カテゴリー「よしなしごと」の126件の記事

2009年12月25日 (金)

年末年賀状

Top_blue最近、帽子を作ったり、服の繕い物をしたり、残りギレで簡易マフラーを作ったりしていたら、すっかりパソコンと縁遠くなってしまっていた。年末最後のブログを書かなくてはと思っていたら、あれれ、すっかり年末が来ていた。

ここでいきなり、最近作った帽子を発表。

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『あしたのジョー』を見ていたら、矢吹丈がかぶっている帽子の色が、押入れのボロキレ箱に入っている(元)Tシャツの色と同じだと気づき、エコっていいことだって言うじゃん、着なくなった服を再生、再利用、作ってみました。上手にできました。

 

書くネタがないというわけではまったくなく、パソコンに向かう気分のバイオリズムが合わないのか、どうもパソコンを開く気がしない。パソコンと近しいケータイでも、音楽を入れていたSDカードがぶっ壊れてしまい、そのことも「なんかIT嫌い!」という気分を盛り上げてくれて、今年最後の記事は降参、手を上げたい次第です。それ以外の調子は普段と変わりないのにね。年が明けてからまじめに書きます。

でもお正月休みは取ります。なので、正月五日はお休み、十五日から再開したいと思います。

 

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三月頃の記事に書いたけど、ぼくは年賀状を書かないので、ついでにここで年始のあいさつをしときます。

誰よりも早く、あけましておめでとうございます。

年末に年賀状を書く欺瞞(と言っちゃダメ!)、もとい、常識を考えれば、年始休みをするブログでは、掟破りの「年末年賀状」もありとしましょう。

みなさま、旧年中はお世話になりました。本年もよろしくお願いします。

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2009年11月25日 (水)

音色を聴け

Top_blueちょっと前、お笑いの爆笑問題が偉い先生を訪ねてインタビューをする番組で、坂本龍一の回があった。「今回お訪ねする教授はホンモノの『教授』ですからねえ」。ふむふむ。

話題が、爆笑問題がファンだというサザンオールスターズ、桑田佳祐に及んだ時、坂本龍一が逆に爆笑問題に次のようなことを聞いた。

「ぼくは桑田君と個人的に友だちだし、もちろん楽しい人で好きなんだけど、なんであそこまで売れるのかが正直よくわからない。桑田君の何がそんなにいいんですか?」

別に嫌味で聞いたわけでもない、素直な疑問、質問だった。爆笑問題が答えるのを聞くとはなしに、ぼくもぼくなりの答えを考えていたんで、二人がなんと答えたか忘れてしまった。

ぼくも桑田佳祐はすごいと思っている。日本の音楽状況は、才能と売れていることとは全く別に評価しなくてはならないことが多いけど、桑田佳祐はヒットチャートでトップを張り続けながら、同時にずば抜けた才能を持っているミュージシャンの数少ない例だと思う。

むしろぼくは、坂本龍一がなんでここまで評価が高いのかがわからない。才能があるのはもちろん認めるが、どうせ海外での評価が高いから(どこかオリエンタルなメロディを西洋音楽の作法で奏でる音楽家として)、日本でもいい扱いをされているだけのことだろう。ぼくからすれば、「坂本龍一は矢野顕子の元旦那」というぐらいである。

桑田佳祐や坂本龍一など、好き嫌いは人それぞれだから、それはそれでいいとして、で、ぼくの場合桑田佳祐を聴いて何をいいと思うのか。それはずばり「声」だ。桑田佳祐に限らず、その歌い手をいいと思うのは、まずもって「声」にである。メロディとかリズムとか、色々と音楽の評価対象はあるけれど、ごまかしようもなくその人の色が出る声。声が圧倒的な説得力を持てば、その声が響いた瞬間、場の空気が変わる。

歌ばかりでなく、楽器も結局その好き嫌いはその音色だろう。もちろん、いい声やいい音色にいいメロディが重なるから「これめちゃめちゃ好き!」になるんだけど、極端な言い方をすれば、その声やその音色でやっているなら、メロディやリズムが多少違ってもいい。音色がダメなら、メロディやその他諸々への評価をするにまでたどり着きにくくなる。

楽器の場合、弾き手がそれぞれに出す音色よりも、楽器自体が持つ音色の方が圧倒的だ。そんな中で、その人の音を持つ弾き手というのは、歌い手よりもある意味すごい。楽器弾きで誰が弾いているかわかる音を出す人というのは、とてつもなくすごい人だと思う。

坂本龍一への直接の答えにはなっていないが、この質問で思ったのは、「なんだかんだといっても、音楽は音色だ」ということ。

音楽の何を聴くか。何を聴くにしろ、それはまず音色から始まる。あるミュージシャンに惚れ込んでしまうのも、その人が出す声もしくは楽器の音色にヤられてしまったということだ。こういうのはプロとかアマチュアとか関係ないし、上手い下手もあんまり関係ない。

