嫌ブス権
俺にはお気に入りのバーがある。酒や食べ物がうまいのはもちろん、店の外観から店内に飾ってある小物まで、マスターの趣味がいいのか、なんとも感じのいい店だ。カウンターでマスターの横に立って働いている子も、これまたマスターの趣味なのか、客の目を引くかわいらしい子だ。
看板娘ともいうべきその子と、俺はようやく少し話をするようになったばかりだった。
なのに、ある日店に行くと、店を辞めてしまったという。残念な気もしたけれど、まあいいや、次に入ってくる子はどんな子なんだろうか、それをひそかな楽しみに店に通い続けた。
ところが、だ。
しばらくして代わりに入ってきた子の、そのなんとも不細工なこと! ありていに言ってしまえば、ブスなんである。
見た目のおしゃれさからか、この店にやってくる女性客もそれなりに美人ぞろいだった。しかし、このブスな娘がカウンターに入ってからというもの、何を安心したのか、この店にまでブスな客が堂々とやってくるようになってしまった。
俺はなんといってもブスが嫌いだ。大嫌いだ。何年か前にようやく「禁煙法」が成立して大嫌いなタバコがこの世からなくなって改めて気づいたんだが、俺が一番嫌いだったのはタバコじゃなくてブスだったのだ。
身勝手だと言われても、嫌いなものは嫌いなんだからしかたがない。はっきりいってブスはもう見たくもない。なにかのはずみでブスと話をしなくてはならなくなった時、俺にとってこれほどつらいことはない。それはタバコの煙のつらさの比じゃない。ストレスがたまって体にもきっと毒だろう。
いつだったか、取り引き先の相手がブスのOLだったことがある。その時には正視するのに耐えられず、異様な緊張感におそわれてしまって、仕事を失敗しかけたことさえある。そういうこともあって俺はさらにブスが大っ嫌いになってしまった。
俺は街のブスを避けるためにも毎晩のようにこの店に来ていたのに、これは一体なんなんだ。俺はマスターのセンスに少し疑問を持つようになった。それでも俺は仕事が終わってからもまっすぐ家には帰らず、俺の知る限りまだまともなこの店にしばらく通い続けた。
そんなある日。俺のとなりで一人黙って飲んでいた男がいた。そいつに、そのもうひとつ向こうの席に座っている女性から声がかかった。
「お一人ですか?」
「んっ?」
その男は女を一瞥すると、苦虫をかみつぶしたような顔で正面に向きなおった。俺はその女をチラリと見てみた。
「ああ、なるほど。これではダメだ」
心の中で俺はそうつぶやいた。
この男、以前からよくこの店で見かけた男だが、こいつもきっと俺のような心もちの男かもしれない。なぜって、この男、その晩に知り合っただろう女としゃべっているのを時々見かけたことがあるんだが、その相手は決まってこの店に見合った美人とばかりだったから。それが今日はとんだ災難らしい。チラリと見ただけでもわかる、どこからどう見てもまぎれもないブスが声をかけてきて、そのとたんに苦虫顔だ。
「一緒にどうですか?」
さらに女は声をかけてきた。さぞ男は迷惑がっているだろう。
「ねえ、一緒に一杯・・・」
と、さらに女が言いかけた途端、男は、
「だまれ」
とつぶやいた。
「えっ?」
「だまれ、ブス」
「あら・・・。いきなりごあいさつだわねえ」
女は少しうろたえながらも、少し離れた後ろの席の女を見やりながら、さらに言葉を続けた。
「でもねあなた、人は見かけによらないわよ。ほら、あそこにいるきれいな人。あんな人なんかよりも私のほうがきっと性格もいいし話も上手だわ」
「だまれ。俺はブスが嫌いなんだ」
やっぱりそうだったか。それにしてもはっきりモノを言う男だなあ、こいつ。
すると、この男はもうだいぶ酔っていたのか、一気にまくし立てはじめた。
「なんでだ? ブス嫌いのこの俺がなんでお前としゃべらなくちゃならないんだ? もういい、こっちを見るな! 俺の視界に入るな! しゃべりかけてくるな。ああ・・・、目に入らない後ろの客の声さえもが『ブス声』に聞こえてきたじゃないか。これじゃあ明日は二日酔いだ。どうしてくれる! とんだ悪酔いする前に、その顔をむこうに向けてくれ! 言いたかないけど、この店では最近カウンターの中にさえ安心して目をやれなくなったというのに。俺の視線はどこにむかえばいいんだ!」
よっぽど腹に据えかねていたのか、よくぞそこまで。
「世間を見渡したってブスがどんな扱いを受けているかは一目瞭然だろう。そのことでどれだけお前の性格がゆがんでしまったか、そのことはお前が一番知っているくせに。あそこの美人よりも性格がいいだって? 何を寝ぼけたことを言っているんだ? ブスは顔だけじゃなくて、言うことまでがそういう風だからさらに手のつけようがないというもんだ。ブスは『ブス専』みたいな一部のマニアにしか興味を持たれない日陰者のくせに、なにをでかい顔してこの店にいるんだ。くそっ!」
店にいた他の客たちは、いつのまにやらこいつの弁舌に聞き入っている。男客たちはみな一様に「そうだ」と言わんばかりの顔をしていた。
「店内のブスどもを表に放り出せなんて店の人間に言ってもラチがあかないんだろうな・・・。うう。おお、そうだ、いっそのこと、こうやって一日の疲れを癒すような店にブスは出入りできないように法律で何とかしてもらえないだろうか。いや、店だけじゃなくて、この際だ、店の外にもウジャウジャいるブスどもを『ブス外出禁止令』で取り締まってもらいたいもんだ。なあみんな、そう思わないか!?」
男はいよいよ熱気を帯びてきて、周りにいた男たちに同意を求めた。すると今まで静かに聞いていた男たちも、
「おお、そうだ、それがいい!」
「家を出るな、お前らは! 自由に外出したければ『ブス外来』にでも行って整形してもらってこい!」
「ブスはハタ迷惑なんだ! この日陰者が! 通りから見える庭にも立つな! ベランダにも出るな! カーテンも閉めずに窓際に立つな! ずっと闇にまぎれてろ!」
「ブスが覆面もかぶらずに外出したら過料で千円とってやれ」
と口々に言い出した。
「き、君、悪いが、き、君はクビだ。あしたから来なくてもいい。いや、もう来ないでくれ!」
「ええっ。そ、そんな、マ、マスター・・・」
カウンターの中でも始まってしまったようだ。
そして俺も加勢してしまった。
「そういえばタバコには禁煙法のあとしばらくの間は闇タバコが存在したもんだが、ブスには闇ブスなんてできっこないな。ふんっ、タバコ以下のブスが。ブスなんてこの世から消えてなくなってしまえばいいんだ!」
しかし、そう口走ってしまってから俺はふとわれにかえり、「ブス外出禁止令」でもなんともならないブスがいることを思い出してしまった。
そうなのだ、「ブス外出禁止令」ができれば外に出られなくなるに違いない、一目見れば酔いが醒めてしまう顔をした妻が、家で俺の帰りを待っているのだった。
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ロック好きなら「ボブ・ディランしか聴いてない時期」というのをきっと一度は通るものだ。いわゆる「うまい歌」からは遠く離れた歌い方なのに、なんだこの磁力は! 曲自体も、他人がカバーするのを聴くとめちゃめちゃいい曲だということを改めて思い知り、ほとほと感心する。このアルバムだけで三週間は過ごせる。フォークの神様をロックが包摂していく瞬間をこのアルバムで感じとろう。






























