自然というにはやっぱり程遠い。
そうそう、何回か掬いに行っていて、ある時ヌートリアを見かけた。街中のほうで見たという話は聞いていたけど、ぼくが見たのはそこから何キロか下流のあたり。こちらの川岸からあちらへ顔を出してヌーと泳いでいった。もしあれがヌートリアでなければカワウソだけど、フツーに考えればやっぱりあれはヌートリアだよね。外来種が増えているといっても、ちょっとびっくりした。今回掬ってきたおさかなたちも元々の天然物はカワムツとエビぐらいのもんだろうから、今さらなにがどうということないかもしれないけど。ヌートリアかあ。
ネット上の本格的な人たちから見たら、ぼくのやっていることはさかなの虐待に近い。「こんなにちっちゃい水槽に何匹飼っとるんだ」っちゅう話である。でもそれはネットで人と比較してみた話。ぼくの気分にしてみれば、夏の少年のさかなとりの気分である。小学生のとき、友だちと近くの田んぼや用水路に行って、勢いにまかせてザリガニを二百匹ぐらい釣ってきて、その後続々と死んでって腐臭に泣いたことがあるけど、そんなことを思い出す。いろんなものにまとめて合掌。
今、「おさかな育成記」は、その大きさと成長の速さが目立つだけにコイ中心だけど、いずれはこのコイもぼくの胃の中へ。で、この水槽のホントの主役は、風情がかわいいかわいいヨシノボリ、我が家での愛称ハゼドンである。普段は石の陰に隠れていることが多いけど、時々外に出てきてはたそがれている。そのたそがれ具合がなんか人間くさくて「さかな離れ」している。ヨシノボリも何匹か死んでしまったけど、悪食のコイがその死体に口をつけようともしない様子からして、どうも肉身もまずそうだし、ぼくも食べることはなかろう。そもそも食べるにはちっちゃいし。
そうそう、数が多くて一匹一匹のキャラ立ちが弱いカワムツたち。これはいい具合に育ったら塩焼きでいただきたいところである。
おさかなちゃんたちがうまいこと成長して、いずれぼくが食物連鎖の頂点に立ち、水槽の中が今よりも寂しくなってきたら、水槽の上段と中段はメダカ担当、水底はハゼドンがなごましてくれることになると思う。その時には、生き残ったエビもエビちゃんみたいに色白に戻って、安心して暮らしてね。
エビちゃん、かわいいわあ
てなことを下書きした翌日、水槽を見るとどうもコイはエビのみならず、メダカやちびカワムツまで食っているらしいことが判明。夜の間に数が減っとる!
さとちゃん、大怒り! メダカはまだしも、カワムツまで食うとは! おれのおやつを取るな!
すぐさまコイを「鯉の楽園グランデ」から取り出して、以前冷凍物をもらった時の発泡スチロールの箱に強制隔離したった。そこで水草にからまりながらおとなしく泥水すすっとけっ!
なんか、「おさかな育成期」というよりは「おさかな養殖記」という感じですね。