SP盤などの古い録音を聴いて、みなが一様にその「古さ」を共有できるのも、その「古い音色」を聴き分けていればこそである。

ぼく自身、ギターを弾いたり歌を歌ったりするけど、自分で聴くに、ぼくの声は凡庸でしかないから、どんなにいい曲を歌おうとも人の心は揺さぶらんな、と思っている。ギターの音は多少作りこめても、声ばかりはどうしようもない。曲を作っていて、「ああ、この曲を○○がやったら最高だなあ」などと夢想することシバシバである。

具体的な評価自体は人それぞれだし、音色の好みも人それぞれだけども、音楽を評価する上で、音色を聴き分ける耳はとても重要だと思う。

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2009年11月 5日 (木)

茶を喫する

Top_blue_2 以前見かけたお茶屋さんのシャッターにこんな言葉が書いてあった。

のどが渇いたら水を飲め。
心が渇いたらお茶を飲め。

ぼくはいつも心が渇いているからか、お茶をよく飲む。あらゆる飲み物の中で一番おいしいのは、煎茶ではないかと思っている。世間ではご飯離れと同じように緑茶離れも進んでいるのかもしれないが、みなさん、ちゃんと急須でおいしいお茶を入れて飲んでますか。ペットボトルのお茶や夏場の麦茶なんかは「のどが渇いたら」の範疇だから、心が渇いたらちゃんとしたお茶を飲みたいもんである。

緑茶ばかりでなく、コーヒーや紅茶もよく飲む。紅茶はティーバッグだと手軽だけど、ティーポットで入れるような良質の紅茶葉は、やはりティーバッグ物よりも上等な味わいである。

コーヒーもドリップで入れるととてもおいしい。普段はちゃんと入れているけど、「もうメンドくさくてなにもかもがイヤ」なんて時、インスタントなら、味は劣るけどお湯を注いで「はい出来上がり」で、それはそれでよろしい。

学生時代のとある週末、食う物もタバコも切れた。財布を見たら小銭しかない。近所のスーパーに行って、なけなしの金でコーヒー豆とタバコを買ってきたぼくは、当時とてもニヒルでダンディに生きていたものである。

アジアのどこぞの国で大地震があって世界各国から支援が集まった時、山奥に入ったとある支援団体が支援物資としてインスタントコーヒーも持って行ったんだそうな。初めてインスタントコーヒーを飲んだ現地の人たちは、最初、「なんだ、この黒くて苦いお湯は」となじめなかったそうだが、ひと月後支援団体が帰る時には、「あの黒いお湯の元をもっと置いていってくれないか」と頼み込んだんだそうな。やばいねえ、カフェイン中毒。

最近しばらく買ってなかったけど、久しぶりに抹茶を買ってきた。以前、叔母の形見で野だてセットをもらった時はまさにマイブームでよく飲んでいたものだったけど、普通の緑茶とは違った濃厚な味わいは癖になる。コーヒーにも負けないインパクトの強さがあってよろしい。濃い目で一服すれば、デミタスコーヒーなぞモノの数ではない。

して、抹茶をたててみるに、家で飲むだけのことだから「結構なお点前で」なぞとシャッチョコバったことは一切不要。茶碗に抹茶とお湯を入れ、茶筅でシャカシャカやるだけのこと。急須で入れる緑茶やドリップで入れるコーヒーに比べても、コツというほどのものもなく、実に簡単なものである。インスタントコーヒーやティーバッグに次ぐ簡単さである。なのに、抹茶の場合、インスタントでもなく手抜きでもない本物の抹茶である。

うむ、抹茶はえらい。

さあさあ、テレビで国会中継を見ていたら心が渇いてきたし、抹茶でもたてますか。

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2009年7月 5日 (日)

不痒蚊

Top_blue同居人は虫が嫌いである。確かに大量の虫が湧いている姿を見かけると、あんまり気持ちいいもんではないね。

セミもだめで、ぼくがセミのメスを捕まえて、扇風機代わりに静かに涼んでいると半径三メートルより向こうへ離れていく。

そんな同居人もゴキブリを家で見つけると、虫嫌いはどこへやら、スリッパをつかんで、親の仇を見つけたかのような振る舞いをする。頼りになります。

ぼくはその点、虫は普通に好きであり、嫌いである。不快害虫と言われるのは嫌いだし、夏休みの昆虫採集で子どもがとっ捕まえてくるようなのは普通に好きである。不快害虫が嫌いといっても普通に嫌いなだけだけど、そんな中でも、蚊だけはどうにも許せない。

刺されても痒くならなければいいものを、刺された後のかい、かい、かい、かい、かい、かい、かい、かゆーい、があるばっかりに、見つけると徹底的に排除の姿勢で挑んでしまう。刺されても痒くならなければ、血を吸う虫なんて今では都会の日常的な場面であまりないから、かえって血を吸う姿を愛でてやってもいいかもしれないのに。

「プーン」。部屋で見つけたとたん臨戦態勢。部屋には物がいっぱいあるから殺虫剤をまくようなことまではしないけど、相手の血(それはつまり自分の血だったりするんだが)を見るまでは許さない。

寝入りっぱなに耳元で「プ~ン」とやられようものなら、にわかに目が覚め、退治したあともなかなか寝付けず、もうっ! 次の一日が寝不足である。許せん!

