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2009年2月の記事

2009年2月25日 (水)

かわいい字体でどんと来い

Top_blueここ数ヶ月、「かわいい 字体」の言葉で検索してこのブログに飛び込んでくる人がほぼ毎日いる。「なんでかいな?」と思って、ヤフーで検索をかけると、な、な、なんと! 三十七万件余りのヒット数中三番目! 随分以前に、「このブログはかわいい字体なんで云々」とほんのチラリと書いたことがあるだけなのに、なんじゃこれは。

「思い込みダイエット」でも検索結果の上位にでて、飛び込んでくる人が多くてウンヌンカンヌン、なんて話を以前にも書いたけど、まただ。

どういう機能だとこういうことになるのか知らんが、きっと、検索結果で実際に開かれたページがより上位につけられていくんだろう。となると、そのサイトが役に立とうが立つまいが開かれてしまった以上、検索結果はどんどんと上に上がっていく循環が起こる。開かれてしまう以上、役に立たないからといって下がる方への循環はいつまでたっても始まらず、となると、役に立とうが立つまいが、日々ほぼ無縁の人とつながって、三秒で閉じられる。トホホ。

そんなほぼ無意味なアクセスも、ブログ側ではちゃんとアクセス数として勘定されて、実にアホらしい最先端技術である。「かわいい 字体」でやってくる人、もういらん。検索結果、下げられるものなら下げたい。

辞書を開いた時に周辺の無関係な項目を見るのと同じと言えなくもないけど、で、それが新たな思いつきにつながるなんてことがないわけでもなかったりするけど、検索サイト側ではおそらくそういう非効率はめざしてもいないし、むしろ排除したいであろう。がんばれ、ヤフー。

ぼくはいわゆるポータルサイトって言うの?、ホームページって言うの?、を「検索デスク」というやつにしてある。これ便利。有名なのかもしれないけど、まだパソコンを始めたばっかりの時に、どんな検索サイトがいいのかと「メタ 検索」で検索したら、この便利そうなサイトに出会ったんで、その利用はぼくのパソコン人生とほぼ重なる。で、普通の検索はほとんどグーグルしか使わない。一、二年前からツールバーも仕込んで、おっと、気づくとすっかりグーグラーである。

このブログの「アクセス解析」というのは、検索ワード以外にもいろんなことがわかって、このブログを見にきた人の端末の種類もわかる。それを見ると、ウインドウズビスタっちゅうのが、ドッグイヤー的に言うともう十数年ぐらい前に発売されたにもかかわらず、マックや五十年ぐらい前の型のウインドウズ2000とさして変わらず、一割程度。六割方がいまだに三十年ほど前の型のウインドウズXPである。

最新機種、最新機能といっても、この業界では作り手と使い手、使い手の中でも仕事的に使う人と一般の使い手との温度差が激しすぎで、ぼくにはもうよくわかりましぇん。

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2009年2月15日 (日)

浅間山プチ噴火

Top_blue_2 浅間山がプチ噴火だそうである。

ぼくは時々思うのだけど、この国が生まれ変わるとするなら、もう関東大震災とかで東京が壊滅した時にようやく目が覚めるのかもしれんなあ、と思うのである。「必ず」目覚める、ではないですよ、「かもしれん」ですよ。ぼくたちは、神戸の一つや二つが潰れても何も変わらなかった現実を目にしているのだから、必ず目が覚めるなんて言えませんものね。

東海大地震で、断層が直下にある静岡の浜岡原発が爆発したとすると、急性死が静岡県内で五万人、放射能たっぷりの煙が東京に向かえば、後々のガンも含めて最悪百何十万人の死者だとかという推計がある。風向きが愛知県側だと死者百万人だったかだけど、それではいかん。ちゃんと西風が吹いてもらわねば。まあ、どっち向きの風でも、地震で道が壊れてしまえば数万人の地元民は逃げ出すこともできず、救援隊も放射能防護服もないままでは救済に向かえないので、当然棄民だそうな・・・。

なんてことが万が一にも起こり得るのに、それでも原発って必要なの?

