いちおう、歴史的な選挙、のはず
選挙管理内閣としてしか期待されていなかったのに、麻生太郎クン、何をとち狂ったか本格政権を目指してしまって、さあ大変。ドンヅマリのフンヅマリ。結局、氏がやったことでいいことって、漢字本の売り上げを伸ばしたことぐらいじゃないの? 漢字本の営業が総理の仕事とはあんまり思えないけど、まあ多少の経済対策にはなったんじゃないでしょうか。
解散ご苦労さまでした。さようなら麻生さん。
さてさて。
せめてこれが自民党や民主党などの保守・右派政党と、共産党や社民党などの革新・左派政党との二大政党なら、ぼくもここまで眠たい気分にはならないのかもしれない。ところが現実は自民党と民主党の二大政党。馬鹿げている。
「ここ最近、ほんと日本はおかしくなった」と嘆く声をよく聞くが、ぼくはそう思わない。政治的な物心がついたときから、ぼくは一度たりとも自民党(保守政治)に政治的な正しさを感じたことがない。つまりぼくには「ここ最近」ではなく、生まれてこの方ずっとこの国はおかしくなり続けているのである。
ぐるりと見渡せば「生活の保守」どころか、子供の頃には賑やかだった地元の祭りはさびれ、歩いて行ける店も減り続け、農業も憲法九条も医療も年金も労働環境も教育も崩壊寸前。それもこれも政治的な作為もしくは不作為の蓄積の結果だ。
今般の総選挙で、戦後一貫与党としてこの国の悪しき政治文化を引っぱってきた自民党がようやく敗北しようとしている(ぼくには「勝利」だが)。とっくの昔にこの国の政治から退場しているべき政党の、小選挙区制による延命もとうとう限界が来た。自民党が第一党から(多分)転落するのは、確かに歴史的なことに違いない。
だが、代わって政権を(多分)担う民主党とはどれだけの政党だろうか。「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する。だから政権交代が必要だ」。彼らの中にはバカ正直にも自らが将来必ず腐敗することを宣言している者がいる。政権獲得が手段ではなく目的化した、いかにもおっちょこちょいな「宣言(=マニフェスト)」である。
歩いて行ける店=個人商店や中小の小売店にトドメを刺したのは、大規模小売店舗法(大店法)の撤廃だ。九十年代に入って、アメリカの意向に沿い「規制緩和」を合言葉に徐々に規制を緩め、二〇〇〇年ついに撤廃された。八百屋が巨大店に素手で勝つなぞ無理な相談だ。資本主義経済ではそれも仕方ないと訳知り顔をしてるうちに、町の顔はすっかりノッペラボウになっている。
そうした中でのバカ勝ち組のひとつイオン。そこの御曹司は、鳩山由起夫民主党代表(氏が総理になれば何代続けて世襲総理?)より人気があるという岡田克也氏だ。そんな彼が最有力幹部をしている政党に、庶民の日々の暮らしをギリギリ守ってきた大店法の復活を望むのは、いかにも筋が悪い。
ドングリと椎の実ほどの差しかない二大政党は、国民にとって自業自得とはいえ不幸である。そんな中、今回の選挙で真に注目すべきは、自民党の「敗北」や単純な民主党政権の誕生などではなく、共産党などの伸長具合であって、そこにこそ日本の将来の鍵がある。
もちろん実際には、民意を議会に反映させるには欠陥商品である小選挙区制の下、少数政党が伸びるのは難しいだろう。どうあれ、しばらく国会ではでっち上げの民意をネタに茶番じみた政権交代劇が演じ続けられる。眠たい話だ。
それでもシラケることなく投票には行こう。なんだかんだといっても投票はぼくたち国民の最大の「武器」なんだから。
ということで、例年のごとくお盆のため、しばらくのあいだ夏休みをいただきます。ブログは九月の半ば、もしくは下旬に再開したいと思っております。
今年の夏はまた猛暑? また酷暑? ぼくはぜひにも冷夏をお願いしたい。冷害上等、不作上等。期待してます。
それではみなさま、楽しい夏をお過ごしください。
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ロック好きなら「ボブ・ディランしか聴いてない時期」というのをきっと一度は通るものだ。いわゆる「うまい歌」からは遠く離れた歌い方なのに、なんだこの磁力は! 曲自体も、他人がカバーするのを聴くとめちゃめちゃいい曲だということを改めて思い知り、ほとほと感心する。このアルバムだけで三週間は過ごせる。フォークの神様をロックが包摂していく瞬間をこのアルバムで感じとろう。






