実家の寺では木も多いし、さらにお墓に必須アイテムの花立てがある限り、そこでボウフラが湧き、蚊がいなくなることはほぼ絶望的である。玄関の外でお客さんと三分もしゃべっていると、複数箇所刺されるのはごく普通。許せん!

夏に境内の大掃除が終わって、勘定したら二十数か所刺されていたこともある。虫除けスプレーも大量発汗や水撒きの水を浴びて流れてしまって、部分的にしか効かない。かい、かい、かい、かい、かい、かゆーい。許せーん! 体じゅうウナを塗りたくって、布団に入ってもヒヤヒヤーンと寝られたもんじゃなし、かといって、かゆみ止めなしではもっと寝れんし。許せーん! 絶対許せーん!

ぼくはよく夢想するのであるが、ぼくがもし蚊の大統領だったら、我が蚊の国の全国民に「血を吸っても痒くならない手術(不痒手術)」を施すよう、法案提出するであろう。もちろん手術費用は無料である。この法案が蚊の国の議会で可決、成立、施行されれば、蚊取り線香などという毒ガス兵器を開発、使用する人間と険悪な関係に陥ることなく、今よりもずっと平和に暮らすことができるはずである。朕が蚊の国の啓蒙専制君主であったなら話はもっと早いのだが、今後の蚊の国の安定的成長のためにも、ぜひ国民に応援していただきたいところである。

蚊が刺すと痒くなるのは、相手に刺されていることを気づかれないよう麻酔注射をして、その成分が後々に痒くさせるんだそうだけど、あんなちっぽけなもんに刺されても痛くないっちゅうの(多分)。痒くなきゃ殊更に排除されんでもすむっちゅうの。

もちろん刺す相手は人間ばかりでないから、人の少ない農村、山間部や、子どもがヘルメットをかぶって自転車に乗っているような田舎には痒い蚊がいてもよろしい。しかし、政令指定都市など都市部に住む蚊については不痒手術が施されるべきである。

おお、そうだ、今流行りの遺伝子操作で、刺しても痒くならない蚊(不痒蚊)を作って、それをバーッとばらまいたらええんだ。そうだ、それがいい。今、植林業界では花粉症対策で、花粉の出ない杉を植樹し始めていると聞く。国家百年の大計である。ノーマルな遺伝子の痒い蚊は農村、山間部及びヘルメット的田舎で保存されておればよろしい。

蚊への不痒手術、もしくは遺伝子操作による不痒蚊の普及が達成されれば、蚊と人間との間に共存共栄の平和な暮らしが訪れるはずである。いかが蚊。

あー、かい、かい、かい、かい、かい、かい、かい、かい~の。

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2009年6月25日 (木)

おこげ神話

Top_yellowお釜で御飯を炊くと、あの底のほうにできるおこげがおいしいんだよなあ、とは年長者から時々聞く話。あの香ばしさがなんともいえないのだなあ、と懐かしげに言う人は少なくない。

ぼくが子どもの頃には、電気炊飯器はもうすでに普通のものだったから、おこげをあまり食べたことがなかった。焼きおにぎりにすれば周囲は言わばおこげなわけだけど、醤油がまぶしてあれば純粋なおこげとはちょっと違う。

 

ときに。うちでは何年か前から、御飯をお釜で炊いている。

最初、ものは試しと思って、フタ付きの普通のホーローの鍋で炊いてみたら、これが電気炊飯器で炊くより1.3倍増し(ぼく基準)でおいしくなった。おいしい御飯を求めてブランド米なぞにウツツを抜かしているぐらいだったら、鍋で炊く技術を身につけたほうのがよっぽど賢い話なのではないか、ぼくはそう思った。米の良し悪しは炊きたてのときよりも、冷や御飯になってからがぜん違いが出るから、もちろんいい米はいいんだけどね。

鍋で炊くといっても、そう難しいことではない。お米三合に水四合、もしくはお米の1.3倍の割合で水加減する。水の多少は、出来上がりに固めか柔らかめかの違いが出るだけで、大きな間違いというほどのことはないから、そう神経質になることもない。それをフタ付きの鍋に入れ、沸騰するまで中強火ないしは強火にかける。湯がふきこぼれ出したら弱火ないしは中弱火にして、五、六、七、八分ぐらい。フタをちらりとずらして、湯がなくなって御飯の表面が出るほどになっているのを確認したら、火を止めて、あとは「赤子泣いてもフタとるな」、十分ほど蒸らして出来上がり。火にかけているのは十分程度、炊き上がりまで二十分程度で、電気炊飯器より早くできるのもよろしい。

火加減が難しい薪で炊いていた時代でも昔の人はうまく炊いていたんだし、かなり適当なキャンプの飯盒でも炊けるぐらいだから、火加減、水加減にことさら神経質になることはない。今では火加減が自由自在のガスコンロがあるのである。ガス器具という文明の利器をおいしい御飯のためにみすみす使わないのはもったいない。煮物を作れる腕があれば、必ず鍋で御飯は炊ける。