明治以降の「現代」は、めでたくポスト近代が訪れた将来からすれば、「東京時代」といわれるはずである。現在でも「東京中心主義」という言葉でちびちびと東京批判はなされているけれども、東京のあり方そのものが将来的に否定されることは必定である。

東京壊滅の可能性は関東大震災だけでなく、浅間山や富士山の大噴火でバリバリ全開に噴煙が降り注いで首都機能停止、なんてのもあり。そういえば何年か前、「富士山がそう遠くない将来噴火するかも」なんてのを聞いた。その情報はいまだに生きているのか知らんけど、富士山の噴火が生きている間に見られるのかもと思うと、ちょっとワクワクする。フージハ、ニーッポン・イ・チ・ノーヤマー。

大震災も大噴火ももちろん十分にありうる話で、というか、いつ来ても意外ではない。避難所で「チョーいが~い」とか言うなよ。

それよりもなによりも、前回の浅間山大噴火は江戸時代の1783年。それ以降しばらく噴煙による冷害で「天明の大飢饉」が続き、寛政の改革につながる。噴煙は関東や日本だけにとどまらず、世界的にも冷害を引き起こして、フランスでは飢饉によって民衆の不満が高まり、フランス革命が起きている。すごいぜ、世界史を作った浅間山。

と、そんなことをプチ思い出させてくれましたよ、浅間山プチ噴火。 

自然災害という最強の外圧でしか変わらへんのかなあと思うと悲しいけど、でもなんか他に手はあるのでしょうか。誰かぼくに慰めの言葉をかけてください。

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2009年2月 5日 (木)

民間の会社

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前回の更新日は設定のうっかりミスで一度に二本の記事を掲載してしまった。内一本はいわゆる暇ネタで、特段の時事を受けずに書いてあるのをネタ切れの時にエイヤッと出すために用意してあったもの。メンドーなんでそのままにしときますが、最近はなんかブログを書くのもメンドーになってきて、以前なら常に三本ばかり書きためてあったものの、つまりひと月ばかりの余裕があったものの、今は暇ネタ一本を出してしまったばっかりに余裕なしなあんばい。というわけで、今回はピャッと書いてピャッと出す。

 

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ちょっと前までは、口を開けば「規制緩和」「小さな政府」とバカの一つ覚えのように言っている人間を見かけたものだけど、「百年に一度の経済危機」以来ちょっとは憚る気になったのか、この言葉も以前ほど耳にすることはなくなってきた。

それに代わるかのように耳にするようになったのが、「民間の会社だったら云々」という言い回し。

まあ、概してこの手の言葉を得々とした面持ちで吐く人間というのは、どうしたわけか右派系、新自由主義系、国家主義系といった日の丸を振っているのが似合いそうな人たちと相場が決まっているみたい。国家権力まで使ってよっぽど「自由に」商売したいんだろうかねえ。

「税金の無駄遣いをやめろ」などと一見もっともなことを言うのに、その比較対象で持ち出してくるのが「民間の会社だったら」という。赤字でもやってもらわなくては困る病院や交通機関、教育にさえも民間の理屈を持ち込んでどうするんだろう。まったくもって国を滅ぼす気か。

「議会の議員数を削減しろ」「公務員を減らせ」というのもセットになることが多いけど、日本だけ議員数が特段多いというわけでもないし、公務員が全然足りてない分野はいくつもある。民間の会社を持ち出すまでもなく、無駄なものは無駄なわけで、民間の会社を引き合いに出してくる気が知れない。

「民間」で宗教をやっている寺の人間として言わせてもらうなら、民間における寺離れ、宗教離れはひどいもんだ。経営学の人の話では、何十年か後、寺の生き残りは土地を持っているかどうかだけだと言われている。今後も仏教が滅びることはないけれど、この先お寺はどうなるかわからない。かくも民間では宗教に厳しい昨今、「民間、民間」とうるさく言うなら、まずは天皇制を民営化したらよろしい。けど、この本当の税金の無駄使いに、日の丸人たちは一切手をつける気配なし。

それはそれとしても、「バカな有権者の皆さまにわかりやすく民間の会社と比較させていただく」というつもりなんだろうけど、そして実際それをわかりやすいと思う人も少なくないから、こんなアホな言い回しをくり返し耳にするんだろう。三秒考えれば無茶な比較であることがわかるであろう、こんな底の浅い話につき合ってくれる人たちがいてくれて、世の為政者は本当に助かっていることだろうと思いますよ。

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