「土鍋で炊く御飯はうまい」と噂で聞くんで、やってみたけど、普通の鍋で炊くのとそう変わりなかった。それで、しばらく普通の鍋で炊いていたんだけど、同居人が「鍋で炊くのが普通のことになってきたし」と、当時勤めていた会社から、商品の試供品として倉庫の片隅に置き忘れられてあった六合炊きのお釜を、こっそり持って帰ってきた。さっそくそれで炊いてみたら、こちらは土鍋と違って、1.4倍増しのうまさ(電気炊飯器比/ぼく基準)であった。でかしたぞ、コソドロ同居人。

それ以来、うちの電気釜は保温用として働くだけで、御飯を炊くことがほとんどなくなった。

お釜で炊いていると言うと、「おっ、なかなかのこだわり派だな」と思われることがあるけど、電気炊飯器と鍋の差のほうが、鍋とお釜の差よりもでかいから、お釜を持っていないみなさんも、今日からすぐに「こだわり派」になれますよ。

 

ちょうどそんなことをし始めた頃、NHKの『プロジェクトX』で見たのが、電気釜の開発秘話だった。そこで印象に残っているのが、普通の白飯はうまく炊けても、炊き込み御飯がなかなかうまくいかないというくだりだった。醤油なんかの調味料が入っているから、ちょっとした加減で底のほうが焦げついてしまうのである。

お釜や鍋で炊くとよくわかるが、普通の火加減で炊き込み御飯を炊くと確実に焦げつく。普通の白飯の場合、火加減が多少ルーズでも失敗ということはないんだけど、炊き込みご飯はそのあたりが結構シビア。電気釜の開発の際にそこをクリアして、商品の売りにしたら、とたんに、炊き込み御飯に苦労していた主婦層から支持を受け始めたんだそうである(と、そんな話だったはず)。

電気釜はスイッチひとつで炊きあがるんで、確かに便利だ。当時の主婦がそっちに流れたのは理由があってのこと。主婦の大変な仕事量から考えれば、多少味が落ちるからといっても、手軽な電気釜の当然の勝利であったろうと思う。今みたいに、ちょっとした味の違いで騒ぐグルメの時代でもなかったわけだし。

 

さて、鍋やお釜で普通の白飯を炊くとき、火を止める最後のほうで、やや長めに炊き続けると、底のほうにあの懐かしのおこげができる。

おこげは確かに香ばしい。

けど、はっきり言って、「なんともいえない香ばしさ」などと懐かしさをもって言うほどのものではないと思うのである、ぼくは。もちろん失敗では全然ないけれど、おこげなしの、全部がきれいな白い御飯のほうが「うまく炊けた」と思う、ぼくは。

お釜で炊くのが日常化している身からすると、おこげを懐かしむのは、まさに、ただ単に昔を懐かしんでいるだけ、のような気がする。特にこういうことを言うのは男のほうが多い、ような気がする。つまりは、人に作ってもらうばかりで、御飯をお釜で炊いたこともなかったような人たち。そんなに懐かしいのなら、とやかく言ってないで、さっさと自分で鍋で炊いておこげ作ればいいのに、と聞くたびに思う。

そして、おこげを食べて、さらに炊きあがった御飯のちょっとした味の違いに大騒ぎして、こうして自慢げにブログに書けばいいのである。

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2009年6月15日 (月)

ハンモックの日

Top_blue_2よく飲みに行くお店のお客さんで、ぼくもよく知っているおじさん三人が日帰りツアーに行ってきたという。これからもいろいろと企画する予定だそうな。そこで、わたくしめもおじさんと言われるに充分の年齢を重ねているので、今後はぜひその会に参加を!と願い出た。すると、今度はなんでも、ハンモックを吊るのにいい場所を見つけたらしく、弁当およびハンモック持参で昼寝をしにいくとのこと。わおー、素敵! 行く行く行く行くーっ!

 

学生の頃の話。ぼくが一回生の時、軽音楽部の先輩K川さんは学祭の実行委員として、クラブから出向していた。学祭といえば、いろんなサークルや仲間が出す出店がつきものだけど、その中に学祭の実行委員が仕切る店もあった。ぼくが祭りの人ごみの中をブラブラしていたら、
「おい、さとみ!」
と声をかけられた。
「はい? あっ、K川さん」
ちょうどその出店でK川さんが店番をしていて、
「なんか買うてけ」
と言う。そこでは近所の作業所で作ったものを売っているそうで、いろいろと商品が並んでいる。
「え、え、え、金ないしなあ」
と、やんわり断りをいれようとしたら、
「なんや? おまえ、飲みしろはあんのに、ここのもんは買われへん言うんか? おっおっおっ?」
「いや、あの、あの・・・、買わないとは言うてません・・・」
「物はいいもんばっかりや。欲しいもんがなんかあるやろう。買うていき!」
先輩風が秒速百メートルでビュービューと吹き荒れる中、
「じゃあ、あの、あの、このハンモック、ください」
ということになったわけである。そんな高いもんじゃなかったはず。千五百円とか二千円とかそんなんじゃなかったかなあ。

実際ハンモックなぞを買っても家で吊るすことはない。まずもって柱がもたない。立派な家だったらいけるかもしれないけど、一般的にいって室内ではやめておくほうが賢明でありましょう。野外で木と木の間に吊るすといっても、そうそう理想的な生えかたをしている都合よさげな木立ちは少ない。ぼくはそもそもインドア派である。そういう所を好きこのんで探してまで吊るそうと思うわけでもない。ムーミン谷のスナフキンを思って、なんとなく買ったまでのことである。

 

それがここにきて、「ハンモック吊りにいい場所を見つけた」と言われれば、おお、これで二十年越しに買い物が生きることになる。行かぬ手はありますまい。

ハンモックの会決行の日、天気は快晴で、まさにハンモック日和。おじさん三人プラスぼく及びわが同居人の、今日の仲間しめて五人が、会の主催者O智さんの案内で公園の森に着くと、なるほどなるほど、五メートルほどの間隔で木々が生えている。

このぐらいの木の間隔がいいんですね。なるほどなるほど。

木がまた、ちょうどいいところで幹が二股に分かれて伸びていて、そこに紐をかければ、高すぎず低すぎず。なるほどなるほど。

着くなり、まずは乾杯。持ってきた弁当をしばらくつまんでから、いざハンモック吊りを開始。O智さんが持って来たハンモックの紐が細くて、試し乗りしたら切れて落ちたりして、わいのわいの、やいのやいの、なんやかやと吊るしていたら、飲み屋の若夫婦も遅れてやってきた。

ハンモックの上で横になると、おー、こりゃあいい。六月の初旬、日差しがきつかったら焼けそうと思っていたけど、木がたくさん生えているんで、木漏れ日がちょうどいい。

風もこれまた、ちょうどよろしい。

酒飲んで昼寝して、ツマミ食べて昼寝して・・・、と、うーん、マジ最高っすよO智さん! ぼくの初めてのハンモック、「ホテルに初めて泊まったら、そこはヒルトンだった」みたいなもんですよ、これは。

この日の風と違って、先輩風が吹きすさぶ中で買ったハンモック。あの時もしハンモックを買ってなかったら、今回のハンモックの話を聞いても乗らなかったかもしれない。そして、今日のこの心地よい風。なんかいろんなことがいっぺんに着地したような、とてもいい日になりました。

ここで一首。

「この風がいいね」と君が言ったから
  六月六日はハンモック記念日。

字余り。失礼しました。

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2009年5月25日 (月)

ドーン!バーン!キキキーッ!を120%

Top_blue_2最近はテレビがつまらない。ゴールデンの時間帯はひどいもんである。ニュースも、特に民放ではニュースなんだかワイドショーなんだかわからんし、バラエティやドラマも、いやはや、もうなんだか切ない気分になってくる。そのために、昼や夕方にドラマの再放送を録画しといて、後で見直すような具合である。視聴者としてテレビ局にすっかり年寄り扱いされてしまう年齢になってきたということなんであろう。

年齢と言えば、年のせいなのか人の名前を覚えなくなった。以前からそうだと言えばそうだけども、その程度がずいぶんとひどくなってきた。以前はそれでもなんとか思い出そうとしたし、忘れたら忘れたで悪い気がしたもんだけど、そういうこともだんだんなくなってきた。今では平気の平左である。

以前からそうだと言えば、ぼくは昔からドラマの筋立てがなかなか頭に入らない。話の道筋をたどるのが苦手である。よって映画は、話の筋道無用なB級物が大好きである。ドーン、バーン、キキキイーッ! で、その手のものは海外物のほうがなにかと派手で楽しい。テレビ東京系っていうんですか、独立UHF系っていうんですか、あのチャンネルは、再放送ドラマもB級映画もよく放映してくれて、ぼくには大変都合がよろしい。

以前飲んでいて、B級映画が好きという話になった。そしたら相手がやけにその手の映画に詳しくて、「それはすでにC級なのでは・・・」と話題が拡大。ぼくはついていけず、そこではっきりしたのは、海外物でいうなら吹き替え版がある程度のB級物がぼくは好き、ということであった。

感動物の映画なんて言われても、映画で感動することがないわけじゃないけど、それよりも現実のほうがよっぽど面白いではないか。映画で感動するのも、見る者にそれに見合った人生の裏づけがあればこそ。人は二時間ドラマでさえ、泣くときゃ泣くんである。吉本新喜劇でも目が潤むときは潤むんである。話は所詮作りごと。なんなら小説や舞台という形式でもあり。けど、ドーン、バーン、キキキーッ、これこそは映画独自の表現分野じゃなかろうかと思う今日この頃。

それはさておき、海外物と言えば、テレビの深夜放送では海外(といってもアメリカがほとんどだけど)のドラマや映画をよくやっている。で、B級物ばかりでなく、面白そうなのはビデオに録ったりする。

それを後日見ていると、名前がナントカシャーンやらナンチャラリーンなどと横文字ばかりで、まずそれが頭に入らない。そのうえ、出演者はみな外人顔なんで、よっぽど有名な役者でもない限り見分けがあまりつかない。話が推理物だったりすれば、当然のごとく話についていけなくなる。縫い物とか他ごとをしていればなおさらである。

ドンパチ物も、敵味方の関係にひとひねり入っていると、ぼくの中では唐突かつ無意味な爆発や暴走、闘争のシーンばかりになって、あんまり楽しめない。そういう話が最近増えてきた、というより、さらなる読解力低下でドンパチ物にさえ最近ついていけなくなってきた、という感じ。

以前はそういう風になっても、見ているような見てないような感じで見続けていたけれど、今では話が半ばに進んだあたりで、「もうだめだ・・・」と冒頭に戻す。うちは録画機器がハードディスクレコーダーなので、その辺は一発操作である。ボタンを押してピャッと頭出し。一時間物の三十分目だろうが、二時間物の一時間目だろうが、これ以上出演者が混乱したまま見ていてもつまらないから、いさぎよく頭から見直す。さすれば、さすがのぼくも話についていける。再び話半ばにさしかかったとき、ぼくは安心して推理を深め、ドキドキ感も高まり、ようやく話に入っていくことができるのである。

それを別の日に同居人が見るときに、また一緒に見る。そこでぼくはその話を心の底から120%楽しむことができるのである。そうかあ、こういう話だったのかあ。

 

まったくもって今日は年寄りの詮方ない愚痴ではないか。

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2009年5月15日 (金)

高級眼鏡拭き

Top_blue最近の眼鏡拭きはすぐれている。取れにくい皮脂汚れもさっとひと拭きである。布についた汚れも石けんで洗えば落ちるから、何度も使えて大変によろしい。眼鏡を使う人は買った時だけじゃなく、調整の時なんかにもサービスでもらったりして、何枚か持っているんじゃないんかなあ。

眼鏡拭きばかりでなく、楽器拭きもその手の高級なやつが増えてきた。こっちは眼鏡拭きに比べてかなりでかい。新品のうちは、ギターの錆びかけた弦をキュッキュッとやるのはもったいなくて(どうかすると弦で布が擦り切れる)、ギター用普段使い雑巾一歩手前ボロ切れで汚れを取る。貧乏性。

他にも洗車用とか掃除用とか、いろんな分野で高級ふきふきは活躍の場を広げていることだろうから、眼鏡や楽器に縁のない人でもどっかかんかで使っているんじゃないでしょうか。

ぼくは職業柄通夜、葬儀に出席することが多いけれども、そういうとこに行くともらう「粗供養」と称するやつ。弔事の簡易引き出物とでも言いましょうか。もらうほうが粗供養と言うのも失礼ですし、回りくどい言いかたになって恐縮ですが、ああいうのはハンカチやらお茶なんかが多いけれど、最近は眼鏡拭きをもらうことがたまにある。そんなわけでぼくは普段使うのに必要な以上に眼鏡拭きを持っている。

眼鏡には必要じゃないからといって楽器用にまわすと、やっぱりちっちゃくてちょっと使いにくい。ふーむふーむ、どうしたもんかと思案六法。

まだ肌も若かりし二十代の頃、化粧品業界に勤める友だちに顔肌診断をしてもらったことがある。

「残念です、最悪系の乾燥肌の油肌です」

ほうほう。確かに。マクドのナプキンで顔のあぶらとりをすると、一枚丸ごとが油紙になる。浅香あき恵なみの油田状態である。お風呂でも一度洗いではなんかすっきりしないし、風呂上りに古い角質層が白く残る。かといって徹底的に二度洗いすると風呂上りがパッサパサ。女の人ならここでパシャパシャとなんやお化粧品で手入れをするようであるが、日本男児たるものそんなメンドーなことしたくないやい。

そこで、皮脂汚れもさっとひと拭きをキーワードにハタと思いついて、お風呂で洗顔のときに眼鏡拭きを使ってみた。石けんをつけてやさしく顔面を洗ってみると、あらまあいいんじゃありませんの、奥様ぁ。拭き心地にいい具合の粘りがあって、いい感じに角質層も取れて、そのうえ洗い上がりもしっとりよー。それに奥さん、あたくし剃髪→丸坊主→剃髪→丸坊主のくり返しですでしょ? それで頭もついでにゴシゴシやってみましたのよ。そしたらあ、頭皮もばっちりでしたわあ。毛は濃くなりませんけどねえ、おほほほほっ。

とまあ、非常に具合がよろしい。以降、我が家のお風呂にはゴシゴシタオルとともに眼鏡拭きが常備となったわけである。顔面はきつくこするとさすがに後でヒリヒリしてくるから、そっとやらんといけませんが、まあみなさんも余った眼鏡拭きがあったら一度やってみてはいかがでしょうか。

 

って、もしかしたらこういうの洗顔用に売っていたりするんであろうか。まあ、あっても全然おかしくない。鹿革だかセーム革のを深夜のテレビショッピングで見たことあるような気もしてきた。まあ、よいよい。

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2009年5月 5日 (火)

朝の散歩

Top_blue自分が住んでいる家というのは日常の中に埋没してしまって、「風景としての自分の家」という感覚は失われてしまう。

あそこにコンビニがあって、そこに風呂屋があって、ここが誰それさんの家で、ここが隣の家で・・・、と、家のまわりの風景は、ふだんはっきり意識することがなくとも、頭の中になんとなくあるものだ。けど家の前まで来ると、そこからはもう風景ではない。引っ越してきた当初には自分の家にも感じていた「風景としてのこの家、ここにあるこの家」というものがいつの間にかなくなり、そこにあるのは、風景と切り離された自分の家。

ぼくの実家はお寺だから普通の家にくらべて風景として強い印象を残しているはずだ。よその寺を見ればぼく自身がそう見えているんだから、そういうものだと思う。それでも、そこで生まれ育ったぼくにはふだんそうした自覚がまったくない。

最近はあまりしなくなったが、十年くらい前までは、徹夜をした朝方に時々散歩にいった。そういうときはたいがい昼夜逆転中なんで、飲んだあとの朝帰りとは違って目はパッチリである。人も車も少なくて、ふだんと違う気分でのんびりと散歩ができる。

実家にいた頃のある日、そんな散歩に出かけた。近所の川の堤防までぷ~らぷらと歩いていって、朝の風をひとしきり浴びて、それから帰途についた。いつものように神社の前を通り、そこの角を曲がって、寺の前に帰り着いた時、「あらら、なにこれ?」。ぼくは初めて、自分の家が寺だということを「発見」した。「ここにお寺がある。自分が生まれ育ってよく知っていると思っていたこの町内のここには、そうかあ、お寺があったんだあ!」と、まるでよその寺を見るような目で自分の寺を見てしまった。

似たようなことは学生時代にもあった。

大学入学とともに京都でひとり暮らしを始めたとき、あこがれの京都に来たというおのぼりさん気分もあって、「いずれ自転車で嵐山まで渡月橋を見にいってやる!」と考えていた。とある秋の日、夜中の三時だったか四時だったか。まだ暗い中、車の少ない大通りを十二段変速機つきの中古自転車でぶっ飛ばして嵐山にむかった。念願かなって夜明けまえの渡月橋の姿を見ながら、「うんうん、満足満足」とひとしきり京都気分を満喫した。

そして下宿に戻ってきたのが朝の六時ごろ。ガチャガチャと鍵をあけて部屋にはいった瞬間、「あれっ、あれれ? ああ、おれは京都でひとり暮らしをしている! うーん、なんて狭い部屋なんだ・・・」と、狭い六畳ワンルームにひとりで暮らしていることに「初めて気づいた」のである。

そんな経験はこの二回しかないけど、これはきっと、ふだんとは違う朝方の風景のつづきのまま自分の家を見ることで、自分の家への視線に他者の視点が入ってきた、ということなんだろう。その時は、まるで安倍公房かカフカの小説の主人公になったような気がしたものだ。

そういえば、押入れの中から部屋を見るといつもの部屋が他人の部屋のように見えると聞いたことがあるなあ。今度押入れを整理して自分の部屋を覗き見してみようっと。

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2009年3月15日 (日)

年賀状

Top_yellow時季がずいぶんとはずれているけれど、今日は年賀状のことを書く。

ぼくは年賀状というものを小学校の時に書いて以来、ずっと書いてなかったんだけど、十年ほど前に同居人と暮らすようになって、毎年、年末になると同居人がせかせか書いているのを見ていたら、「おれもいっちょうやってみるかあ」なんて気分になって、何年間か続けたんだけど、結局めんどくさくなって二、三年前にまたやめてしまった。

小学校一年生の時、冬休み開けの始業式の日、担任の先生が自分に送ってきたクラスの子の年賀状を、教室の後ろに張り出した。送らなかった子もいたろうに、あれはどういうつもりだったんだろうかと、大人になって考えてみるによくわからないんだけど、もしかしたら、何十枚も返事を書くのが面倒なもんだから、そうやって張り出すことで、「みんなありがとうね」ということだったのかもしれない。もしかしたら年末の最後の授業で、「年賀状を書こう」なんていうのがあったのかもしれない。

そのへんの経緯は今さらもういいとして、ぼくは自分の年賀状が、他の友だちの「あけましておめでとうございます ことしもよろしくおねがいします」的な定型シンプル文面と違って、普通の手紙のような文面になっていて、なんか少し恥ずかしかったことを覚えている。その時は、常識的な年賀状の型なんてまだ知らなかったし、親も教えてくれなかったもんだから、「あけましておめでとうございます」の後には普通に先生へ手紙を書いたわけである。多く書くぶん字は小さくなって、他と並べて見ると、良く言えば子どもらしくない大人びた感じ、悪く言えば「勢いないね、この子」である。変といえば変。個性的といえばほめ言葉にもなろうか。

その頃からぼくは「常識無用、非常識上等!」の人間だった、というよりは、ただそれを知らなかっただけで、そのことを親も知ってか知らずかほったらかし。それが今のぼくにどう影響しているのかはわからないけれど、「一言多い」というのだけは、その頃から変わりのないところではあろう。

年賀状は虚礼だとかナントカと評判の悪いことを言われたりすることもあるけれど、ぼくはそこまで悪くは思わない。暑中見舞い、寒中見舞いともども、あってもいい季節の習慣だと思う。以前兄に聞いた話で、学生時代とても世話になった恩師の老教授は、
「年賀状が届かなくなったら、俺は死んだと思ってくれ」
とよく言っていたそうで、ああ、年賀状にはそんな使い方もあるのか、と感心したものである。どうせ年賀状を続けるなら、そんな年になるまで書いていたいと思ったものだけど、結局、自分でなくて、父が死んだ年の喪中葉書がめんどくさくなってやめてしまった。

同居人を見ていると、去年も十二月の三十日になって、どの図柄をダウンロードしようかと三時間も四時間もネットを見ているもんだから、
「あのさあ、そうやって探しとる時間に手書きでやっとったら、もう終わっとるんちゃうの?」
ってなもんである。まだおせちも作らんといかんのに、なにをアホほど時間をかけとるんだろうか、とろにゃーか、と思ってしまうわけである。印刷モノの年賀状なんて、もらっても、十秒見るかどうかのもんなのに、
「なあなあ、どっちの絵柄がいい?」
とか聞かれてもなあ。そんなんどっちゃでもいいわ。もらったほうも、お前の選んだ絵柄なんて、次の人の年賀状見とるときには、すっかり忘れとるわ。

同居人のそういう姿を見ていると、確かに、文面使いまわし系印刷モノ年賀状は、作成の努力及び経費と送付効果とをあわせ考えるに、虚礼と言ってもあながち間違いではないなあ、と思ってしまうのである。ご苦労なことです。

ぼくが何年か前まで書いていた年賀状は、十何通ぐらいだから印刷する手間のほうが面倒だし、そもそも、もらっても味気ないと思っている印刷モノにする気もなし、古式ゆかしく筆で「あけましておめでとうございます」と大書きして、ほんでもって近況報告を書いて、ちゃっちゃっちゃーのちゃーでおしまいであった。気が向けば自分の似顔絵のひとつでも書いたか知らんが、そんなことはもう忘れた。いずれにせよ、小学校一年生の時のように文章をしたためるならいざ知らず、読まれても十五秒もかからないようなものに、そんなに手間ひまをかける気にならない。

そうそう。写真つきの年賀状、あれはいらんなあ。特に子どもつき家族写真。その中でも特に子どもだけの写真のやつ。この記事を読む人の中にそういうのを送っている人がいるかもしれないけど、気を悪くされたなら、まあこの際です、一度気を悪くしていただきたい。

家族ぐるみのつき合いがあるなら、それはそれでいいんだけど、そうでもないのに、家族全員連名の家族写真つき年賀状をもらっても、「ふむふむ」というだけで、だからなんなんだ、という話である。子どもだけの写真のにいたっては「???」である。親バカというよりはバカ…、いかんいかん。

考えるに、その人にとって家族のことこそは人に伝えたいとても大切なことであって、その安寧な姿こそ一番伝えたい近況報告なんであろう、と。個人と個人のやりとりであるはずの年賀状にさえ家族を登場させるのは、その人の精神的、人格的安定は家族の安定による、ということを示しているのであって、すなわち家族写真つき年賀状は差出人何某氏のマイホーム主義の見事な表現である、と、まあ概略このようなことを思うわけである。

マイホーム主義のなにがいかんのだ、と言われれば、「家制度の現代的変容じゃないのかね」と言うだけ言って、あとは触らぬ神にたたりなし、これ以上の議論を差し控えたいと思うのであるが、でも実際のところ、何年かに一度の年賀状の整理の時、写真つき年賀状というのは、とても処分しにくいわけである(ずっと取っておく人もいるだろうけど)。マイホーム主義な心理を概略考えさせられた上に、処分しにくいとなれば、これはちょっと、気軽な年始のめでたいやり取りを越えている気がするわけである。写真つきのヤツめ、年賀状の分際で、どこまでおれに心理的圧迫をかけるか。

どうせなら、核家族などというチンケな集まりでなく、親きょうだいに爺さん婆さん、いとこにはとこ、一族郎党すべてを収めた写真を全員連名で送ったらどうであろうか。相当に強烈な印象を相手に与えるはずである。毎年楽しみになるはずである、「あの人が今年はおらんなあ、逝ったか」とかね。

とはいいつつ、ぼくが年賀状を送るのをやめてから、ぼくに送られてくるのもぐっと減ったのだから、まあそんなにぐちゃぐちゃと粘着質になることもないのである。大体からして、今日の家族写真つき年賀状の話って、一般論でもあるけれど、ぼくに送られてきたものも当然に含むわけだから、それはすなわち、該当年賀状をぼくに送っていただいた友人にケンカを売ったも同然の所業である。とても失礼な話である。うーむ、これは虚礼以下のことをしてしまった。

Photo_2 友よ、ぼくの一言多いことを・・・・・・、

 

 

 

本当にすまないと思う。

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